ベッドに沈んでいたい気分なのです
恋心を自覚して、一日で失恋をしてしまいました。
夕食はその後、私もアインスさんも重い空気のまま席を立ち、それぞれの部屋へと行きました。
私は部屋に入ると、一目散にベッドへともぐりこみます。
自分に、この恋は実ることがないだろうなんて言い聞かせていましたが、馬鹿な私は心の中でもしかしてアインスさんと結ばれるんじゃないかと期待していたようなのです。
そんな恋愛小説みたいなことあるわけないのに。
涙があとからあとからあふれてきて、私は、明け近くまで枕を涙で濡らしました。
どんなに私が悲しくても、どんなに私が切なくても、私以外の人は普段の日常を過ごしているのです。
気持ちがどんなに落ち込んでいようとも、次の日は仕事をするというのが社会人です。
周りには迷惑をかけないというのが大人の対応なのです。
と、自分に言い聞かせていないと、今すぐ部屋に閉じこもって、ベッドに沈んでいたい気分なのです。
朝起きて、メイドさんに顔を見られると、あわてて濡れタオルを持ってきてくれました。
ずっと泣いていたせいで、瞼が重たく感じるくらい腫れてしまったのです。
それで瞼を冷やした後、薬のようなものを塗って、瞼の腫れを誤魔化す化粧をしたりして、普段より支度に時間がかかったせいで、今朝は朝食を食べる時間がなかったのです。
そのため、アインスさんとは馬車の中で初めて顔を合わせました。
アインスさんとあいさつ以外口をきいていないのです。
私の恋心を知られてしまって、何を話せばいいのか分からなくなったのです。
申し訳ないのですが、今までと同じように振舞えるようになるにはもう少し時間が欲しいのです。
せめて仕事だけは昨日の分も取り返す勢いで頑張ります。
恋心に浮かれて仕事をおろそかにするなんて昨日の私は最低なのです。
……こんな私だから、振られてしまったのでしょうか?
研究所でさっそく仕事をするぞ! と、意気込んでいたら、一人の研究員さんに呼ばれたのです。
研究員さんの名前はノインさん。
年齢は40代前半くらいでしょうか、確か10代後半の子供がいると言っていたのです。
彼女は私が魔石の粉で染めた布や糸を面白がってくれて、染め方を伝授した人です。
私の事をよく気にかけてくれて、仲良くしてくれているのです。
「この布、どうかしら? 」
そう言ってノインさんが広げた布は魔石の粉で赤と緑のマーブル模様に染まっていたのですが、どうもごちゃごちゃした印象のある布なのです。
「何に使うかにもよるのですが、もう少し薄い色の方が使いやすいと思うのです」
「そう、イチカちゃんだったら、この布どうやって使う?」
「そうですね……小さなモチーフにしたり、リボンにするのです」
布の大きさ的に、A4サイズのノートが入る鞄くらいは作れそうですが、この布単体で作るには色がきついのです。
ハンカチや肩掛けにするにも色がちょと向かない気がします。
「リボンかぁ。男の人でも持てる小物って何かないかな? 」
「だったら、いっその事、裂いてひも状にして飾り紐にすればいいのです」
この世界で飾り紐は男女ともにさまざまなものに使っていて、女性だと髪をまとめたり、ベルト部分に結び付けて飾ったりします。
男性だと、携帯しているナイフの取っ手の部分に輪っか状にしてつけたり、同じように職人さんの道具なんかにも付けていたりします。
男女ともには財布の紐にしたり、手首に巻いてブレスレッドしたりと、使い方は多様なのです。
「へー、なるほど。作り方教えてくれる? 」
「では、お昼休みの時間は空いていますか? 」
この職場のお昼休みは地球の時間にして、2時間近くあるのです。
ご飯を早めに食べ終われば、結構な時間が使えるのです。
「ええ、大丈夫よ」
私はノインさんに飾り紐のつくり方を教える約束をしてから、その日の仕事を始めました。
お昼休憩になりました。
昨日の私よりは仕事が進んだのですが、どうも考え込んでしまったり、昨日の事を思い出して手が止まってしまうのです。
未熟な自分が嫌になります。
溜息をついていると、ノインさんに見知らぬ空き部屋に引っ張り込まれました。
そこには、今朝見せてもらった布と鋏、そしてサンドイッチがそろっていたのです。
「お昼用意しておいたから、パパッと食べて、始めましょう」
お昼を食べた後、早速作り方を教えたのですが……
「この幅に布を裂いたのってなんで? これって、もうちょっと太かったり細かったりしたらダメなの? 」
「もうちょっと太くても細くても飾り紐を作れるのですが、この太さがたぶん一番きれいに編みあがるのです」
「裂いた布4本で編んでいくのね……沢山裂いたけれど、その4本を選んだのは何で?」
「色合いを考えて、この4本が面白い編みあがりになりそうだと思ったのです」
「飾り紐編むのって、ほかの編み方でもできる? 出来たらなんでこの編み方を選んだの? 」
「3本と5本でも編むことはできるのです。けれど、この編み方の方がこの布には合っている気がするのです」
ノインさんはたくさんの質問をぶつけてきます。
私の返事に、ふむふむと納得しながら、彼女は手元の紙に何やらメモをしています。
こんなに熱心に教わるなんて、手芸にでも目覚めたのでしょうか?
「ところでイチカちゃん。昨日から様子がおかしいけれどなにかあったの?」
実際に編んで見せながら、一通り編み方の説明をし終わると、ノインはまるでお天気でも訊ねるような軽い口調で言いました。
心臓をナイフで刺されたかと思いました。
彼女にとっては世間話の一つなのかもしれませんが、今の私には重く痛い話題なのです。
紐を編んでいた手が止まり、硬直した私を見てノインさんは目を丸くして驚いています。
「ごめんなさい、嫌なこと聞いちゃったみたいね。……そんな泣きそうな顔しないで」
ノインさんに言われて、初めて私は泣きそうになっている事に気が付きました。
優しい声で彼女は言葉を続けます。
「何か悩みがあるなら聞くわよ。私に何か力になれることがあるかもしれないわ」
「ノインさんっ……」
彼女の温かい言葉に、私はぼろぼろと涙を流してしまったのでした。




