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心がざわざわとするのです

 独身宣言をしたあの日から、4カ月もの月日が経ちました。

 私はまだアインスさんの屋敷に住んでいます。

 苗字が変わってしまった事を知った後、一人暮らしを申し出ても、手続きがどうとか、書類がどうとかはぐらかされて、今に至るのです。

 けれど、最近私はアインスさんにあまり一人暮らしの話を振らなくなったのです。

 だって、アインスさんのお屋敷での生活が楽しくてしょうがないのです。

 お屋敷に勤める人々が優しくて過ごしやすく、最近は年の近いメイドさんとガールズトークができるようになりました。

 それから、アインスさんと一緒に食事をしたり、休日に一緒に買い物に出たり、同じ部屋でそれぞれが読書をしたり、彼と過ごす時間がどれもこれも心地いいのです。

 いつかはこの生活も終わりが来るとわかっているのですが、アインスさんが何も言わないのをいいことにズルズルと日々を過ごしているのです。


 そんなある日の事です。

 お屋敷にアインスさんの従兄妹という方たちがやって来ました。


 「アインスお兄様、お久しぶりです」

 そう言ってアインスさんに抱きついたのは、とてつもない美少女でした。

 美しくきらめく金の髪に若葉のようなみずみずしい翠の瞳、華奢な体にほっそりとした長い指。

 まるでお人形さんの様なのです。

 彼女を嬉しそうに抱きしめるアインスさんを見ていると、なぜか心がざわざわとするのです。


 「お久しぶりですアインス兄上」

 アインスさんと美少女を微笑ましそうに見ながらアインスさんに挨拶をしたのは彼女によく似た美丈夫でした。

 一目で兄妹だとわかる二人なのです。

 ひとしきりアインスさんに抱きついた後、彼女は私を見てキラキラと瞳を輝かせました。

 「あなたがイチカさんね、はじめまして! よろしくお願いします」

 「こちらこそよろしくお願いします」

 何をよろしくなのかよくわからないのですが、とりあえず挨拶を返しました。

 相変わらず心のざわざわはそのままなのです。

 彼女の名前はフィーアさん。今年17歳になるお嬢様です。

 彼女と一緒にやってきたゼクスさんは彼女のお兄さんで今年20歳になるそうです。


 彼女たちは普段は父親の治める領地に住んでいて、今は王都にある屋敷へ遊びに来ているのだそうです。

 今日は挨拶に寄っただけだと言い二人はすぐに屋敷を後にしました。


 彼女が帰っても、心のざわざわは変わらないのです。

 なぜこんなに心がざわざわするのでしょう?





 「イチカさん、具合でも悪いのですか?」

 夕食の席で、アインスさんが心配そうに私に尋ねました。

 「別にそんなことないですよ」

 「そうですか?何やら先ほどから上の空の様ですし、食欲の方もあまり無いようですが」

 「本当に大丈夫なのです……」

 そう答えた私は、ふいにアインスさんから目がそらせなくなったのです。

 私たちは何気ない会話をしていたはずなのです。

 いつもの夕食風景で今までと特に変わったことは何もないのです。

 けれど、私を心配そうに見つめる彼と目が合ったとき、かちりとパズルがはまる音を聞いたような気がしました。


 唐突に理解したのです。


 私はフィーアさんに嫉妬していたのだと。


 顔に熱が集まっていきます。

 「イチカさん?顔色が少し赤いですね。熱でもあるのでは?」

 「そそそそそんなことは無いのです。きょ、今日は早めに休むことにするのです!」

 心配するアインスさんをよそに、大急ぎで夕食を済ませ、私は食後すぐにベッドにもぐりこみました。

 胸をドキドキさせながら布団の中でじたばた暴れ、きゃーきゃー小さな悲鳴を上げます。


 私はどうやらアインスさんの事が好きなようなのです。


 アインスさんに一人暮らしの話をしなくなったのも、アインスさんに抱きつくフィーアを見て心がざわざわしたのも、私がアインスさんが好きだからなのです。

 アインスさんと一緒に生活をするようになって半年以上が経ちます。

 いつの間に私は彼の事が好きになっていたのでしょうか?

 彼はいつも紳士的で優しく、仕事もでき頼りになる存在です。

 近くにいて惚れない方がおかしいのです。

 きっと、少しづつ少しづつ彼に惚れていったのでしょう。


 気が付いてしまったこの気持ち。

 この恋が実るとは思えませんが、ちょっとは夢を見ていいでしょうか?




 次の日、私の頭は一日中ぼーっとしていて、使い物になりませんでした。

 ふとした瞬間にアインスさんの顔が頭をよぎり、彼の声や前に馬車の中で抱きしめられた感触を思い出しては動きが止まってしまうのです。

 うう、こんな事ではいけないのです。

 反省し同僚たちに詫びながらその日の仕事は終わりました。



 屋敷に帰ってから、夕食の時間まで私は一人部屋にこもってアインスさんの事を考えていました。

 いろんな表情のアインスさんを思い出してにやけていると、ふと疑問が浮かびました。そういえば、アインスさんとフィーアさんは従妹同士だそうですが、それだけなのでしょうか?

 やけに仲がよさそうに見えたのですが。

 まさか、恋愛関係なんてことは……いえいえ、そんなまさか……いや、でも……。

 だいたい、フィーアさんに限らずアインスさんは将来を約束した方が誰かいるのでしょうか?

 私が知っているのはアインスさんが独身だという事だけなのです。


 夕食の時にそれとなく探りを入れてみることにするのです。

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