三十九
「そういうことだよな」
その人物が逃げていく行き先をふさぐように、太一は降り立った。
「……くっ」
そう、逃げていたのはマルチェロだった。
太一がギルグラッドに近づいてくることに気付いて逃げ始めたマルチェロだったが、遅かったということ。
「逃げられると思うなよ」
「……そうですね。あなたからは、逃げられないでしょう」
マルチェロは両手をあげた。
一見潔しに見えるが、どんな手を持っているのか分かったものではない。
よって。
太一が指をパチンと鳴らすと、地面から土がせり上がって両手両足を拘束した。
ついでに口もふさいでおく。
「よし、行くか」
マルチェロを右手で担ぎ上げて歩いていく。
もう有無も言わせない。
シャルロットの居場所を探知しながら歩いて。
「見つけた」
現れた太一に聖騎士たちは一瞬警戒したものの、シャルロットの口利きで彼らは警戒をほどいた。
「無事に試練は終わったようですね」
「終わりました。殿下も無事だったんですね」
「ええ。それでその者は……」
「俺がこの街に来たときに、唯一逃げている気配の持ち主だったんで、とりあえずとっ捕まえてきました」
「そうですか、お手柄ですね」
「大したことじゃないですよ」
と言いながら、太一は担いでいたマルチェロを地面に落とした。
どさりと落ち、ふさがれている口からくぐもった苦悶の声が漏れた。
太一はマルチェロを知らなかったが、明らかに怪しい人物で「逃げられない」と諦めた経緯から、彼が犯人であると状況証拠で捕獲した。
「多分こいつじゃないかと思うんだよな。後は頼むよ」
「うむ。引き受けた。協力感謝する」
聖騎士団団長は太一からマルチェロを引き取った。
不躾ではある。
しかし、彼は気付いていた。
空を飛んで街にやってきて、その後消え。
そしてこの男を担いでやってきた人物であることを。
そして何より、シャルロットが直答を許すどころか親し気に話している時点で、エリステイン魔法王国で王族の覚えもいいことを。
彼女が連れまわしていた護衛であるという冒険者の仲間であろう、と。
「その枷は後一〇分もしたら勝手に解除されるんで、牢屋にぶち込んでおけばいいと思うぞ」
「丁寧な説明痛み入る。……おい、連れていけ」
「はっ!」
マルチェロを部下に任せ、団長は頭を下げた。
彼に対しては、貴族だと思うくらいできっとちょうどいいだろう。
ただの冒険者であってもだ。
「終わり、ですね」
シャルロットがぽつりとつぶやいた。
気付けば、紫色の結界も無くなり、青空が広がっていた。
どうやら結界も破壊されたらしい。
大聖堂を覆っていた結界も無くなっている。
聖都ギルグラッドは救われたらしい。
「太一!」
「おう」
凛、ミューラ、そしてレミーアが戻ってきた。
彼女たちも、無事に敵を退けたようだ。
「試練は終わったの?」
「ああ、無事に終わったよ」
太一は指先に火を生み出す。
それを見て感嘆の息を漏らすのはエリステイン側。
それがどうした? と疑問を隠せないのはクエルタ聖教国側。
太一が火を生み出す。
それが何を意味するのか。
分かる者にとっては非常に大きな意味を持つし、分からない者にとってはただ初心者が使う火の魔術に過ぎない。
「そっちも無事に倒したみたいだな」
「ええ、強敵だったわ」
アンテのことは、ドナゴ火山にいた太一もその存在を把握していた。
相当な強敵であることは分かっていた。
だが、再開してみれば五体満足。
怪我らしい怪我もしていない。
それが何よりも朗報だ。
「お互い、無事に成し遂げられて何よりだな」
そう、結局はそれに尽きる。
本来の目的、太一の最後のエレメンタルとの契約が無事に終わり。
そして、太一たちが来たことにより起きたパリストールとギルグラッドでの一連の事件も無事に解決した。
これ以上の成果は無い、と言えるだろう。




