三十五
レミーアが背後で目を光らせている。
その視線を背中に受けて。
ミューラが一気に飛び出した。
半分ほど距離を詰めたところでミドガルズによる魔術強化に切り替え、一気に加速した。
その速度変化は劇的であり、分かっていても目が追い付かない――そういう効果を狙ったものだ。
三人がかりでやっと張り合えて、一対一では勝てないくらいに強いアンテを相手にしてどれだけ効果があるかは分からないが、やらないよりはよほどマシだ。
さて。
「それ!」
アンテは特に慌てた様子もなく酸の弾丸を無数にばらまく。
これもまた精密には狙わず、ぶちまけたような攻撃だ。
精密に狙われるのは厄介だ。
相手が避ける先を予測して弾丸を置いておく、いわゆる偏差射撃は当然のスキル。
アンテの射撃制度がザルではないことはすでに分かっている。
偏差射撃くらいはお手の物だろう。
ただ、やみくもにいつも正確な射撃をする必要はない。
それをアンテは教えてくれる。
意志が感じられないのでむしろ別種の厄介さがあった。
ただ適当。
弾幕を分厚くして、シンプルによけにくく。
掠るだけでも大ダメージとなる酸という攻撃を扱う上で非常に効果的。
違うのは、あくまでもミューラに対してだけ、それを行っているということか。
空中から酸をばらまいて無差別爆撃を行っていた時とは攻撃の質が違う。
これを避けるにはどうするか。
『フォートレス!』
破城槌でも壊れないといううたい文句。
頑強な岩石の巨大な盾をかざして突っ込んでいく。
表面は容赦なく溶けていくが、構わない。
酸の弾幕さえやり過ごせてしまえばいいのだ。
盾がボロボロになるころ、ミューラは弾幕を切り抜けていた。
その瞬間、アンテの視線がちらりと後ろに向く。
凛が、タイミングを見計らって杖の先に氷の剣を作り出したからだ。
精霊魔術を使えるようになる前から、彼女が扱う攻撃手段の中でも飛びぬけて強力な一手。
足を止めて魔術を乱射するのが主な戦闘手段である凛にとっては攻撃範囲があまりにも狭く、なかなか使用されない魔術である。
だが、足を止めて戦うのが得意である、ということと、接近戦を一切行わない、ということは、イコールでは結びつかない。
かつて強敵だったグラミでさえ、凛のあの剣は
さすがはアンテだ。
凛のあの氷の剣は、距離があってなお見過ごせなかったらしい。
そして、一瞬視線が逸れるということは。
隙だった。
「はあっ!」
力いっぱい剣を振る。
本当にただの力任せだ。
だが、ミューラの身体強化のなかでもっとも強化されるのが純粋なパワー。
この振り下ろしこそ、簡単シンプルながら一番攻撃力が出せる攻撃だ。
「ちっ!」
アンテはミューラの攻撃から逃れられず、迎え撃たざるを得なかった。
しかもこの攻撃、何がいいかといえば、連撃を放つのが簡単、ということだ。
なにせからくりは、ただ力が増しただけというもの。
魔術を放ったりする必要も無いのだ。
かつての魔力強化一〇〇状態の太一をもはるかに上回る攻撃力。
アンテの足を中心に、数十メートルにわたって地面にひびが入った。
ほぼ余裕がない状態で、むしろこの威力を受け止められるのだからたまらない。
「さすがね!」
心からそう叫ぶミューラ。
「この程度ができないようじゃ、あなたたちに喧嘩なんて売れないでしょう!」
振り払おうとするアンテと、連撃を加えて逃がすまいとするミューラの一進一退の攻防。
だが、アンテもただミューラの剣にメイスをぶつけているわけではなく。
ミューラもまた、何も考えずにアンテに切りかかっているわけではない。
アンテが不意に、酸を身体からにじませる。
当然そのくらいのことはしてくると予測していたミューラは即座にバックステップ。
「逃がさないわ!」
「当たらないわよ!」
広がりかけた酸は、一瞬で凍結した。
さすがに接近戦をしながら、空中にいた時のように酸を生み出すことはできないようだ。
「ちっ! やるわね!」
視線を動かした先。
目と鼻の先まで迫っている凛の姿。
その手に持っている氷の剣を振りかぶっている。
あの一撃を、アンテはどうするか。




