二十一
「こいつは……」
部屋を見渡して、思わず漏れた声が、シーンと静まり返った部屋に思いのほか響いた。
人の気配は無かった。
部屋の中は少し荒れている。
それに反し、死臭や血の臭いはしない。
冒険者としてそれなり以上の期間を現役で活動していれば、動物、魔物、人間問わず、そういった死臭に接する機会はままあるものだ。
現に彼ら彼女らも、依頼を受けて盗賊を殺したし、魔物や動物を狩猟した。
森の奥で行き倒れて腐敗した元同僚の死体を見たことも何度となくあるし、魔物、動物も同様だ。
そういったものは一切ない。
かなり強烈な臭いなので、家のどこかでそうなっていれば、今頃充満しているところだろうが。
全員で家の中を探ってみる。
人が暮らしていた営みの痕跡は確かにある。
夫婦というのは間違いなさそうだ。
子どもは、いなかった模様。
そういうことは分かるのだが。
しかし肝心の住人がいない。
「どこにもいねぇな」
家の中をざっとすべてさらってみたが、どこにもいない。
「見えるところには何もない、ってことかしらね?」
「おれたちのパーティにはレンジャーはいないからな」
そういう役割のメンバーがいたなら、この時間で何かしらを見つけていたかもしれないが、あいにくいない。
レンジャーを加えた方がいいというのは分かっていたことだ。
ただ、現状の四人でバランスが良かったので、新たにメンバーを加えるのは慎重だっただけだ。
「では、ここは私がやりましょう」
リーダーである魔術師の女は、床板を杖の石突で砕き、下の土をむき出しにさせると、土魔術を発動。
地面を探査した。
すると。
「……こちらです」
魔術師の女が歩いて進んだ先は台所。
そこの床板をはがすと、下に階段が出てきた。
「これは……」
床板は封じられていて入口にはなっていなかった。
つまり、ここは全面を張り替えたということだろう。
そういう推定の元に床板を見れば、他の部屋の床板に加えてじゃっかん新しく見えた。
「よし、行くぜ」
階段を見つけた以上、この下に降りない、という選択肢は無かった。
戦士である男を先頭に、最後尾を片手剣とバックラーを得物とする女が固めて。
全員で降りて行った。
思った以上に長い階段を降りることしばし。
その先に現れたのは長い通路。
階段は土だったのだが、通路は石を切り出して組み上げたものになっていた。
明らかに人為的だし、何かの意図を感じる。
全員でアイコンタクトし、更に先に進んでいく。
もうすでに全員の意識は戦闘状態に入っており、一部の隙も無い。
パーティでAランクまで秒読み、と言われるほどの実績を挙げているBランク冒険者だ。
無駄な油断などするはずがない。
そんな気が抜けていて、Bランクに上がれるはずがないのだ。
そうしてしばらく歩いたところで……。
「よくここまでたどり着きました」
女の声が響いた。
声はすれど姿は見えず。
全員が同時に構え、目線だけを動かして周囲を窺う。
生まれた膠着状態のまま、数十秒――
いつの間に、という表現がふさわしいだろう。
長身の女性が、通路の正面に、いた。
濃い緑色の長髪をなびかせ、全身を堅固な鎧で覆う戦士然とした美女だった。
背中に背負う身の丈ほどのメイスが鈍く輝き圧を放っていた。
「……っ!」
その姿を捉えた瞬間、目に映ったものを表すなら。
死。
隔絶。
圧倒。
横たわる差はあまりに大きかった。
どれほどの奇跡が起きようとも関係ない。
万が一どころか、億が一にも勝ち目がないと分かるほどに。
「あなたたちがたどり着いたここが正解よ。この先に、あなたたちが探し求めたものがあります」
美女は薄く笑っている。愉快そうに。
「さあ、そのまま引き返して、ここのことを報告しなさい。アンテが待っている、と伝えるのを忘れないことね」
「……?」
「理解する必要はないわ。わらわの気が変わらぬうちに去るのね。死にたくはないでしょう?」
それはその通り。
いくら戦っても意味がないのであれば。
そして、ここのことを報告できるイコール生きて帰れる。
のであれば。
逃げない理由は無かった。
背を向けるのは恐ろしかったが、それも今更である。
彼らは背を向けて走り出す。
恐ろしい。
恐ろしい。
あんな生き物がこの世に存在しているのか。
触れただけで死にそうだった。
触れただけで殺されそうだった。
脱兎の如く逃げ出した四人は、アンテの宣言通り、後ろから撃たれることなく地下通路から脱出することができたのだった。




