十七
「……やってくれましたね」
アンテからの話を聞いたマルチェロは、不本意である、という表情を隠さなかった。
視線の先にはアンテ。
豪華なオットマンつきのリラックスチェアに身体をしっとりと乗せている。
マルチェロが苛立ちを発していることには気付いているが、意にも介していない。
「このタイミングで接触する予定ではなかったはずです」
聞いているのか聞いていないのか分からないが、ともかくマルチェロは言葉を重ねた。
言わずにはいられない。
指揮する者としては。
今回事を運んでいるのはマルチェロだ。
十分に検討を重ねて、計画を練って、ジョバンニという犠牲を強いて。
そのうえで実行したものなのだ。
考えていることはいくつもあった。
寝ても覚めても、来る日も来る日もどうするかばかり考えて。
今もそうしている。
常にそうしている。
彼が組み上げた段取りでは、今ここで凛、ミューラ、レミーアという敵方の最大戦力との接触は無かった。
さらに言えば、このタイミングでアンテという切り札を露出させる予定などあるはずがない。
だというのに独断専行だ。
どういうつもりなのか。
言いたくなるのも、無理は無かった。
「何か問題があるのかしら?」
興味なさげな返事。
その態度、到底納得はできないが、聞いてくれるだけでもありがたいと思い直す。
「ありますとも。あなたを適切な場面で明かすことによって、相手の精神にダメージが……」
と続けたマルチェロを。
「そんなタマではないと思うけれどね」
と。
アンテのつれない言葉が遮った。
「……どういうことでしょう?」
「リスクを冒してでも会ってみないと分からないことよ」
実際に接することなく、言葉も交わすことなく。
安全な机上で駒を動かしていては分からないこともある。
時には自分から乗り出していって肌で感じるべき。
アンテはそう言っているのだ。
彼女にとって実際にリスクだったかどうかは異論を唱えたいところではある。
そんな揚げ足取りをすればどうなるか分からないので、口を閉じておくマルチェロ。
「あなたにはあなたの目的があるのでしょう。でも、わらわにも楽しみが無いとつまらないもの。その点、彼女たちはアリだわ」
マルチェロとの会話には興味を持っていなさそうだったアンテ。
だが、凛とミューラの話をし始めたとたん、彼女はみるみるうちに上機嫌になった。
それはそれでいい。
計画の修正を強いられるものの。
結果的には悪くは無かった。
不満はあれど、アンテがマルチェロにとっての最高戦力であることは間違いないのだ。
アンテが「気が変わった」と言ってここを出ていこうとする確率がかなり下がった、と言っていいはずだ。
アンテもまた、彼女より上位者から命令を受け、任務としてここに来ている。
よほどのことでない限り放棄することは無いだろうが、確実ではない。
マルチェロにアンテを止める術など無いので、彼女が前向きになってくれるのならば、計画の変更など大したことではない。
要請をした際に彼女が気分よく応じてくれるのなら、むしろ計画の再修正をすべきだ。
これまでも気を配っていた。
一番美味しいところで登場できるように手配していたし、それを伝えてもいたが。
何よりだ。
(はからずとも、彼女が力を貸してくれることに前向きになったことは大きいですね)
忘れてはいない。
アンテが協力を拒否する可能性があったことは。
協力を得られるために
「……なるほど。では、アンテさんがもっとも楽しめるよう、場を整えることに尽力しましょう」
「そう。ならば、その時を楽しみにしています。場が整ったら呼ぶといいでしょう」
アンテがリラックスチェアの上でまどろみ始めた。
マルチェロは声を出さず、物音を立てず、思考に没頭する。
(あの鍵に辿り着かれたら出る、とのことでしたね。でしたら……)
ここでアンテを生かすにはどうするか。
(ふふふ。せっかくです。もっとじっくりやるつもりでしたが、彼女がやる気になっているうちに一気に進めてしまうのもありですね)
当初の不満はどこへやら。
アンテのやる気という非常に重要な要素がプラスに働いたことで、今では計画の大幅な変更も辞さなくなっていた。
そんな心の変化も気にしない。
それらを考えているうちに時間は過ぎていく。
マルチェロにとって、いくら時間があっても、足りないのだった。




