十二
老夫婦の変死事件があった直後から街を探知しながらのパトロールを開始した。
変死事件の現場の見分当日と翌日は何も成果は無く。
さらにその翌日。
直接は関係なさそうだが、街に確かな変化が現れたのだ。
結論から言ってしまうと。
どちらかといえば、あまり嬉しくは無い変化である。
さて、具体的にどんな変化かと言えば。
「もう逃げられないわよ」
ミューラは行く手をふさぐように立っている。
その視線の先には、少々粗野ではあるものの、その辺を歩いていてもおかしくはない市民の男。
「くそっ、なんだてめぇ!」
「冒険者よ」
「くっ……!」
冒険者。
一般人ではまず勝てない人種の代名詞。
Eランクなどの下位であっても同様だ。
もちろん絶対ではないが。
それだけ、魔力を操れるか否かという要素が大きいのである。
「くそがっ!」
殴りかかってきた男性の拳をパンとはじいて、そのまま足を引っかけて転ばせる。
一般人相手に拳を振り上げてしまっては、要らない怪我を負わせてしまう。
それだけ差があるのだ。
ごろごろと転がる男。
追ってきていた自警団の人間に取り押さえられ、御用。
「ありがとうございます!」
ご婦人が礼を言い、男が持っていた革袋を抱えた。
そう、彼はいわゆるひったくりだったのだ。
「とっとと立て」
「いてっ! いてて!」
「ほら、きびきび歩くんだよ!」
「分かった、分かったって!」
自警団の容赦のない連行についていく男。
彼の姿を見送り、ミューラはため息をついた。
ここ最近になって、こうした事件が増えてきていた。
凛、ミューラ、レミーアが捜索を始めたから、ということなのだろうか。
実際にはそんなことは無かろう。
聖騎士団の見解としては、一向に解決しない事態に、人々の我慢もそろそろ限界を迎えてきた、というものだった。
そして、それにレミーアも同意していた。
なるほど、分かる。
パリストールは異常事態になってからその日のうちに解決した。
しかし聖都ギルグラッドは、既に数日が経過している。
その間に何か大きな事件が起きた、という報告は無い。
下手をすると老夫婦の変死事件がもっとも大きいものになるのではないだろうか。
という状況。
無くなる気配すらない紫色の妙な結界。
それでも我慢に我慢を重ねてきた。
すぐに解決すると信じて。
しかし、それが叶わなくて。
異常が日常になって。
それでも人は慣れる生き物。
しかし、心に澱は溜まっていく。
そして無限に溜めておけるわけでもない。
鬱屈とした想いが積み上がって、溢れても仕方がないというわけだ。
「これは、早期に発見できないと……」
これらの事件、目についたときはその場で裁量で解決に動いてほしい、と聖騎士団から報酬込みで依頼されているし、何なら代行の紋章も預かっている。
目の前で起きているのにそれを無視するのも寝覚めが悪いからだ。
だが……。
「事件は今後増えていくわね」
聖騎士団が事件解決を委託してくるということは、つまりそういうことだ。
市民のことを思えば事件解決を些事と言うつもりはない。
しかしこうして事件を解決していても、根本解決にはならない。
対症療法ではどうしようもないのだ。
「それに付き合い続けるのもごめんだもの。だけど……」
なかなか、尻尾がつかめない。
いたちごっこをしているというのならまだ分かる。
けれどもその状態ですらないのだ。
引き続き、この状況は続いていく。
何かの瞬間に、ふと棚ぼた的に手がかりが降ってくる、といったことが無ければ。




