十五話
もう来てしまった。
ジョバンニは仕方がない、と笑った。
予想以上だったのは間違いない。
ただ少し上を行かれた、というレベルではない。
相当なものだった。
「ここが切り時だな」
本当は、やっとの思いで屋敷までたどり着いた敵に見せることで、絶望と戦意喪失を狙っていた。
当初の予定はそれだった。
だが、そうはならなかった。
やっとの思いを味わわせるどころか、破竹の勢いでの快進撃でますます勢いづかせてしまった。
ここまでの実力の持ち主だとは。
彼我の距離はまだそれなりにある。
だが、それはあくまでもジョバンニにとっての認識。
これだけの速度で接近してきた彼女たちに、ジョバンニの常識を当てはめて考えるのは愚策だろう。
ならば、ここが正念場としてとっておきを切るべきだ。
とっておきはとっておくものではない。
出汁惜しんで間に合わずに負けた、というのは笑い話にもならないからだ。
「やむをえまいな」
ジョバンニは立ち位置を少し移動した。
陣の端から、ど真ん中に移動しただけだが。
起動のカギはここにある。
「我が最後の手を、とくと味わうがいい。これが正真正銘、最後の剣だ」
懐から短剣を取り出し、手のひらの真ん中に突き刺した。
突き刺したといっても、一センチ程度だが。
別に深さは関係ない。血が出ればいいのだから。
きちんと出血したことを確認し、しゃがんで手のひらを陣の真ん中に押し当てた。
陣が赤い光を帯びていく。
徐々にその光が強くなっていき、臨界を突破して部屋中を紅の閃光が染めた。
発動は一瞬。
陣に手を当てながら、無事にすべて発動したことを確認した。
この陣もオペレーション無しで動くわけではないので、細かい調整を行いながら発動したわけだ。
もっと時間があれば微調整無しでできたのだが、今となっては些細なことだ。
「うむ……問題はないな」
切り札の投入は成功した。
これが打ち破られたら、もはやジョバンニに打てる手はない。
だが、成功している。
「では、最後の勝負と行こうか」
覚悟は決まっている。
これを叩きつけて、反撃ののろしとするのだ。
ジョバンニは陣の中で、決死の表情を浮かべていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
かなり魔物の数は減ってきた。
ジグザグに動きながらも、向かう方向はジョバンニの屋敷。
街の魔物を削りながらの行軍。
ただまっすぐ進んでは、数が減らせない。
急ぐこと自体は悪くは無いのだ。
早急な事態解決を狙うことが悪いはずがない。
ただ、それによって被害が出ることを、この場にいる誰も良しとはしなかった。
「見えてきましたね」
ようやく見えてきた本丸に、シャルロットが万感のため息をついた。
「ああ、だいぶ近づいたな」
ジョバンニの屋敷を眺めながら、レミーアはひとつ息を吐いた。
魔物と戦いながらの進行なので、当然時間はかかった。
だがそれに見合った戦果はあったと胸を張っていいだろう。
大通りを行った先に、領主の館の屋根が見え始めていた。
現在位置とジョバンニの屋敷はそこそこの距離があるわけなのだが、さすがにこの街でも有数の巨大建築物なので、遠くからでも十分に目立つ。
ただ、ここまで来ればもう目と鼻の先と言っていいだろう。
これまでどれだけ寄り道をしたかを考えれば、この後の道程にこれまでと同じ密度の戦闘があったとしても、正直あっという間である。
「はい、師匠」
ミューラは頷く。
ここにたどり着けば解決する、かもしれない。
少なくとも何かしらの手掛かりがあることは間違いないだろう。
もっとも、ジョバンニが起こしていること自体は分かっているので、手がかりどころか解決の直接的な糸口になることはほぼほぼ間違いないだろう。
「もうすぐ、この街の危機を取り除けそうです」
戦う前は楽観的だが、戦いが始まってしまえば現実的な考え方をすることが多い凛。
命の奪い合いではないにせよ、真剣に技を競い合う世界にいた彼女は、戦況の判断はかなり辛口だ。
その凛が勝ちが見えている、というのはかなり大胆であるといえる。
「うむ。まあ……」
「そうですね。このままいけば、ですが」
「うん、このまま終わるかって言われると……」
おそらくそれは、ない。
ジョバンニと会って話しているため多少は人となりは予想できる。
もちろん常日頃から付き合いがあるわけではないので性格を深く正確に理解しているわけではないが、会ったことがあるのとないのとではずいぶんと違う。
会った第一印象は、抜け目がなく堅そうな人物。
さて、そんな第一印象を与える人間が、されるがままで居続ける。
そんなわけは、ないだろう。
「何かしらの手があるのは間違いなかろうな」
「はい。あたしもそう思います」
「この状況を変えようとするはずですね」
ここまで追い詰めたわけだが、油断しているわけがなかった。
自分ならば絶対にもう一手用意しておく。
これで負けたら、出し切ったと納得できるだけの手を。
速攻が出来ない戦いを敵に強いたのだ。
それを用意して投入する準備時間はいくらでもあったはず。
もしもそれがあるのなら――
「おそらくは、今かと」
「そうね。あたしもそう思うわ」
この状況を把握していないはずがない。
把握できないような者が、このようないやらしい作戦を組んで実行など出来るだろうか。
「お前たちの予想は当たったな」
突如発生した大きな魔力。
これまでとははっきり言って桁が違う。
レッドオーガなど比較にもならない。数倍は存在感が違う。
凛たちがいる場所は大通り。
その大通りに、合計四つの気配ができた。
否。
四つの気配があった。
どこかからやってきたわけではない。
産まれたり、創り出されたわけでもない。
気付いたら、そこにいたのだ。
その巨大な存在感。
隠してもいない気配、それもこの大きさなのだから、気付かないなどありえない。
だが、現実にそこにいる。
幻などではない。
きちんと実体があった。
ドラゴンなどが眼前にいるかのような威圧感。
耐性のない人間が我慢できるものではない。
凛たちはその威圧を浴びるどころか実際に戦ったこともあり、耐える耐えない、というレベルは既に脱してた。
「なるほど、キメラか」
色々な見覚えがあった。
つい先日、北の海でのことだ。
肌を刺す威圧感から察するに、その時に戦ったキメラと同格かやや強いくらいだろう。
それならば。
「またか、って感じですね」
「キメラが敵の主力なんでしょうか」
レミーアはもちろん、凛もミューラも狼狽はしていない。
既に一度経験し、戦ったことがあるという経験は、自分が思う以上の冷静さをもたらしていた。
これが、恐らくはジョバンニの最後の手。
勝負を決めるための、切り札。
「では、これを叩き潰して、引導を渡してやるとしよう」
逆に言えば、これを倒し切れば、恐らくジョバンニの手元には何も残るまい。
この期に及んで出し惜しみする理由などないからだ。
もしもしているのだとしたら、戦況をまったく読めていないことになる。
ここはすべてのリソースを注ぎ込んで、最大限の抵抗をすべきだ。
「そうですね。……四匹かぁ」
「一人一匹、とは行かないわね」
さすがに一対一以外の経験はない。乱戦になるだろうか。
それは少々厄介かもしれない。
この力を使わなければ抗しえない敵との戦闘経験はまだまだ少ない。
それに加えて、今は守るべき者がいるのだ。
戦いの勝手は相当に違うといえるだろう。
さすがはジョバンニの奥の手。
ここまでは順調に来たものの、今からはかなり難しい戦いを強いられることになりそうだ。
「わ、わたくしが一体、引き受けましょうか?」
その時だ。後方から声がかけられたのは。
確認するまでもない。
その声の主はシャルロット。
まさかの人物からの声だった。




