七話
「……ジョバンニ大司教が敵であると、あなたはそうおっしゃるのですね? ロドラ元枢機卿」
ロドラはこれまでの張り付けた笑みを引っ込め、真剣な表情で頷き、シャルロットの言葉を肯定した。
「その根拠はなんだ?」
レミーアが尋ねる。
大方の予想はついている様子のレミーアだが、予想だけで物事を片付けるのが愚かな選択だと分かっているための確認だ。
「謀略があるのならば、先に潰してしまえばいい。……誰でも思いつくことです」
「うむ。つまり、先んじて潰しにかかった場合に発動するギミックがあるわけだな」
「その通りです。我々がその方向で動いた場合、暴走するようになっている、とのことでした」
「その情報はどこから?」
「私の手のものです。少なくない犠牲を支払って入手した情報ですが、それ以上の価値がありました」
「なるほどな……」
レミーアは顎に手を当ててその言葉を吟味した。
「暴走させてしまうと、もはや取り返しがつかない、ということだな」
「そうなってしまうくらいなら、相手に企みを起こさせて、それを正攻法で攻略した方が良い、ということですね」
「そうだな」
ミューラの考えに、レミーアは同意する。
「ふむ……その暴走のギミックとやらは、あえて漏えいさせたのやもしれんな」
「我々もそう見ております。本体にはまったくたどり着けなかったことを鑑みると、そう考えるのが妥当かと」
ロドラがレミーアの言葉を肯定する。
「暴走させないのであれば、三日後に向けてできうる準備を進めておくのがよろしいかと」
「そうだな」
うなずくレミーア。
それ以外にないだろう。
選択肢としては残してはおくが、それを選ぶのは最後の最後。
暴走させてでも発動自体を止めねばならないと分かったときだけだ。
しかし、その術式の中身まで探るのは難しいと思われる。
ロドラが少なくない犠牲を払って判明したことが、暴走のギミックのみ。
肝心の術式の肝は分からなかったというのだから。
「では……わたくしたちは、三日後に備えて英気を養っておくのが良さそうですね」
シャルロットがこの場を締めにかかった。
「お伝えはしました。では、これで失礼するとしましょう」
ロドラは必要なことは伝え終わったとみて、さっさと立ち去ろうとする。
ここにはこっそりと来ているのだ。
長居するのは良くはない。
「ええ。ありがとうございました」
シャルロットも彼らの状況は理解しているので、それを止めはしない。
三人が出ていく。
「それでは皆さん、ひとまず今宵は寝るとしましょう。今はそれが一番大事ですからね」
「ああ、その通りだな」
この時間では何もできはしない。
既に街は寝ている時間だ。
ここはきちんと眠って体調不良にならないようにするのが大事だ。
「分かった、おやすみ」
「おやすみなさい」
全員それに異論はなく、それぞれ割り当てられた寝室に戻っていく。
一夜明けて翌朝。
太一たちが滞在している宿は、この一帯で高層の建物だ。
そのため街の様子が一望できる。
街は朝の活気に満ち満ちている。
元気な声と小鳥のさえずりを背に洗面所で顔を洗う。
高級な宿は自分の泊った部屋に水回りがあるのがいい。
身だしなみを整えてダイニングルームに移ると、既に何人かは席についていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
その中の一人だったシャルロットとあいさつする。
彼女は紅茶を飲みながら、窓から差し込む柔らかな朝日を眺めるという優雅な朝を過ごしていた。
太一もまた、侍女のティルメアにクーフェを淹れてもらい、それを味わう。
シャルロットが早いだけで、太一が寝坊しているわけでもない。
現にミューラも凛も、そしてアルセナも起きていなかった。
ここにいるのは護衛の騎士とティルメア、そしてシャルロットの腹心であるテスランだ。
むしろ、普段に比べて太一がかなり早く起きただけである。
「お早いですね」
「ああ、なんだか目が覚めちゃってな」
「そうでしたか」
笑う太一。
朝に弱いことは太一も理解している。
もっとも、どちらかといえば起きられないのではなく、寝るのが好きなのだが。
「そうですか。朝食まではもうしばらくありますよ」
「みたいだな」
仕事を全うしている人員以外は寝ていることを考えると、シャルロットの言う通りなのだろう。
太一ものんびりすることにした。
ドナゴ火山に赴くのは明後日なので、今日明日は何もすることはない。
何か仕事があれば話は別だが、何も無いのならば自分の時間に使うことに決めていた。
やがて昼食の時間になる。
起きてこない者もいるが、特に問題は無い。
シャルロットが「特に仕事は無い」と明言したからだ。
むしろ寝坊できるほどに精神的にリラックスできるのならばそれに越したことはない、とも言った。
その後、凛とアルセナが起きてきたあたりで朝食の時間になった。
高級宿なので期待できる。
昨夜の夕食もかなり豪勢で、味もじゅうぶんに楽しめるものだったのだ。
並んだ朝食はパンとベーコンと川魚のソテー、サラダにシチューだった。
朝からそれなりに重いのは、この世界のスタンダードなのでもはや驚くこともない。
出された朝食に舌鼓を打つ。
「うまいな、さすが高級宿だ」
「宿屋でこのクオリティはなかなかないね」
パンは柔らかい白パン。
この時点で実はかなり上質なのが分かる。
安い宿だと黒パンに野菜くずのスープだけ、というのは珍しくないメニューだ。
白くてふわふわしたパンというのは保存性が悪く、トータルコストがかかる。
逆に黒パンは一度作ればかなり長い間とっておけるので、その分コストも安い。
それ以外にも肉と魚に新鮮な生野菜、肉と野菜が溶け込んだシチュー。
しかもどの料理も一級品。
王族に出して問題ないとされるレベルだけあり、食の発達した日本から来た太一と凛も満足できる味だった。
「今日はどうされますか?」
「俺は散歩したり訓練したりするかなぁ」
何もない二日間。
本番前のこの時間、コンディションを整える時間として大切にすべきだ。
 




