六話
結論から言うと、予想を的中させたのは凛、レミーア、アルセナだった。
深夜、訪ねてきた者たちがいたのだ。
今、太一たちの前には懐かしい三人が座っている。
太一と共にいるのはいつもの仲間。
しかし、今回メインで応対するのは太一ではない。
当たり前だ。対外的にここでもっとも地位が高いのはシャルロットなのだから。
「なるほど、タイチさんが懐かしい、といったのはあなたがただったのですね」
「お久しぶりでございます、殿下」
そうシャルロットに応じた
「ええ、お久しぶりですね、ロドラ枢機卿」
と、そこまで告げて。
「いえ、こう申し上げるべきですか。元枢機卿」
と、笑顔で柔らかい物腰と口調のまま、厳しい言葉を投げかける。
穏やかなシャルロットだが、イコール甘いわけではないのだから。
ロドラはそれを表情を変えずに受け止めた。
「そうですな。いまや、レージャ教に居場所はありませんから」
いや、とロドラは首を振った。
「私の方から手放した、というのが正しいでしょう」
「そうですか。そういえば、政治的な取引で釈放した、と報告を受けたことがありましたね」
シャルロットは、彼の隣に座っているカシムと、壁に寄りかかっているグラミに目を向けた。
二人を政治的取引で釈放までこぎつけた者こそ、何を隠そうロドラであった。
「分かりました。それで、本日はどのようなご用件なのですか」
そのことについて言及する代わりにそう尋ねることで、問題ないことを示した。
「こんな時間に訪ねてくるということは、重要かつ緊急を要する案件なのでしょう?」
ロドラも高位聖職者として貴族などと接したこともある関係上、シャルロットの意図を読み取ることには慣れたもの。
そこに言及しない代わりに彼らの用向きを質問する。
太一から、あわただしく動いているというのは聞いていた。
そして、ジョバンニと会談した直後。
動くなら二つのタイミングだろうと思われたうちの一つで動いてきたのだ。
「さようです」
ロドラは告げる。
この街で行われている不穏な動きについて。
なかばレジスタンス状態だったレージャ教の裏組織。
そもそも、ロドラやカシムは、レージャ教に属しながらシェイドの手足となって動く実働部隊であると。
今もまだレージャ教に属しながらシェイドの意を汲んで動く者たちもいる一方、ロドラらのように、レージャ教から離れながらも暗躍を継続している者もいる。
組織にいるのは様々な融通が効く一方、動きが制限されることもあるというデメリットもある。
組織のしがらみを取っ払えば、その分動きやすくはなる。もっとも、当然組織の力は使えなくなるのだが。
「……そういえば、裏組織には裏切り者がいるんだったな」
シェイドの言葉を思い出す太一。
一枚岩ではない、と彼女は嘆いていた。
実際に彼女の力と存在感をまともに味わった太一としては、それさえも利用してしまうのではないか、と思わなくもない。
それはそれとして、ロドラたちはシェイドの部下、というか末端であり、今日はその立場でここにやってきたのだと。
「ところで、元気してるかよカシム」
「ええ。おかげ様で、すっかり腕の痛みはなくなりましたよ」
「そいつは何よりだ」
皮肉のきいた会話をする太一とカシム。
二人には浅からぬ因縁があった。
太一が打ち破って一応のケリはついてはいるが、それでサクッと割り切れるのならば人間誰も苦労はしないのである。
「昔を懐かしむのは後日にしましょう。今日は、伝えるべきことがあるからこそここに来たのです」
「ふうん? じゃあ、聞かせてもらおうかな」
シャルロットとロドラが会話している間に割り込むのは本来なら無礼だし非常識とそしられてもおかしくない行為だ。
だが、ここにそれを咎めるような者はいなかった。
公式の会談という扱いをすればお互いに困るのだから、細かいお約束は守らない方がいい。
そしてくしくも、太一とカシムのやり取りが、話を先に進めるきっかけになった。
「そこの少年の言う通り、今日の本当の目的を果たすといたしましょう」
自然に会話をインターセプトしたロドラは、シャルロットを見据えた。
「まずこれをお伝えしておきましょう。アルガティ様の言葉を受けて、ここにいることを」
「……!」
シャルロットは思わず居住まいをただした。
アルガティは、知っての通りシェイドの右腕、幹部と言ってもいい。
その実力は折り紙付きであり、太一が二柱と契約してようやく退けた相手だ。
時間帯は昼であり、彼はすべての実力を発揮できてはいなかった。
これが夜ならば、そして満月ならばどれだけの強さになるのか、実際に戦った太一でさえも想像もつかない。
「そこの少年がサラマンダーと契約するためにいらしたことはうかがっています」
誰から聞いたか。
アルガティであろう。
話の文脈から、それを読み取るのは難しい話ではなかった。
「そして、皆さんの来訪に合わせて何かしらの画策があることが分かっています」
そういうこともあるだろうな、と思っていた。
ここには、シェイド陣営と、いわば反シェイド陣営がいる土地だ。
反シェイド陣営は、セルティア陣営ともいえるだろう。
それらとアルティア陣営が相争っている土地。
クエルタ聖教国とはそういうところなのだ。
「ふふふ、分かっておられたようですね」
「分からいでか」
レミーアが軽く笑ってそう反論すると、ロドラはその通りだと頷いた。
「アルガティ様からのご協力は頂いております」
「なるほど。心強いことですね」
シャルロットが素直にそういうと、ロドラもまたそれを認めるようにうなずいた。
「ただし、この妨害を未然に止められるような援助は得られておりません」
なるほど、どうやらこれは、自分たちで乗り越えろ、ということらしい。
「事は必ず起きる、ということですね」
「さようです」
それが分かっているだけでもずいぶんと違う。
必ず起きる。
心構えをしておけるだけでも、条件としては破格だった。
「具体的に何を起こすかまでは突き止められませんでした」
ロドラは申し訳ないとは思っていなさそうな声色で、申し訳なさそうな表情を浮かべて謝罪する。
「ですが、いつ起こるかは分かっております」
「それは?」
「三日後、です」




