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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
七章 再会・試練・罠

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五話

「いやはや、素晴らしいですね」

 屋敷にある一室。貴族に相当するジョバンニの屋敷にある一室としては飾り気が全くない部屋。

 そこは使用人すら入って来れない場所。

 ジョバンニが、マルチェロと会う時にだけ使う部屋だ。

 屋敷の主であるジョバンニが座るソファの対面にいるマルチェロは頷いた。

 丸二日間の猶予をつくった。

 そうジョバンニから聞いたマルチェロは満足げである。

「とはいえ、細かい部分の詰めは甘い。その穴は現場指揮でどうにかする必要がある」

「もちろんそれは承知の上です。そこはどうにかします。覚悟はよろしいですね?」

「無論だ。卿こそしくじってもらっては困るぞ」

 ジョバンニが鋭い視線でマルチェロを見据える。

「ご心配なく。あなたが仕事をする限り、私の方は委細問題なく」

「ならばよい。では、それぞれ仕事をするとしよう」

「ええ。遊んでいられる余裕ではありませんのでね」

「その通りだ」

 二日という時間は、睡眠や食事など、生きるための最低限な活動以外をすべて計画のために費やせば十分に間に合い、多少余るといったところ。

「……暴走という結果には、終わりたくないものだ」

 ふとジョバンニがそうもらした。

「そうですね。最悪そうせざるを得ないのは分かっていますし、覚悟もできていますが……」

 暴走させてしまうと、かけたコストが無駄になるばかりか、せっかくの重要な足掛かりも失う。

 大きなダメージは負わせられるものの、こちら側が支払う対価も非常に大きなものになってしまうのだ。

 だからこそ、暴走をためらわせるための仕掛けには細心の注意を払い、分かりやすい形にもした。

 迂闊に手は出せない、と二の足を踏んでくれれば十分だ。

「さて、私は一足先に往きます」

「こちらは任せてもらおう」

「お任せします。それでは」

「うむ」

 マルチェロは立ち上がり、壁の隠し通路を開けて出て行った。

 一人残ったジョバンニは、相変わらず腕を組んでソファに腰かけ、しかめっ面で虚空を見つめていた。

「……始めるか」

 立ち上がり歩き出す。

 コツコツと硬い靴底が石畳の床を叩く。

 マルチェロが消えた壁とは別の壁にて、かけられているランプの台座をくるりと直角に回す。

 すると壁が開く。

 現れたのはマルチェロの執務室。

 仕事をするのならば、やはりここが効率いい。

 マルチェロは座り慣れたこだわりの椅子に座り、必要な仕事を片付けていくのだった。



「……ふん、よく考えたものだな」

「どうかしたかい?」

 とある映像を見ていたアルガティが思わず漏らした言葉に、横たわって酒を楽しんでいたシェイドが応じる。

「はっ。クエルタの例の連中ですが」

「ああ、彼らだね」

 アルガティがどの映像を見ていたのか、シェイドはすぐに思い出した。

 彼女の元に入ってくる情報は膨大だ。

 それこそ、普通の人間では一瞬で脳神経が焼き切れ、廃人になってしまうような膨大さ。

 リラックスして酒を楽しんでいる今この瞬間もそれは変わらない。

 重要度と緊急性を天秤にかけて処理すべきものは処理を進めている。

 休んでいないときは、すべての情報をいくつも同時に処理するというマルチタスクを行っているところなので、これでも彼女としてはじゅうぶん休息をとっているところである。

「ついに彼らが準備してきたもののお披露目となるわけか」

「仰せの通りかと」

「そうか。無駄にならなくてよかったね」

「……はっ」

 そう。

 これで無駄になってしまったら、わざわざ泳がせた意味がないというもの。

 だからこそ、彼らはこうして姿が露呈しているにも関わらず、未だに無事なのだ。

 シェイドのお眼鏡にかなわなかった場合、早晩処理が行われ、今頃この世には存在していなかったのは間違いない。

 それでも今こうして生きているということは、シェイドから「太一たちの前の前に立ちふさがるに足る」と認められた証である。

「実に面白いことを考えている。是非一度見てみたいと思っていたからね」

 それは間違いなくシェイドの本音だ。

 この世界にはない術式形態で発動される術。

 計画段階から知っていたのだから、どのような術なのかは既に把握している。

 ただし、術式を知っていても、発動するところを実際に見るのと見ないのとでは違う。

 ある意味では、自分の世界を舞台に実験させるようなものだが、相手の手の内を知ることができるという意味ではマイナス要素だけではない。

 人間だけが生き残っていればいい、精霊だけが残ってくれればいい、魔物さえ生きていればいい、といったことはありえない。

 どの種族もかけてはならないのだから。

 シェイドにとって世界を守るとはそういうことだ。

「サラマンダーにもシェイド様のお考えは伝達しております」

「そうかい?」

 アルガティが伝えていたようだ。

 そのくらいは、この優秀な部下ならば抜かりはないとシェイドは分かっていたので驚きはない。

 でなければ、わざわざ『右腕』などと口に出したりはしない。

 あの辺りはサラマンダーの縄張りといってもいい。

 自分の縄張りで好き勝手するのは許さないだろうが、泳がせるのがシェイドの意志となれば話は別だった。

 サラマンダーとしては自分の縄張りうんぬんよりもシェイドの考えを尊重するのは当然だった。

「なら、任せようかな」

 シェイドは問題ないと思っている。

 大体の戦力分布は把握しているからだ。

「分かりませんぞ。人間ですからな、気を付けていてもミスというのは起こりうるものです」

「ふふふ、それは体験談かい?」

「遥か昔の話です、シェイド様」

「ちょっとからかっただけだよ」

「お戯れを」

 シェイドに向かい、アルガティが困った様子で言う。

 シェイドは酒が入ったグラスをからからと揺らして応えた。

「……レージャ教の裏切り者と教唆した者も、これでだいぶおとなしくなるでしょう」

「そうだね。それは期待しよう。委細は任せていたけれど、どうだい?」

「はっ。現在の教皇は通常業務はそつなくこなす男ですが、非常時には不安がございます」

「それで?」

 アルガティはそんな不安をあおるような情報だけを出して終わり、という男ではない。

 当然続きがあるものと、シェイドは先を促す。

 当然続きを用意してあるアルガティは、それを受けて続きを話す。

「ですので、召喚術師の少年たちには、シェイド様の手の者をつけています」

「ふうん?」

 シェイドはしばらくぼんやりとコップの酒を眺めて、はたと何かを思い出したように視線をアルガティに向ける。

「ああ……もしかして、彼らがこの世界に来た当初のかい?」

「思い出していただけましたか」

 それは彼らも本望でしょう。

 アルガティはそう言った。

「ふむ……」

 エリステインの王都ウェネーフィクスで、彼らは太一と一応の決着をつけ、捕らえられたはずだ。

 十分に役目を果たしてくれた。

 その後は一切思い出すこともなかったのだが、まさかここで出てくるとは。

 アルガティに任せていたために一切気にしていなかったので、ここで初めて知らされた。

 驚きはしなかったが、予想外ではあった。

「それなら、少し手を貸してあげなさい」

「そうおっしゃられると思い、我が裁量と判断において援助を実施いたしました」

「さすが、抜かりないねアルガティ。じゃあ、引き続き任せよう」

「ありがたき幸せ」

 頭を下げるアルガティを一瞥し、シェイドはグラスを宙に放り投げる。

 まだ酒は入っていたが、一滴たりともこぼれることはない。

 そのグラスは闇に呑まれ、後には何も残っていなかった。


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