プロローグ2
むしゃくしゃしてやりました。
後悔と反省がちょっとあります。。。
夕焼け色に染まる駅前通りに一人。
いつも一緒に帰っている友人二人とは、今は離れて歩いている。
商店街を散策中意図的にはぐれたのだ。二人にはメールで『一七時に駅前で落ち合おう』と連絡してある。
さて。浮いた時間をどう使おうか。太一は読んでいたマンガ雑誌を置いてコンビニを出た。買い物客や、帰宅途中のサラリーマン、学生で賑やかだ。
喧騒に揺られて目的も無くふらふらとさまよう。そういえば、トイレットペーパーのストックが少なくなっていたはず。仕事が忙しくて帰宅が遅い両親に期待するのも酷だし、今頃彼氏とよろしくやっている姉はそんな事に頓着していないだろう。
必然的に家事は太一の仕事だ。面倒くさがりな彼にとっては多分に不本意だが、やらないと明日はくパンツも無いのだから仕方が無い。手伝いを頼もうにも、前述の通り忙しすぎる両親には頼みにくいし、姉とはあまり仲が良くない。……というより、お互い変に遠慮しあっている、といったところか。何でそうなったのか、太一にも姉にも説明は出来ないのだが。
どうせ暇なのだ。そう一人ごちて、太一は近くにあるドラッグストアに足を向けた。
何でこんなところを一人で歩いているのか。もちろん、目的も無く親友達と離れた訳ではない。
中学時代からのヘタレ街道に終止符を打とうとした某イケメンが、一目ぼれした腐れ縁に自分の気持ちを告げる決意をした、と、柄にもない真剣な顔で相談してきたのは今日の昼の事。
流石にあんな顔をされて茶化す気にもなれなかった太一は、そうか、と一言で納得してこのように段取りを決めた。
放課後やると決めた太一に「今日かよ!? 心の準備が……」とごねるヘタレ貴史を一発殴って黙らせ、強制的に二人きりにしたのだ。
あのヘタレ貴史のことだから、大事なところで噛むんだろうなあ、と思いながらも、思わず頬が緩む。
これで晴れて美男美女カップルの誕生だ。
貴史は言う必要も無いことだがイケメンである。しかも頭も悪くないし、空手をやっているから喧嘩も負けなし。背も高くて細マッチョで気前良く気配り上手。太一が欲しいなあ、と思う長所をすべて持っている男なのだ。
完璧超人とも言うべき彼に、ヘタレなところがあるというのは最早愛嬌程度でしかない。
「但しイケメンに限る」を地で行く男。
そして凛。
彼女も学年ではトップレベルの美少女。……いや、高校一年生だがヘタしたら美女と言ってもいいかもしれない。
街を歩いていて雑誌モデルにスカウトされた回数は片手の指じゃ足りない。性格もサッパリしていてノリもよく、おまけに相手を思いやる事も出来ると言う事なし。
貴史と同じく完璧超人と言っていいだろう。ただまあ、大好きなテニスの話題になると相手を放り出してヒートアップしてしまうのだが、これも愛嬌で済むレベル。
二人が並んで歩いていると男女問わず振り返ったりするのを、太一は幾度と無く目にしている。
そして、自分は引き立て役なんだろうなあ……と遠い目をした回数も、もう数えるのが億劫だ。
さて一七時には手を繋いで現れるだろうか。見せ付けられるところも覚悟しなければならない。
もちろんそれを望んでいるし、見せ付けてくれる貴史と凛を冷やかしてからかう言葉も用意済み。
……そして、モテない男であるという事実を突きつけられる覚悟をしていないのに、今更気付くのだった。
商店街を歩く美男美女。
お互いにアイドル並の容姿を誇っているためにとても目立っている。道行く女子高生やサラリーマンが、思わず振り返ったり、二度見してしまう程度には。
渦中の二人は無言である。仲睦まじい姿でなくても絵になるのだから、美形は得だ。
「……なあ、凛」
「ん?」
丁度人通りが無くなり、喧騒から若干離れたところで、貴史は凛に向き合った。
普段との様子の違いを何となく察していた凛も、特に何か問うことなく貴史に合わせる。
「俺にも、チャンスはあるか?」
告白の言葉は、変化球で貴史から紡がれた。
彼の顔はとてもサッパリしていて、返事を待つと言う緊張には侵されていない。
それよりも、言いたい事をついに言えた、という充足感さえ感じられた。
貴史の言葉の意味をじっくり咀嚼した凛は、やがてゆっくりと首を左右に振った。そのリアクションは分かっていたのか、貴史は特に落胆する様子は無い。
「やっぱり、あいつの方がいいか」
問いかける、というよりは確認する口調。
貴史の言葉に、凛はやや間を空けて頷いた。その頬が若干紅く見えるのは、夕焼けが当たっているから、だけではなさそうだ。
「ったく。ちょっとはオブラートに包めよ」
「……ごめん」
あっけらかんと笑う貴史に、申し訳無さそうに顔を歪める凛。貴史はその笑みを苦笑に変え、彼女の額を指で突いた。何も知らない第三者から見れば、恋人同士のいちゃつき合いにしか見えない。
「そんな顔すんなよ。分かってた事だ。分かってても、伝えておかなきゃ気が済まなかっただけなんだからさ」
分かるだろ? と言いたげな貴史に、凛は今度こそ笑って頷いた。
「ったく。何もかも分かったような振りしやがって。一番の朴念仁は絶対アイツだよな」
「そうね」
返事は短いが、大いに賛成のようで強く頷く凛。
貴史は、凛が自分のほうを見ていないことに気付いていた。凛が見ているのは太一だと気付いたのは、中学二年の時。どうして彼女に恋心が生まれたのか、好きな人の事だからこそ、貴史はその理由さえも分かっていた。
貴史と凛の事を分かっているような顔をしている太一が、実は一番分かっていないというのは、二人の共通認識である。
かれこれ二年近く想いを間近で寄せられて、一向に気付かないのだから、不名誉な評価も受けて当然だろう。
「凛もめんどくせえヤツに惚れちまったな」
「全くよ。前途多難だわ」
自分が想いを寄せる相手が物凄いニブチンだと酷評する凛。何度思わせぶりな態度をとっても言葉を使っても、一向に気付く気配が無いのだ。自分から告白するのは負けた気がして口惜しい、という妙なプライドを持つ凛は、太一に告白させようと日々努力をしているのだが、当の太一はまるで察しない。
いっそ強引にキスでもしてやらないと気付かないかしら……等と言う彼女の顔は怒りに染まっている。あの朴念仁の朴念仁ぶりが脳裏に蘇ってはらわたが煮えくり返っているのだろう。
それでも太一の事を話す凛がとても楽しそうなのは、彼女の気持ちがホンモノだという証明に他ならない。
その様子を見て再度納得したのか、貴史は吹っ切れた面持ちで前を向いた。
「行くか。そろそろ五時だ」
「そうね。今頃アホ面して駅前で突っ立ってるわね」
……本当に好きなのか? と勘ぐってしまう口ぶりだが、それすらも愛情表現だと分かっている貴史は、「だから好きになったんだよなあ」と、隣の恋する乙女の顔をした美少女の事をほほえましく思うのだった。
遠くから人目を引く二人のシルエットがこちらに近づいてくる。
「……んん?」
思った以上に二人の間が空いていて、太一はいぶかしんだ。
上手く行かなかったのだろうか。
何故。
貴史と凛ならお似合いだと思ったのだが。
上手く行かない理由の見当もつかない。答えが出ないまま、二人が太一の元にやって来た。
「お待たせ。待った?」
「いや。今来たとこだ」
そのやり取りが相当ベタだという事に、言い合ってから気付いた太一と凛が苦笑しあう。
ちらりと貴史を見るが、あまり落ち込んでいるようにも見えない。
今は平静を装っているのか。しかしその程度の演技なら見抜ける位には付き合いがあるし、事実見抜いたこともある太一は、貴史の振る舞いがこれ以上なく自然な事に再び疑問を覚える。
しかし、貴史が太一の目を欺けるほどに演技の腕を上げた可能性も無くは無い。そうだとするなら彼は今傷心中のはずなのだ。下手に突っついて傷口を広げるのは躊躇われた。
「さて。帰るか」
「そうだな」
口火を切ったのは貴史。それに何も異論は無く、太一も頷いた。
改札に向かって歩き出そうとして……後ろから来た急ぎ足の中年の男が、凛を突き飛ばした。
「きゃ!」
「おっと」
突き飛ばされた先にいた太一は、ふらついた凛を抱きとめる。
「大丈夫か?」
「あ、うん……ありがと」
顔を紅くして俯く凛。こんな表情をされたら思わずハートが打ち抜かれるだろー! と突っ込む貴史が必死にポーカーフェースを貫く横で、素でポーカーフェースを貫く太一を憎らしくも思う。
惚れた女が、自分にはこんな顔を向けてくれないのだ。
いくら相手が親友とはいえ、多少なり思うところがあるのは人間として仕方の無い事だろう。
これだけなら、恋路を応援する少年が少し嫉妬した、だけで済んだ。
好きな男子に助けられた少女が、嬉し恥ずかしのハプニングに気が動転した、だけで済んだ。
親友が突き飛ばされて、姿が見えなくなった乱暴な犯人に苛立ちを覚えた、だけで済んだ。
太一と凛の足元が、異様な輝きに包まれなければ。
「なっ!」
声を上げたのは誰か。
驚きの表情で太一と凛を見る貴史。
周囲の雑踏を歩いていた人々も、人外の出来事に足を止め、目を丸くしている。
「何これっ!?」
自分の常識外の出来事に襲われた凛は、太一の制服を強く掴む。それが、彼女の運命を大きく変えると気付かずに。
足元の輝きは、綺麗な円をかたどって輝いている。
幾何学模様の解読不能な文字列が、高速で回転し、宙にすら舞っている。
「太一! 凛! 離れろッ!!」
突如歪む世界。親友の顔が、二人には酷くいびつに見えた。
終始驚きで声すら上げられないまま、太一の視界はそこで暗転した。
次回は呼び出した人を少し描写します。
2019/07/16追記
書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。