四話
夜が明けて。
太一たちは領主ジョバンニ・ブルゴーニュと面会していた。
「ようこそいらっしゃいました、シャルロット王女殿下。アルセナ大司教も」
大男の大司教ジョバンニは、愛想のいい笑みを浮かべて太一たちを出迎えていた。
だいぶ白髪が混じった金髪と顔に刻み込まれた皺は、様々な経験してきた苦労を物語る。
大司教にまで昇りつめたがゆえのすごみのようなものが全身からあふれていた。
「突然の訪問失礼いたします」
「一日お待たせして申し訳ございませぬ」
「気にする必要はありませんよ」
貴族に相当するが、貴族ではない。
そのため言葉こそ丁寧なものの、シャルロットは自分が格上であるという態度を前面に出していた。
王族と一聖職者。
お互いに立場を弁えねばならない。
教皇の時と同様の理由だ。
聖職者を王族が敬う姿勢を見せてしまうと、そうさせた聖職者側も、そうしてしまった王族側も傷を負ってしまう。
「ご配慮恐れ入ります。して、今回のご用事は……?」
「はい。まずはこちらをご覧ください」
テスランが書簡をテーブルに置く。
誰からの書簡なのか、ジョバンニは当然一目で理解した。
「拝見します」
ジョバンニは書簡をあけて読む。
そこに書かれていたのは、簡単に言えば「シャルロットたちに協力せよ」だ。
「なるほど、承知いたしました。して、どのようなご用件でこの街に?」
「ええ。ドナゴ火山に用があるのです。この街で管理していると伺いましたので」
ドナゴ火山はレージャ教における霊峰。
ジョバンニとすれば、許可を出すという結論は既にだしている。
しかし、霊峰に用があると言われて、その内容について尋ねずに許可を出すような真似はできない。
「これはお伺いせねばならないのですが、ドナゴ火山で何をなさるのです?」
「それについては、陛下よりみだりに口外してはならぬ、と命を受けておりますので……。そちらの彼が関係する、とだけお伝えしておきましょう」
「そうですか」
もちろんこれだけではジョバンニに対して不義理である。話せはしないが、それでも、だ。
「ですが、教皇猊下にはある程度の事情はお話ししております」
「さようですか、それならば仕方ありませんな」
シャルロットの話を聞いたジョバンニは納得した様子で頷く。大司教では知りえず、もっと役職が上の者にのみ共有される情報というものはいくらでもある。
かくいうジョバンニも、自分より下の役職には話せないことをいくつも知っているのだから。
納得しながらも、ジョバンニは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「……何かあるのですね?」
「ええ。申し訳ないのですが、今すぐ、というわけにはいかないのです」
ジョバンニは理由を説明する。
「ご承知の通り、ドナゴ火山は我らにとっては神聖な地、霊峰でございます」
「存じておりますわ」
「現在は重要な儀典の準備を行っておりまして……」
「そうですか」
シャルロットは頷いた。
さすがにそれを邪魔するわけにはいかない。
しかし、ここでいつまでも足止めを食らい続けるわけにもいかない。
「それでは、いつまで待てばよろしいですか?」
具体的な期間の提示を求める。
「そうですな……」
ジョバンニは理解した。
待つ意志はあるが、長いこと待たせるわけにはいかないと。
貴族など高貴な生まれの者は直接的な言い回しをしないのが常だが、今のシャルロットは直接的な言葉をあえて使用している。
王族である自身の立場と、教皇からの書簡。
その二つをたてに迫ってきているのだ。
ジョバンニとしては断ることはできない。
困ったような表情を顔にはりつけて、シャルロットにこたえることにした。
「すぐに中断させることはできません。二日間、お待ちください」
二日間。
それが、ひねり出した限界だった。
「なるほど、では三日後ですね……分かりました、待ちましょう」
シャルロットは、ジョバンニの言葉に一切の注文を付けずにそれを受け入れた。
交渉が無い代わりに、ジョバンニは二日間という猶予を変更できなくなってしまった。
これでシャルロットが難色を示した場合交渉になって「もっと短く」「実際はもっとかかるところを二日間にした」などのやり取りが発生していたのだが。
「それでは、三日後にまたお会いしましょう」
「ええ……お待ちしております」
話はこれで終わりだ。
後は定型文の挨拶をして屋敷を立ち去るだけである。
ジョバンニの屋敷を出たシャルロット一行。
宿屋に戻るための馬車に全員が乗り込むと、即座に出発した。
「予定通りですね」
宿までは馬車で十数分。
確保してあるVIP専用ルームに到着し、メイドのティルメアが淹れたお茶を飲んで一息ついたシャルロットが言う。
二日待てば行動に移せる。
大きな前進だ。
確実にこうなると分かってはいたが、実際にこうなると物事が一気に進んだように思えるし、実際そうなっている。
「うむ。お前のおかげだ」
レミーアの言葉は掛け値なしの本音だ。
今回のクエルタ聖教国での一連の行動は、シャルロットの王族としての権威が無ければもっと面倒なことになっていただろう、
「当然のことです」
彼女にとっては、今回の助力は特別待遇でもなんでもない、
普通なら特別待遇だが、太一たちへの助力となれば話は全く変わってくるのだ。
「二日後か。それまではしっかりと準備を整えておくべきだな、タイチよ」
「ああ。そうするよ」
太一は素直にうなずくと、続いて五人を見渡した。。
レミーア、凛、ミューラ。そしてシャルロット、アルセナの順で。
「……ああ、今朝、気になる気配がある、って言ってたわね」
太一が感じていた懐かしい気配。
何者かは分からないが、その気配があわただしく動いていることは理解している。
もちろんそれを自分の胸に秘めるようなことはせず、全員に共有していた。
「太一的には、動くのは火山に行った後の予想だったよね?」
「凛は、火山に行く前、だったな?」
正直どちらのタイミングで動いても違和感はないので、フィフティーフィフティーの選択肢だ。
今もまだいろいろと細かく動いていることを考えると、どうやら太一の予想は外れていそうだった。
ちなみに、太一と同じ予想なのはミューラ、シャルロットで、凛と同じ予想なのは、レミーアとアルセナだ。
行動を起こすならばそれでいい。
そもそも起こさない可能性もある。それならそれでいい。
簡単な遊びの賭けになっていた。
「んで、もし俺の予想が外れてたら、今夜にでも動いてきそうなんだが」
確かにそうだ。
動くならば、ジョバンニと正式に面会した直後である今がもっとも適切だ。
何かしらこちらに用事があるのならば、実際に動き出す前に接触した方がいい、という凛の予想。
もしくは、ジョバンニが警戒している今は避けるのではないか、という太一の予想。
まあ、接触してくる原因次第でもあるだろうが。
「そうですね。そちらについては、わたくしも考慮にいれておきましょう」
「そうしてくれ。私たちもその可能性についてちゃんと認識しておこう」
果たして、動くのは今か。
それとも今は動かないのか。
そもそも太一がただ「懐かしい」と感じただけで、実際は深読みしすぎの杞憂だったのか。
そのどれでも構わない。
ただ、接触してくるのならば、何かしらの面倒ごとは起きるだろう。
そのときはそのときで甘受せねばなるまい。
それが自分たちの害になるのならば、なおさらだ。