三話
聖都ギルグラッドから馬車で北上すること一日。
そこに、太一たちが目的とするドナゴ火山がある。
ドナゴ火山はレージャ教にとって重要な霊峰だ。
入山許可を出すのは、ドナゴ火山の麓にある衛星都市パリストールの領主である。
街は聖都ギルグラッドと雰囲気はほぼ同じだ。違うのは規模だけである。
パリストールの規模はアズパイアよりも一回りほど小さい程度で、この世界においては十分に大きな都市であると言えるだろう。
まずは領主への挨拶のために先ぶれを出す。
パリストールを治めるのは、大司教ジョバンニ・ブルゴーニュ。
クエルタ聖教国では聖職者が貴族と領主を兼ねている。
「分かりました。では明日、伺うとしましょう」
先ぶれに出した騎士は、明日来てほしい、という伝言を預かってきた。
「そういうことですので、本日は皆さま、どうぞお休みください」
「うむ、では休ませてもらうとしよう」
シャルロットとアルセナはそれぞれの部屋へ。
太一たちにも一人一室が割り当てられている。
太一もまた、割り当てられた部屋に入った。
「……」
飲み物を用意する。
淹れるのはお茶だ。
専属のメイドなどとは比べるべくもない味だが、自分一人が飲む分にはこれでじゅうぶん。
この街に来てから感じている、懐かしい気配。
今感じ始めたわけではない。
既に数時間が経過しているが、街に入ってからずっとなのだ。
その正体、太一ならば知ろうと思えばすぐにでも知ることができる。
簡単だ、シルフィに頼めばいいのだから。
けれどもそれはしていない。
こちらに接触する気があるのなら、早晩何かしらのアクションがあるだろう。
ただ、太一の側から接触するのははばかられる。
どうやら、潜んでいる様子だからだ。
アクションがある可能性を知ることができたのは、街に入った当初は気にならなかったのが、今はあわただしく動いている様子だからだ。
「誰なんだろうなぁ。けどこの懐かしいというか、知ってる感じがする気配は……」
さすがに同じ街にいるというだけで誰かまでは分からない。
分かるのは、人や動物含む生命がどう動いているのか、その気配にどんな感想を抱くかだけだ。
お茶を飲む。
「うぇ、渋い」
これでじゅうぶんだ、などとうそぶいたが、どうやら失敗したらしい。
少々度が過ぎる渋さだ。
飲めないほどではないので飲むが、まだティーポットには二杯分くらい入っている。
「宝の持ち腐れだなこいつは」
どうせなら、旨く淹れられる人に淹れてもらいたい。
テーブルの上にある鈴を鳴らせばこの宿の従業員がやってきて身の回りのことをやってくれるらしい。
だが人払いして考え事をする時に呼びたいと思うものではない。
太一はじっと外を見つめた。
気配の居場所はそう遠い場所ではない。
すぐそばというわけではないが、向かおうと思えば一五分以内だろう。
果たしていつ動くだろうか。
太一の予想では、領主と会った後、もしくは具体的に行動を起こした後だ。
接触する気があるのならば、すぐにこちらに来ているだろうからだ。
「っていうか、動くならほぼその二択以外にねえよな……」
言ってから自嘲してしまった。
とある事件の犯人の予想を尋ねられた時に、二〇代から六〇代の間、と答えるようなものだからだ。
複数の可能性を同時にピックアップすれば、的中する可能性が高いのは当然。
「よし、せっかくだから当ててみるか。俺たちが具体的に行動を起こした後、だな」
その予想の根拠としては、今潜んでいることが挙げられる。
かなり慎重な潜伏だ。
もちろん、当局にばれるわけにはいかないからだろう。
「ま、こっちから突っつくつもりがなければ、向こうの出方に任せるしかないんだけどな」
そう、気になるならば太一の方から動けばいいのだ。
けれども動かないと決めた。
理由は前述したとおりである。
懐かしい気配、覚えがある気配
気にならないといえばウソになる。
迂遠な言い方をせずに直接的に表現すれば、とても気になる。
が、それはそれだ。
「俺は俺で、遊んでる場合じゃないからな」
そう。
ここに来たのは、火の精霊と契約するためだ。
シルフィやミィ、ディーネと同格の四大精霊の一柱。
サラマンダーがドナゴ火山を根城にしているというのは、彼女たちから教えてもらったのだ。
四大精霊の一柱が根城にしているからこそクエルタ聖教国においてドナゴ火山が霊峰扱いされている、というのは納得ができる。
窓から見えるドナゴ火山の山頂からは、今も噴煙が立ち上っている。
噴火するもしないもサラマンダーの指先加減ひとつだ。
これから契約のために会いに行くのだが、どうやらすんなりと契約できそうにはない、とはシルフィたちの弁。
山を眺めていると、『はやく来い』といわれているような気がした。