二話
「へえ、これが……」
馬車の車窓から外を覗いた太一は、初めて見る街の光景にため息を漏らした。
エリステイン魔法王国でのもろもろを終え、いざたどり着いたのはクエルタ聖教国の聖都ギルラッドだ。
別大陸の、それも首都ともなればここまで積み上げてきた文化や歴史が違うのか、と。
赤煉瓦の屋根が並ぶ街並みは非常に美しく、見栄えも良かった。
管理もきちんとされており、手が行き届かずぼろぼろになっている家屋は数少ない。
この街並みを管理するにはそれなりのお金がかかるものだが、それをまかなっているのは、この国の特殊性がなせるわざだろう。
クエルタ聖教国は、国の規模としてはエリステイン魔法王国やシカトリス皇国、ガルゲン帝国と比べると小さい。
国土面積は、ざっくりとエリステイン魔法王国の三割ほど。
人口は約四〇〇万人と言われており、これまたエリステイン魔法王国に比べて五分の一となっている。
国力としては非常に小さいが、決してばかにできない影響力を誇っている。
この世界における最大宗教で、ライバルがいない一強状態。
三大大国に比べて明らかに劣るのがクエルタ聖教国。
それでもないがしろにされないのは、そういった理由があるのだ。
「街並みがきれいだな」
赤煉瓦の屋根を被った街並み。
当然のことながら、建てられてからそれなりの年月が経過しているため、風雨にさらされた外壁が色あせたり削られたりもしている。
「ここの街はとても頑丈なのよ。ちゃんと管理すれば、長い時間済むことができるのよ」
近くの家の壁を指差してミューラ。
その家も、建築後既に三〇〇年は軽く経過しており、その間は補修をすればずっと住むことができる。
幾人もの家主に屋根を提供し、雨風から守り続けてきたのだ。
「年月が経つごとにメンテナンスにはコストが嵩んでいきますが、それを賄えるだけの予算があるからこそですね」
とシャルロットが行った
国としての収入の絶対的な金額としては、エリステイン魔法王国の方がかなり上だ。だが、それを人口で割るとクエルタ聖教国の方が、一人当たりに使える金額がかなり多い。
だからこそ、この現状があるのだと言える。
Aランク昇格試験を受けたのが一週間前。
そう、Aランク昇格試験を受けたのだ。結果はもちろん合格。本来もっと時間がかかる試験だが、特別に難易度を上げる代わりに時間が短縮されたものだった。
ここにいるのは太一たちとシャルロット、アルセナだけではない。
さすがに王女と公爵家の令嬢がいるため、それだけというわけにはいかなかった。
もちろん声としては太一たちがいれば戦力としては十分である。
しかし対面というものがあり、共をつけないというのはありえない。
生徒にたどり着いた太一たちは、クエルタ聖教国が用意した宿屋に泊まり休息をとった。
一夜明けて今日、太一たちは……というよりシャルロットがクエルタ聖教国の教皇と面会するため大聖堂に向かっているところだ。
急いでいるわけではないためゆっくりと向かっている。
なのでゆっくりと街並みを見ることができたわけだ。
「初めて来たな」
そういったのはレミーアである。
いくらでも行くことはできたはずだ。聞けばただ単純に縁がなかっただけだということらしい。
どうやら彼女の知的好奇心を満たすものはここにはなかったというのが理由のようだ。
話している間に馬車は大聖堂に到着していた。
セント・エリストラト聖堂よりもはるかに大きく立派な聖堂だ。
先導する聖騎士の案内に従い場所は進み入り口の手前で止まった 。
「ようこそお越しくださいました。シャルロット王女殿下、そしてアルセナ大司教」
そこで待っていたのは初老の男と、若い男。
アルセナと同じく大司教であると名乗った初老の彼の案内にしたがってシャルロットとアルセナは奥に向かう。
ふたりの声に着くのは専属の護衛騎士であるテスランとメイドのティルメア、 そして太一たちである。
騎士達と別れてしばらく、大聖堂の中心にある講堂に案内された。
非常に大きい講堂である 。限られたときにしか使われない特別な場所であり、年に数度の特別な日であったり、または今日のように海外からの重要な賓客を迎える時などに使用される。
エリステインの王城に勝るとも劣らない豪華さを誇っている。
例えば、天井の代わりに日の光を取り込んでいるステンドグラスなど、一体いくらするのだろう、という大きさと鮮やかさだ。
よほど金が無いとここまではならない。
世界最大宗教として、こういう豪華な装飾は必要なのだ。
その一番奥、そこにはもっとも豪奢な法衣をまとった老人が椅子に座っていた。
「はるばる海を渡ってまでよく来られた、シャルロット王女、それからアルセナ大司教よ」
彼が教皇ペドロ・ボニファス・グレゴリウスだ。
「お久しぶりです、ペドロ教皇猊下。壮健のようで何よりです」
「うむ。そちもますます美しさに磨きがかかったのう。アルセナ大司教も研鑽を積んでいるようで何よりじゃ」
シャルロットとアルセナは一礼はしたものの、跪きはしなかった。
本来なら、ここで他愛のない雑談をある程度こなしてから本題に入るところだ。
だが、今回はそうはならなかった。
「そなたらの目的は親書にて把握しておる。我が名において許可する故、自由になされるがよい」
ペドロはすぐに本題に入って、即許可を出した。
「お心遣い助かります」
あまりに早い話の展開。
動揺を隠して返答できたシャルロットである。
ペドロの性格上こうなることは分かっていたからだ。
話が速いのは非常にありがたいことだ。
「そちらも忙しかろう。クエルタ聖教国での目的が無事に達せられることを、我は願っておるぞ」
謁見はこれで終わるようだ。
「はい。猊下のお墨付きがあれば、より早く目標は達せられることでしょう」
「うむうむ」
あっという間であった。
むしろ広大な大聖堂に入ってから、この講堂にたどり着くまでが長かったくらいだ。
「では、我はこれで失礼する。励むがよろしい」
「ありがとうございます」
再び頭を下げるシャルロット。
ペドロは立ち上がり、講堂を出て行った。
どうやらこれで謁見は終わりのようだ。
ここへの案内を担当した司教に再び案内されて講堂を出る。
「それでは、しばらくこちらでお待ちください」
司教に案内されたのは応接室だ。
高貴な賓客に待機してもらうための部屋だけあり、王城に匹敵するだけの格である。
派手ではないがすべてのものの質が良く、長年の積み重ねた歴史を感じさせる部屋だった。
案内をした司教は、しばらくしてまたこちらに戻ってきた。
「お待たせしました。こちら、教皇猊下の信任状でございます」
ペドロが「我が名において」といったからには、それを証明するものが必要になるということだろう。
教皇ペドロは面倒くさがりだ。
シャルロットたちがいつまでも国内にいると、それに気を遣うという仕事が増えるため面倒に思ったのだろう。
ペドロの内心を、シャルロットとアルセナはそう予想し、それは正確に当たっていた。
「ありがとうございます。猊下には必ず完遂するとお伝えください」
「はい。御伝言、確かにお預かりいたしました。本日はどうぞこちらでお休みになられてくださいませ」
この信任状には非常に大きな効果がある。
エリステイン魔法王国でいえば、国王ジルマールが、自分の命令を代弁する徽章を渡したに等しい。
一般人相手はまだしも、高位聖職者相手になればなるほど効果を発揮するだろう。
これをもってすれば、太一たちの目的達成には大きな力になるに違いない。
「ふむ。話が速くて助かったな。だらだらとせずに済んだのは非常に大きい」
出された紅茶に舌鼓を打ちながらレミーアが言う。
「あんなにさくっと切り上げられるとは思わなかったな。ああいう人って珍しいんじゃないか?」
「そうね。多分、教皇は非常に珍しい例だと思うわ」
そう言いつつシャルロットを見やる。
教皇ペドロのことなど知っている人間の方が少ないのだから、知りうる立場である王族に確認するのは正しい。
「おっしゃる通り、教皇猊下だけです。他の方々は、猊下のようなご対応はなさいませんから」
「そうですね。相変わらずでしたね」
それぞれ公務、組織の人間として幾度か会ったことがあるシャルロットとアルセナが、ミューラの言葉を肯定した。
なるほど、そういうこともあるのだろう。
それを他国の人間に対して見せるのはどうかと思うのだが、シャルロットとアルセナがそれを当然と受け入れているあたり、もはやどの国の上層部も、ペドロ教皇がああいった性格であると理解しているのだろう。
明日はドナゴ火山があるパリストールに向かって移動だ。
今日は柔らかいベッドでゆっくりと休み、明日へと備えるのが大切だ。




