二十話
ぴんときた。
「ミューラ。精霊魔術じゃないやつを一発頼む」
「分かったわ」
太一の言い方に何かの考えがあるのを読み取ったミューラ、今度はその指示に従う。
凛とレミーアは今も戦闘を続けている。それがいい足止めなっていた。
二人の合間を縫って、ミューラは火球を放つ。
高速で飛んだ火球が黒い影に直撃した。
「……これは?」
黒い影は、凛とレミーアの攻撃は防ぐなど何らかのリアクションを起こしている。
しかし今の『ファイアボール』については一切のリアクションを起こさなかった。
ただ当たるままに当たり、しかしまるで何事も無かったかのようだった。
さすがにその大きな差には、凛もレミーアも気付いた。
違和感しかない。完全に無視とは。
あまりに動きが違っていて目立ち過ぎたのだ。
「次は精霊魔術だ」
「ええ」
ミューラは続いて精霊魔術で岩の弾丸を一発。
それを全力で撃ち放った。
威力は求めない。ただ命中率とスピードを重視した高速の狙撃。
もちろん精霊魔術なので威力はただの魔術とは一線を画すが、それでもこれまでの精霊魔術に比べれば威力は控えめだ。
土壇場でこれだけの制御ができたことに驚きつつ、ミューラは黒い影を狙い一撃を叩き込むために集中した。
黒い影はそれに即座に反応した。
岩の弾丸を受け止め、しかし勢いに押されて数メートル下がった。
やがて推進力を失った岩の弾丸がごとりと落ちる。
そして。
「……『ファイアボール』はダメ、その後の精霊魔術では確かにあの水晶は光ったな」
一瞬たりとも見逃さない、そういう気概を持って水晶を観察していた太一。
そのわずかな違いをはっきりと捉えた。
「つまり、精霊の力を元にした攻撃をする必要がある?」
「あるいは、単純に一定以上の威力の攻撃なのかどうかだな」
言いながら、太一は全力で身体強化する。
シルフィ、ミィ、ディーネの力は借りない。
純粋な、太一の魔力に物を言わせた強化だ。
そのまま太一は一直線に飛び出し、黒い影に強烈な前蹴りを放った。
黒い影はそれを両腕を交差させて受け止め……またしても三メートルほど下げさせられる。
その隙に、ミューラの元へ戻る太一。
「……水晶は変わらなかったわね」
「じゃあ、はっきりしたな」
つまり精霊の力を借りた攻撃である必要があるということだ。
太一とミューラの推測の会話、声に出しているのは自分たちの考察を頭に入れやすくするためであったが、それ以外にも凛とレミーアに聞かせるためでもあった。
会話が聞こえていたのだろう、彼女たちは途中から黒い影を足止めするような動きに変わっていたからだ。
「精霊の力を借りた攻撃を繰り返して、あの水晶を満タンにする、ってところか」
「やることが分かったのはいいわね。それもシンプルで分かりやすいわ」
ミューラは剣を構え、笑う。
複雑な手順などが無くて良かった。
別にそうであっても文句など言わずにやるつもりだし、それが出来るという自信がある。
一方で物事は単純な方がいい、というのも確かに本音だった。
「じゃあ最後にもう一つ試すか」
太一は水の弾丸をノータイムで撃ち出す。
威力よりも速射性、連射性、コストを考えた数で勝負するための召喚魔法。
本来は無数に、散弾のように撃つものだが、一発だけでも使い方はいくらかある魔法だ。
黒い影はそれも打ち払った。
今度は大きく強く、そして速く。更に回転して飛び、命中すると炸裂するような水の弾丸を作った。
これは逆に連射するようなものではない。
一撃で相手を仕留めるためのもの。速度と射程、そして威力に設定値を割り振ったものだ。
それも、黒い影は同様に打ち払った。
その反動で回転しながら吹き飛び、床に打ち付けられた。
一見攻撃が通っているようにしか思えない反応をする。
しかし、もうだまされることはない。
よたよたとこれまでと同じような動きで、まるでダメージなど無いかなどのようにふるまう黒い影。
「水晶の光の増え方は同じよ!」
「そりゃあ良かった!」
タネさえわかれば難しいことは何一つなかった。
ただただ精霊魔術と召喚魔法で攻撃するのみ。
例の黒い影は防ごうとはするものの、避けようとはしない。
太一の攻撃をなど受けるよりも避ける方がいいというのに。
その点は、水晶に光を溜めやすい要因なので文句をいうことはない。
後は連射するのと一発で攻撃する場合の違いがあるか。
数人同時に攻撃した際もきちんと三人分計上されるかどうか。
などの試験をしながらも、四人がかりで黒い影に攻撃を叩きつけていく。
そのたびに水晶は輝きを増していった。
黒い影への攻撃を続けていると、やがて凛、ミューラ、レミーアの魔力の底が見えてきた。
さすがにかなり制御についての腕前は上がっているが、それでも限界が見えてきている。
「後ちょっとか!?」
魔力切れになりそうなところだが、まだそこまでは行っていない。
ギリギリのところなのは間違いないが、踏みとどまっている。
さすがにこれ以上打ち続けると危険なところまで行きかねないので、太一は最後の仕上げを自分で行うことに決めた。
水晶はかなりの光を溜め込んでおり、あと一歩のところまで来ているように見える。
ただまあ、後少しに見える、というだけなので。
現状から簡単には増えないかもしれないが。
それでもこのからくりらしきものに気付いた時に比べれば雲泥の差だ。
太一は再び黒い影に向けて攻撃を繰り出していく。
「こいつでどうだ!」
風をまとわせた拳で黒い影を殴り飛ばした。
拳から放たれた風が黒い影を押しつぶさんと圧力を加えつつ、鋭い風の刃が切り刻む。
かつて戦ったツインヘッドドラゴンなら一撃で戦闘不能どころか、命さえ軽く奪えるであろう攻撃。
手ごたえはあったが、これも効いていないのだろう。
そう思って油断しなかった太一だが、ふと、黒い影の動きがぴたりと止まる。
「……?」
急な一時停止に疑問を浮かべたところで、黒い影は崩れながら地面に吸い込まれていく。
役目を終えたということだ。
それからそう間を置かずに、水晶はすべての魔力が満ちたの、一瞬だけながら強い光をまき散らした。
「……!」
その光景に、目を閉じるも束の間。
水晶に溜め込まれた光が扉に流れていく。
やがて扉に刻まれた複雑な刻印すべてに浸透する。
こうして見て気付く。
技術的にはまったく知らないものながら、それは、魔法陣であると。
刻印に流し込まれた光が数度点滅する。
そして、扉が重い音を響かせながら開いていった。
どうやらこれで試練は無事突破できたらしい。
その扉の先。
今いる部屋に比べれば明らかに狭い。
黒い影と戦った部屋に比べれば、数分の一程度の広さしかない。
奥には簡素な祭壇がひとつ、ぽつりと置かれていた。
本当にこれもシンプルだ。
四角い台座には魔法陣が描かれている。
その台座を挟むように、左右には高さ一メートルくらいの石柱が建てられている。
石柱の上部には灯篭がある。
灯篭、といっても、ただたんに火をつけたランプを置いたりするだけの用途だ。
灯篭が何らかの役目を果たしているわけではなさそうである。
日本であれば「場を清浄にする」などと明確な設置理由があったりもしたが、事この場にあっては明かりとしての機能しか持っていない。
「この祭壇、何を祭っているのかしら」
「何だろうな。まあ、エレメンタルが薦めるくらいだから、悪いことではないと思うのだがな」
部屋に入って数歩でもう祭壇にたどり着く。
本当にこぢんまりとした一室だ。
「そうですね。床も天井も壁も、こちら側はただの岩ですし」
凛の言う通り、部屋の壁などに一切加工はなされていない。
振り返って見える部屋の壁などは相変わらずかなり綺麗なものになっている。
「あんだけのギミックがあったにしては、ずいぶんと控えめなんだよな」
そしてこの祭壇がある部屋の広さだ。
黒い影を使った試練を行うために広大だった、といえるかもしれないが、本丸ともいえる祭壇がある部屋がこれほどに小さいのも気になる点だ。
「それは、必要が無かったからです」
ふと、少女の声。
凛の声でも、ミューラの声でも、レミーアの声でもなかった。
祭壇にある魔法陣が輝き、薄い黄色の光の粒子が立ち上った。
粒子が空中で集まっていき、黄色いドレスを着た少女が姿を現した。
「お待ちしておりました」
「土の精霊か」
少女はふわりと浮かんだまま微笑み、頷いた。
人の姿を取れる精霊ということは、それなりに高位ではあるのだろう。
太一はおおよその力を感じ取ることができる。
四大精霊には及ばないものの、確実に上位精霊であると感じていた。
「そうか……だから」
「はい。あなたが契約されているアルティアの土のエレメンタルが言う通り、この場所はワタシの力で築いたものです」
だから、分からなかったわけだ。
土の精霊が手ずから作り上げた建築物。
神殿。
壁などが何で作られているか分からなかったのは、彼女が作ったからであると。
「人間界では流通していない素材で作りましたので」
そういうことならば納得である。
「……でも待って。神話では、山の神が精霊と協力して作り上げた、って」
「ああ、そのように語り継がれているのですね」
彼女曰く、山の神、というのは、大昔に存在した召喚術師であるという。
少なくとも、その召喚術師がいた頃から二〇〇〇回は冬が巡っていると土の精霊は言った。
人の身でありながら水や火など、魔術師と呼ばれる者よりもはるかに強力な力を操り、精霊の言葉を聞くことができた存在。
魔術などについて今ほど究明がなされていなかった時代のことだ。
既に滅びてしまった原住民たちは、精霊の声が聞こえて常軌を逸した力を扱えた者を神として崇めたのだろう。
それが口伝などで伝わっていくうちに細部が変動し、やがて読み物としても映えるよう再編された結果、神話に変化したようだった。
「あの黒いやつはなんなんだ?」
ああ、という顔で、土の精霊の少女はうんうんと頷いた。
「あれは、ワタシに会うことができるかを見定めるための壁ですね。精霊魔術や召喚魔法以外では攻撃は通じないようになっています」
戦闘して相手を打倒するためのものではない。
精霊魔術や召喚魔法を使えなければ、扉を突破して祭壇まで来ても、姿も見られなければ言葉を交わすこともできない。
そもそもの土台の話である。
なお、先の試練は、祭壇を起動するためのリソース確保でもあるという。
契約していないため魔力供給が無い。
故にそのための力をよそから確保する必要があるというわけだ。
「ところで、先ほど待っていた、と言ったな?」
神話について、この神殿について、その他もろもろの謎が解けたところで、レミーアはさっそく核心に入った。
「ええ、確かに言いました」
「どういうことだ?」
「はい、説明します」
土の精霊の少女も願ったり、といった様子である。
本題は当然そちらなのだから。
それは太一たちにとってもそうだし、土の精霊の少女にとってもそうだ。
「ワタシがお伝えしたいのは、この世界の精霊についてです」
そう言って、彼女はとつとつと語り始めた。
「人間と友でありたい。セルティアの精霊もそう考えているのは間違いありません」
それはアルティアと同じであると、彼女は言う。
確かに、シルフィやミィ、ディーネと交流を持つ太一は理解している。
精霊は人間に友好的だ。
そうでなければ、人間は召喚術師や精霊魔術師はおろか、普通の魔術師にすらなれていなかったに違いないからだ。
「ですが、セルティアの精霊の想いが、捻じ曲げられているのです」
「……捻じ曲げられている、とは穏やかじゃないわね」
それはつまり、自分の意思とは相反する状態ということだ。
個々人の気持ちや考え、人格を無視した行い。
それはもはや。
「それはもう、奴隷と同じだよね」
「奴隷、とまでは……いえ、そうなのかもしれません」
「捻じ曲げられてるってことだけが、何が原因かは分かっているか?」
レミーアが問うと、土の精霊の少女はこくりと頷いた。
「それはいったい?」
「はい……四大精霊のうち二柱、火のエレメンタルと風のエレメンタルが、召喚術師に強制的に従わされているからです」
「……!」
太一は思わず握る拳に力を込めた。
火のエレメンタル、風のエレメンタル。
ピンとくることがあった。
無いはずがない。
勝負の結果は持ち越しとなったものの、太一の気持ち的には敗北を味わわされたあの相手。
「エレメンタルが人間に強制的に従われてしまうと、エレメンタルを頂点とする精霊は引っ張られてしまうのです」
精霊は人間などのように形を持たない。
だからこそ、そういった概念がとても大事なのだ。
「それを是正したいのです。このままでは、他の精霊たちも、人間の奴隷のようになってしまいます……」
土の精霊の少女は沈痛な面持ちで、絞り出すように言った。
人間に友好的な精霊。
もちろん気まぐれな子もいるし、全員が友好的でもない。
それぞれ、好みがあるのは、凛、ミューラ、レミーアは肌で実感している。
しかし、「契約してもいいかな?」と集まってくれた精霊がたくさんいたことも知っている。
契約なんてしてやるか、と思う精霊ばかりであれば、あのようにたくさんの集まったりはしなかったのだから。
「人間に協力するのはやぶさかではないんです。けれども、このままでは……ワタシたちは、対等でありたい……」
土の精霊の少女は、すっと頭を下げた。
「ワタシも、いつまでこうしていられるか……」
そう、精霊はエレメンタルに引っ張られる。
それは、彼女も例外ではない。
「どうか……お願いします。ワタシたちを、助けて欲しいんです」
「……そういうことか」
太一は納得した。理解した。
思い出せ。
あの仮面の男と戦った後、シルフィたちになんと言われた?
風と火のエレメンタルに自我がなかった、と言われなかったか。
エレメンタルを強制的に従わせると、他の精霊たちまでもが引っ張られる。
そんな事態になるなど知らなかった。
精霊を無理やり従わせる、など、太一は考えたことも無かったのだから仕方がないと言えば仕方がないことだ。
「……何か心当たりが?」
「ああ、ある」
「それは……っ!」
食い気味に乗り出してきた土の精霊の少女を押しとどめるように手のひらをかざす。
「今すぐってわけにはいかない。でも必ず、俺にはチャンスが来る」
そう、必ず来る。
仮面の男は、太一に対して並々ならぬ執着心を持っていた。
であるならば、太一から決着をつけようと吹っ掛ければ必ず乗ってくる。
もうこれは確信を越えて法則とすら言えるかもしれない。
朝になったら日が昇る、が如く。
「だから、待っててくれ。絶対に最善を尽くすから」
これだけ協力してもらっているのだ。
そして、精霊たちがいなければ乗り越えられなかった場面は数えきれない。
感謝してもし足りないほどだ。
そんな精霊を従わせる。無理やり。
太一としては受け入れがたいことだった。
ただ……今のままでは無理だ。
今この瞬間、再戦して決着がつくまで戦っても、勝てる可能性はかなり低い。
そんな分が悪い賭けをするつもりはない。
やれることをやって、そのうえで挑む。
出来る手を全て打ったうえで、それでも分が悪ければその時は仕方あるまい。
ただ今は、やりきったわけではない。
やれることはまだまだたくさんあるはずだ。
太一こそ、凛たちのように限界突破しなければならない。
その想いに、変わりはないのだから――