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十七話

「この魔道具はすさまじいものだな」

「そうですね。全く気付かれませんでした」

 ミューラとレミーアは、自身の指にはまっている指輪をまじまじと見ている。

「再利用可能だもんね、これ」

「ああ、仕組みもサッパリだしな」

 認識阻害や人払いの隠蔽術式を、装備者個人に影響させる魔道具。

 何より、この魔道具を知っている存在は隠蔽魔術の対象外になるので、見失うことも無い。

 あまりに高度なため、レミーアが見てもシルフィたちが見ても、どんな構造になっているかは分からなかった。

 シルフィたちはある程度「こうかな?」程度のことは分かったそうなのだが、あくまでも大枠だけで、細部はさっぱりだという。

「魔力消費が抑えられている点も凄いと思います」

「効果時間はあるが、魔力を継ぎ足せば継続して行える点も実に素晴らしい」

 隠蔽術式は魔力フル充填でおおよそ一時間ほど稼働する。

 指輪には三つの小さな宝石がはめ込まれており、発動するとそのすべてが輝くのだ。

 更に、効果時間が減るごとに一つずつ輝きが消えていき、最後のひとつが消えそうになると点滅するようになる。

 点滅したところで魔力を継ぎ足せば、効果時間を延長させられる。

 魔力消費の少なさといい、長く使いたければ途中で都度魔力を補充すれば稼働時間を延長できる点といい、使い勝手という面に重きを置いて作成された魔道具。

 魔道具の行きつく先、完成品の道のひとつを見せられた気分だった。

「さて、感慨に浸るのもいいが、まずはすべきことをこなすとしよう」

「そうですね」

「分かりました」

「了解」

 魔道具に感動してばかりいるわけにもいかない。

 これほどの高度な魔道具だが、「良かった」と使った感想を述べるためのものではない。

「では、私とミューラはこの街の図書館に潜り込むとしよう」

「私たちは、冒険者ギルドの資料室に向かいますね」

 太一たちは調査に来たのだ。

 この街に潜入するための魔道具。

 もたもたとここで雑談するのが目的ではなかった。

「は、今から魔道具の魔力を満タンにする。その後に五回魔力を供給した時点で調査は中断し撤収、一度街の外で落ち合うとしよう」

「了解。場所は?」

「南門から出て街道をしばらく進むと左手に森が見えたのを覚えているか?」

「覚えてます。じゃあ、そこにしましょう」

「よろしい。では、行くとしよう」

 四人は顔を見合わせてうなずき合い、それぞれの目的地に向かって歩き出した。



 辺境都市、エルラ・クオステ。

 それが、太一たちが侵入した街の名前である。

 太一が上空から地上を観察し、山脈を渡った先にあるもっとも近い街がエルラ・クオステだ。

 アズパイアよりも確実に広く大きく、発展している。

 どこかの露天商が客に向けて言った「辺境随一の大都市」という言葉は間違っていなかった。

 人口はおよそ二〇万人はいるだろうか。

 辺境の大都市。

 この地方では最大級であり、隣の国に行くためには必ず立ち止まる要衝の地である。

 思いのほか大きい都市であったため、都市機能はかなり充実している。

 山で出会った三人組は間違いなくこの街に帰還したのだろう。

 これほどの街があるなら、近場に小さな街があろうとこちらを拠点にした方が間違いなくいい。

 大きい都市になる分ありとあらゆるものが割高で、恵まれた暮らしをしようと思えば思うほどコストはかさむ。

 どの分野の仕事であっても駆け出しには痛手であり、とてもではないが豊かな暮らしは難しい。

 ただ、あの山に登れるだけの実力があるならば、こういった都市を拠点にしていても金銭的には全く問題が無いだろう。

 何故コストがかさむのか。

 様々なものが揃っているために便利で、故に人の往来が激しいからだ。

 誰もが住みたいと思うからこそ人が集まり、集まる人を目的に人が集まり、集まった人々が経済活動にいそしむ。

 様々なものが揃っている。

 だからこそ、今回の調査にもうってつけだった。

「ギルドも結構でかいな」

「そうだね」

 太一と凛は冒険者ギルドの書庫に潜入し、様々な文献と記録をあさっていた。

 さすがに大きな街のギルドだけあって建物自体も相当大きい。

 少なくともアズパイアのギルドとは比べ物にもならなかった。

 その書庫で探しているのだが、どうやらこのギルドは文献と記録の価値を分かっているようで、きちんと整理整頓されているので探しやすい。

 ギルドによっては整理されてないところも普通にあるのは知っている。

「どうだ?」

「まだ~。太一も?」

「俺もだな」

 これで二回目の進捗共有タイム。

 魔道具の魔力が切れかけるたびに合流して状況を報告することにしている。

 二時間経過したが、今のところめぼしい情報は無かった。

 既に二時間こもっているが、誰も人は来ていない。

 まあ、ギルドの書庫などはほとんど人が来ないものだ。

 それは世界が変わっても同様のようである。

「今日中には見つからないかもね」

「まあなあ。つうか、一日じゃ見切れないよな、これ」

「そうだね」

 二人で書庫を見渡す。そしてほぼ同時に苦笑い。

 結構広いのだ、この書庫。

 まず蔵書の数もそれに見合ったボリュームがある。

 一冊一冊をじっくり読む、というようなことはしていないが、目次が無いものだったりすると、ある程度目を通す必要がある。

 序盤で「これは関係ないな」と弾くことができればいいのだが、それっぽいことが書いてあると無視もできない。

 これが正規手続きを踏んでここに立ち入っているのならばそれらしきものを見つけたらピックアップしておけるのだが、あいにく今は不法侵入している立場だ。

 散らかすような真似はできない。

「レミーアさんも一日で見つけろ、とは言ってないから、見つからなかったら明日かな」

「今日で見つける、とかって思わない方が良さそうだな」

「うん。ま、こっちにはなくて向こうにあるかもしれないし、気楽にやろうか」

「そーだな」

 だからこその二方面作戦。

 仰々しい言い方をしてしまったが、やっていることはつまりそういうことだ。

 そうして調査を続けて二日が経過し、三日目。

 これでギルドの書庫は七割の文献および資料の確認を終えた。

 長い道のりではあったが、それも仕方なし。

 通っていた中学や高校の図書室に比肩する蔵書量がありながら、図書室のように整理はされていないのだ。

 図書室でさえ、目的の書籍を探すのは苦労する。

 よく使われるものは手前の棚にまとめてあるので苦労はしないだろうが、それ以外の書籍は棚には収まっているが、体系的に収められてはいない。

「向こうでもめぼしい成果はないみたいだしな」

「仕方ないよ。こっちとは量も桁違いだもんね」

「ああ、はやくこっちにこい、ってついに言われたもんな」

 本の虫であるレミーアでさえ、あまりの量に相当参っている様子だった。

 一〇〇ページもあるような本はあまり多くはない。この世界の装丁技術では普通のことだ。魔導書、魔術書の分厚さの方が珍しいのである。

 さて、太一と凛が調査するにあたって気を付けていることは、人がいつ入ってきてもいいように読んだ本は必ず都度戻して次の本を取るようにしていることだ。

 隠蔽術式があるのでバレる可能性は限りなく低いが、書庫が散らかっていたら不審に思われる。それを防ぐため。

 しかし、本を持って読んでいる分にはばれたりはしない。

 例え真横で読んでいてもだ。

 そんなリスクはおかしてはいないが、近いことは起きた。

 書庫を訪れた者が扉を開けたとき、太一と凛はちょうど扉の真正面にいたのだ。

 思わず身を固くした二人だったが、書庫を訪れたギルド職員は正面を向いていても太一と凛を見ている様子はなく、そのまましばらく二人と少し離れたところで本棚を物色し、やがて出て行った。

 ほっと安堵したのと同時に、隠蔽の術式のとんでもない効果に改めて驚愕したのは記憶に新しい。

「……ん?」

 気が滅入らないよう、みつからなくて当然、という気持ちで手に取った、今日何十冊目かの本。

 凛は気になる記述を見つけた。

 タイトルは調査報告字引、となっていたからだ。

 これは当たりかも知れない。

 当たりでなくても、取っ掛かりが掴めるかもしれない。

 高まる期待。期待するなと自分を諫めながら、凛は本を開いた。

 数ページ読み進めて理解した。

 これは、今いる都市エルラ・クオステを中心に、周辺で行われたすべての調査について、時期や人数、結果などの概要といった大雑把なことが記述されていた。

 内容を正確に細部まで把握するためのものではない。

 調査者が、当該時期に行われた調査についてと、その前後に何が行われたか、何が起きたかを把握して因果関係を調べるための目次のようなものになるだろう。

 で、あれば、だ。

 あの山について、そしてその先にある領域についての調査も行われたに違いない。

 一〇〇年も昔の事だそうだが、記録には間違いなく残っているだろう。

 そうして読み進めていくと、ついに見つけた。

『ドスケル山脈についての調査』

 どうやらあの山脈はドスケル山脈というらしい。

 さっと目を通す。

 当時、調査に向かったのは、ご英訳であるAランク冒険者パーティ一組とBランク冒険者パーティ二組。

 そして学術的に調査するための学者が二名、冒険者ギルドから派遣された職員三名の総勢二一名だったようだ。

 彼らは危険であると分かっている山に分け入った。

 当然ながら襲ってくる魔物のレベルは高い。

 散発的に襲ってくる魔物をどうにか退けながらも長い長い山脈を徒歩で踏破した彼らがたどり着いた魔の領域は、山にいた強い魔物が大体平均レベル、という魔境であった。

 これはあまりにも危険すぎると即座に帰還することを決めた。

 往路だけで体力をかなり消耗し、休む間もなく復路に挑む。

 当然ながら護衛も護衛対象もボロボロであり、無事に街に帰還できたのは出発時の半分以下、八名だった。

 AランクパーティもBランクパーティも半壊。学者は一人死亡、ギルド職員も二名死亡という暗澹たる結果。

 貴重な高ランク冒険者を散らせてしまった損失は大きく、それ以上の損害を出さないようにするために、エルラ・クオステ当局は山脈への立ち入りは厳しい審査を伴う許可制にしたのだという。

「……なるほどね」

 Aランク冒険者と言っても実力はピンキリ。

 護衛についた冒険者の実力のほどはもはや推測することしかできない。

 ただ、それほどの損害を出したのであれば、山への立ち入りが制限されるのも、山脈を越えるのも忌避されるのは分かる話だった。

 凛はその時期を見た。

 エルラ歴五一四年とあった。

 そして直近の記録はエルラ歴六一六年となっている。

 この暦がセルティア共通のものかは分からない。どちらでも構わない。

 確かに約一〇〇年前に起きた出来事だ、ということが分かればなんでも。

 魔力補充の時間が来たので、凛は調査報告字引を持って太一のところに向かう。

 そしてそのページを読ませた。

「こりゃあ、当時のギルドも困っただろうな」

「うん……相当危険だから、無暗に立ち入ることがないように、っていうのが分かったのが収穫、って感じで……」

「ああ……犠牲を無駄にしないためにも、プラスの面を探して着地させた、ってところか」

「だと思うよ?」

 分かる話である。

 もはや一〇〇年も前の話なのでどうもこうもないのだが、同じ冒険者として、散っていった彼らに哀悼の意を示す。

「俺も気になるもん見つけたんだよな」

「ふうん?」

 凛が小首をかしげる。太一は彼女に書籍を渡した。

 それは民謡の本だった。

「これは……この地域に住んでる先住民の言い伝えかな?」

 読み進めていくなかで、凛は内容についてそう答えた。

「そうだと思うぜ」

 更に読んでいくと、山脈についての記述があった。

「うん……? 山の神?」

「ああ、気になるよな」

 かつて魔の神と揉めた山の神は、神同士の戦争に至る前に住んでいた土地を捨てて天を突きし高い山が連なる山脈に引っ越した。

 その山脈に神殿を構築し、そこを新たな神の座としようとした。

 とはいえ山の神はその山では余所者。

 いかに山の神といえど、いや山の神だからこそ節度は守られなばならなかった。

 そこで、山の神は山々に尋ねた。

 ここに神殿を建ててもいいかと。

 山々は答えた。この地にいる精霊たちが納得したら許可しよう、と。

 精霊たちは気まぐれだった。

 山の神は律儀に精霊たちから許可をもらえるよう、あれやこれやと難題に挑み、次々とクリアしていった。

 神としての権能で精霊や山々を従えなかった山の神の誠実さに心を打たれた山々は、神殿の建築を許可した。

 山の神は精霊たちと協力して神殿を造り上げ、そこでは己だけではなく精霊もまた奉る存在として定義した。

 そこは山の神と精霊の安住の地として山々に認められ、彼らの安息の地が出来上がったのだ。

 ……というものだった。

「……神殿だね、これ」

「ああ。気になるよな」

「作り話の可能性もあるよ? だってこれ神話だもん」

「そうかもだけど、調べる価値もあるだろ?」

「それは否定しない」

 むしろ有効な手掛かりになるかもしれない。

 この民謡は先住民が言い伝えてきた神話だ。

 物語としての完成度も、長い年月を経てかなり高い。

 とはいえ、神殿、そして精霊という文言が気になった。

 太一たちはこの世界、セルティアを見に来たのだ。

 何か取っ掛かりやきっかけがあるのなら、そこから攻めていくのが当然だった。

「よし、これについて調べてみようか」

「何かあるといいなぁ」

 指標がひとつ出来上がったのは大きい。

 ついでに報告できるものが増えたのも。

 太一と凛は再び書庫の調査に向かうことにする。

 山の神殿について何かないか。

 あるいはこの神話について研究や考察をした書籍が無いかどうか。

 調査はともかく、研究や考察の結果は書庫ではなくと図書館にある気もするが、記録として残っているかもしれない。

 凛は調査報告字引に向き合う。

 違う視点で読んでみることにしたのだ。先ほどは一〇〇年前の山脈踏破についての報告を探していたので、それ以外についてはサクッと無視していたからだ。

 太一は他にも神話は無いか探してみることにした。

 大きな一歩だった。

 これがあるのとないのでは大きく違う。

 すっかり飽きも来ていた証だったが気合を入れ直し、やっと半分を超えた書籍の山に向き直るのだった。

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