十六話
しばらく歩くと、遠くにフォレストタイガー亜種を発見した。
ひたすら肉弾戦で戦うのだが、強靭な肉体とパワー、大きな身体でありながら俊敏でバランス感覚もいい。
特殊能力は無いながら実に分かりやすい強さである。
太一たちそれ以上近づかないと宣言し、立ち止まる。
三人はありがたそうにフォレストタイガー亜種に近づき、狩りを開始した。
終始危なげない形で戦闘を行い、無事に勝利を収めたのは数分後のこと。
あの戦闘を見る限り、バラダーたちよりも二段から三段は上の領域にいることが分かる。
「あの三人すげぇ」
「そうね。かなりできるわね」
遠目から見た感じだが、スピード、パワー、技術、そして連携も相当なものだ。
凛とミューラに迫るのは間違いない。ともすれば上回っている可能性もじゅうぶんある、とミューラは心の中で評した。
凛とミューラを上回る可能性がある存在などそう出会わなかったんのは間違いない。
なお、当然ながら精霊魔術を使わなかった場合のこと。これを使った場合、力の桁が数段というレベルで変わるので、後は推して知るべしというところだ。
そんなことを話しているうちに、三人組はフォレストタイガー亜種を倒して素材をはぎ取っていた。
「レミーアさんたちに連絡した?」
「ああ」
突発的事態ではあったが、こうして彼らと一時的に距離を取る時間ができたのが良かった。
彼らにとっては倒すのは難しくないが、速攻で倒せる類の生物でもない。
彼らが狩りを行っている間、太一は凛とレミーアに、もろもろの口裏合わせをするため連絡を行った。
その一つに待ち合わせ場所の選定がある。
この隣の山の崖に、特徴的な四つの岩が組み合っている場所があるのだ。
奇跡的なバランスで組み合わないと、間違いなく落下しているであろう岩が四つ。
そこがパッとみて分かりやすい目的地だ。凛もレミーアも、その岩のことを知っていたから、というのもあった。
凛とレミーアから了承の回答をもらったところで、どうやらあちらの戦闘も終了したようだ
確実に仕留めたことを確認した三人は、剥ぎ取りにかかっている。
しばらくして太一とミューラの元に戻ってきた三人、素材に加え討伐の証拠も採取できたことで一仕事終えた顔をしていた。
「うまくいったみたいだな」
太一がそう言うと、彼らは笑った。
「おかげさまでね、助かったわ、本当に」
「今日見つけられなきゃ明日、それもだめなら明後日、ってなりかねないからな」
「そうそう。何度もこの山に来るなんて考えたくもねぇよ」
なるほど確かに。
ミューラはとても共感できた。
精霊の力が借りられないと仮定すれば、この山で活動する場合の危険度はかなり跳ね上がるからだ。
その点は太一には無縁だったが、何度も同じことをしなければならない、というのは面倒極まりないというのは激しく同意するところ。
何より、一日で片づけられた方が、時間給という観点で言えば圧倒的にお得だ。
「よし、じゃあお前さんたちの仲間と合流したら、街に帰るとするか」
用事が済んだのなら長居は無用。
そう言わんばかりに歩き出す三人について歩くことで、太一とミューラは同意を示した。
歩きながら自己紹介をする。
今更であるのは否定しない。
お互いこんな危険地帯で遭遇したということで、相手への警戒などを優先したのだ。
今は過度に警戒する必要がなくなったということ。
盾と片手剣のオーソドックスなスタイルの男はエンキド。
弓矢とサブウェポンに少し刃渡りが長めの剣鉈の女はイルーシャ。
杖を持った魔術師スタイルの男はディルと名乗った。
太一とミューラも改めて名乗った。
歩きながら、簡単に情報交換をする。
太一たちは、前述のとおり自分たちの居場所を見失ってしまったという体だ。覚えているのは、今日歩いたここら辺一帯のことのみで、どちらに向かえば下山できるのか、街に着くのかが分からなくなっている。
なので分かるところだけを歩いて回り、大きく進路転換はしていないのだと説明した。
チームを二手に分けているのも、どこかに思い出す何かが無いかのきっかけを探すのに効率がいいからだ。
……と説明すると、エンキドたちは納得したようだった。
「しかし、ここいらにとどまっていたのは正解だったな」
「そうねぇ。あの山を越えた先にはいかなくて済んだものね」
「……何があるんだ?」
彼らが示す山。それを越えた先は砦がある。
向こうにはいきたくはない。
彼ら現地人を連れて行くわけにはいかないのだ。
だが、ただ嫌がると露骨に見えてしまい逆に怪しくなってしまう。
そう思っていたのだが、山を越えないようにすべき、と相手側から言い出してきたことで、非常にやりやすくなった。
「一〇〇年前、調査に行ってな、出てくる魔物があまりに危険だってんで立ち入り禁止になってんだ」
「その魔物がこの山脈を超えてまでくることはまれなの。でもたまにあるから実力を認められた冒険者が定期的に山に立ち入って間引きしているのよ」
「おれたちはその依頼を受けたわけだ。ついでに素材も希少だからな。危険なぶん稼ぎもいいってわけだ」
そういうことか。
筋が通っている話だった。
ところで、勘違いしがちであるが、フォレストタイガーは太一たちやエンキドたちだから勝てると踏んで戦いを挑む。
実際に戦った太一などは、間違いなくAランクに位置する生物であると判断するようなモンスターだ。
「お前たちもそっちには入ってないよな」
「ええ。嫌な予感がして近寄らないようにはしてたわ」
「お前らみたいに情報は得てないけどな。でも、俺たちのカンがヤバいって訴えててな」
「そうね。馬鹿にならないもの、そういうの」
分かるでしょう? とミューラが目で問えば、エンキドたちも深くうなずいた。
この山で生き残れるだけの実力がある冒険者が積み上げてきたカン。
馬鹿にできるはずがない。
自分たちもそれで何度となく窮地に陥らずに済んだ経験があるのだから。
実際は、彼らの話が渡りに船だったので、太一とミューラが乗っかっただけなのだが。
「まあ無事なんだからそうだとは思ってたけどな」
「じゃあ、オレたちは街に帰るぜ」
そう言いながら、エンキドは小さな革袋を一つ、ミューラに投げてよこした。
「これは?」
「こいつは案内料だ」
「さすがにただで、ってわけにはいかないからな」
「そうね。分かるでしょ?」
太一もミューラも頷いた。
いわゆる貸し借りを作らない、ということだ。
借りがある状態というのは非常に気持ち悪いものだ。
それを得をした、我が世の春だ、と喜べる悪党ならばいいのだが、彼らは善人だろう。
貸し借りがあるとお互いのためにはならない。
彼らと同じ立場だったら、太一とミューラも同様のことをしただろう。
「それじゃあな、助かったぜ」
「無事に街に帰れることを願っているわ」
「気を付けて街に帰れよ」
「お前らもこんなとこで野垂れ死ぬなよ」
三人はそう言って去っていった。
彼らの背中を見送り、太一たちも背を向けて歩き出す。
そして数分歩いたところで、二人同時に立ち止まった。
「……ずいぶん離れたわね」
「そうだな」
お互いに山を移動したのだが、既に一キロ以上離れている。
高ランク冒険者ならではの卓越した身体能力故に、普通に歩いていても一般人より速いからだ。
「さて、街はあっちの方ね」
もうすでに豆粒のようになってしまった三人組の背中を目で追いかけた。
地形などの問題もあるのでまっすぐそちらに向かっているとは限らないが、おおよその方向はあっているだろう。
「街か。行ってみたいな」
太一のそれは、純粋に見てみたい、という割合が強い。
「ちょっと語弊があるわね。あたしたちの状況からすると、行かねばならない、よ」
「それもそうだ」
しかしミューラに訂正され、すぐにそれを認めた。
大山脈に隔てられてはいるが、直線距離としてはそう遠くない場所に街があることが分かったのだ。
この世界を見に来た、という目的である以上、それを見逃す手はない。
ただ、じゃあ今から行こう、というわけにはいかない。
勝手に動いていいわけではない。
何事にも報告連絡相談が要る。
アルガティに報告し、しかるべき確認を行うべきなのだ。
再び歩き出し、凛、レミーアと合流する。
目印となる場所がある、というのはうそではない。
先ほどまでいた山の隣にある山。その山の崖には特徴的な四つの岩が組み合っている場所がある。
三人組に伝えたことは本当の事だった。
ただ、先ほどまでいた山を裾野付近まで下りてから繋がっている山に再び登りながら、見えていたシルエットの背後の方にまで回る必要があった。
言葉にすると山を下山してまた登り、四つの岩が組み合っている場所まで到着した、と簡単に表せるが、道のりはそう簡単なものではない。
「ふむ、確かにお前たちの言うことももっともだ」
歩きながら太一とミューラで考えたことをレミーアに伝えると、彼女はそれに同意してくれた。
横では凛もうんうん、と頷いている。
「勝手には動けぬな。いや、できるがその後が恐ろしい」
そう。
太一はアルガティに対してそこまで恐ろしいとは思っていないが、凛たちは違う。
精霊の力を借りられるようになったからこそ力の差が分かり、どれだけ恐ろしいのかを肌で感じられるようになったからだ。
「よし、じゃあ拠点に帰ってアルガティに聞いてみるか」
とにもかくにも相談だ。
歩いて帰ってもいいのだが、時間が惜しい。
太一は全員を飛ばして高速で第二拠点へ。
全力で進んでも片道数時間はかかる帰り道を大幅にショートカットした。
まずはフィリップに事の次第と考えを相談する。
「なるほど、街ですか……。それは確かに気になりますね。」
彼は顎に手を当てて少し考えたが、すぐに答えが出たようだ。
「分かりました。では一度砦の方に戻って相談してみるといいでしょう。ついでに、報告もしてもらえると助かります」
「確かにその方が無駄がないな。承ろう」
「ありがとうございます。では翌朝においでください。明日朝までには報告書を仕上げておきますので」
太一たちの考えに理解を示すフィリップ。
行き掛けの駄賃に彼の頼みも引き受けて、一晩じっくり休んだその翌朝。
宣言通り仕上がっていた報告書を受け取り、太一たちは今度は砦に移動した。
アルガティは砦の一室にて優雅に紅茶を嗜んでいた。
全体的に暗めの部屋にたたずむその姿は、妙に様になっている。
「……我に相談がある、とのことだが」
アルガティが紅茶のカップをテーブルに置き、太一たちに向き直る。
「ああ。俺たちは向こうの山を探索してたんだ」
ちょうど、この部屋は窓から山脈が見える間取りになっている。
遥か先に、山脈がやや霞んで見えた。
その中に太一たちが探索していた山もある。
「調査は順調のようだな」
「それについての報告書も持ってきてるけどどうするよ?」
太一が懐から羊皮紙を取り出すのを見て、アルガティが笑った。
「そうか。カイエンにでも渡してやれ」
「見なくてもいいのか?」
「我が運営しているわけではないのでな」
「それもそうか」
彼が要らないというのならばそれでいい。
太一は報告書を懐にしまいなおした。
「じゃあ改めてお前に相談だ。あの山でな、現地の冒険者に出会った」
「ほう?」
現地住民との邂逅、という報告はさすがにアルガティの興味を引いたようだ。
彼は片方の眉を上げて太一を見た。
「あの山は、歩いて探索したら俺やお前でも数日はかかるくらいには広大だ」
太一の言うことを、アルガティは正確に理解した。
「我や貴様でもそうなるということは、ただの人の子には言わずもがなであろうよ」
「魔物の強さと冒険者ランクを鑑みると、少なくとも馬車かなんかで万全の準備をして山に乗り込んできてるはずだ」
「少年が言う通り手荷物だけで乗り込めるような場所ではあるまい。しかし、話の肝はそこではないな」
「馬車なりなんなりで向かえるくらいの距離に街があるんだろうな」
「うむ。……あの巨大な山脈が文字通り障壁になっているというわけで、距離的には近い場所に文明圏があったということか」
「お前も気付いてなかったのか?」
「うむ。貴様らが我に話を持ってきたのは良き判断であった」
アルガティは立ち上がると、窓から外を見やった。
「アルティアがセルティアに拠点を構えているのはこの地一か所のみだ。シェイド様の肝入りでな」
セルティアはいくつもの場所にランダムに時空の穴を空けてアルティアに乗り込もうとしているのだという。
まさに手あたり次第と、数撃てば当たるといった様相で、都度シェイドが潰してはいるものの、中には零れ落ちる穴もあるのだとか。
時空を超える穴を無数に空ける。
すさまじい攻勢ではあるが、欠点もある。
せっかく開けた穴を隠ぺいする余裕が無い、ということだ。
一方でアルティア――シェイドがとった方策は、穴を空けるのは一か所のみ。そこに全リソースを注ぎ、全力で隠蔽して拠点を構築する、というものだ。
そのために専用の隠蔽術式を開発しており、だからこそこの土地はセルティア側に露見していないのだとか。
仮にバレていれば、即刻処理のための人員が送られているのは想像に難くない。
セルティアとしては見逃す理由は全く無いのだから。
さて、英断だった、というのは、先の隠蔽術式に関連するのだという。
「この土地を隠匿するための専用の術式。効果は認識の阻害と人払いの術式だ。こちらに向かおうとすると得も言われぬ不安を覚え、見ようとすると意味もなく視線を逸らしたくなるというもの」
言ってみればそれだけなのだとか。
ただ、だからこそ効果的なのだ、とも。
それにもともとかなり危険な魔物も複数棲息しており、実際によほどの実力が無ければ立ち入ろうとも考えない魔の領域。
一〇〇年前に調査が行われたが、相当な犠牲を払ったうえでかなり危険なことが分かり、それ以降はリスクにリターンが見合うとも思えず近寄らないようにしているのだとか。
恐ろしい場所である、という人々の認識に、ここを忌避したくなるように仕向ける人払い。
そして、もともとただの魔物の領域であり、これまでもこれからも何も変化はない、自然そのままであると思わせる認識阻害。
だからこそ、太一たちが精霊の力を借りようとも、アルガティがその力を振るおうとも、露見しないということ。
セルティア側もアルティアの動向には注視しているのだろうが、シェイドが組んだ術式だ。
シェイドが自身と同格の相手にも通じるようにと編み上げたものなのだから、簡単にバレたりはしないというわけである。
「そして、効果がそれだけであるからこそ、かなりの範囲を術式でカバーできている」
少なくとも、あの山脈は術式の範囲内なのだとか。
もちろん山脈の端までいくと術式の範囲ギリギリなのでじゃっかん効果は落ちているようだが、それでも影響はあるという。
恐ろしく広大な術だが、太一はもちろん、凛もミューラもレミーアも驚きはなかった。
何せその術式を作ったのはシェイド本人だというのだ。
太一たちでは想像もつかないような存在、闇の精霊シェイド。
彼女であればなんでもありでも驚くに値しない。
「だが、さすがにこの術式の効果範囲外に闇雲に出ては、即座にセルティア側に察知されるであろう」
セルティアがやっているアルティアへの工作行為を、アルティアがやっていないわけがない、と思うのは当たり前の話である。
今も痕跡が無いか探しているに違いない。
その痕跡をむざむざと与えるわけにはいかないのである。
「勝手に山を越えられては困るのでな」
「ああ、やっぱり確認してよかったな」
勝手に動かない、というのは正解だったようだ。
「だが、貴様らが言う街での調査の必要性は、我も理解した。故に……」
そう言うと、アルガティは四つの指輪をテーブルに置いた。
「これは?」
「うむ。シェイド様にご用意いただいた、個人専用の隠蔽術式が込められた魔道具である」
「シェイドが用意したのか」
「そうだ。こんなこともあろうかとご用意なされたようだ」
「へえ?」
「こやつを肌身離さず装着しているのならば、街への偵察及び現地での調査を許可しても良い、とおっしゃられていた」
「なるほどな……どこまで見えてんだろうな、シェイドは」
「ふん……我らのような凡夫に、あの方のお考えを察するなど不可能だ」
アルガティがそう言って笑う。
確かに、と太一は納得せざるを得なかった。
あれだけの存在だ。
太一などに分かるはずもあるまい。
「まあいいや。これがあれば街中にも入れるんだな?」
「うむ、必要な魔力は都度装備者自身が充填して使う仕組みと仰せだ」
こまごまとした注意事項を受け取る。
目の前にいてはさすがに認識阻害で見えにくくすることも叶わない。
両者ともに相手がいることを分かっているからだ。
「では、ゆくがよい」
「分かった、行って来るぜ」
「収穫があると良いがな?」
「何かがあればな。ま、過度な期待はしないでおくさ」
アルガティに促され、太一たちは指輪をそれぞれ合う指にはめ、アルガティの元を辞した。
こんな簡単に対策が手に入るとは思っていなかったが、それはともかく。
太一たちの次の行動が決まった。
セルティアに来て最初の街に潜入し、情報を仕入れてくることだ。




