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十一話

 ミューラとレミーアは、お互いを対象に見定めて探知の訓練を行っていた。

 一〇分に一度。相手の姿が見えない場所に移動して、そこで精霊魔術による探知を行う。

 気配を探ろうと思えばできてしまうのが難点だが、そこもいい訓練方法だ。

 意識して探知方法を切り替える。

 気配察知に頼らない索敵方法の習得。

 レミーアの探知は、太一からヒントを得た索敵だ。

 空気はエレメンタル・シルフィードの領域。故に空気に触れていれば探ることができる。

 本当に単純ながら、実に強力な索敵方法。

 レミーアはそれを真似たのだ。

 結論から言うと、ある程度はうまくいった。

 ただ、だ。

「むう……受け取る情報が多すぎるな……」

 情報の多さに軽い頭痛を覚える。

 そうなのだ。

 太一がどうやって標的を見極めているのかが分かった。

 彼はシルフィと会話が出来るからだ。

 それならばピンポイントで絞り込めるのも無理もない。

 取捨選択を精霊の方でやってくれているのだ。

 実に羨ましいことだ。

 闇の精霊シェイド曰く、もっとも適性があったのが太一だったからこの世界に招いた、とのことだ。

 しかし召喚魔法の力は、太一が望んだものではないからだ。

 魔術の習得時には楽しそうにしていたが、そうやって切り替えないとやっていけなかったのだろう。

 召喚術師としての力も、元々太一が持っていたものだそうだが、この世界に来なければ生涯活きることのなかった才能。

 そもそも魔術については、才能といういかんともしがたい無慈悲によって構築されている。

 太一がいなければレミーアとて恵まれていたのは否定のしようがない。

「それに、私のこれは後天的なものだからな」

 得るはずのなかったものをもらえた。それだけで人生で最大の幸運だったろう。

 レミーアは、契約精霊のブリージアと会話することはできない。

 そんなのは当たり前だ。

 太一が特別中の特別なだけである。

「いや、止めよう」

 自分がどれだけ恵まれているかは、もはやこれでもかというほど考えた。

 どうもうまくいかないと思考が益体もない方に逸れていけない。

 精霊魔術師となってからだ。こうしてうまくいかず立て続けに壁にぶつかるのは。

「駆け出しの頃を思い出すな」

 10歳の頃には頭角を現していたレミーア。

 確かに才があったことは否定しない。

 師や環境に恵まれたことも否定しない。

 しかし順風満帆だったわけではない。

 何もかもがうまくいったわけではない。

 何度もつまずいた、若い時だけではなく、それはある程度年を重ねるまで。

 円熟の域に達してきたここしばらくはなかったので、精霊魔術師になってからのつまずきは久方ぶりの感覚だった。

 一つの壁を越えられず、視点を変えるために別の道を行こう振り返れば、真後ろにも壁ができている。

「まったく張り合いがあるというものだ」

 試行錯誤の繰り返し。

 通常の魔術でも似たようなことはできなくはない。

 ただ、性能には劇的に差が出た

 具体的には範囲だ。

 精霊魔術における探知可能範囲は、自前の魔術の数倍に及ぶ。

 圧倒的な性能差と考えて良く、これを使わない手はなかった。

 まずはブリージアにきちんと意思を伝えきれていないことが要因と仮定して精霊魔術に没頭していく。

 仮定が間違っているならばそれでもいい。また次の仮説を考えて実行するだけだからだ。



「うまくいかないものね……」

 ミドガルズから情報を得ることはできている。

 しかし、判然としない。

 今のところ分かるのは、どこに生き物がいるか、ということだけだ。

 そう、生き物がいることしか分からないので、探知した生き物が人間なのか動物なのかも判別できない。

 精度はある意味で高く、ある意味で低い。

 地面からミドガルズが得る情報をもらっているのだが、無理も無いとも思う。

 地面に触れている相手の居場所を探ることはできる、というのは、ミィの探知について太一と会話したときに知った情報だからだ。

 それを再現できないか、と思ったのでトライしているところだ。

 ただ、探知の精度はシルフィの方が高いという。

 地面の中にあるならば、無機物有機物生き物問わずミィの独壇場なのだが、地面に触れているだけの相手を探る場合は、そのシルフィには及ばないということだ。

 エレメンタルでもそうなのだ。エレメンタルに及ばないミドガルズでは同じことはできなくて当然。

 まして精霊魔術師と召喚術師という差があるのだ。

「それでも、やらない手はないわよね」

 ミューラの土魔術では、正直地面に触れてさえいれば相手の居場所を探る、なんてマネはできなかった。

 鍛え上げた自身の五感に頼って気配を探った方がよほど良かった。

 それでも現在ミドガルズの探知を使っている理由。

 自身の気配探知が及ぶ範囲よりも、ミドガルズの探知の方が範囲が広いからだ。

 これが少し範囲が広がる、程度ならば挑戦しようとは思わなかった。

 探知をレミーアに任せ、ミューラは土属性の得意なことを磨こうとした。

 少しどころではなく、数倍という規模で広がるのだ。

 空を飛んでいたり樹木の上にいたりしない限りは、土の地面でも岩でも探ることができる。

 だから、この探知の性能が上がれば上がるほどプラスになるのだ。

 今はどこに生き物がいるかしか分からない。

 現在の肌感では、精度をどれだけ向上させても、対象の種までは分からないと思われる。

 二足歩行だから人間、というのは分かるかもしれないが、ゴブリン辺りは精度を上げなければ人間と間違えるだろう。

 四足歩行の生き物ということは分かっても、それが肉食なのか草食なのかも分かるまい。

 それでも、探知した相手の大きさまで判断することができたら、大きなプラスになる。

「簡単そうに思えるのだけど……」

 頭の中で何をやりたいかを反芻してみると、別に難しいことをしようとはしていないことが分かる。

 ただ、まさに机上の空論というやつでやる前には簡単そうに思えても、いざやってみるとかなり難しかったというのは珍しいことではない。

「どの道、あたしの気配察知も、相手の気配を知っていたりしないといけないものね」

 知ってさえいれば、対象が見えていなくても気配だけで何者かを判断することはできる。

 それはミューラ特有の技能ではなく、気配察知を得意とする冒険者ならば同じことは可能だ。レンジャーやスカウトといった役割を持つ冒険者などは特に気配察知には強い。

 後は対象が敵意や殺意を抱えているかどうかくらいか。

 ミューラは自分の気配察知能力に不満を覚えたことはない。

 それでも、範囲が広がるというのならばぜひとも身に着けたい。

「後は、情報の選別ね……」

 今はミドガルズが得た情報すべてが共有されている。

 それこそどんな情報も一緒くたであり、今後のことを考えるならば必要のない情報は拾わないということも大事になってくる。

 実運用するのに、この情報は必要でこの情報は不要、などとやってられないからだ。

 ではどこから手を付けるか。

 ハードルが高くないところから始めたい。

 何かを習得するとき、まずは難易度が低いところから初めて徐々に応用に進んでいくのはカリキュラムとして順当な手段だ。

「まずは、二足歩行だった場合のみ情報が拾えるようにしましょうか」

 それでやってみて、難しければ大きさで選別、というのをやってみようと思う。

 できるかできないかで悩んでいるのは無意味だ。まずやってみるのがいい。

 それはこれまでの修行でも感じていたことだった。

 さっそく、どうすればそれを実現できるかを考えるところから始めよう。



 水の玉を浮かせて、凍らせる。

 ということを、本当はやりたかった凛であったが。

 今彼女が取り組んでいるのは、魔力操作の訓練。

 修練場にて水魔術で広範囲に霧を生み出し、それを一気に凍らせるのはできた。

 ただ、自前の水魔術でできることなら、自前の氷魔術でもできることに気付いたのは、過剰な精霊魔術を放ってしまった後である。

 誰かにダメージを与えたり、何かを壊してしまったわけではない。

 ただ、かなりの広範囲に魔術の効果が出たことは分かった。魔力もごっそりと失ってしまった。

 これならば、どれだけ広範囲に毒霧をまき散らされても対処することは可能だろう。

 むしろ、制御できていない自分自身に問題があると判断したので、魔力操作の訓練に勤しんでいるというわけだ。

 ずっと根気よく続けていたため、それなりに効果は出てきている。

 おそらく無理とは思う。

 そのうえで、毒の対処を精霊魔術で、凛の思う通りに対処できる、という結果を目指して地道に訓練を続ける。

「もうそろそろ太一が戻ってくるかな」

 太一が砦に向かって既に数時間が経過していた。

 おそらく往復の所要時間は大したことはないから、ほとんどは向こうでの説明や書類の手続き、準備の時間と思っていいだろう。

 訓練に集中はしている。

 そのうえで、他のことを考える。

 レミーアはいわゆる「ながら」で魔力操作の訓練を行っているのを知った。

 今の凛からすれば、あの精度を保ちながらのながら訓練は高みだ。

 ただ、高みだからとやらなければいつまで経っても到達できない。

 いつかたどり着く、なんて悠長なことを言うつもりはなかった。

 できることなら次の瞬間にはたどり着きたいし、そこまではいかなくても何かをつかみたい。

 そのきっかけはどこに落ちているか分からない。

 ある時ふと、「こうしたらいい」と天啓のようなものが下りてくることだってある。

「そうなると、さすがに試すわけにはいかないかな」

 魔力をより小さくする訓練。

 身体の中でこねくり回してイメージ通り形を変える訓練。

 強化魔術ではない、魔力強化によって身体の任意の部位を強化する訓練。

 ありとあらゆることを、考え事をしながら試していく。

 魔力をより小さくする訓練だが、ウンディーネの領域にいた頃に比べたら幾分かは小さくなった。

 まあ、といっても甘めに見て一割減というところか。

 たったそれだけ、とみることもできるが、凛としては大きく進歩していると思っている。

 身体の中で形を変える訓練。これはあまり困ることはなかった。

 ある程度のものは作ることができたのだ。ただより細かいものになると難易度が飛躍的に上がる。

 現在取り組んでいるのは自身の杖の形を模すこと。これはなかなか意匠も細かく、魔力で形作るのは難しいのでいい訓練だ。

 そして魔力強化。

 太一に倣ってのことだが、これが難しい。太一はずっとやってきたからこそ出来るのだろう。

 ある程度はできる。しかし太一のように細かく素早く強化箇所と強化の度合いを切り替えるというのはうまくいかない。

 これもよい訓練になる。

 魔力を絞る。

 要は制御力。

 魔力を体内で形を変える訓練も魔力強化の訓練も、魔力を絞る、というものではない。

 しかし制御の訓練になる。

 思い通りに魔力を動かす、その精度に難があるからなのだ。

 きっとどこかでつながっているはず。

 蛇口の開け方の加減だけではなく、水をどんな形の器に注ぐのか、水をどう流すのかということだ。

 そうして自分と静かに見つめ合っていると。

 第二拠点の一か所が騒がしくなった。

 今凛がいるのは第二拠点の敷地内、西側の端。騒がしいのはどうやら東の方だ。

 砦の敷地ほどではないとはいえ、第二拠点もそれなりの規模である。

 当然距離も離れているのだが、凛はその騒がしさに気づくことができた。

 考え事をしながらも、思考が研ぎ澄まされていたからだろう。

 これは太一ではない。

 ということは。

「斥候に出てた人たちが戻ってきたのかな?」

 おそらくはそちらだと思う。

 太一の帰還も近いはずだ。

「ということは、動き出しそうだね」

 凛は立ち上がり騒ぎが起きている方向に向かおうとして方針転換。

 総隊長の天幕の方に向かうことにして歩き出した。恐らくはそこに情報が集まると判断しての事。

 当然、歩きながらも魔力操作の訓練は続けている。

 色々と方法は試しているし、魔力操作も少しずつだが確かに向上しているという手ごたえもある。

 ただここ最近における一番の収穫は、ながら作業でも魔力操作の訓練を続けられるようになったことだと、凛は思うのだった。


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