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七話

「これで納得してもらえれば良いがな」

 ミューラの対戦が終わり、次は凛が模擬戦を行っている。

 この模擬戦に何を求められているかは、彼女もよく理解しているようだ。

 序盤少しのやり取りで彼我の力量差を把握したらしい凛は、すでに勝負を決めにかかっていた。

 最初のうちは相手の攻め手をある程度受けていたが、もはや攻撃の出がかりを潰す動きにシフトしている。

 ミューラと戦ったメラクは、純粋に力の差を見せつけられた形になったが、凛と戦っている魔術師は自身の行動を悉く邪魔されている。

(実力が近い相手となら、泥臭い戦い方になるんだけれどね)

 例えばミューラとの模擬戦になれば、それこそあの手この手を使い、駆けずり回って埃まみれになることもいとわないのが凛という少女である。

 そこまでしないと勝ちは呼び込めない、と分かっているのだろう。

 相手よりも実力が上回っている場合。

 先ほどミューラは技量と戦術で相手に何もさせず封じ込めた。

 一方凛は、出力と手札にものを言わせてすぐに勝負を決めに行っている。

 お互い逆の戦い方もできるが、結局意図するところはひとつ。

 粉砕。それに尽きた。

 どちらも、大きな力の差がなければできない勝ち方。

「二戦もやれば十分じゃないか?」

 お互いの力量を高め合う目的ならばともかく、実力に物を言わせてねじ伏せる訓練など、あまり面白いとは思わないのが太一である。

 そうでなければ凛とミューラと同じレベルで立ち回る模擬戦で、楽しそうにしたりはしないだろう。

 むろん相手によるし、必要ならばねじ伏せることもやるのだが。

「うむ。貴官らはどう思う?」

 こちらに近づいてきていたカイエン、ジーラス、ウーゴに、レミーアは背中を向けたまま問う。

「そうですね……私は十分だと思います」

 カイエンはこれ以上は不要だと認めた。

「あれだけ圧倒されてれば、仕方ねぇでしょうな」

 ウーゴもまた、現状を見たうえでカイエンに同調する。

「さすがに、力量差も分からないような者は、ここには来れませんからね」

 ウーゴが納得すれば良かったジーラスは、この結果に一息、といったところだ。

「ただ、すぐにもやもやが全て取り除かれるわけでもなさそうですかね」

 周囲を見やり、カイエンは言う。

「ま、それは仕方あるまい。人間そう割り切れるものではないからな」

「分かってもらえてありがてぇ。こうしてこっちの事情に付き合ってもらった以上、大人の対応はさせると俺も約束しましょう」

 ウーゴはそういって胸をたたいた。

「大人の対応なら出来ていたと思うが、まあそういうことなら頼むとしよう」

「ええ、お任せくだせぇ」

 さっぱりとした様子のウーゴ。

 良くも悪くも感情を表に出すタイプ。

 彼は、ここに来た人員たちの感情の代弁者なのだ。

 彼が陣頭に立って不平や不満を口にし、感情的になることで他の人員たちのガス抜きをする。

 見た目は盗賊にも見えるが、それに騙されてはいけない。

 仮に直情型であっても、それを理性で制御できるからこそこの地位に就いている。感情的なのも、分かっていてやっていることだ。

 まあ、そういった背景については、太一たちは知る由もないのだが、見ていればなんとなく予想できることでもある。

「では、彼女の模擬戦が終わりましたら、さっそく仕事の話をさせていただくとしましょう」

「そうさせてもらおうか」

 これ以上の実力の証明は不要。

 というわけで、レミーアと太一の模擬戦闘は無し。

 ちょうど凛の模擬戦闘が終わった。

 見ていたとおり、圧倒的だった。

 七人はそのまま訓練場を出ていく。

 残された者たちはそれを呆然と見つめていた。

 セルティアにやってきたのは、いずれもアルティアである程度以上飛びぬけた結果、成果を残してきた。

 Bランク冒険者として成り上がり、一代で莫大な富を築く。

 あるいは騎士となり、貴族として認められる。

 などだ。

 太一はもちろん、凛、ミューラ、レミーアと比較するとどうしても騎士やBランク冒険者が大したことないように見えてしまう。

 だがそれは大きな錯覚で誤った認識だ。

 一般人から考えれば、騎士やBランク冒険者などどう逆立ちしたところで、なろうと思ってなれるものではない。この世界では大成功といえる部類のもの。

 Cランク冒険者で活動が続けられたら十分成功できたと胸を張っても誰も咎めないどころか賞賛さえされるだろう。

 たとえ降格しても、一度でもCランクに上がれたら酒場で自慢話にできる。

 大多数の冒険者の最終到達点がDランクというのも、それを物語っている。たとえDランク止まりでも、命を賭けているぶん、普通に雇われて働くよりははるかに実入りがいいのだ。

 セルティアにやってきた彼らはその成功、または大成功を捨ててまで決断しており、弱いなどとは普通口が裂けても言えない。

 ただただ、太一たち一行が常識から一段ずれている、というだけの話。

 これまでは主に太一だけであったが、今は全員がそうである。

 果たして、この模擬戦の結果がどう転ぶのか。

 今はまだ、誰にも予想すらできないのだった。



「どうやら、無事に連中に認めさせたようだな」

 砦の統合作戦室でアルガティが待ち構えていた。

「完全に認めさせたかは分からないけどな。まあ、実力は見せてきたぜ」

「それでよい。ここの者たちと仲良しごっこさせるために連れてきたわけではないのでな」

 なかなかの毒舌。

 だがその通りでもある。

 太一たちはここに根を張るわけではない。

 一時的にこちらに滞在し、目的を達成したら去る。

 もちろんアルティアを守るという目的は同じなので間違いなく味方である。

 ただ、それと同じく領分というものがあり、あまりでしゃばるとそれを侵す危険があった。

 太一たちがすべきはあくまでも手助け。

 主導は、セルティアに覚悟をもって来たものたちがするべきだ。

「ありがとうございます」

 カイエンは頭を下げた。

 ここにいる者では入って調査することすらできない森や山。

 周辺はそういった場所だらけなのだ。

 当然だ。

 セルティアの中心部、安全な場所には拠点を築けない。

 辺境、自然の奥地に作ることになる。

 現在ここ以外に一か所、基地を設けるべく建築を進めているが、それさえも決して少なくない犠牲を払って作り上げたもの。

 基地を建築する場所の選定作業に、非常に莫大な投資をした経緯がある。

 選定作業と言っているが、実際は獣道すらない未知の場所へ分け入る冒険。

 非常に重要な仕事ではある。

 資材や食料の現地調達、周辺の魔物の調査による生物分布の把握など、有形無形の収穫の価値は計り知れない。

 ある程度実力に優れ、Bランク冒険者に匹敵する者もいるが、攻めの主力であると同時に、守りの主力でもある。

 Aランク冒険者相当の者は更に少なく、文字通りの要石。彼らなら危険地帯にも送り込めるが今度は守りが手薄になる。

 替えなどきかない。

 補充は簡単にはできない。

 太一たちにそれを肩代わりしてもらえるのなら、カイエンとしては非常にありがたかった。

 例え彼らが犠牲になっても、ここの人員には一切の被害が出ないからだ。

 薄情だとは思うが、カイエンたちも日々必死なのでそこまで余裕はない。

 それに、アルガティが連れてきた者たちだ。

 強さも確認したことだし、任せることはできるだろう。

「では、仕事の話としようか」

 アルガティが言う。ここからが本題だ。

「ああ。俺たちは今日からでも出られるぞ」

 太一はそう答えた。

 そのために準備をしてきた。

 先の模擬戦に普通に挑めたのもそのためだ。

「そうか。ならばさっそくやってもらおう。準備はできておるな?」

 アルガティはカイエンたちに目を向けて言う。

「はい、もちろんです」

 太一たちにどこに行ってほしいのか。

 何をしてほしいのか。

 それらはアルガティではなく、カイエンらから提示があるようだ。

 まあそれもそうだろう。

 この地にて何が足りないのか、どこに人の手を送りたいのか。

 それを分かっているのは現場だ。

「こちらをご覧ください」

 背後ではジーラスがテーブルに地図を広げていた。

 拠点を中心とした地図だ。

 南東と北西に険しい山々があり、ちょうど谷底にあるようだ。

 そしてその周辺はほぼ深い森におおわれている。

 この陣地周辺はどうにか切り拓いているが、ほぼ未開地。

 そして南西には建造中の第二の陣地。

 非常に簡易な地図なのは間違いないが、範囲は広い。

 ここまでよく調べたというべきだろう。

「こちらにある拠点についての調査になります」

 拠点についての調査。

 どういうことだろうか。

「経緯を簡単に説明しますと、こちらの拠点からは週に一度、定期連絡を受けています。直近の報告は、三日前のはずでした」

 それを聞けば、何があったのかはおおよそ察することができた。

「お察しの通り、定期報告の人員が来なかったのです」

 ここから第二拠点までは、全工程を徒歩で行って片道二日間の道のり。

 定期連絡の役目を担う人員は身体強化に優れたものを選別しているので、この作戦の実運用上の所要時間は片道半日ということである。

 また未開の地を進むという危険な役割から、移動能力に加えて戦闘力にも長けた人員を一〇人用意していたという。

 この定期報告は運用を開始して既に三か月は経過しているが、これまで一度も遅れたことはなく、また一度たりとも人員の欠損はなかった。

 魔物と遭遇しても撃退及び逃走は十分可能だったとのことだ。

 定期報告部隊は、第二拠点を当日の早朝に出発するという。なので多少の前後はあれど、遅くとも夕方前にはこちらの砦まで到着していた。

 人員が欠損した、遅れた、というのなら分かる。

 ただ、三日経っても到着しない、というのはこれまでで初の事とのことだ。

 異常事態が発生したと考えてしかるべき。

 襲われたか、そもそも出発できなかったのか。

 だからピリピリしていたのか、と、到着した日を思い返す太一である。

 強い感情が向けられたのも致し方なし、というところだろう。

 仲間がどうなっているかもわからない状態の時に、アルガティに連れられてやってきた四人組が特別扱いを受けると決まっている。

 なるほどそれでは良い感情も向けられまい。納得できる話だった。

 それはともかく。第二拠点の調査に向かう人員の選別を行っていたところ、なのだが。

 当然ながらこちらの砦も人員は潤沢ではない。

 全員がそれぞれに重要な役割を担っており、そこから外れればそれだけ別の部署の仕事が遅延する。

 そこに現れたのは太一たち。

 アルガティからの紹介で実力は十分。

 それは模擬戦闘でも一端を披露されて把握している。

 武力が必要な場合を考えて、太一たちに向かってもらうのがいいのではないか。

 首脳部ではそのように結論が出たとの事だ。

「なるほど。では、我々は早急にこちらに向かうとしよう。ついては……」

 レミーアがカイエンたちと簡単な打ち合わせを行っている。

 確かに由々しき事態のようだ。

 何が起きているのか、現状では推測しかできない。

 もしも現代ならば、無線通信などの手段によって情報の即時共有が可能だ。

 だが、こちらでは当然そんな手段はない。

 伝書の鳥を飛ばしたり、早馬を使ったり、身体強化に優れた者を用意したり、などだ。

 こちらでは鳥を使っていないとのこと。何故か。

 理由は難しくはなく、空を行く魔物に狩られてしまうのだという。特に猛禽の魔物が厄介で、人間などは襲わない臆病な性格だが、自分より小さい鳥類や小型小動物を狙う生態をしているらしい。

 らしい、というのは、生態の調査が進んでいないからだ。これで確定とするには十分なエビデンスを用意できていない。

 ともあれ、最初は伝書の鳥を用意していたそうだが、悉く狩られてしまってからは、運用を取りやめたのだという。

 その猛禽に限らず、調査が進んでいない物事だらけだというが。

「後で、我々があなた方に任務を要請した件と、それに伴うもろもろについて記載した書面をお渡しします」

「ありがたい」

 それがあるとスムーズに行くのは間違いない。

「いえ……第二拠点はこちらの砦以上に色々と余裕がございません。ですので、こちらのように家までは用意できないかと」

「ふむ……」

 むしろこちらで家を用意してもらえたこと自体がずいぶんな特別扱いで、感謝こそすれ文句など言うはずがない。

 レミーアは太一を見た。

 視線を受けた太一は頷く。

「承知した。では、寝泊まりについてはこちらでどうにかする故、土地の一角を割り当ててもらえるよう取り計らってもらえるか」

「その程度でしたらお安い御用です。むしろ、それしかできないのが心苦しい限りですが」

「じゅうぶん便宜はかってもらえている。礼を言わねばな」

「いや、礼を言うのはこちらの方です。南西陣地をよろしくお願いしますぜ」

 ウーゴが頭を下げた。

 大役を任されている、つまり権力を持っていながら頭を下げることをいとわない。

 気持ちのいい男だった。

「それでは、皆様のご武運をお祈りしております。第二拠点を頼みます」

「我はだいたいここにいるであろう。何かあれば来るがよい」

 カイエンとアルガティの言葉を受けてから、部屋を出た。


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