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二話

 ウンディーネが「話してみる」と言ってから一両日が経過した夜。

 何を言っているのかと思っていたら、その答えはすぐに分かった。

 凛の回復も順調で、そろそろエリステイン魔法王国に戻ろうかと話しているところだった。

 カンカン、と玄関のノッカーが鳴らされた。


「はいはい」


 たまたま扉の近くにいた太一が応対に出る。

 ちょうど夕食後。

 もう少しで寝る時間。

 この世界は、日本に比べて朝の起床もはやければ夜の就寝もはやい。

 日本では電気というインフラによって安価で明かりの恩恵を受けられる。

 一方アルティアには電気がない。明かりを取るにはランプなどが必要である。それらのコストも決して安いものではなく、日が落ちたら食事をとって即座に寝るというのは、一般では珍しくない生活サイクルだ。

 夜遅くまで明かりを灯していられるのは貴族や豪商に限られるのだ。

 日本では二一時を過ぎてのアポなし訪問は非常識とみられる。もちろん地域差や個々の家庭、個人の認識によって差異はあるだろうが。

 つまり、そろそろ非常識にみられるぎりぎりの時間に来客があったということだ。


「どちらさ……」


 とはいえ、ここにやってくるのは城の関係者がギルド関係者くらいのものだろう。

 ならば緊急の要件の可能性が高い。

 そう思って扉を開けて、太一は絶句した。


「ほう、見違えたな、少年」


 まさかの来客だったのだ。

 全く心の準備をしていなかった。虚を突かれたのだ。


「……お前は」


 かつて辛酸をなめさせられ、その後ミィとの契約によってかろうじて撤退させた相手。

 アルティアの管理者、シェイドの部下。

 吸血鬼の始祖にして王。

 律儀に正面玄関からやってきたのは、アルガティ・イリジオスだった。


「アルガティ……なんでここに」

「……なんだと!?」


 がたりと、太一の背後で大きな音。

 ダイニングにはレミーアがいたはずだ。

 振り返ると、彼女は椅子を蹴り倒して立ち上がっていた。

 沈着冷静なレミーアといえど、さすがにアルガティの登場とあっては驚きを隠せなかったのだ。


「今日は、貴様らに耳寄りな情報を持ってきたのだ。上がらせてもらおうか」


 有無を言わさぬ感じだが、追い返すことはできない。

 実力的にも、状況的にも。

 そのあたりを深く考えるのはやめてしまうのが賢明だろう。

 太一はアルガティを室内に招き入れた。

 こうして招き入れたのだから、いっそ開き直ってもてなしてしまおうと太一は考える。

 リビングに案内し、ソファに座らせる。

 足を組んで背もたれに身体を預けたアルガティに、太一は問う。


「お茶とクーフェ、どっちだ?」

「我はどちらも好むが……そうだな、少年に任せるとするか」

「分かった」


 太一は迷わずクーフェを淹れる。

 理由はシンプル。家にあるものでは、クーフェの方が茶葉よりも高級だからだ。街を散策していた太一が、ふと見つけて衝動的に買ってきたものである。これが日本だったら小遣いを軽く吹っ飛ばしてしまう値段で躊躇しただろうが、今の財布事情ならばためらうほどの値段ではなかった。

 さすがに王侯貴族がたしなむものに比べれば二段は劣るが、それでも一般家庭で飲むぶんには十分すぎるほど高級なものだ。

 素人の太一でもわかるほどに香りも味も良く、いい買い物をしたと満足できる逸品である。

 それを三人分、リビングのテーブルに置いた。


「……ほう、なかなかどうして、悪くない」


 太一が淹れたクーフェはとても本職には及ばないものの、クーフェ自体がいいものなのでそれなりの味にはなっており、アルガティが一定の評価をするに足る味だった。


「で……話があるんだろ? わざわざ自分で足を運んで」


 太一はアルガティの正面に座った。

 レミーアは向かい合う二人から見て右手側のソファに座った。

 屋敷を包む異様な気配に、凛とミューラが自室からこちらにやってきたが、リビングの入り口で思わず足を止めていた。

 特に誰かは説明していないが、その異様な空気を感じて理解したのだろう。

 太一とレミーアが迎えている男が、仮面の男と同様強者であることを。

 会ったことはないが、この男に部下がいないとは考えられない。

 手勢の者を使い走らせればいいものを、アルガティ本人が、だ。


「もう本題か、せっかちだな。もう少し再会の会話を楽しもうとは考えんか?」

「それはもう少し交流を深めてからじゃないのか?」

「この関係だからこそ、であろう」


 アルガティの言葉に、太一は肩をすくめた。

 はっきり言って重要でもなんでもないからだ。

 アルガティも分かっていてのことだろうから、単なる戯れであろう。


「まあ良い。今日は敵対しに来たわけではないと理解しているな?」

「ああ。お前からは敵意どころか戦意もまったく感じない。穏やかなまんまだ」

「そうとも。我の方は貴様との戯れもやぶさかではないが、貴様はそうではなかろうな」


 太一は答えない。代わりに淹れたクーフェをひとくち。

 やはりいい味だ。


「我にとっても重要な事案なのでな。さっそく話をしよう」


 アルガティはふっと笑う。

 太一のリアクションは予想通りだったのだ。

 わかりやすくていいことだが、アルガティの方もいたずらに相手をからかって楽しむ趣味は持っていないし、彼としても本当に重要な案件を持ってきているので、おふざけにかまけている場合ではなかった。


「水のエレメンタルより、貴様らが敵……セルティアについて何も知らぬとぼやいていたと聞いた」


 ぴくりと、カップを持つ太一の手が反応した。

 レミーアはちらりとアルガティを見た。


「そこで、我が主により一計を賜った」

「シェイドからか」

「うむ」


 アルガティはひとつうなずくと。


「シェイド様は、セルティアでの攪乱工作を行っておられる」

「やられたらやり返す、って感じか?」

「その通りだ。セルティアからも手勢が送り込まれておるのでな。こちらもそれをせぬ理由がない」

「なるほど」


 確かに、と納得する太一とレミーアである。

 遠巻きに話を聞いていた凛とミューラも、うなずいていた。

 特に実際に相対した太一は、シェイドならばその手も打つだろうとひどく納得した。

 アルティアを守るためならば何でもすると明確に宣言したシェイドだ。

 そのくらいのことは考えて行うだろうと得心したのである。


「こう見えて、セルティアの者どもがこの世界に築けた拠点は、貴様らが考えている以上に少ない」

「その心は、その前につぶしているから、か?」

「左様。それでも我らの目を逃れた一部が、アルティアに根を張っているのだ。貴様らがつぶした北の海のアジトもそのひとつだ」

「帝国の古城と同じように、か」


 そうだ、と肯定し、アルガティはクーフェに舌鼓を打つ。


(知らず、手は伸びていたということか……。水際での阻止もあったはず)


 話を聞いていたレミーアはそう考える。

 こちらへの侵入には、セルティアもなかなかのリソースを割いていると思われる。

 もしもそのリソースを他のところにも割かなければならないとしたら。

 アルティアで好き勝手している暇はなくなる。自分たちの足場が崩されてしまえば元も子もないのだから。


「そうだ、ハーフエルフの娘よ。シェイド様としても、侵入をみすみす許し続けるつもりはない故に、攪乱工作を行っておられる」


 どうやら、表情から考えを見抜かれたらしい。

 レミーアの驚きはわずかなものだった。

 太一曰く、この男は吸血鬼の祖、と自称したという。

 それが本当ならば、レミーアでさえも及びもつかない年月を過ごしてきているはずである。

 事実なのか騙りなのか。確かめるすべはないが、少なくとも目の前にいる男の格は本物。

 まだ一〇〇年も生きていない自分では及ぶべくもないと受け入れることができた。


「そこで、この話の肝だ」


 アルガティはまっすぐ太一を見据えた。


「セルティアの行動を制限するためのシェイド様の攪乱工作。セルティアまで足を運び、手を貸すがよい」

「……そういうことか」


 セルティアの知識が不足している。

 ならば、セルティアへ行ってみればいい。

 その土地に自らの足で立ち、風を感じ、景色を目に焼き付ける。

 太一たちは「セルティアとは」という疑問について知識を得られる。

 シェイドらとしては、太一たちという戦力を攪乱工作で生かすことができる。

 深く考えずとも、両者に益がある話だった。

 太一はレミーアからの視線に気づく。すぐに引き受けるな、ということだと分かった。


「概要は?」

「うむ。現在、新たに送り込む者共のための基地建造地を整備しておる。その助力だ」

「ということは、基地の建築が終わったら戻ってくるのか?」

「左様。セルティアには我も行く。貴様らは現地では我の部下という体裁を整える」

「なるほど。……できることとできないことがあるぞ」


 基地の建造……というより、大工などやったこともない。

 犬小屋の作製すらしたことがないのだ。

 やれと言われても困ってしまう。


「むろん、貴様らにもできることをやってもらうとも」

「……分かった」


 太一はレミーアを見る。

 彼女がうなずいたのを見て、太一は一つ腹を決めた。


「分かった。渡りに船だ、引き受ける」

「そうだろう。その返事だけで今日は良い」


 アルガティはさっと立ち上がった。

 用件だけ告げて今日はもう辞するらしい。


「遠征の準備を整えよ。それが終わるころにまた来よう」

「分かった。連絡は?」

「不要。貴様らのことを知る手段などいくらでもある」

「なるほど、確かにそうかもな」


 セルティアについての知識不足に嘆いていたことを、ウンディーネから聞いたとアルガティは言った。

 ならば、ウンディーネに限らず太一が契約しているエレメンタルたちから状況を聞くことはできるのだろう。


「馳走になった。なかなかの味だった」

「そいつは何よりだ」

「ではな」

「ああ」


 アルガティがすっかり暗くなった夜の街に消えていく。

 その姿がすっかり見えなくなったのを確認して、太一は家の扉を閉めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本来の敵ではないとはいえ精霊達の口が軽すぎる感じはするかなあ
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