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一話

 銀色の軌跡が、まばらに振る雪を吹き散らす。

 借りている屋敷の庭、その一角で、凛が剣を振り込んでいた。

 その様子を見ていた太一は、元の状態に近づいたと一安心である。

 剣をメインにして戦うわけではないため、凛はミューラ監督のもと一定の型を振ることで身体の回復具合を確認していた。

 戦術に剣での動きを時折組み込むので、こうして剣のトレーニングも行う凛。

 型どおりでも、剣術の動きである方が効果的、というレミーアの教えに従ってのことだ。

 そして現状では、激しく動くことができない凛の身体の調子を確かめるのにも一役買っていた。


「うん、だいぶ動くようになってきたかな?」


 時折身体の様子を確かめながら、凛が言った。


「そうね。特に動きに違和感はないわね」


 太一から見ても、剣術の型をなぞっている凛を観察する限り、動作はなめらかである。

 三日ほど前までは日常生活は問題ないものの、少々だるさが残っていたという凛。

 精霊憑依。

 恐ろしい反動だ。


「順調のようだな」

「そうだな」


 レミーアが飲み物を持ってやってきた。

 シカトリス皇国での滞在もすでに。

 慣れはせずとも、この寒さを「そういうもの」として受け入れられるようになったところだ。

 北海の戦闘から一か月が経とうとしていた。

 太一たちはシカトリス皇国の首都、プレイナリスに今も滞在していた。

 ここでの仕事はすべて終わっているので、報酬を受け取ったら帰国の予定だった。

 それでもまだこの国に滞在しているのは、凛が全身から出血し気を失うほどのダメージを受けたからだ。

 眠ったままの凛は、船で陸に戻ってから目を覚ました。

 熊のキメラとの戦闘で消耗していた状態で精霊憑依を行使したためである。

 結局気絶してから目を覚ますまでに一〇日近く経過していた。

 凛に出血を強要した傷はイルージアの厚意で痕も残らず完治したものの、やはり精神的にも肉体的にも負荷が高かったということだろう。

 一週間以上も寝たきりが続くと、筋力はやはりそれなりに落ちる。

 身体に過剰な筋肉がつくのは多感な少女として看過できなかった凛であるが、仕事柄力が落ちたままというのもよろしくない。強化魔術によって、衰えた状態でももともとの身体能力を上回ることはできるが、しょせんそれはごまかしでしかない。

 健康状態的にも、そして冒険者という仕事に就いていることを考えても、衰えた身体を元に戻すのは必要だった。

 リハビリもようやくひと段落、といったところだ。

 ならば、考えるのはこれからのことだ。

 太一が戦った召喚術師の男。彼は強かった。シルフィ、ミィ、そしてウンディーネと順調に契約精霊を増やしてきたが、さらなる強さの向上は不可欠である。

 また、凛、ミューラ、レミーアも大きな課題を抱えている。

 一段のレベルアップを実現した精霊魔術師、精霊憑依。

 ただしまだまだ振り回されている状態なのは疑いようがなく、それは本人たちが誰よりも理解していることだ。

 その改善は引き続き行っていかなければならない。

 新たな基準を見せつけられて生まれる課題。

 新たな境地に到達することで生まれる課題。

 これほどの特別扱い。

 ありがたいと思うと同時に、より厳しい戦場が待ち受けていることに他ならない。


「力を十全に使いこなせること前提の場面が割り当てられるのは、間違いなかろうな」


 レミーアが持ってきた冷たい飲み物で水分補給をした凛とミューラは、再び訓練に戻っている。

 二人のリハビリを兼ねた訓練を眺めながら、レミーアは持ってきたクーフェを一口。

 相伴に与った太一もクーフェをすする。

 レミーアが何を指していったのか、太一は考えるまでもなく察していた。今回のような敵を指しているのだ。

 総合力では、太一が倒したキメラとそん色ない強さであろう、熊の化け物。

 今後はそういった敵と戦うことを前提とすべきだと、彼女は考えているのだ。


「俺としては、全面的に協力する気はあるんだけどな」


 ウンディーネ曰く、「太一がいること前提の精霊魔術になってしまう懸念がある」という。

 その懸念は確かに気にすべきだ。

 太一がフォローしなければ満足に扱えないのでは、それは太一の術になってしまう。


「難しいところよな。のんべんだらりとしている暇は無いが、かといって匙加減を間違えると厄介だ」


 結局は魔力操作能力に依存する。

 凛、ミューラ、そしてレミーアがたどり着いた結論に、太一は異論を出すつもりはない。

 ならば太一が協力できるところはどこか。

 それは、精霊からの意見を直接言うことだ。

 精霊魔術を行使するたびに、精霊はこう言っている、と所感を伝える。

 太一に依存する、とは、つまりその精霊の所感に頼りすぎると、自立できないという点だ。

 ともあれ、数回試す分にはいいのではないかとも思うのだ。


「ウンディーネはどう思う?」


 まずは一回、試してみるのはどうだろうか。

 太一はウンディーネを顕現させて、自分の考えを伝えてみた。


「そうですね。それも悪くはないでしょう」


 悪くはない。

 良い、とは言わなかった。

 やはりウンディーネは、すべて自力でやることこそが最良だと考えているのだろう。

 太一の助力によって生じる弊害を気にしているようだ。

 それを懸念するのはきっと正しい。

 この返事を受けてどうするか。

 太一の助力を是とするかどうかは、太一ではなく課題に向き合うレミーアたち自身である。


「俺にできることがあったら言ってくれ」

「その時は遠慮なく頼らせてもらおう」


 今はこれが精一杯か。

 まあいい。

 太一としても、自分のことをおろそかにはできない。

 あの仮面の男との戦いは互角だった。

 互角だったが……太一は戦いながらその差を見せつけられている気分だった。

 あのまま戦いが続けば続くほど、その差が顕著になっていくような気がしてならなかった。

 もちろんそうなってみなければわからないことではあるので、完全な感覚でしかないものの、太一はその感覚を今も無視できなかった。

 実質見逃されたようなものだ。

 とはいえ、収穫も確かにあった。

 こうして相手との力量差があることを受け止められている自分がいること。

 そして、自分が井の中の蛙であったことだ。

 特に後者については、非常に大きな問題だ。

 相手のことを何も知らない。

 しかしこうして明確にセルティアの手の者とやりあうようになって、相手のことを全く知らないことに気が付いたのだ。

 この考えに至ったのは、仮面の男と戦った後のことだ。相手は太一を指名して戦いを所望した。つまり、仮面の男は太一のことを知っていたということだ。

 ひるがえって、指名された側の太一は相手のことを全く知らない。

 帝国にてシェイドから最初に話を聞いたときは、その情報量の多さ故受け止めきれず、小出しという形になった。

 故に相手について知らない、という状態になっているのだと分かる。

 ならば、次は相手のことを知るべきではないのか。

 あの戦いの後、太一は折に触れてそう考えるようになっていた。


「今日はここまでね」

「分かった。……まだやれる感じはする」

「ええ、見てる限りではほぼ戻っていると思うわ」

「無理に続ける必要はない?」

「そうね。後は慌てなくても時間が解決するわ」

「そっか、なら止めておくよ」


 そのような考えにふけっていると、どうやらリハビリ兼トレーニングは終了したらしい。

 拾った会話を総合すると、もうほとんど大丈夫、ということのようだ。


「ミューラ、リンはほぼ元通り、か?」

「はい。身体の動かし方を知ってるので、順調でした」

「そうか。よかったな」

「はい、ご迷惑おかけしました」

「迷惑などではない、気にするな」


 迷惑なものか。凛の機転のおかげで熊のキメラに隙ができたのだ。それに、凛が今この場所にいるのは、あの反動を必要とする精霊憑依があったればこそ。

 レミーアのまじりっけのない本音である。

 それに気づいたか気づいていないか、凛はミューラと連れ立ってシャワーを浴びに行った。

 いくら寒かろうと、動けば火照るし汗もかく。

 汗をかいたままなのは気持ち悪いし、放っておけば身体も冷える。

 そして何より、汗臭いというのは、年頃の少女としては看過できない問題だ。

 冒険者をしていれば、依頼中は水浴びができれば幸運、装備は着た切り雀なこともままあるのでそこは割り切っている。衛生に気を配りたくとも、衣類はかさばるので最低限しか持っていけないのだから。

 女性冒険者向けのデオドラント商品もあるにはあるが、しょせんその場しのぎなので根本的な解決にはならない。

 それに値も張る。

 デオドラント商品など、冒険者の活動の根本には寄与しない。

 よって、この商品のターゲットは中級以上の冒険者に限られているからだ。


「さて、タイチよ」

「ん?」

「何を考えこんでいた?」

「え?」


 凛とミューラが家に入っていくのをなんとなしに見送っていると、横合いからレミーアが声をかけてきた。

 その内容が予想外で、少し面食らう。


「私の呼びかけにも気づかんくらいには集中していたな」

「あー……」


 一度考えだすと長いうえに内容がループするので、誰かが近くにいるときは極力控えていたのだが。

 ふと、どうしても思考がそちらに飛んでしまうこともある。

 どうやらそれをやってしまったらしい。

 凛が本調子でない状態では話すのを避けていたことでもあった。彼女の負担にはしたくなかった。

 少し考えれば、レミーアにそのあたりに気付いていてもおかしくないと分かる。

 太一が、レミーア相手に隠し事などできるはずがない。

 先ほど、ミューラは凛の状態について太鼓判を押した。

 そのうえで、太一が上の空になったことで、レミーアは改めて確認してきたのだろう。


「いやな、連中は俺たちのことを知ってるのに、俺たちは連中のことを知らないだろ?」

「ふむ」

「まずはどんな相手なのか。シェイドには当時情報をしぼられたけど、そろそろ追加でもらってもいいんじゃないかって思ってたんだ」

「一理あるな。……あの仮面の者も、お前を名指ししたものな」

「そうなんだよ。俺のこと知らないと、名指しなんてならないだろ?」

「そうさな。一方我々は、連中の情報を全く知らぬな」


 呪いの術を使うなど、断片的な情報はある。

 だが、根本的なことは全くわからない。

 今後戦うことを考えると、相手のことは知っていてなんぼだ。

 情報は力。

 どんな敵なのか。

 その全体像を、知っておきたい。

 太一とレミーアの考えは一致した。


「……なるほど。では、話してみましょうか」

「ウンディーネ?」


 話してみる、とは?

 その答えは、そう間を置かずに知ることになるのだった。

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