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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
五章 北の呪い
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十五話

 砂の上で爆発が起きる。

 その黒煙の中から、凛が飛び出した。

 両足と杖を使ってブレーキをかける。

 砂に突き立てた杖を起点に、魔術を放つ。

 選択したのは『穿つ杭』。ただし、地面から上に突き出す形だ。

 凛を追ってきていた偽ミューラは、断続的に突き出すその杭を避けるために減速を余儀なくされる。

 きちんと狙ったものと、あえてファジーに撃ったものを混ぜる。

 場合によっては、コントロールが良い相手の方がやりやすいこともある。

 相手の狙いを読めるのならば、だが。

 術をひとつひとつ丁寧に指定していたら、おそらくミューラならば法則性を読み取って対処してくるだろう。

 それは、偽物でも変わらないと推定していた。


「はああぁっ!!!」


 普段の凛からは珍しい、裂帛の気合い。

 左手に持った石の剣を、大上段から砂浜に叩き付けた。

 地面が割れ、前方右斜め前、正面、左斜め前の三方向に風の刃が走る。

 『穿つ杭』は終わっていない。

 一体いくつの魔術を同時に行使しただろうか。

 どれだけ全力で魔力を使い続けているだろうか。

 その甲斐あってか、ついに、偽ミューラに深手を負わせることに成功する。

 凛が放つ魔術のあらかたは、魔術剣によって防がれ切り捨てられている。

 しかし、消耗についての懸念を頭からおいやった凛の波状攻撃は、その防御の上を行ったのだ。

 右肩、そして右足に傷を負い、血を流している偽ミューラがたたずんでいる。

 偽物とはいえ痛みは感じるのか、右肩を押さえていた。

 あるいは、本物ならこうするという動作を再現しているだけかもしれないが。


「はっ……はっ……」


 一方、凛の方も、決して大丈夫とは言いがたい。

 ミューラから、機動力と攻撃力を減少させた。

 それには、出し惜しみをしている余裕などなかったのだ。

 地面に突き立てた杖を引き抜き、剣を持ち上げる。

 ずいぶんと豪快に魔力を消費した。

 そして、凛の攻撃が苛烈さを増すと同時に厳しくなった反撃に対応し続けたことで、息もだいぶ上がっている。

 ぽたりとあごから汗が滴った。

 顔は上気し、肩が上下している。

 収支を考える。

 そして、凛の方がやや黒字と結論づけた。


「やっぱり、魔術剣を消させるまでは、いかないか」


 確かにダメージは負わせた。

 強さも減らせた。

 しかし、まだまだ気は抜けない。

 奥の手を維持したままでいられる相手を前に、油断などできるものか。

 息を大きく吐いて、吸う。

 杖を握りしめ。


『フリージングランス!』


 手は、緩めない。

 広域殲滅魔術で、更なるダメージを狙う。

 凌がれることも想定している。

 ただ、機動力の落ちた偽ミューラにはこれの対処は楽ではないだろう。

 剣を振る動作に遅れが見られる。

 右手が従来の動きができないと分かった瞬間に、剣を左手に持ち替えていた。

 もちろん、ミューラは左手でも右手と同じように剣を振れる。

 それは彼女と共闘するに当たって予め言われていた情報であるし、実際に左手で戦っているところも見ている。

 しかし、彼女の腰には短剣が差してある。

 最近のミューラは、時折短剣も使用して戦うことがある。

 今まで抜いてこなかった。

 どういう基準で抜かなかったのかは凛には分からなかったが、抜かれないことで有利だったのは凛の方だ。

 気にする必要はない。

 結局抜かせないまま、短剣を封じることができたのは、非常に大きかった。

 左手の動きは問題ないが、脚の傷によって動きに精彩を欠いている偽ミューラを見据える。

 かなり高密度の弾幕を張ったため、残り少ない魔力がまたしてもごっそり減ったが、それに見合う成果はあった。

 さて、後は仕上げだ。

 うまく行けば、後三手だ。

 凛は左手の剣を消すと同時にバックステップ。

 左半身を前に、左手の人差し指をまっすぐミューラに向け魔力を高める。

 使う魔術はあと二つ。

 一つは凛の持つ手札の中で最大威力の大魔術。

 普通の相手ならこれでほぼ決まるが、あいにくミューラは凛のこの魔術を知っている。

 偽ミューラも知っていると仮定すれば、防がれる可能性は低くはない。

 故のもう一つの魔術だが、まあ、読みが当たればそれで決まるが、当たらなければかなり厳しいことになるだろう。

 とはいえ、これ以上の継戦は凛の余力からも厳しい。

 偽ミューラの力もだいぶ削った今、勝負所はここしかなかった。


『電磁加速砲』


 凛の手から、電光が瞬く。

 空気を引き裂き、光がほとばしった。

 音速を圧倒的に超える弾丸。

 しかし、その弾道は直線。

 タイミングさえ分かっていれば、ミューラほどの剣の腕を持っていれば防ぐことは不可能ではないし、そもそも避けることも可能だ。

 着弾直前。

 剣で弾を受け、弾き飛ばすミューラ。

 『フリージングランス』によって足を止めさせていたからでもある。

 そうでなければ、撃つ瞬間に横にダイビングするだけで回避することができるのだ。

 偽ミューラの防御は成功した。

 それは凛の想定通り。

 しかし、偽ミューラといえどその威力の相殺まではできなかったようで、後方に吹っ飛ばされた。

 それも凛の想定通り。

 両者の距離はずいぶんと大きく開いた。

 ここで大魔術を使ったことに意味がある。

 こうすれば、ミューラは。

 凛は、エルフの少女をつぶさに観察する。

 彼女の周囲が、ゆらゆらと揺らめき始めた。

 周囲の温度が加速度的に上昇している証拠だ。


(……)


 凛は即座に魔術の準備に入る。

 と、同時に。

 すさまじい炎が、彼女の持つ剣から上がった。


(やっぱり、来た!)


 『魔術剣・焔狐』

 ミューラが持つ手の中で、もっとも威力の高い技。

 かつてレミーアは、この技を見て『当たれば必ず殺す技』と評したという。

 この技の名前をつけるのに、ミューラが太一と凛との雑談の中で出た狐の妖怪をモチーフにしているが、それは凛も知らないことである。

 それはともかく。

 この技は、いくら凛が防御を固めたとしても、間違っても直撃はもらえない技。

 炎の渦はすさまじい勢いで立ち上り、一〇メートルになるかという高さだ。

 偽ミューラが駆け出す。

 足を怪我しているにもかかわらず、さすがの速さだ。

 平素には劣るが、それでも十分に鋭い。

 けれども。


「あなたの、負けだよ……っ!」


 ぽつりと呟く。

 やはり偽物。

 どこかでボロが出ると思っていた。

 あそこまで飛ばした戦い方の後に、『電磁加速砲』を使ったことで、偽ミューラは凛が勝負を決めに来ていると判断したのだろう。

 しかし、実際のミューラならば。

 『電磁加速砲』を避けることも防ぐこともできるタイミングで撃ってきたことに疑問を覚えるはずだ。

 凛の最強の魔術だが、その長所も欠点もミューラは知っている。

 何かを企んでいる。

 凛が何を狙っているかを考えて、慎重に事を運ぶことを選ぶだろう。

 その上で、体力も魔力も消耗している凛に長期戦を仕掛けるはずだ。

 凛のことをよく知っているからこそ、相手の必殺技を凌いだから必殺技でお返しなんて選択はしない。

 そういうのは、自分の手札を知らない相手にやることだ。

 もはや、仕掛けは済んでいる。

 仕込んだのはぶっつけ本番の魔術だが、罠にかけるのにミューラが知っている手ではいけないと、度胸一発。

 ミューラの突進速度は衰えない。

 フェイントは、この距離ではまだ仕掛けてこない。

 もっと距離が詰まってからでないと効果がないからだ。

 一直線に迫ってくるミューラと凛の距離が、残り一〇〇メートルになろうかというところで。

 爆発。

 偽ミューラは炎の中に包まれた。

 威力は相当高く設定してあった。

 規模以上の破壊力である。


「くっ!」


 凛は準備してあった結界その他の魔術で爆発から身を守った。

 分かっていたが、かなりの爆風だ。

 それに熱もひどい。

 やがて爆発が収まる。

 爆心地には、偽ミューラが倒れていた。

 その姿に一瞬本物のミューラが重なって眉をひそめるも、偽ミューラが光の粒となって消えていくのを見て、安堵のため息をつく。


「お見事でした」


 アヴァランティナの、声。

 これで戦闘は終わり。

 魔力と体力の消費がたたって、凛はその場に座り込んでしまった。

 緊張の糸が切れた、とも言う。

 ミューラの相手は、それだけギリギリだった。


「これで、終わり?」

「はい。あなたは無事、ウンディーネ様の試練を突破なさいました」

「そっかぁ……」


 終わったことと、偽物であったこと。

 二重の安堵で、はぁー、と大きくため息を一つ。

 安心させておいて実は今のは前座、などという意地悪な設定はされていないようだった。


「少し身体を休められてください。そのくらいの時間はありますので」

「そう? それじゃあ、遠慮無く……」


 凛は遠慮なく、休憩を取ることにする。


「……暇つぶしといっては何ですが、ひとつ、質問をしても?」

「なに?」


 少ししてそう尋ねられ、凛はアヴァランティナの方を向いた。

 小さな精霊は、小首をかしげていた。


「最後、海水が気体に変わり、爆発しましたね? あれはどういった原理なのですか?」


 さすがに氷の精霊。

 状態の違いである水を変化させたところから見えていたらしい。


「ああ、あれはね……」


 水を電気分解。

 水素と酸素に分ける。

 それを風の魔術で圧縮し、偽ミューラの導線に配置。

 後は、偽ミューラが展開した魔術剣で着火、爆発、というわけだ。

 途中から理解が及んでいなさそうだったので、酸素と水素は混ぜると爆発するんだよ、と簡潔に話をしめた。

 原子、分子の概念になじみがなければ、精霊といえど理解は難しいようだ。

 水が空気中にあるものでできていることも理解しがたい様子だったが、途中で放棄したらしい。

 つまるところ、爆発が起きるべくして起きた、ということが分かればよかったのだろう。


「その知識。異世界の民ゆえ、ということですね」

「そうだね」


 つくづく、ちゃんと勉強してきたこと、頭の中の知識を折に触れて文字に起こし、読み返すことで忘れないようにしてきたこと。

 それらの積み重ねが身を助けていることを改めて実感する。


「では、休めたら仰ってくださいね」

「うん。ありがとう」


 どうやら、凛がいいというまで休んでいいようだ。

 かなり疲れている。

 その言葉に甘えさせてもらうことにする凛であった。

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