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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
五章 北の呪い
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五話

本話の「ユグドラシル」は、書籍8巻に登場したキャラクターになります。WEB版では登場しておりません。

「よくぞ参った」


 一定の位置まで歩み寄ったところ、開口一番イルージアが選択した言葉がそれである。

 面を上げよと言われていないどころか、跪く前だった。

 普通は許可が下りるまで直視もしないというのが、謁見の間での儀礼としてならったことだったはずだ。


「最低限の礼儀以外は不要である。早速本題に入りたい」


 彼女の横では、宰相と思われる初老の男がイルージアに咎めるような視線を送っているが、彼女はそれをすっぱりと無視している。

 手順が些事に感じられるほどには重要なことがあるのだ。体裁などにこだわって時間を浪費する気は、イルージアにはないのである。

 そのように考えて、さてどのような流れで話を運ぼうかと高速で脳みそを回転させながらも、焦りが滲み伝わるように話を始めるイルージア。

 相手に焦りが伝われば、色々と面倒なことをすっ飛ばして話せるだろうともくろんでのこと。

 この焦りは、イルージアにとって本物である。しかし長年女王として君臨してきたことで、内心をひた隠すことが当たり前に行われる。だからこそ、覚えている焦りを意図的に出しているのだ。

 イルージアの情報は、別に隠蔽されていない。

 謎の女王、というような存在では無いのだ。

 「女狐」と称されているところを何度か耳にしたことがあったが、彼女は人間の寿命など及びもつかない年月を生きている。

 少女のような見た目でありながら、老獪さでは群を抜くことからつけられた呼称である。

 事前に知っていた太一と凛も、表面上は驚きを見せていない。内心では驚いていても、それが無意識に表に出るほどではないのだ。

 この世界に来て結構な時間が経過しているため、一〇歳前後の見た目の少女が、実は数百年生きていると聞いても「そんなこともあるか」で済ませることができる。

 「だって異世界だし。ファンタジーだし」というのは、二人にとっては出来事を呑み込むために便利な言葉だ。


「二頭の竜については、もはや説明の必要もなかろう」


 竜同士が争っていることだ。

 昨晩は太一がそれを鎮めた。


「他でもない。本題というのは、その方らにこの竜を鎮めて欲しいのだ」


 単刀直入だった。

 そして、そうだろうな、と思った。

 あれは、常識の範囲内でどうにかできるものではない。

 もはや確認するまでもない。

 太一がそれを受けるか否かだ。

 まずはイルージアの言葉に応えようと口を開く直前で、


「ん?」


 呼ばれた。

 何者かに。

 シルフィとも、ミィとも違う。

 まったく聞き覚えがない声だった。

 同時に、袖を引かれるような錯覚を覚えた。

 何となく察しがついた太一は、目の前に顕現させることにした。

 魔力が渦を巻いた。


「……!」


 イルージアがかすかに息を呑み、彼女を守らんとした近衛兵たちだが、盾を構える手の震えを御し切れていない。

 兵の動きは素早かった。優秀なのは間違いない。

 けれども、すぐに気付く。

 この魔力には敵意というものがないということに。

 あるのは、ただ圧倒的な格の違い。

 風のシルフィード。

 土のノーミード。

 玉座の間の主役は、イルージアと四人の冒険者から、あっという間に移動した。

 比べるのも間違っている。お互いの立ち位置は、比較できるところにない。

 片や人間。

 片や四大精霊の二柱。

 人間が王だろうと最強の戦士だろうと、そんな区分けすら無意味なのだから。


「なんと……まあ……。精霊、か……」


 その圧倒的な気配に圧され、イルージアは言葉を漏らす。

 イルージアは王という立場だが、気圧されたことを恥だとは思わなかった。

 そんな次元など隔絶している。

 白い布をまとった、薄いエメラルド色のロングヘアをなびかせる少女。素足の指先は、当たり前のように地面についていない。

 はおるローブは全身を覆い、足先まで見えていない。毛先がジャギーになった焦げ茶色の髪の少女。こちらも同様に、地面に足をついていない。

 四大精霊であることに、気付かぬ者はいなかった。

 事前知識などまったくなくても、人とは隔絶した存在感に、戦闘の意志などまるで無いにも関わらず押し寄せるプレッシャーが、それ以外の理由を思い浮かばせない。意志をしっかり保っていなければ、身分に関係も例外もなく膝をつきたくなってしまう。

 何せ四大精霊だ。

 話に聞くだけでも、次元が違うと分かる。

 己の常識が通用するわけが無いと、あらかじめ覚悟していたからこそ、平常心がある程度保たれているイルージアである。

 シルフィ、そしてミィは、そんな周囲の様子などまるで気にした様子はない。ここがどこであるか、顕現したらどうなるかは、顕現前から知っていたからだ。

 揃って海の方角、天井と壁の境目あたりを見つめていた。

 その視線が、すっと太一の方に向かう。


「……ただ普通にやっても、竜は鎮まらないよ」

「そうだねぇ。たいちだけじゃあ、ダメだねぇ」


 口々にいう精霊たち。

 太一でなければ、あの二頭の竜に近づくことさえかなわないだろう。


「……どういうことだ。力尽くで正気に戻すしか無いではないか」

(ん?)


 イルージアの言い回しに何か引っかかるものを覚えたのは、凛とレミーアである。

 こういった引っかかりというか違和感には、重要なことが潜んでいるため、流していいものではない。


(正気に戻す、か……)

(倒す、討伐、じゃないということだな)


 シルフィとミィの言葉も気がかりだが、こちらの疑問も、依頼をこなすまえに解消しておく必要があるだろう。


「それについては、自分で説明したいって言ってるよ」

「説明、だと……?」


 反芻するように呟いた王の少女には、精霊たちは目もくれなかった。


「あの時と、ユグドラシルの時と一緒だよ」

「魔力ちょうだい」


 逆らうこと無く、太一は両手に魔力を込めて差し出す。

 二人の少女が太一に伸ばしたその手を握った。

 太一が魔力を流す。

 それを受け取ったシルフィとミィは、太一から手を離すと、掌を天井と壁の境目に向けた。

 更に渦巻く存在感。

 シルフィとミィでさえとんでもないというのに、事ここに至っては暴力的ですらあるほどだ。

 やがてそこには澄んだ水が渦を巻き、人の形を作っていく。

 人の形を成した水が、パンと弾ける。

 水しぶきの中から現われたのは。

 足首よりも長い蒼髪を水のようにゆらめかせる、マーメイドドレスを着た美女であった。

 垂れ気味の瞳には慈愛の色が濃く浮かび、その微笑みは女神と形容して決して大げさでは無い。

 太一は直感で理解した。

 いや、理解したのは太一だけでは無い。この場にいる全員が、等しく同じ名を思い浮かべていた。

 謁見の間にて、王が賓客を迎える席に立ち並ぶことが許される者は、すべて国で高い地位を得ている。

 そんな彼らだ。太一がシルフィードとノーミードと契約していることくらいは知っていて当然だった。

 そして、その四大精霊の二柱が呼び出した相手である。


「お初にお目にかかります。ワタクシは水を司るエレメンタル、ウンディーネと申します」


 ゆらりと、重力を感じさせない動きで降下してきた彼女は、ドレスの裾が地面につく直前でその動きを止めた。

 目算で、その身長はおおよそ凛と同じくらい。

 浮いているから目線は高いが、シルフィやミィと同様人と変わらないサイズだ。

 北の海に面した国で現われた、水の四大精霊・ウンディーネ。

 エレメンタルが三柱揃うこの光景は、伝説として未来永劫語り継がれるべきものだ。

 誰も彼もが、言葉を奪われている。

 ただ意味を持たない息を呑む音や衣擦れ、鎧がこすれる音だけが支配する玉座の間で、ただ一人。太一だけが、決定的な差に気付いていた。


「……ウンディーネ」

「はい。何か?」

「本当に、エレメンタルか?」


 その疑問を、素直に口にする。

 ぎょっとしたのは周囲の者たちだ。それは王も、宰相も、騎士も、貴族も。

 誰もが水を統べる王としてウンディーネを認めていたのだ。

 自然を構成する要素のうち、水を司る精霊に対して、本物かどうかを問う。

 その場にいる者には、命知らずとしか思えない愚行に映った。


「何故、そう思うのです?」


 心なしか、ウンディーネから発せられる圧が上がったように感じられた。

 実際にはそんなことはない。

 錯覚である。

 けれどもそれが錯覚であると分かるのは太一だけ。

 ウンディーネに対して覚えている畏怖の感情が、そう誤認させたのだ。

 問われた水の精霊は、さほど気にした様子も無く質問で返した。

 太一はそれに特に何かを示すことなく、更に続ける。


「四大精霊だっていうには、力が弱い」


 まるで張り巡らされた無数の罠の上でダンスを踊るかのごとき発言。

 向けられる視線に戦慄が混ざったことも気にせず、太一は表情を変えずにウンディーネを見つめたままだ。


「正直、シルフィとミィと比べたら大人と子どもくらい違う。四大精霊は、こんなもんじゃないはずだ」


 ついに音が消える。

 身動きすら、止まる。

 人ならざる者に対する、その不遜な物言い。

 命知らずも極まるとこうなるのか、というお手本のように太一を見たのは、一人や二人ではなかった。

 しかし、そう思うのは周囲ばかりなり。

 シルフィとミィ。

 ウンディーネ。

 そして太一は、そこにわだかまりなど持っていなかった。


「ふふっ。よく分かりましたね。さすがは、召喚術士ということでしょう」


 大人と子ども。

 これで。

 ウンディーネから感じる力は、誰も知り得ないもの。

 精霊という存在に慣れている凛、ミューラ、レミーアでやっと、その精霊を見たときに覚える驚きの度合いが小さいくらいだ。

 分かっていてもどうにもならない。

 それが、精霊というものである。


「確かにそうだけど、それには理由があるんだよ?」

「そうそう。本来はね……」


 太一にそう教えようとするシルフィとミィに、ウンディーネは人差し指を口元に当てて顔を向けた。

 それを見た二柱は「自分で説明するんだね」と納得した様子で口を閉じる。


「ワタクシの力が本来のものではない理由。外で暴れる竜のこと。そして、ワタクシがあなたを呼んだ理由。その全てを、これからお話いたしましょう」


 ウンディーネは微笑んで、イルージアを見た。


「この国の王よ。貴女が抱える問題にも関わる話です。一緒に聞くといいでしょう」


 太一に対するのと、イルージアに対するのとでは、ウンディーネの対応に少し差があった。

 片や、己を使役し、顕現させることができる存在。

 片や、一国の王。

 人間社会でより尊ばれるのは王だ。

 けれども、精霊たちが尊ぶのは太一の方である。

 精霊は、王や貴族が人間社会で偉いということは知識では知っている。

 しかし、実際におもねることはない。

 王も奴隷も。精霊にとっては等しく人間。身分や地位の差は人間が築いた社会ルールのためで、精霊から見れば誰も彼もが大自然からの享受を受けて生きる、ひとつの命というくくりで見ているからだ。


「そう、か。ならば、ありがたく静聴するとしよう」


 水を向けられたイルージアは、ウンディーネの提案に素直に乗った。

 これが人間相手ならば、イルージアに対する態度が不敬だと騒ぎ立てる臣下がいておかしくはない。

 けれども、相手は精霊である。

 人間の常識について知識はあっても理解してもらえるとは思わない。

 圧倒されて口が開けなくなっていなければ、騒いでいただろう臣下は何人もいる。

 イルージアに対する忠誠心故だが、今は彼らが言葉を紡げないことに感謝すべきだ。


「では、まずは結論から申し上げましょう――」


 前置き無く始まったウンディーネの語りに、全員が耳を傾けた。


「あの二頭の戦闘を止めるには、ワタクシの力を元に戻すのが最善で最速の一手です」


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