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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。
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【番外編】酒は飲んでも呑まれるな

番外編二本目です。

「ようタイチ!」

 既に日が完全に落ちようとしている黄昏時。

 太一は、名前を呼ばれて振り返った。

 そこにいたのは、この世界に飛び込んで初めて出会った、太一と凛にとっての命の恩人。

 正直、彼らでなければ、この世界に来て早々死んでいただろうことは間違いない。

 バラダー、ラケルタ、メヒリャであった。

「おっ! 久しぶりじゃん!」

 三人の姿を認めて、太一は笑みを浮かべた。

 お互いに街にいないことの方が多いので滅多に顔を合わせることはないが、顔を見れば話をしたりする仲であった。

「本当にな! 最後に会ったのはいつだ!?」

 バラダーが太一の肩に腕を回す。

「いやー、覚えてないなー。その位久しぶりってことだぁな!」

 太一は、そんなバラダーの腕を跳ねのけると笑った。もちろん拒絶ではない。じゃれ合いだ。

「うん。大体三か月ってところかな。覚えてないのも無理はないね」

「お互い、暇でないのは、とてもいいこと」

 バラダーの後ろから、メヒリャとラケルタが入ってきた。

「二人も久しぶりですね。元気してました?」

 凛が、そんな二人に声をかけた。

 彼らの姿を見れば元気なのは疑いようもない。凛のそれは社交辞令である。

「ああ、おかげさまでね」

「そちらも、変わりないようで何より」

「そちらはクエスト帰りかしら?」

 太一と凛の恩人ということで交流を持つようになったミューラも声をかける。

「おう、そうだぜ。そっちも息災のようだな、『金の剣士』よう?」

 バラダーが気安く返事をするが、ミューラは一つため息をついて応えた。

「名前で呼んでって言ったでしょう? その二つ名はそんなに好きじゃないのよ」

 必要だから噂されることを止めはしないが、積極的に呼ぶのはやめて欲しい、というのがミューラの思いである。

「はっは、悪い悪い。どうしてもあの頃の印象が強くてよ」

 ミューラが太一たちのパーティに加入するまでは、バラダーたちはこのエルフの少女との交流は一切なかった。

 遠目で見る限りの印象は寡黙でとっつきにくい一匹狼な美少女、であった。けれども交流を持ってみると、意外と社交的なことが分かってきたのである。

「ま、それはそうとだ。お前らもこれから飯か?」

 外は既に暗くなっており、飲食店や民家から漏れる明かりと一定の間隔で備えられた松明が道を照らしている。

 バラダーの言うとおり、もう夕食の時間だった。

「ええ、そうですよ。晩御飯食べて、今日は休むところです」

 凛がこの後の予定を答える。

 予定というほどのものではないのだが。

「それはちょうどいい。僕らも食事をするところだったんだ」

「もしよければ、一緒にご飯食べる」

 ラケルタとメヒリャからのお誘いが来る。

 バラダーは言わないが、パーティメンバーの言葉に頷いているところを見ると、誘うつもりだったようだ。

 太一に断る理由はない。

 凛とミューラも否やはないようだ。

「分かった。せっかくのお誘いだし、ご相伴にあずかるとするよ」

 代表して太一がそう回答すると、バラダーがそうこなくちゃと笑みを浮かべた。

「よし、じゃあ行こうぜ! 馴染みの店があるから、今日はそこにすっか!」

 さっそくとばかりにバラダーが先陣をきって歩き出す。

 ラケルタが肩を竦め、メヒリャがため息をついてその後ろに続いた。

 彼らの日常らしい光景である。

 おいていかれないようにと、太一たちも彼らを追う。

 この時は、知らなかった。あんなことになるとは。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 大通りから一本入ったところにあるこぢんまりとした酒場兼食堂、といった風情の食事屋。

 そこが、バラダーに連れてこられたお店である。

 バラダーたちが駆け出しのころから世話になっており、何かの記念や節目、ふと初心に帰りたいとき、またふらっと足が向いた時など。

 金に一切困らなくなった今も、結構な頻度で通っているのだという。

 庶民的だが味のいい料理と、種類は少ないが酒飲みの嫁がこだわって選んだ酒を出す店。

 知る人ぞ知る店で、どの常連客が来るかで賑やかか静かかが決まる。

 Bランク冒険者のバラダーたちが訪れることが、ひそかに店や常連客の自慢である。

 今日は、その自慢の種であるバラダーたちが訪れたのだが……彼らが連れてきた、アズパイアもう一つの冒険者パーティのメンバーが、カオスな状態になっていた。

「あっはっはっは! ほらほら、もっと飲めよラケルタ!」

「ちょっ! この酔っ払い! たちが悪いね!?」

「なんだよー、俺の酒だぞ、飲めよ!」

「きみのじゃなくて僕たちのだよ!」

「こまけぇこたぁいいんだよ!」

「だから離せというのに!」

 太一は横に座ったラケルタの肩をがっしりと掴み、ぐいぐいとコップを寄せている。

 絡み酒、酒乱であった。

 その横では。

「ねぇ~、聞いてる? 返事してよぅ」

 両肘をテーブルにつき、手の上に顎を乗せて話しかける凛。

 その顔はほどよく上気していて、未成熟な少女だけが持つ独特な色気を感じる。

 ただし。話しかけている相手が酒瓶であるのが、全てを台無しにしていた。

 いったい、彼女には酒瓶が誰に見えているのだろうか。

 そして。

 エルフの少女は、テーブルに突っ伏して眠っていた。

 先ほどまでは、別に面白くないことでもコロコロと笑う笑い上戸であった。

 クールと評判の『金の剣士』の意外過ぎる一面が見れて役得であることは間違いなかった。

 だが、それも長くは続かなかった。

 ついさっき、まるで糸が切れたように眠ってしまったのだ。

「……あーあ、見事に全滅だな」

 惨状をやや遠い目で眺めながら、バラダーがぽつりとごちて、酒を口に含んだ。

 その声に、現実逃避の色が含まれているのを、長年パーティを組んでいるメヒリャは見逃さなかった。

 なお、この二人は酒に呑まれていない。ラケルタも普段は酒に負けることはないが、今回ばかりは相手が太一なので分が悪いだろう。

「バラダーが間違った酒を出したのが悪い」

「……やっぱ、そうだよな?」

「うん、そう」

 今はどうにかして引っ込めた酒を見やる。

 ドワーフ殺しと呼ばれる、味など二の次アルコールの強さ最優先、というコンセプトでつくられた酒。

 尋常ではなく酒精が強い、酒好きのドワーフ御用達の一品だった。

 バラダーは、珍しい酒が手に入ったと言って、酒を飲みなれていないという太一たちに出してしまったのだ。

 本当は、依頼で訪れた街で知り合ったエルフから手に入れた、珍しい蜂蜜酒を出すつもりだった。

 それならば、酒精も常識の範囲内であるため、酒に慣れていない若い彼らにもぴったりだと思ったからだ。

 ただ、バラダーたちにも太一たちにも不運だったのは、ドワーフ殺しと蜂蜜酒が似たような瓶に入っていたことであった。

 取り違えても仕方ないくらいには似ており、一概にバラダーを責めるのも酷だという者もいるだろうくらいには。

「あーあ、後であいつらに謝っておかないとな。詫びにこの蜂蜜酒じゃ安いと思うか?」

「分からない。彼ら次第。足りないと思うなら追加するべき」

「……そうだよな。ま、考えとくわ」

「うん」

「とりあえず、全員潰れてもらうか。その方が介抱も楽だ」

 完全に諦めた様子でバラダーは言う。

「すう……すう…………う~……ん……」

「だからね~、……で~……だから……ちょっとぉ、聞いてるぅ?」

 テーブルの上は今もカオスである。

「あっはっは! いい飲みっぷりだな!」

「おぼぼぼぼぼ」

 酒瓶を口に突っ込まれ、ラケルタが流れ込んでくる酒に溺れていた。

「一人増えるね」

 その様子と、メヒリャの言葉に。

 バラダーは右手を額に当てて天を仰いだ。

 なぜきちんと確認しなかったのか。

 悔やまれる結果だけが、残ったのだった。

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