帝国立魔術師養成学園の騎士候補生 二十六
これにて、「帝国立魔術師養成学園の騎士候補生」編、及び四章は終了となります。
メキルドラへの報告を終えて、晴れてお役御免となった。
報酬もきちんと受け取った。
皇城で一泊した翌日。
昨晩、凛とミューラには、太一が得た情報を全て明かしてある。
旅を続けたいところだったが、一度戻る必要がある。
まずレミーアに話を通したい。
太一、凛、ミューラの意見は、それで一致したのだ。
太一が二人に情報を明かすにあたり、盗聴の類があるかと思ったが、メキルドラはそのような真似はしなかった。
太一と仲良くやりたい。そう言ったのは本心だったのだろう。
彼の部下は盗聴するように進言したかもしれないが、メキルドラはそれを了承しなかったのだろう。
部下もまた先走るような真似もしなかったと見える。
三人はそう予想していたが、実際にそれは当たっていた。
話が終わったのは結局夜になった。今日は泊っていくよう太一たちに言い、彼らが客室に引き上げた後。
メキルドラとその側近たちが集まって行われた会議にて、部下の一人が太一たちの部屋を盗聴してはどうかと進言した。
その進言を、メキルドラは一蹴した。
それだけで終わればよかったのだ。メキルドラは行き過ぎた忠誠心というのは嫌いではない。が、この場合は余計の一言に尽きた。
万が一にも先走りが出ないよう、彼は部下全体を見回してこう言った。
――何があろうと盗聴は許さぬ。もしもそれが予の耳に入れば、命はないと思え。
それは、この国を統べる覇者としての目。
彼の目を見た部下は悟った。
命令を無視して盗聴した結果の咎は命をもって贖うことになると。
部下が命令違反をした場合。それが皇帝、ひいては帝国のためを思って、処罰覚悟で行ったことが分かったのならば、メキルドラはたいていの場合は重い罰は下さない。
けれども、そのさじ加減を見誤ると、メキルドラは忠実な家臣であろうと対価を首でもって支払わせることにためらいはしない。
寛容な面と共に苛烈な面を持っているからこそ、この国の頂点に君臨しているのだ。
それでも。
死なばもろとも。そう思って闇の者を放った貴族もいた。
しかしその刺客は、メキルドラ直属の闇の者に阻まれた。
ここで退けば主の首は胴から離れない。
それが、メキルドラの影の者の言葉。主人の命を守るため、貴族の影の者は引き返した。強引に突破などできはしない。この国でもっとも優れた影の者は、全てメキルドラが直接子飼いにしているのだから。
影の者の英断により、メキルドラに処断された部下が出ることはなかった。
そこまで緊迫していたことなど、当然太一たちは知る由もない。
この国を発つ前に、世話になったメリアに挨拶をするため、ベルリィニ家に向かっていた。
学園に挨拶に向かおうかと思っていたが、そこまでする必要はないかと思う。
仲良くなったのはメリア、アクト、次点でエルザベートにカピーオといったところ。
彼女らへ帝国を発つ挨拶をするのだ。
全員に挨拶できるかは分からないが、そこは気にしても仕方がない。
今回は、太一たちもあまり時間をかけられるわけではないのだから。
城を出て貴族街を歩く三人の背中を見つめる影。
「……行ったか」
執務室の窓からその様子を見ていたメキルドラは、ふと視線を外して室内に向けた。
そこにひざまずいているのは、セロフである。
彼はその姿勢のまま頭を下げ、微動だにしない。
「ひとまずは、良好な関係を築けたと思ってよかろうな」
メキルドラはそう言いながら、執務机に腰掛けた。
誰に言ったわけでもない。誰からも返事がないことを、皇帝は気にすることすらない。
皇帝専用の椅子は、彼の引き締まった身体をしっかりと受け止める。
思う以上に椅子に体重をかけてしまい、皇帝としてはいささか不適切な姿勢になってしまった。
しかも今は、セロフという家臣の目の前である。
セロフのことをある程度以上に信頼しているのは間違いないとはいえ、思わずそのような気の抜けた一面を見せてしまったことに、メキルドラは自身の精神が摩耗していることを自覚して苦笑した。
太一がもたらした話は、それだけのインパクトを持っていたのである。
いずれ、帝国はおろかエリステイン魔法王国、シカトリス皇国をも巻き込んだ事態になるとのこと。
おそらくは、戦争であろう。
三大大国の全てともなれば、もはや全世界を対象にしていると言って差し支えない。
一体何を相手に、どのような戦争になるかは想像だにできないが。
太一が明かした情報から察するに、そんなところだろう。
これ以上の情報も持っている可能性が高いが、たとえすべて明かされても処理しきれない可能性が高い。メキルドラとしても今はこれだけで充分である。
むしろ情報を制限した太一に感謝しているほどだ。
イレギュラーとしか言いようがない召喚術師の少年。
そんな彼が言うことである。すべてそのまま鵜呑みには出来ないまでも、疑ってかかった後のしっぺ返しが怖い。
きっと、喫緊ではないものの、遠い未来の出来事ではないだろう。
どんなに時間が得られても、一〇年はあるまい。
「一〇年……何を愚かな。はやいほど良いに決まっておろうに」
メキルドラはそう言って苦みが含まれた笑みを浮かべた。
準備が整っていなくても、事を運ぶ際は時に拙速を貴ぶことを彼は良く知っていた。
「まあ良い。さて、ベルリィニ侯。直答を許す」
「はっ」
セロフが応えたのを聞いて、メキルドラはけだるげな視線を彼に向ける。
その視線にやや圧が込められているのを、セロフは正確に感じ取っていた。
「さて、貴様の細君が操られていて正気でなかったことは予も把握している。それについては不憫に思う。が、咎なしとはいかぬ。それは分かるな」
「仰せのとおりでございます」
セロフの潔さはメキルドラの期待通りであったが、それを表に出すことはない。
セロフの妻もまた、操られていた間のことについてはおぼろげにしか覚えていないようだったが、己がなした所業について知ると、操られていたからと己を正当化せずに深く懺悔しているとメキルドラは報告を受けていた。
「うむ。沙汰は追って伝える。貴様が有能であるのは十分に知るところだ。再び予の前に戻ってこい。その時は、また貴様を使ってやる」
「……ありがたきお言葉」
暗に罰が軽くはならないことが示されるが、セロフとしても異存は全くない。
己が皇帝から重用されていることは知っているが、それで情状酌量されては他に示しがつかないし、己の貴族の矜持としてもそれを良しとしない。
それに、メキルドラは己のお気に入りだからと罰を軽くすることはない。
逆に、罰せられる対象の社会的地位が高ければ高いほど、メキルドラが下す罰は厳重なものになる。
セロフは侯爵。罰が軽くされるなどありえないのである。
ひざまずき頭を下げたままのセロフ。
顔は窺えないが、その姿からは矜持が感じられる。
軽くはない罰が待っていることが分かっていながら、それでも揺らがないその姿こそ、メキルドラが彼を気に入っている一番の理由だ。
ポーズではなく、本当に芯から揺らいでいない。それが取り繕っているのかどうかを見抜く程度は、メキルドラにとっては容易い。
気に入っているからと罪を軽くすることなどないし、できないのだが。
この姿が、セロフはいずれ戻ってくるだろうと、メキルドラに確信めいた予感をもたらしていた。
「さて……おもてを上げよ」
「はっ」
皇帝の言葉に応じ、セロフは床を見つめていた顔を正面に向けた。
「立て。ここから先は、貴様と予の雑談だ」
「左様でございますか。では、お言葉に甘えまして」
セロフは立ち上がり、両手を背中の後ろで組んで直立不動となった。
「なあ、セロフ。貴様は、もはやかの少年少女には頭が上がらぬな?」
「はっ……」
やはり、露呈していたか。
そんな思いと共に、セロフはメキルドラの言葉を認めた。
簡単には返せない、大きな借りを作ったことを。
太一、凛、ミューラは貸しだとは思っていないだろうが、セロフはそうはいかない。
栄えある帝国貴族の侯爵ともあろう者が、相手がそう思っていないからと受けた恩義を放置するなど許されないのだ。
「貴様も、薄々感じ取っておったろう? 何故此度の件を貴様に、ベルリィニ家に関わらせたかをな」
「お人が悪いですな、陛下。全て存じ上げたうえでのことだったのでしょう?」
「当然だろう。貴様の若気の至りが遠因という解釈もできるのだ。貴様自身で始末をつけられるチャンスをくれてやっただけに過ぎぬ」
「……返す言葉もございません」
セロフの妻は、夫をよく支える良き妻であった。
けれども、操られて我を忘れている時は、アクトを目の敵にしていたことは既に調べがついていた。
彼女は何らかの方法でアクトの存在を知った。その時は心に封じたものの、今回操られたことで奥底に眠らせていた感情が前面に出てきてしまったのだろう。
今でこそセロフは重厚な雰囲気をまとう、貫禄ある貴族であるが、彼も若いころは遊び人として浮名を轟かせていたのだ。
その際、一晩の過ちで出来てしまったのがアクトである。
アクト以外にも、馳せた浮名の代償ともいうべきすったもんだは多々発生し丸く収めるのに尋常ではない骨を折った過去があり、その結果今のセロフの礎ができたのだが、ここでは割愛する。
平民の娘との間に出来たアクトが生まれた頃には、セロフは既に今の妻と結婚を済ませ、更に息子も娘も生まれていた。そのため認知など出来ず、こっそりと金銭での援助をするくらいしかセロフに出来ることはなかった。
「貴様が原因で、貴様の細君が嫉妬に狂った。そして、貴様が子を産ませた娘も、生まれた娘も等しく割を喰っている」
メキルドラが言う「娘」が、メリアを指しているわけではないとセロフは正確に読み取った。
その場限りの感情に任せると碌なことにならないという典型だろう。
幸い、セロフは貴族社会という魔物の巣窟で長いこと揉まれて生きてきたため、プライドによって己を守るべき時とそうでない時、感情に支配されることの愚かさを十分に知っていた。
「ツケはいつか必ず支払うことになる。痛感しております、陛下」
「そうだな。貴様を見て予も思うところはある。努々、忘れぬようにしよう」
「陛下には、この老骨のような轍は踏まないでいただきたいですな」
「ふん。言うではないか」
ひととおりの会話が終わったからか、二人の間に沈黙が下りる。
「貴様の娘のところを訪れたのち、この国を去ると言っていたな」
「はい」
「忙しくなるな、セロフよ」
「間違いなく。すぐに戻って参ります、陛下」
「うむ。この大切な時期に仕事に穴をあけるのだ。戻ってきたら散々こき使ってやるから覚悟しておけ」
「望むところでございます」
「いい度胸だ」
二人の会話はそこで終了した。
「そうですか。やはり、発たれるのですね」
何度も訪れたベルリィニ家の屋敷にある応接室。
そこで、太一たちはメリアと対面していた。
帝国を出る前の挨拶に訪れたのだ。
残念そうな顔をするメリア。
貴族子女として表情を作るのは得意なはずだが、ここではそのポーカーフェイスを使うつもりはないようだ。
己の感情に素直になっていた。
彼女も分かっているのだ。太一たちが、仕事を受けていたことは。
学園に入ったのも、仕事をこなすための手段でしかない。
それでも、せっかく知り合ったのだ。別れをさみしいと思う気持ちに嘘はつけなかった。
「こっちでの仕事は終わったしな。それに、戻らなきゃいけないんだ」
「……どうやら、急ぎのようですね」
「うん。ちょっとね。報告することが出来ちゃったから」
凛は皆まで言わなかったが、その報告することが何を指しているのかは、メリアも分かっていた。
「それでは仕方ありませんね。分かりました。後のことはお任せください。エルザ様他、学園でかかわった方々には、当家の名にかけて間違いなくお伝えしておきます」
既に皇帝には報告済みだという。
ということは、細かな手続きなどの雑務の指揮を執ることになるだろう。そのような命令が近いうちに下されるとメリアは想定していた。
今回の事件について、メリアはかなり答えに近いところまでを予想していた。
聡明であるがゆえに分かった。分かってしまった。
ベルリィニ家に、軽くはない罰が与えられることまで、正確に。
けれども、それは望むところでもある。
彼女は貴族家の娘。貴族は平民と比べて多数の特権を与えられている。そしてその特権を享受するために、それ以上の義務が課せられているのだ。
それから逃げようなどと思わない。
きちんと汚名を雪ぎ、再びベルリィニ家を盛り立てるのだと決意さえしていた。
「世話になったわね」
「礼には及びません。それが我々の責務ですので」
ミューラの礼に、メリアは淡白ともとれる返事をした。
「と、言うのは簡単ですが……今回は素直にお礼を受け取ることにします。そして……」
メリアは居住まいを正し、すっと頭を下げた。
「こちらこそ、お礼申し上げます。助けていただき、ありがとうございました」
誰のことを指しているのか。
一瞬、セロフの妻のことだと思った太一たちだが、次の言葉で、それが違うことを知る。
「おかげさまで、妹を救うことが出来ました」
「……妹?」
首をかしげた太一と対照的に、ピンと来たのは凛とミューラである。
この場合、太一が鈍感だと言うべきか。
凛とミューラが女性だから気付けたというべきか。
或いは、その両方なのだろう。
「ええ。入りなさい」
メリアがそういうと、部屋の扉が開かれる。
太一たちが振り返ると、そこにいたのは。
「……アク……ト?」
水色を基調としたマーメイドドレスに身を包み、薄い化粧を施されたアクトだった。
呆然としているのは太一だけである。
凛もミューラも、納得した顔をしていた。
「アクト・バスベル。その名は正確ではありません。さ、改めて自己紹介なさい。可愛い妹」
「は、はい……」
着なれないドレスを着た、女性としての姿を見せるのは初だからか、アクトの顔は紅く染まっている。
やがて覚悟を決めたのか、アクトはきりっとした顔で真正面を見据えた。
「アクトは、女だとバレないための偽名だったんだ。男の子の格好をしていたのも同じ理由。ボ……わたしの本当の名前はアクティ。アクティ・バスベル。三人とも、助けてくれてありがとう……」
恥ずかしそうに、しかしよどみなくセリフを言い切り、頭を下げるアクトあらためアクティ。
リアクションは三つに分かれた。
予想通りだった、という凛、ミューラと。
してやったりというメリアと。
「お、女だったのか!?」
驚愕の事実を明かされた太一である。
男子にしては確かに華奢ではあったし、声も高かったし、髪も長かった。
そう思ってはいた。
だが、女であったとは。太一の予想外だったのだ。
「だましててゴメン……舐められないためには必要だと思ったんだ」
「い、いや……それはいいんだけどな……」
男だと思っていたから、訓練でも本番でも随分と容赦なく攻撃をしていた。
倒すべき敵というわけではないのだ。女だと分かっていれば、もっと他に方法はあった。
ドレスは半そでであるため、露出した腕に傷は残っていない。どうやら丁寧な治療が施されたようである。
女の子の肌に傷を残さずに済んで何より、というところか。
……服の下までは分からないが、さすがにそれを確認するわけもいかない。
「もう、隠す必要もないんだ。皆のお陰で、ボ……わたしの力を引き出してもらったし、みんなにも認めてもらえたから」
学園は実力至上主義。
強ければ承認される。それは身分よりも年齢よりも、性別よりも明確な評価基準だ。
あれだけの戦闘を見せたアクティを侮る者など、学園にはほぼ皆無と言っていいだろう。
性別を偽っていたことなど、それが必要なことだったから、という理由で簡単に受け入れてもらえるのは間違いない。
まだ男を装っていた頃の一人称が抜けていないようだが、それも一時的なものだろう。
このカミングアウトには感謝すべきなのかもしれない。
別れというシチュエーションではあるが、太一のリアクションのおかげで、暗くなりかけた空気が見事に霧散したのだから。
しんみりとした空気を引きずることなく済んだのである。
「メリアさ……」
「アクティ」
「あ、はい……メリア姉様から聞いたんだけど、皆、もうこの国を出るんだって?」
アクティがメリアによって可愛がられているのがうかがえる一幕である。
それはともあれ。気を取り直した様子でアクティは三人を見つめて言う。
帝国を出発することをメリアに言ったのはこれが初めてのことだったが、どうやら彼女はその可能性が高いと予想し、そしてアクティにも伝えていたようである。
対して太一たちは一つ頷いて肯定する。
アクティは「そっか……」と呟いて目を閉じ、すぐに開いた。
その瞳は挑戦的に染まっている。
「また、帝国に来たときは、手合わせをしてよ。今度はボ……わたしも、もっともっと腕を上げておくから」
「ああ、楽しみにしてるよ」
「今度会う時はきっと手強くなってるね」
「次は三人の内誰かに勝てるようになってるかもしれないわね?」
アクティの挑戦状に対して、太一たちは期待を込めてそのように挑発した。
期待の裏返しともいえる三人の言葉。
休んではいたが、アクティは凛とミューラの戦闘は見ていた。
コロシアムで生徒を相手にしていた時とは違う、明確な「敵」と戦う時の、鋭さが数倍まで跳ね上がった状態の二人を。
目標とするには高すぎるかもしれないが、手が簡単に届くところに目標をおいても仕方がない、と三人を目指すことに決めた。
もちろん実際には、一歩一歩進んでいくしかないのだが、最終的な目的地を定めなければ途中の道も見えないのだから。
けれどもこうして偽らなくなった三人に挑発され返して、今更ながらアクティは自分がとんでもないことを言ったのではないかと冷や汗を浮かべる。
が、ここで怖気づく者が先になど進めるものか、と気を強く持って三人を見返した。
あくまでも強気な少女の視線を受けて、太一たちは満足気にベルリィニ家の屋敷を辞することとなった。
太一たちにとっては、国に戻ってからが本番だ。
何せ、抱えている案件が案件である。
もはや一個人で処理できる範囲ではない。
アクティはこれからも実力をあげていくだろう。
そして、メリアは侯爵家という帝国でも屈指の権力を誇る貴族だ。
今後のことを考えれば、再び会うことになるだろう。
忙しくなるのは、そして正念場を迎えるのはこれからだ。
一時的な別れに悲しんでいる暇はない。
太一たちは一路、エリステイン魔法王国に向かって道を急ぐのだった。
2019/07/17追記
書籍に合わせて、奏⇒凛に名前を変更します。




