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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。
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帝国立魔術師養成学園の騎士候補生 二十一

「……敵は、私じゃないよ?」


 杖を構えた凛は、目の前の大男、そしてその後背の生徒たちを厳しい目で見る。

 わずかほども油断しない。

 けれども、念のためにそう問いかける。

 何故攻撃をしてきたのか。

 何故襲撃者たちの攻撃を受けていないのか。

 何故襲撃者撃退に動かないのか。

 いや、分かっている。

 わざわざ聞かなくとも分かる。これだけ状況証拠が整っていれば。

 素直に答えるのか。

 開き直るのか。

 はたまた答えないのか。

 そのどれでも良かった。


「くく……いや、お前は敵だ」


 生徒たちの中心にいる貴族の少女。

 整った顔立ちに好戦的な笑みを浮かべ、凛を睥睨している。


「そう……だから攻撃してきたわけだ」


 敵だから攻撃する。

 単純明快。分かりやすい理由である。


「そうとも。貴様が、貴様らがこの学園に来たお陰で、私たちはことごとく邪魔をされた。成り上がりの土人冒険者が、調子に乗ったお陰でな……!」


 彼女の声に込められた強い憤怒。

 いかんともしがたい感情を抱えているようだ。

 これでは、こちらの疑問に答えるどころか、言い分さえも聞いてくれないだろう。


「話し合うって雰囲気じゃないね」


 ことごとく邪魔をされた――つまり、少なくとも学園では、彼女たちが一枚かんでいたということだろう。

 まあ、一枚どころではない可能性が高いが。


「この期に及んで、話し合いなどに何の意味がある」

「確かに。じゃあ……」


 凛は杖で魔力を練り上げる。


「叩き伏せて、話を聞かせてもらうことにするよ」

「この人数を、貴族を前にいい度胸だ」


 凛には珍しい、脳筋な回答。それがお気に召したのか、貴族の少女は笑い声をあげる。


「だがな……うぬぼれも大概にしろっ! 平民風情がっ!」


 少女の周囲から、魔術が一斉に飛ぶ。

 それは炎。それは水。それは土。それは風。

 さすがに人数がいるだけあって、攻撃は多彩だった。


「――」


 眼前まで迫るその魔術を見据えて。

 凛は魔力が込められた杖を一閃。

 その全ての魔術を打ち払った。


「っ……!」


 それは、眺めているだけでは大まかにしかわからなかった事実。

 凛の実力。

 もはや無数ともいえる量の魔術を一緒くたに打ち消されて、目の前の魔術師がどういう存在なのかが、おぼろげながら、ようやく、ようやく見えてきたのだった。


「喧嘩を売ってきたのはそちら。私はそれを言い値で買い取っただけ。平民も貴族も関係ない。強い方が正義。……嫌なら、この舞台から降りるしかないよ」

「…………よかろう!! 買ったことを後悔させてやる! 報酬は弾んでやる! やれ、ダゴウ!」

「分かりやしたぜ、お嬢」


 うろたえていたのは、生徒たちだけ。

 ハンマーを携えた男は、凛を観察しつつも、面白そうに、好戦的に笑みを浮かべるばかりだった。

 彼はハンマーを肩に担ぎあげると、凛に向けて歩き始める。笑みはそのままで。


「やるじゃねぇか嬢ちゃん。ガキのお守りだってんで仕事請けたの後悔してたんだがよ、嬢ちゃんみてぇのがいるとは掘り出しモンだ」

「……」


 やがて、残り五歩程度の距離まで近づいたところで、ダゴウと呼ばれた大男は立ち止った。

 手強い。

 一筋縄ではいかない。

 大して大きい声ではなかったため、後ろの生徒たちにダゴウの言葉は聞こえなかったようだ。

 聞こえていたら、あの少女は声を荒げていただろう。

 そんな益体もないことを思考の片隅で考えつつ。


「あの数の魔術に狙われてあの落ち着きよう。ナリはガキだが、腕前は相当なモンと見た。楽しめそうだぜ」


 返事をしない凛に構うことなく、ダゴウは言葉を続けている。


「……あなたは、子供だって侮らないんだね」


 気付けば、思ったことを口にしていた。

 話しかけた凛の、言葉のどこがどんな琴線に触れたのか、ダゴウは声をあげて笑った。


「くっはっは!! 人様にゃ言えねぇようなおシゴトしてるもんでな! 冒険者でも兵士でもなんでも、見た目で敵を侮るバカから死んでくだろ。ガキだろうが女だろうが、つえぇやつはつえぇ。それが真実だぜ」

「なるほどね」

「さぁて。お喋りはおしまいだ。始めんぞ」


 ダゴウは、人を苦しめるような仕事をしているのだろう。自己申告どおりに。彼を許せない、と恨む者は多そうだ。

 ダゴウを庇うわけではない。けれども、誰であろうと強いやつは強い、と認めて口にするダゴウのその考えだけを切り取れば、凛は嫌いではなかった。

 次の瞬間。

 ハンマーは地面に激突する寸前だった。

 そして。

 凛の魔術もまた、発動直前だった。


「オラァ!」

『瀑砂閃!』


 ハンマーの直撃によりまき散らされる破片などを、同じく砂で撃ち落とす。相当量のエネルギーを内包した砂塵と粉塵がぶつかり合い、周囲は砂煙に包まれた。

 冒険者ランクA相当どちらも、破片一つで大けがを負うような威力を秘めているのは想像に難くない。

 が。


「!」


 考えるよりも先に身体が動く。凛は地面を蹴って後退した。

 ぶつかり合う破片もなんのその。砂煙を突っ切って、ダゴウが凛に迫る。


「しゃらくせぇんだよお!」


 後退する凛よりも、迫るダゴウの方が速い。

 だが、この程度で慌てる彼女でもなかった。

 これみよがしに左手を突き出すと、その手の先に、人の頭よりも巨大な火球が産み出される。

 ダゴウの動きがかすかに鈍る。

 それを見逃さず、凛は火球を地面に叩きつけた。

 砂煙を容易く打ち払うほどの爆炎が上がる。

 さすがのダゴウもこれを受ける気にはならなかったのか、突進を取りやめた。

 ダゴウの接近をせき止めたと判断した直後、左右から水と風が迫るのを感じた。実際には、それぞれの属性の魔力だ。

 これは学生の攻撃だろう。であれば。


「はっ!」


 魔力をまとい、気迫と共に風に変えて放射する。

 最初の攻撃を打ち払った時に大体の力は把握している。

 学園生たちの攻撃、という区分でくくって、それだけを凌ぐのなら問題はない。

 ただし。


「隙ありだぜ!」

「くっ!?」


 ダゴウが合わさると、その厄介さは倍どころかべき乗にもなる。

 今度は、最初の床を破壊した時の炸裂による全方位への攻撃とは違う。

 はっきりとした指向性を持って、地面が盛り上がりながら向かってきていた。

 黒煙を引き裂いて迫るその土の向こう、地面に唐竹割のようにハンマーを打ち下ろしたダゴウの姿。

 長々と戦闘を続けるのは、どんどんと不利になっていく予感がする。

 そこからでも巻き返せるとは思う。それだけの鍛錬と、修羅場はくぐってきている。けれども、わざわざ劣勢に陥る必要性は、ない。

 息を、鋭く、強く吸う。

 そして。


「……ああああっ!!」


 着地した瞬間。凛は両足に一気に力を込めて、上空に跳び上がる。

 身体強化と、風による援護。それによって、凛の跳躍は高さ四〇メートルに及んだ。

 準備できる状態ならば、凛にとっては高さ四〇メートルの跳躍など大した問題ではない。風で上昇気流を起こせるのだ。高低については、ミューラ以上の分野だ。

 けれども、戦闘中という、魔力を瞬間的に高めなければならない状況においては、その跳躍は、凛の力を如実に知らしめるものだった。


「うお!? すげぇな、そこまで跳べるか!」


 ダゴウの声が、跳躍する凛に届く。

 空中に跳び上がったことで、ダゴウの攻撃と生徒の援護から逃れる。

 高さ四〇メートルにもなれば、地上からは真下からでも撃たない限り、距離は更に離れる。

 より精密な射撃が必要になるのだ。

 生徒たちが凛に向けて魔術を撃ってくるが、直撃コースのものは三割もない。

 作戦は、ここから。

 凛は風の魔術の微調整を繰り返し。


「な……んだと……」


 貴族の少女が呻いた。

 跳び上がった凛は、下降しなかったのだ。

 あたかも、空中に立つかのように。

 飛行魔術ではない。風の魔術を常時使いながら、疑似的な足場を展開してそこに立っているのだ。

 最初はそんなことを思いつかなかったし、思いついたとしてもできなかった。

 ヒントとなったのは、シルフィの力を得て、空を飛ぶようになった太一である。

 ところで、制空権、という言葉がある。

 地球における戦争や紛争にて、空を制圧できたならば、地上を好き放題攻撃できるようになる。もちろん敵からの抵抗はあるだろうが、どちらが有利かは言うまでもない。

 その有用性は、いざ空を取れるようになって、強く感じていた。

 上空にいる凛との距離を考えれば、射撃ではなく狙撃を常に要求される。まだまだ学生でしかない貴族少女の取り巻きたちの狙いは、目に見えて荒くなっている。上下左右にほんの少し動くだけで射線から逃れることができる。わざわざ防ぐ必要もなくなった。


「おい、こいつあ、やべぇぞ……」


 ダゴウの笑みが引きつる。

 高所から一方的に撃たれることがどれだけまずいのか。

 咄嗟にそれを察したダゴウは、やはりかなりの場数を踏んでいるのは間違いない。

 だが、もはや彼に、凛をどうにかする術はない。できることといえば、石を投げるかくらいだ。強化魔術は使えるものの、遠距離を狙い撃つ魔術は持っていない。


「終わらせるよ」


 言うと、凛が杖を掲げ持つ。

 そして生み出される、無数の火球と水球。風の弾丸に石つぶて。

 一つ一つの威力は大したことはない。

 逆に言えば、この程度の威力ならば、凛にとっては弾切れしない機関砲と同じである。

 なるべく当てないようには撃つが、まったく当てないのも効果が減る。

 逃げられるのも困る。まずは、相手を逃がさないこと。


『陥獄』


 生徒たちとダゴウを含めた範囲の地面を、二メートル弱陥没させた。ダゴウに限らず学園生であっても別に逃げるのは難しくない程度の高さ。けれども、上空を取られて無数の魔術に狙われて。それらを複合すれば、彼らに一瞬でも「逃げられない」と誤った認識をさせるのも可能だった。

 そのため、凛はそのあたりのさじ加減もしながら、下の生徒とダゴウに向かって掃射を開始した。

 阿鼻叫喚の悲鳴が響く。

 直撃しても、そこまで大けがはしないだろう。そのように威力を絞っている。けれども、流血くらいは普通にする。生徒たちは、上空から断続的に撃たれる魔術を必死の形相で防いでいた。

 ただ、生徒たち用の攻撃で、ダゴウはかすり傷も負わないのは分かりきっている。だから、ダゴウに向ける攻撃のみ、防御をしなければ負傷必至の威力に上げている。ダゴウも防ぐのが精いっぱいだ。

 ふと、凛は、射撃を全て中止する。

 激しい波状攻撃が収まり、防御で手一杯だった生徒たちも、もちろんダゴウも、周囲に目を向ける余裕ができた。

 一拍の、安堵という、隙。

 狙い通りに構築した一瞬。

 生徒たちはその目で。そして、ダゴウはその身をもって。

 凛が、どれだけ加減していたのかを知る。


『火炎破!』

「うぐおっ!?」


 地面から吹き上がる炎に、ダゴウの身体が打ち上げられる。

 全身のところどころには浅くない火傷。生徒たちには過剰攻撃になるため使わなかったが、ダゴウほどの実力者に、その遠慮は必要ない。逆に遠慮をすれば負けるのは凛なのだから。


『水砕弾!』

「ぐはぁっ!」


 空中に舞ったダゴウの身体を、真横から打つ激しい衝撃。

 ダゴウは吹き飛ばされ、陥没した地面の壁に激突した。

 少し遅れて、ダゴウが持っていたハンマーがけたたましい音を立てて落ちる。

 ハンマーの自由落下よりも、ダゴウが吹き飛ぶスピードが速かった。


「ぐ、うう……」


 地面にずり落ちたダゴウは、動くことすらできないようで、呻くばかり。


「二発……たった二発だと……」


 ダゴウの雇い主である貴族の少女は、凄まじい威力の魔術に、そう口にするのが精いっぱいだった。

 これほどの威力の魔術は、生まれてこの方見たことがなかった。

 規模はそれほどでもない、むしろ狭い方だ。が、だからこそ自らが生きているのだと、貴族のプライドとは別のところにある冷静な思考が、正確に理解している。

 つまるところ、狙った範囲にのみに威力を集中させる技量があるということだ。

 今目の前で放たれた魔術に迫るレベルのものならば、見たことがある。

 まだ彼女が幼かった頃、親に連れられて見せられた軍の演習。そこでのデモンストレーションで、帝国が誇る最高峰の魔術師、帝国軍魔術師団長が放った魔術が、少女が知る最大であった。

 規模も威力もとんでもないもの。さすがは帝国軍魔術師団長だと、親を含め周囲の貴族たちが口々にほめたたえていたのを覚えている。

 そんな帝国軍の最高の魔術師であっても、エリステイン魔法王国の宮廷魔術師長ベラ・ラフマの後塵を拝していると知ったのは、今から二年ほど前の話。

 帝国貴族として忸怩たる思いを抱いたものだが。三大大国としてガルゲン帝国と同列に語られるエリステイン魔法王国。その名に恥じないものである、という考え方によってどうにか納得したのだ。

 凛は、エリステイン中枢部において、宮廷魔術師団長とほぼ互角と謳われた魔術師。

 エリステイン魔法王国の諜報が帝国に多数いるように、エリステイン魔法王国にもガルゲン帝国の諜報は多数いる。

 そんな凄腕の諜報たちも、凛が強いということは把握していたが、宮廷魔術師団長と互角であるという情報までは得られなかった。

 実力に物差しがあって測れてはまずいのだ。情報を守るのは当然の措置だろう。

 ふわりと降りてきた凛が着地した靴音にハッとする。

 陥没した地面の縁に立ち、こちらを見下ろしている。


「き、貴様……この私を上から見下ろすかッ!」


 声がやや震えてしまったが、それでも言い切った。

 貴族に対して、図が高いなど許されるはずがない。

 たとえ、負けたのだとしても、だ。

 そこにあるべき、彼女も知っているはずの「潔さ」には、一切目がいかなかった。

 それに対して凛は小首を傾げ。


「私の勝ちだからね」


 と一言。

 勝者と、敗者。

 分かりやすい構図。

 少女は歯噛みした。ぎりぎりと口の中が軋む。


「それとも、貴族って看板が、私の魔術を防いでくれるの?」


 同時に。

 凛は杖を真横に一閃。

 熱波が巻き起こった。

 彼女の背後に、巻き上がるのは火災旋風。

 火属性魔術と風属性魔術を混ぜて使う、彼女にとっては特に工夫せずとも使えるものだ。

 けれども。その規模は陥没したこの穴を覆ってあまりある大きさで。

 その迫力は、筆舌に尽くしがたくて。


「挑戦する? 私は止めておくことをお勧めするけど」


 いかにも分かりやすい挑発的な言葉。

 思わず激昂し、「やってみろ!!」と声を荒げようとした。のだが。

 彼女は背後の生徒たちに口をふさがれ、両腕を拘束された。


「むっ、むー!!!」


 これまで付き従ってきた取り巻きの反逆。


「懸命だね」


 凛は杖を下ろした。

 火災旋風は維持したままだが、巻き起こった場所から動きもしない。

 当然ながら、周囲に人がいないことは確認しているため、誰かが火災旋風に巻き込まれたということもない。


「嬢ちゃんよお……その位置からじゃあ、あんたも巻き込まれんじゃねぇのか……?」


 力が入らない身体をやっとの思いで起こしたダゴウが、凛と、その後ろの火災旋風を見ながら問いかける。

 そのまま移動させれば、凛も確実に呑み込まれる、そんな位置関係。

 けれども。


「私が産み出した魔術だもの。巻き込まれたってどうとでもできるよ?」

「ハッ……そうかよ……」


 眉一つ動かさずに返ってきた答えに、ダゴウは乾いた笑いが漏れた。


「はあ……手ぇ出しちゃ、いけねぇ相手だったか……」


 ダゴウが諦めた。

 それが合図になった。

 学園生たちが次々と武器を手放す。

 彼ら全員が抵抗の意志をなくしたことを確認してから。

 凛は、ため息を一つ。


「こんなの……絶対キャラじゃない……」


 似合わない役柄を一生懸命演じた。やっている最中は戦闘と女優業に必死で気にならなかったのだが、冷静になった今、今更ながら恥ずかしさに苛まれる凛であった。

 こちらは片付いた。見れば、ミューラの方も決着がついている。広範囲に広がった煙が、散っていくところだった。状況は分からないが、ミューラが五体満足で立っていて、その周囲に兵士や護衛が倒れているところを見ると、決着が付いた可能性が高い。

 顛末については報告し合うとして。

 後は。


「太一……」


 彼が帰ってくるのを、待つだけだった。

2019/07/17追記

書籍に合わせて、奏⇒凛に名前を変更します。

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