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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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帝国立魔術師養成学園の騎士候補生 十九

ストックがなくなってしまった。。。
10月に入ったらストックを作り始めます。。。
 右手の拳を左手の平で押して加速させ、背後に向けて裏拳を放つ。
 後ろからの蹴りを迎撃。
 パワーではやや劣るが、スピードは太一の方が速かった。
 加速しきる前の攻撃を加速しきった攻撃で受けることで、パワー不足を補った。
 二人の間に発生した衝撃が、砂埃を巻き上げながら吹き上がる。
 太一とアルガティは、その場から数歩下がって相対した。
 一瞬のにらみ合い。
 飛び込んだのは太一。
 アルガティは回避のために空へ舞った。
 空を飛びながら振り返り、右手に溜めていた魔力を放つ。
 剣を象った紅の魔力が追ってきた太一の顔面に迫る。
 狙いは正確。しかし、それが当たる直前、太一の姿が消える。
 上を取る太一。アルガティは即座に気付くが、その瞬間に太一はその場から移動していた。
 アルガティが太一の動きを察するたびに、その上をいく速度で移動する。

「むっ!?」

 ふと、アルガティが正面を向く。
 斜め上から高速で迫る太一の姿。
 アルガティの対応の前に、太一が彼のみぞおち付近に両手を当てていた。

「はあっ!」

 空気の大砲の、ゼロ距離での発射。炸裂。
 直撃を受けたアルガティが土砂と砂塵を巻き上げ大地に墜落する。
 吹きすさぶ風の音と、舞い上がった砂や小石が落ちていく音が場を支配する。
 アルガティの撃墜地点を見つめること、少し。
 吸血鬼の王は、自身を包んでいた砂塵を、魔力を瞬間的に強くに開放することで発生させた衝撃波で吹き飛ばした。
 その結果を見据え、太一はあらためて自身の腕を見た。そこが少し青くなっているのを見て、かすかに眉をひそめる。だが、すぐにそれを不敵な笑みに変えた。
 太一の笑みを見て、アルガティは口の端を指先で拭う。付着した紅い液体を見つめて愉快気に笑うと、口を開いた。

「力は我の方が上のようだな」
「どうやらそうらしい」

 太一は肩を竦め、強がりなどではなく淡々と事実を潔く認めた。
 空気の大砲を放った瞬間、アルガティが腕を狙ったフック気味のカウンターを放った。腕を引くことでそれをわずかに掠めるにとどめたが、それでも青あざになるほどのダメージがあった。
 まともに受ければ間違いなく骨が折れていただろう。攻撃力ではアルガティの方が一段も二段も上だ。
 太一の攻撃は直撃したため、今の交錯においてのダメージレースでは勝っている。だが、それもあまり慰めにならないと、太一は感じていた。

「けど、スピードは俺の方が上みたいだな」
「くっくっく……。そのようだ」

 一撃一撃のパワーは確かにアルガティの方が上。それは認めるべきだ。限界を振り絞れば張り合うこともできるが、短時間に限られる。それは不毛だ。
 己の武器を殺すことになりかねない。
 太一が勝っているのは速度。相手の攻撃をスピードでかわしてかわして、その間に溜めた一撃を叩き込むヒットアンドアウェイ。
 それが有効だからこそ、現状競っているのだった。
 けれども、この優位はそう長く続かないと、太一はなんとなく察していた。
 技量、戦闘経験において、アルガティの方が太一よりも圧倒的に上。戦っている太一だからこそ、強く肌に感じること。
 パワーで劣る分は、上回っているスピードで相殺できていると言っていいだろう。が、技量と経験で下回る。
 一撃でもいいもの(・・・・)をもらえばそれで形勢が逆転しかねない。セーフティのないきわどい綱渡りでもしてるかのような、太一はまさにそんな気分だった。
 本人は気付いていないが、その差を埋めているのはセンスであった。逆に言うと、技量と経験という二つの要素の劣勢を、センス一つで補っているに過ぎない。
 太一のセンスには、相対しているアルガティが驚愕と共に敬意を覚えている。
 アルガティは吸血鬼の祖にして王。吸血鬼はそもそもがアンデッドとして人間から見れば永遠にも等しい時を過ごす。そんな種の中でも最古に生まれた存在。彼は安寧と共にこれまで歴史を刻んだわけではない。波乱万丈、戦いの歴史。何度も滅びの危機に瀕しながら永らえてきた。積み上げたものの分厚さは尋常ではない。
 それを曲がりなりにも埋めてくる太一のセンスには、アルガティも舌を巻いていた。

「……貴様は、吸血鬼について知っている。この程度の攻撃は無意味だと理解しているだろうな?」
「ああ、分かってるよ。俺が知ってる吸血鬼は、再生能力持ってたな」
「その通りだ。もうほとんど治っているぞ」
「すげぇな、もうかよ。……でも、その再生だって、無限にできるわけじゃあないだろう?」

 アルガティとしては、太一を試すためだけに言った。
 太一が時間をかけて当てた攻撃が、ほぼ治癒している。
 その、徒労にも等しい状況を見て、動揺するのかどうか。
 アルガティからすれば、どちらでも良かった。総合的に吸血鬼の王が上回っていることは、太一も、アルガティも分かっていることだ。
 それで動揺すれば、太一が不利になるだけ。それで動揺しなくても、別に情勢が変わることはない。
 だからどちらでも良いと思っていたのだが。
 太一は、それに対して一つの指摘をした。

「なるほど、そこまで知っていたか。その通り、再生には魔力が必要だ」
「隠さないのか」
「わざわざ我から明かす気はなかった。だが、ことさらに誤魔化す気も、またない」

 それよりも、とアルガティは続ける。

「面白いことを言う。まさか、我の魔力切れまで耐え凌ぎ、削り続けると?」
「一発大逆転なんかできそうにないからな。そのつもりだよ」
「くっくっく……ずいぶんと剛毅な。分かっているだろうが、我の魔力が簡単に尽きるとは思わぬことだ」
「分かってる、分かってるさ」

 太一は、握った手の中に汗をかいていることを自覚していた。
 かっこうつけて「覚悟の上」なんて言ってみたものの、強がりであることは明白。
 自分よりも強い敵と相対した回数は、本当に数えるほどしかない太一である。
 否、数えるほどもない。これで都合二度目だ。
 勝ち目の薄い戦いに挑む経験が不足しているのは自覚している。ただ、これの解決は非常に難しい。
 太一よりも強い敵がうじゃうじゃいてはたまらない、とは誰が言ったことだったか。
 一口に危機的状況と言っても。極端な話ではあるが、犠牲を払えば常識の範囲内で解決が可能な状況と、太一が介入しなければ話にならない状況では訳が違う。後者の場合、犠牲者がどれだけ出ようと解決することがない。
 そんなものは無い方が良いのは当然で、太一が経験不足であることは、如何ともしがたい危機がなかったということなのだから。

(さて、そうは言ったものの、どうしたもんか)

 無策でいるわけにもいかない。
 けれども、現状何も見えていない。
 太一はスピードという剣一本。ひるがえってアルガティはパワー、経験、技術と三本の剣を所持している。
 実際には太一本人だけが気付いていない、アルガティも認めるセンスという剣も持っている太一だが、それを差し引いても一本分のハンデを背負っている。簡単な引き算だ。
 考えても、やはり辿り着くのは、アルガティの再生能力の元である魔力を削る戦いしか思い浮かばない。
 太一のスピードをもってしても馬鹿正直に正面からいくとアルガティに防御すらされずいなされてしまう。
 当てるためにはひと工夫もふた工夫も必要だ。

(……シルフィ)

 太一は、彼だけが見える相棒に声をかける。
 ずっと太一の肩に座っていたシルフィは、申し訳なさそうに、しかし誤魔化さずにはっきりと首を左右に振る。

『……ダメ。あの防御を真正面から貫くだけの攻撃は、今の(・・)アタシたちじゃ無理よ』

 太一は良くやっていると、シルフィは掛け値なしに思っている。
 召喚術師であり、またたぐいまれな魔力量と魔力強度を持つ太一だが、それをもってしても、シルフィというエレメンタルの力は暴走する馬に等しい。
 見事に制御し、力を引き出している。
 シルフィが制御を手伝っているが、世界中の風を人間というちっぽけな器で操ろうというのだ。
 台風一つとっても、地球の人類が持つ最高峰の恐るべき兵器である核でさえ、中途半端な数を放り込んだくらいでは太刀打ちすら難しい。
 だが自然はそれほどの力を持つ台風を年間で複数生み出すだけの力がある。無論、それ以外にもたくさんの自然現象が存在するのは言うまでもない。
 そんな自然――風を統べる化身であるシルフィ。彼女の力を制御するなど難しいなどという言葉では不足どころの話ではない。
 あくまでも太一は、ひとたび牙を剥けば生きとし生けるものに逆らうすべのない大自然の力の、一部を拝借しているに過ぎない。
 シルフィの力のすべてを操れるのならば、アルガティでさえも敵でないのは間違いないが、人という器では、当然ながら限界がある。
 むしろ、人の身で自然のすべてを制御しようなどと、傲慢に過ぎるだろう。

(そっか。いや、大丈夫だ)

 尋ねた太一自身、これ以上の力を制御するのは無理だ。制御の手を離さないで済むギリギリだったのだ。これ以上となれば、威力などは上がるだろうが、間違いなく太一の自爆の方が先だ。
 つい弱い心がもたげ、すがってしまったに過ぎない。
 シルフィが誤魔化さなかったことが、結果的に残った依存を断ち切ることになったのだから、太一にとってはプラスだった。
 現実逃避をしても何も解決はしない。

「我を回復させた価値のある作戦は出たかね?」
「いや……残念ながらダメだったよ」

 これが、はなからの命の奪い合いであったら、こうまで余裕はなかった。
 アルガティの目的が、推定ではあるが半ば腕試しであったからこそだ。
 けれども、それはあまり太一にとって慰めになってはいない。
 アルガティは、太一の命が失われることにそこまで頓着していないだろう。
 腕試し。裏を返せば、一定の基準に達しないのならば生かす価値がない、そう考えていてもまるで不思議ではない。

「けど、おかげさまで覚悟は決まった」
「ほう。であれば、わざわざ待ってやった甲斐はありそうだ」

 泰然と。構えらしい構えもない。
 それがアルガティにとっての構えなのだろう。あるいは、太一では構えを取らせられないのかもしれない。

「では、見せてもらおうか。貴様の覚悟とやらを」

 太一は、アルガティの姿を二倍にも三倍にも大きく感じていた。
 ためらいも恐怖もある。
 が、もはや動かない理由にはならない。
 腰を落とし、膝をたわめる。飛び出すためのバネにする。太一の頬を、汗が一滴滑り落ちる。

「なるべく意地を見せることだ。あっという間に、終わらぬようにな」

 頬から、顎へ。
 緊張の中、汗が顎からしずくとなって落ちる。
 強化した聴覚が、しずくが地面に落ちる音を拾った。
 太一が地面を蹴った。
 アルガティがそれを認識したのは、太一が立っていた足元の地面が破砕したからだ。
 そして、吸血鬼の王が太一の動きを認識したその瞬間には、太一は彼の背後を取っていた。
 想定をやや上回った。アルガティはわずかな驚きを目にたたえ、振り返る。
 驚きながらも、即座に迎撃するアルガティは、やはり経験値が太一とは違う。
 横っ面を狙ったフック。

「っ!」

 太一はそれを上体を反らして回避した。
 そのまま背中から後ろに倒れつつ、身体を左に捻りながら右足を鎌のように振り上げる。
 アルガティの脇腹を捉える。
 直撃。炸裂音が衝撃となって空気を攪拌した。

「ご……っ!?」

 アルガティの口から血が噴き出す。無論、これで終わりではない。
 ひねった勢いで身体の前面を入れ替え、間髪入れずに左足を突き上げ、アルガティを上空に打ち上げた。
 吹き飛んでいくアルガティ。太一は両手で飛び跳ねるように身体を起こすと、吸血鬼を追ってその場から消えた。
 体勢を整えたその瞬間、アルガティは強烈な風圧の直撃を受けた。
 太一が真下から高速で駆け抜けていく。
 再び崩れる体勢。それを、整えさせない。太一からすれば、整えさせるわけにはいかない。
 すぐさま反転してアルガティに突っ込む。今度は上から背中に痛打。
 右。
 左。
 斜め上。
 斜め下。
 四方八方、三六〇度からの攻撃。
 空を自由に飛んで戦えるアルガティを、太一の全力高速戦闘は翻弄していた。
 一番のアドバンテージ、すなわちスピードを生かすこと。
 アルガティ攻略のために太一が見出した戦法は、シンプルながらもっとも効果が高いと思われるそれだった。
 技術と経験で劣り、攻撃力で負ける以上、スピードというアルガティを上回るスペックを中軸に据えたのは当然の選択だろう。

(……っ)

 ただし、これはもろ刃の剣だ。
 息継ぎもままならないほどに力を振り絞っている。
 呼吸をした瞬間、動きががくっと鈍ると太一は自覚していた。
 だから限界が来る前にアルガティを吹き飛ばし、小休止をする必要があった。
 どれだけ経過した?
 一〇秒?
 一分?
 一〇分?
 いや。
 少なくても一〇分はない。
 けれども、それだけ長く感じる時間。
 自分の顔が青くなっているかもしれない。唇も紫になっているかもしれない。
 果たして、それがばれているか。
 否、ばれていないはずだ。今のアルガティは、太一を捉えられていないだろう。
 今のうちにダメージを加算すべきだ。その思いだけが、太一の身体を動かす。
 攻撃をしたい。
 けれど肺が空気を求めている。
 今すぐに肺にたまった空気を吐き出して入れ替えたい。
 その自己防衛本能が加速度的に太一を苛んでいく。

(……ここだっ!)

 果たして、何度攻撃を叩き込んだか。
 これ以上は無理だ。
 意図しないところで空気を吐き出してしまう前に、太一はアルガティを地面に叩きつけんと蹴りの体勢に入った。
 その、瞬間。
 アルガティの首が、ぐりんと上を向いた。

「っ!?」

 その目は、しっかりと太一を捉えていた。
 止められない攻撃。振り下ろした足を、受け止められ、掴まれた。

「……なかなかのものだ。リスクを負った攻撃、称賛に値する」

 離れられない。振りほどけない。
 がっちりと掴まれている。
 太一とアルガティのパワーの差が如実に表れていた。

「無駄だ。こうなると分かっていたから、全速力を出し続けたのだろう?」

 太一はやおら息を吐き出した。
 肺が勝手に酸素を取り入れんと激しい呼吸を繰り返す。
 むせるほどの勢い。
 無茶をした代償。
 身体が言うことをきかない。
 盛大な、致命的な、隙。

「くっくっく……思いのほか痛手だった。ここまで攻撃を受けるとは思わなかったぞ。さて、次は我の番だ」

 ボディブロー。
 突き上げる一撃に、口から胃液が漏れる。
 続いて振り下ろされた肘が背中を激しく打ち付けた。今度は、胃液ではなく血が噴き出す。
 そして、掴まれた足を振り回され、地面に投げつけられた。
 パワーを生かした投げ。ただでさえ速いというのに、現状身体の自由がきかない太一では、抵抗するいとまなどなかった。
 盛大に上がる土砂。
 うめき声すら上げられない。
 甚大なダメージ。
 猛烈な勢いで地面に激突した衝撃を、一身に受け止めさせられた。
 やがて土砂がすべて落ちきる。
 身体の半分以上が土砂に埋まったまま、太一はうつぶせに倒れていた。

(……ダメ……だ…………うごかねぇ……)

 意識はまだある。今にも途切れてしまいそうだが。

(たいち! たいち! 大丈夫!?)

 シルフィが太一の前にひざをついて、顔に両手を伸ばしている。心配そうな顔が、ぼやける視界に映った。

(これ以上は……ダメっぽい……)

 口を開こうとしたが、それさえもかなわない。
 シルフィ相手なら伝えようとすれば声は必要ないことを思い出し、内心で苦笑。
 さっとそこに行き着かないほど、身体のダメージが思考能力を削っていることに気付いた。
 身体は休息を欲している。
 死に至るほどのダメージなのだろうか。これほど痛めつけられたことはかつてなかったので、自分がどんな状態なのか分からない。
 太一の思考を受け取ったシルフィは、すっと顔を俯かせた。
 エレメンタル・シルフィードの力を借りておいてこのざま。彼女に申し訳なく思うものの、それだけでどうにかできるのならば苦労はしない。
 指先一つ動かすのさえ、ただ唇を開くのさえ苦労するありさまなのだ。
 アルガティがこれからどうするのか。
 戦うのを試すためだと、吸血鬼の王は言っていた。
 太一の攻撃を見事だと、称賛すると確か口にしていたはずだ。
 お眼鏡にかなったと、思いたい。ならば、とどめは刺されずにここは捨て置かれるだろうと。捨て置かれて欲しいと、太一はかすれていく頭でそう考えた。
 死に至るダメージでないのなら、休めば回復するはずだ。
 アルガティの気配は、今も空中にある。太一のことを見ているのだろう。
 特に彼の強靭な魔力が高まっているようには感じない。
 一縷の望みがあるのではないだろうか。
 事ここに至っては、情けないがヴァンパイアロードの選択に命運をゆだねるしかない。
 まあ、敗北したのだ、それもやむを得ないところだろう。
 死ぬのは怖い。怖いが、取り乱すほどの体力も今は残っていない。ただ、まだ死にたくない、希望はある、と考えながら意識をつなぎとめるのが精いっぱいだ。
 と、シルフィが別の方向を見ながら何かを話している。
 半分以上意識が飛んでいるため、彼女が何を言っているのか理解はできないが、恐らくはアルガティに何かを訴えているのだろう。
 今はアルガティの気まぐれに感謝して、少しでも回復に努めようと、まぶたを下ろした。





 シルフィが声をかけているのは、太一の予想に反して、アルガティ相手ではなかった。
 吸血鬼の王として悠久の時を過ごしたアルガティほどの者であっても、自然の体現者である精霊、その始祖であるエレメンタルを捉えることなど不可能である。
 よって、シルフィが誰に声をかけているのかを知ることができるのは太一だけなのだが、もうほとんど寝ている状態の彼には与り知らぬことだった。

『ねえ、もう十分でしょ!?』

 シルフィは勢いよく立ち上がる。
 憤りに染まった顔で、鋭くねめつけた。

『うん……そうだね』

 シルフィの視線の先。
 そこには、かつて帝都で太一たちと出会った、濃い茶色の髪をジャギーにした少女が立っていた。
 あの時、太一たちをとことんまでからかっていた少女、ミィ。
 しかし、今の彼女の瞳に、その色は一切ない。
 あるのは、太一を気遣う色だけだった。

『一度だけ聞くよ。本当に、ここまでする必要あったの?』

 シルフィの問いかけに、ミィは首を左右に振った。
 ここまでする必要は、なかったという意思表示。
 それに対して、シルフィは思わず感情が昂るが、それを抑えつけてため息をついた。
 今彼女に怒りをぶつけても仕方ないことはシルフィにも分かっていた。
 ミィの真意を確かめることの方が大事だからだ。
 けれども、声色に、態度に。たっぷりと込められた棘を抑えられなかった。

『なかったよ。ない。ここまでしなくても、全然よかった。試練なんて嘘、大嘘だよ』

 首を振って否定したことを、言葉で重ねて告げるミィ。
 その声色に、わずかにシルフィを責めるものを感じて、シルフィは疑問を覚えた。

『結論から言うとね?』

 ミィの視線を、シルフィが浴びる。
 彼女の瞳は、明確にシルフィを咎めていた。

『シルフィード……彼にはシルフィって呼ばれてるんだったね。ボクは、君に嫉妬してたんだよ』
『……。……嫉妬?』
『そうさ!』ミィはやおら語尾を強めて――『だって、やっと、やっと現れた、エレメンタルと契約できる召喚術師だよ!? 待ってたのはキミだけじゃない! なのに、キミだけ先にさ! 風っていう、世界を動ける自由さにかこつけて! 上手くやったもんだね!?』――激発。

 先ほど抱いていた憤りが、急速にしぼんでいく。
 シルフィは返す言葉を失っていた。

『ボクはこの地を中心にしてる! 水のだって、火のだって中心とする場所から大きくは動けない! 同じ立場のキミなら、分かるはずだったんだ! ボクらのところにくるように、それとなく伝える事だってできたんじゃないの!? それは、キミにしかできない、キミだからこそできたことだったんだ!!』

 ミィの舌鋒は止まらない。

『この子もこの子だよ! この世界に四大属性があることを知ってて! 風のエレメンタルがいるなら、後三属性あるってわかりそうなものなのに! ボクを、ボクたちのことを探しに来てくれなかった!』

 ミィの目尻に、わずかにたたえられるものを見て、シルフィは口を開きかけ、何も言わずに閉じた。
 今まで太一が苦戦していながら、ミィが力を貸さなかったのも、それが、理由。
 何も言えなかった。ミィの言う通りだったからだ。
 嬉しさのあまり、自分のことしか見えていなかった。アルガティすらも及びもつかない、この世界が生まれたときから存在していたエレメンタルが聞いてあきれる。
 これでは、ミィに対して覚えていた憤りこそが、場違いなものであるようにしか思えなかった。
 至らない自分を責めるシルフィの様子を見て、ミィははっとしたように目を丸くすると、顔をわずかに下に向けた。

『……ゴメンよ。分かってるんだ。ボクもキミと同じだからね。嬉しさに舞い上がってしまうのも分かる。キミの立場にボクを置き替えたら、きっと同じようになっちゃう。だから、これはただの八つ当たりだよ。あの時この子をからかったのもそう。ただそれだけなんだ。本当にゴメンよ』
『――ううん、そんなことないよ。ミィの言う通りだよ。アタシが、間違ってた。皆のところを回るように、もっと早く動くように、促すことができたのに……』

 二人の間に降りる沈黙。
 ややあって。
 ハッとしたのは、ミィだった。

『シルフィ、キミが納得してくれたのはいいんだけど……この子は、ボクを許してくれるかな?』

 その問いに、シルフィは何も言えない。答えを返せなかった。
 答えの代わりに質問を投げかけた。

『うん……こうまでなっちゃう前に、気付けなかったの?』

 さっと青ざめた顔をするミィを見て、回答がずいぶんと意地の悪いものであったと、シルフィは口に出してから気付いた。
 けれども、一度吐いてしまった唾は二度と呑み込めない。

『分からない、分からなかったよ! いざこの子を前にしたら、自分をコントロールできなかったんだ! ねえどうしよう!』

 頭を抱えてうずくまる。シルフィより頭一つ小さいミィが、更に小さくなる。
 確かに彼女が悪いのは間違いない。けれども、それを指摘することができなかった、というのが正しいか。
 ミィが自分が悪いと既に自覚しているのもあったし、シルフィも偉そうに言えた立場ではないからだ。
 第三者視点で、そこではそうすべきじゃない、こうした方がいい、としたり顔で言うのは簡単だ。
 だが、それはあくまでも傍観者、解説者だ。
 傍観者や解説者の立場だった時にはすぐにはじき出せる答えが、当事者になったとたんに全く出てこないことは多々あるのだと、シルフィは世界中で様々な人間たちをじっくり観察してきて知っていた。
 例えば。
 己が惚れた女の前で心にもない、あれでは絶対に関心を持たれないだろう態度を取ってしまう男が、他人の恋愛相談を受けたときには、これ以上ない的確なアドバイスをしていることなど。
 これは一例だが、それ以外にも枚挙にいとまがない。
 外野として見ればこうすればいいと分かることであっても、実際にその立場になると、ままならないことは多々あるのだ。
 シルフィとて、舞い上がってミィをはじめとした他のエレメンタルに会いに行くよう、太一をうながさなかった前科がある。もしも太一が姿が最初に接触したのが自分ではないエレメンタルだったら。太一とそのエレメンタルが仲良くしているところをだた見ていたとしたら。
 はやく他のエレメンタルを探しに行かせなさいよ! とやきもきしたこと請け合いである。
 ミィとて、我を忘れている自分自身を、外野から見ていたとしたら、そうそうに止めるべきだ、とすぐに気づいたことだろう。
 悠久の時存在していても、所詮は自我を持った一個人であった、ということだ。
 誰よりもシルフィ自身がそう思うのだ。
 彼女たちをはじめとした精霊は、コミュニケーションに飢えている。人間とコミュニケーションを取りたいのだ。でなければ、人間に属性を与えたりなどしない。けれども、存在の次元が一つ上にある精霊は、人間と直接話すことなどほぼ不可能。
 結果、価値観が違う人間を相手にしたコミュニケーションの経験値が、圧倒的に不足しているのだった。

『……分かってるんでしょ、ミィ。説明して、謝って、契約してもらうように言えばいいって』

 代わりに、シルフィは背中を押すことにした。
 ミィが、分かっていないはずがない、という信頼の元に。
 ミィが、契約を望んでいる、という外れないであろう予測の元に。
 嘆きの声をぴたりと止め、少ししてからミィは頷いた。

『じゃあ、そうしたらいいと思うよ。……それに』

 言いかけてあえて止めた言葉。それに、ミィは反応した。

『それに?』

 シルフィはひとつ頷いた。

『どう取り繕っても、言い訳しても、ミィの望みは変わらないでしょ? だったら、目的を達成するためなら、何でもできるんじゃない?』

 そう、諦められるはずがないのだ。
 恥も外聞も投げ捨てて謝罪し続ければ契約できるとあれば、いくらでもするはずだ。
 これだけやらかした故の後ろめたさは大いにある。
 けれども、あえてこういう言い方をすれば。
 この程度・・・・で諦められるようなものではない。
 それで諦められるなら、最初から望まない。
 だったら、八方手を尽くした方がいいだろう。
 やるだけやってダメだったら、またその時に考えればいいのである。

『うん……そうだね。そのとおりだよ』

 頭を抱えるのをやめ、ミィは立ち上がった。
 すっくと真っ直ぐ立ち上がるその姿は、迷いを断ち切ったように見えた。
 昔からであるが、彼女の切り替えの速さは、シルフィにはないものだ。
 自分ではこうはいかないかもしれないと、シルフィは少しそれを羨ましく思った。

『じゃあ、ちょっと彼の夢に入って話をしてくるね』

 迷いは断ち切ったとはいえ、多少の恐怖があるのだろう。
 少し声が震えている。
 けれども、それ以上に望みを絶対に叶えるんだ、という意志の強さも感じさせた。
 ミィは太一の前にしゃがむ。そっとその小さな手で、太一の額に触れた。

『……聞こえてるかな? ボクを覚えてるかい? ボクはミィ……ううん、土のエレメンタル・ノーミードだよ』
+注意+
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