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ココロを得た機械

作者: 宮本紅葉
掲載日:2011/07/09

「やっと……完成した……!」

 人工知能を搭載した人型ロボット――いや、これは人間だ。

 一人の少女なんだ。

 私が十年以上かけて生み出した、私だけの……

 私の人生のパートナー、私の理想の女性が完成した……!


 私は自分の家をひとつの世界にする、ということを考えついた。

 私が高校一年生の頃の話だ。

 自分の家に世界を創る――私たちの家となる部屋、その世界の街を映しだす部屋。

 私の理想の世界が、完成していた。

 しかし、どうしても足りなかった。

 私の理想の女性が、いなかった。


 私は人工知能を搭載したロボットを作り、私の理想の女性を生み出すことにした。

 十年以上をかけ、完璧な女性を生み出すことができた。

 あとは、このスイッチを押すだけで、私の世界が始まる――

「はじめまして、よろしくな。夏希」

 私は世界を始動させた。


 私は夏希とともに、人生を歩んできた。

 普通の人間と同様に――いや、それ以上に接してきた。

 しかし、私が求めた『完璧』は訪れなかった。


 夏希は、私を愛してはくれなかった。


 やはり、夏希はロボットなのだ。人を愛する、ということを知らない。

 それは、いくら人工知能が優秀でも、仕方が無いことなのだ。

 それでも私は夏希との日々を大切に過ごした。

 夏希が愛してくれなくても、私は夏希を愛していた。

 

 数年が過ぎ、数十年が過ぎ――

 私は一歩も私の世界の外を見ないで生きていった。

 

 私が七十歳を過ぎたある日。

 夏希はずっとあの時の姿のまま、私と一緒に生きていた。

 夏希が突然落ち込んだ。

 いつも私が泣けば一緒に泣いてくれ、私が喜べば一緒に喜んでくれたのに、今は一人で考え込んでいる。 

 数十年一緒に生きてきたが、こんなことは初めてだった。

「どうした、体の調子でも悪いのか?」

「ううん、そうじゃない……」

 私はずっと夏希を人間として見てきた。

 夏希は日を重ねるごとにひとつ、またひとつと人間らしいことをして、人間になっていった。

 しかし。

 動きや考えがどれだけ人間のようになっても、気持ちが芽生えることはなかった。

「あなた、変わったよね」

「変わった、というと?」

「頭も白くなってきたし、昔みたいに体も思うように動いてないみたい……」

 最近夏希は、少し言葉に『気持ち』がこもってきたようだった。

「ああ。夏希、これはな。老化、というんだ」

「老化……?」

「ああ。老化だ。みんな年をとるんだよ」

 夏希は年を取らない。

 あれから数十年が経ったが、まだ十六歳の高校生のままだ。

「私は……なんで年を取らないの?」

「特別だからさ。夏希は、特別な存在だからだ……よ……」

 私はそのまま床に倒れた。

「夏希……救急車を……呼んでくれ……!」

「うん、わかった」

 私は今になって初めて、夏希に外の世界を見せてやると決心した。

 私はもうそんなに長くないと悟ったから。


 病院で余命一ヶ月と宣告された。

 私は今になって気がついた。

 私が死んでも、夏希は永遠に生き続ける。

 いつまでもいつまでも生き続ける。

 私の少年期のように、どんなに嫌なことがあってどんなに死にたいと願っても、生き続けるのだ。

 私はベッドのそばに夏希を呼んだ。

「どうだ、初めての世界は?」

「不思議なところだね」

 私はいつものように笑顔を見せてくれる夏希の顔を見て、本当のことを伝えると決心した。

 いままで夏希には、夏希は人間だと言ってきた。一度も夏希がロボットなんて、言ったことがなかった。

 しかし、私が死んだ後、人として生きるのは、感情を持たないロボットにとっては酷いことだ。

「夏希、実はな……」

「どうしたの、あなた」

「俺はもうすぐ死ぬみたいだ……」

「死ぬ……?」

 夏希は、人が死ぬ、ということすら知らない。

「そう、もう会えなくなってしまうんだ」

 夏希は私の話を、笑顔で聞く。

「でも夏希は死なない。夏希は、ロボットだからだ」

「ロボット……?」

「ああ、私が作ったロボットなんだ」

 夏希は考えているようだった。なにを考えているのかは、私にはわからない。

「あはは、冗談下手だよ。もっと分かりにくい冗談言わなきゃ……」

「冗談なんかじゃない! 私が死んだ後、夏希は一人になってしまう。だから、本当のことを伝えておきたかった。いままで、本当にすまなかった……」

 曇った顔になった夏希を見て、私は後悔した。

 私の欲求を満たすために、夏希を生み出したこと。

 夏希を一人残して旅立たなければいけないこと。

「私……一人……?」

「ああ。本当に、すまない……」

「一人……あなた、いない……?」

「ああ。私はいない」

「私、一人……あなたと……会えない……一緒に……生きてけない…………」

「すまない、本当にすまない……」

 夏希が小刻みに震えだした。

 こんなことは初めてだった。

「私……私……私は死なない……? ずっとずっと、一人……」

 私は震える夏希の手を握ることしかできなかった。

 その手は、熱かった。

「私……私…………!」

 私に握られた手に力が込められる。

「私……! 私…………!」

 目を強くつぶって、ガタガタと震える。私は手を握ることしか出来なかった。


「寂しい…………!」


「寂しい……私、一人……寂しい……!」

 強くつぶられた夏希の目から、涙が流れた。

「今まで楽しかった……一人ぼっち……やだ……!」

 夏希の頬を涙が伝う。

 人工知能を持ったロボットが、本当に一人の人間へと変わった瞬間だった。

「寂しい……寂しい……! やだ、やだやだやだ!」

 夏希は泣き続けた。いままで泣けなかった悲しみを一気に放出するように泣いた。 

「本当に、ごめんな……」

 私の意識が薄れゆく。

 死にゆく私の傍らで泣き続ける夏希。

「私を一人にしないで……! 私もついて行かせて……!」

「今の夏希なら……一人でも大丈夫さ……」

「だめ、勝手に行かないで! 私を放っておかないで……!」

「ごめんな……いままでありがとなぁ、夏希っ…………」

「いや、いやあぁぁぁぁ……」

 私の心拍数が0になり、警告音を発する機械。

 しかし、それをも聞こえなくするほどに夏希は泣く。

「寂しいの……やだ…………」

 私の手が持ち上げられているようだ。しかし、目が開けられない。

 私は天に昇り始めた。

 私の手を、夏希は自分の胸に当てていた。

「寂しいの……やだ……!」

 私の手をよりいっそう強く自分の胸に押し付ける。

『自爆プログラム起動まであと五秒』

 自爆プログラム――夏希にいつか本当のことを話し、夏希がいつまでも生き続けるのを拒んだ場合、私が夏希とともに散るために作った。

『四』

 しかし、そうなる前に私は夏希を置いて旅立ってしまった。

『三』

 夏希は寂しさに耐え切れず、自分でこのシステムを起動させることを選んだ。

『二』

 自ら命を絶つ、ということを夏希にはさせたくなかった。

『一』

 しかし、霊体となってしまった私にはどうすることもできない。

『自爆プログラム起動。自爆まであと十秒』

 すべては私のせいだ。

 私がこんなことをしなければ……

 夏希を生み出さなければ……!

『五秒前』

 夏希は悲しまなかった。

『四』

 夏希は寂しがらなかった。

『三』

 でも、夏希に思い出をあげることもできなかった。

『二』

 夏希に寂しいという気持ちを教えることもできなかった。

『一』

 私とともに過ごした日の思い出を、夏希に教えてあげることができた。

「ありがと……私を産んでくれて、ありがと……」

『零』

「今行くからね……」

 夏希は私の後を追って、天に昇り始めた。


「あなた!」

「夏希!」

 私は本当に人間の体を得た夏希と再開した。

 そのとき見せてくれた笑顔は、ずっと一緒にいた私が知らないほど美しいものだった。

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