ココロを得た機械
「やっと……完成した……!」
人工知能を搭載した人型ロボット――いや、これは人間だ。
一人の少女なんだ。
私が十年以上かけて生み出した、私だけの……
私の人生のパートナー、私の理想の女性が完成した……!
私は自分の家をひとつの世界にする、ということを考えついた。
私が高校一年生の頃の話だ。
自分の家に世界を創る――私たちの家となる部屋、その世界の街を映しだす部屋。
私の理想の世界が、完成していた。
しかし、どうしても足りなかった。
私の理想の女性が、いなかった。
私は人工知能を搭載したロボットを作り、私の理想の女性を生み出すことにした。
十年以上をかけ、完璧な女性を生み出すことができた。
あとは、このスイッチを押すだけで、私の世界が始まる――
「はじめまして、よろしくな。夏希」
私は世界を始動させた。
私は夏希とともに、人生を歩んできた。
普通の人間と同様に――いや、それ以上に接してきた。
しかし、私が求めた『完璧』は訪れなかった。
夏希は、私を愛してはくれなかった。
やはり、夏希はロボットなのだ。人を愛する、ということを知らない。
それは、いくら人工知能が優秀でも、仕方が無いことなのだ。
それでも私は夏希との日々を大切に過ごした。
夏希が愛してくれなくても、私は夏希を愛していた。
数年が過ぎ、数十年が過ぎ――
私は一歩も私の世界の外を見ないで生きていった。
私が七十歳を過ぎたある日。
夏希はずっとあの時の姿のまま、私と一緒に生きていた。
夏希が突然落ち込んだ。
いつも私が泣けば一緒に泣いてくれ、私が喜べば一緒に喜んでくれたのに、今は一人で考え込んでいる。
数十年一緒に生きてきたが、こんなことは初めてだった。
「どうした、体の調子でも悪いのか?」
「ううん、そうじゃない……」
私はずっと夏希を人間として見てきた。
夏希は日を重ねるごとにひとつ、またひとつと人間らしいことをして、人間になっていった。
しかし。
動きや考えがどれだけ人間のようになっても、気持ちが芽生えることはなかった。
「あなた、変わったよね」
「変わった、というと?」
「頭も白くなってきたし、昔みたいに体も思うように動いてないみたい……」
最近夏希は、少し言葉に『気持ち』がこもってきたようだった。
「ああ。夏希、これはな。老化、というんだ」
「老化……?」
「ああ。老化だ。みんな年をとるんだよ」
夏希は年を取らない。
あれから数十年が経ったが、まだ十六歳の高校生のままだ。
「私は……なんで年を取らないの?」
「特別だからさ。夏希は、特別な存在だからだ……よ……」
私はそのまま床に倒れた。
「夏希……救急車を……呼んでくれ……!」
「うん、わかった」
私は今になって初めて、夏希に外の世界を見せてやると決心した。
私はもうそんなに長くないと悟ったから。
病院で余命一ヶ月と宣告された。
私は今になって気がついた。
私が死んでも、夏希は永遠に生き続ける。
いつまでもいつまでも生き続ける。
私の少年期のように、どんなに嫌なことがあってどんなに死にたいと願っても、生き続けるのだ。
私はベッドのそばに夏希を呼んだ。
「どうだ、初めての世界は?」
「不思議なところだね」
私はいつものように笑顔を見せてくれる夏希の顔を見て、本当のことを伝えると決心した。
いままで夏希には、夏希は人間だと言ってきた。一度も夏希がロボットなんて、言ったことがなかった。
しかし、私が死んだ後、人として生きるのは、感情を持たないロボットにとっては酷いことだ。
「夏希、実はな……」
「どうしたの、あなた」
「俺はもうすぐ死ぬみたいだ……」
「死ぬ……?」
夏希は、人が死ぬ、ということすら知らない。
「そう、もう会えなくなってしまうんだ」
夏希は私の話を、笑顔で聞く。
「でも夏希は死なない。夏希は、ロボットだからだ」
「ロボット……?」
「ああ、私が作ったロボットなんだ」
夏希は考えているようだった。なにを考えているのかは、私にはわからない。
「あはは、冗談下手だよ。もっと分かりにくい冗談言わなきゃ……」
「冗談なんかじゃない! 私が死んだ後、夏希は一人になってしまう。だから、本当のことを伝えておきたかった。いままで、本当にすまなかった……」
曇った顔になった夏希を見て、私は後悔した。
私の欲求を満たすために、夏希を生み出したこと。
夏希を一人残して旅立たなければいけないこと。
「私……一人……?」
「ああ。本当に、すまない……」
「一人……あなた、いない……?」
「ああ。私はいない」
「私、一人……あなたと……会えない……一緒に……生きてけない…………」
「すまない、本当にすまない……」
夏希が小刻みに震えだした。
こんなことは初めてだった。
「私……私……私は死なない……? ずっとずっと、一人……」
私は震える夏希の手を握ることしかできなかった。
その手は、熱かった。
「私……私…………!」
私に握られた手に力が込められる。
「私……! 私…………!」
目を強くつぶって、ガタガタと震える。私は手を握ることしか出来なかった。
「寂しい…………!」
「寂しい……私、一人……寂しい……!」
強くつぶられた夏希の目から、涙が流れた。
「今まで楽しかった……一人ぼっち……やだ……!」
夏希の頬を涙が伝う。
人工知能を持ったロボットが、本当に一人の人間へと変わった瞬間だった。
「寂しい……寂しい……! やだ、やだやだやだ!」
夏希は泣き続けた。いままで泣けなかった悲しみを一気に放出するように泣いた。
「本当に、ごめんな……」
私の意識が薄れゆく。
死にゆく私の傍らで泣き続ける夏希。
「私を一人にしないで……! 私もついて行かせて……!」
「今の夏希なら……一人でも大丈夫さ……」
「だめ、勝手に行かないで! 私を放っておかないで……!」
「ごめんな……いままでありがとなぁ、夏希っ…………」
「いや、いやあぁぁぁぁ……」
私の心拍数が0になり、警告音を発する機械。
しかし、それをも聞こえなくするほどに夏希は泣く。
「寂しいの……やだ…………」
私の手が持ち上げられているようだ。しかし、目が開けられない。
私は天に昇り始めた。
私の手を、夏希は自分の胸に当てていた。
「寂しいの……やだ……!」
私の手をよりいっそう強く自分の胸に押し付ける。
『自爆プログラム起動まであと五秒』
自爆プログラム――夏希にいつか本当のことを話し、夏希がいつまでも生き続けるのを拒んだ場合、私が夏希とともに散るために作った。
『四』
しかし、そうなる前に私は夏希を置いて旅立ってしまった。
『三』
夏希は寂しさに耐え切れず、自分でこのシステムを起動させることを選んだ。
『二』
自ら命を絶つ、ということを夏希にはさせたくなかった。
『一』
しかし、霊体となってしまった私にはどうすることもできない。
『自爆プログラム起動。自爆まであと十秒』
すべては私のせいだ。
私がこんなことをしなければ……
夏希を生み出さなければ……!
『五秒前』
夏希は悲しまなかった。
『四』
夏希は寂しがらなかった。
『三』
でも、夏希に思い出をあげることもできなかった。
『二』
夏希に寂しいという気持ちを教えることもできなかった。
『一』
私とともに過ごした日の思い出を、夏希に教えてあげることができた。
「ありがと……私を産んでくれて、ありがと……」
『零』
「今行くからね……」
夏希は私の後を追って、天に昇り始めた。
「あなた!」
「夏希!」
私は本当に人間の体を得た夏希と再開した。
そのとき見せてくれた笑顔は、ずっと一緒にいた私が知らないほど美しいものだった。