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墓石に座る酔狂な幽霊

作者: 狩人二乗

ホラーかコメディーか文学かで迷いましたが、一応ジャンルは文学に落ち着きました。

「君は私の姿が見えているのかい?」

 目の前で墓石に座る白い死装束を着た女性は、ひょうたんに入った酒らしきものを飲みながら若干赤らめた顔で僕に聞いてきた。

 それを聞き、僕は「はい?」と理解不能ながらも答える。

 満月の光りが映える墓地。墓石という墓石が隣接し、花畑とは似ても似つかない程荒れ果てた場所。地面を見渡す限り雑草だらけで、見れたものじゃない。この墓地には固定客ならぬ固定参拝者が居ないことが容易に知れた。

「ハッハッハ、質問が悪かったかね。それとも私が悪かったのか。でもね、君。「はい?」じゃないよ「はい?」じゃ。何だい君。何がしたいんだい」

 ひょうたんの中身が酒だと予測できたのはただ単純に黒髪をなびかせる彼女が酒臭かったからに相違ない。故に、肌が白く、全体的に細く、僕を含めた見る者全てを魅了するような美貌が完全に台なしとなっている。豪快に「ゴキュッゴキュッゴキュップハアッ」という擬音を墓地に響かせて酒を飲みながら、尚も目の前の彼女は聞いてきた。「質問し直させてもらおう。君はこの場所に何をしにきたんだい。今までにこの場所に来る奴らは、酔狂なオカルトマニアか、もしくはこの場所の噂を聞いた奴だけだったよ。それが君と来たら、私を見ても何も反応しない。私が変な質問をしたのも悪かったけどね。「ギャーモノホンのレイユウじゃん!」とか「ハアハアハア幽霊ちゃんテラカワユス」とか言うことは色々あるだろう」

「なんで事例を挙げるのに一昔前の業界人とマンガ描くのが上手い女性タレントに限定しちゃったんですか」

 目の前で依然酒を飲み続ける彼女は男性の平均身長前後の僕の身長と同じくらいの高さを誇る白い墓石に座っていたので、彼女を見る為には僕は斜め上を見なければならない。満月の光りを背景に見える彼女の姿形は、酒さえ飲んでいなければ完璧としか言えない程美麗だった。

 その彼女に向けて。

 僕は、言う。「貴女はもしかしてもしかすると、その、幽霊……なんですか……?」

「まあ、そうだね。そうともいえるし、そうともいえない」

「結局どっちなんですか」

「ハハハ。正直なところ、私にもわからないんだよ。青信号の横断歩道を渡っていたら、信号を無視したトラックが私の元へ猛スピードで走ってきてね。ああ私は死ぬんだなと思った瞬間、そのトラックがトランスフォームしたんだ」

「何の思い出話ですかそれは」

「超合金だったよ……」

「そうですか」

 僕はため息をつきながら彼女の話を聞き流す。その様子を見た彼女は、「ほう。君は全く驚かないんだね。私が逆に驚くくらいだ」と言ってまた酒を飲んでいた。「君は一体何の用があってここに来たんだい?私の正体を知っても驚かないってことは……ひょっとして、君はエクソシストか何かかな」

「違いますよ。僕は左手に何も寄生させていませんし、尻尾を隠したりもしていません」

「ほほう。なかなかな漫画を読んでるね、君は。そうか、少年漫画かい。ちょっと意外だね」

 まあいいか。そんなことはどうでもいいね。

 彼女はそう言うと僕に笑いかけた。今まで少しだけ強張っていたように見えた彼女の顔が弛緩する様子を見て、見惚れて、一瞬たじろぐ。僕のそんな姿を見て、彼女は「ハハハハハ」と大きな笑い声をあげていた。

「さて。そろそろ本題に戻ろうか」彼女は言う。

「そもそも本題なんかあったんですかね」僕は返す。

「何を言うかね。お互い素性が知れた身だ。なにをかいわんや、という言葉で話を進めてもいいだろう」

「貴女が幽霊みたいな存在だということはわかったつもりですけど、まだ僕の方の素性はさらしてませんよ」

「ふっふっふー。残念ながらね、君。私には全てが見えているのさ」

 これから街中を歩いたら確実に痛いようなゴージャスな衣装を着て、見えましたとか言って君の素性をあばいてやってもいいんだぞ、んん? 「私にはわかってるよ。君がこの墓地に、死に別れた恋人を捜しに来たということを」

「なっ」彼女の話で初めてここまで驚いた。素直に驚愕し、彼女の顔を一心不乱に見つめながら聞く。「……何で僕の願いがわかったんですか」

「ふむ。そうかいそうかい、君は私の噂を聞いてやってきた奴らの一人だったのかい。いやー、今気付いたなーアッハッハ」

「ふざけないでください」

「失敬な。ふざけてなどいないさ。一昨日くらいに墓地に来て私を観察してた奴が居たのは知っていたが、その人物が何を目的としているのかまでは知らなかっただけだよ」

「…………」

 思わず沈黙してしまった。

 そうか。彼女は僕が以前にこの墓地を出入りしたことを知っていたのか。

 彼女の言う通り、一昨日の夜の墓地には、立ち寄っていた。「噂を聞いたのは僕の恋人の小さな葬式の時です。恋人の写真の前に座ってぼうっとしていたら、ふと、誰かが話しているのを聞いたんです。「街の外れに廃れた墓地がある。夜にその墓地へ行くと、白い墓石の上に座り、酒に酔った美女が願いを一つ叶えてくれる」と」

 そう僕が言うと、「廃れていない墓地なんてないと思うけどね。いやはや、それにしてもハリウッド女優並の美女か。噂っていうのは冗長になるものだね、やはり」と彼女は満足気に頷いていた。別にハリウッドという単語は使っていないんですけどと言おうとしたが、僕はこれから彼女に願いを叶えてもらう身だ。今までは彼女の微妙に高いテンションについていけなかったせいで失礼な物言いをしていたが、そろそろ気をつけないと。

「改めて、話をさせてください幽霊さん」

「私は幽霊なんて名前じゃないよ。私の名前はマリリンさ。もしくはオードリー」

「ハリウッド女優の話を改めてする気はないんで、そのつもりで僕の願いを聞いてください幽霊さん」

お願いします。僕の恋人に会わせて下さい。僕は、彼女に言わなければいけなかったことがあるんです。

 そう、言おうとした。

 言おうとしたところを、彼女の「まあ待ちなさいな。今から君の願いを予測してみせよう。なあに、ただの余興さ。何も害はないからそのつもりで」という言葉によって遮られる。

 彼女はひょうたんの中にある酒を飲んだ。一口。一口だけ。「グビッ」という音が聞こえ、その後、静寂が夜の墓地を包む。

 彼女は目を閉じた。

 僕の喉をつばが通過する音が聞こえる。

 そして、彼女は。

「ハッハッハ。そうかいそうかい、結構因果な人生を辿ってるねえ君は」と突然言い出した。「三週間前のある日の夕方、捜索願いを出された二人の男女が川の底から引き上げられた車の中から発見された。死後数日は経っていたと判断された死体が二つ。その内の一人の服から、とある人物に向けられた遺書なる物が発見される。その遺書にはこう書かれていた。「ごめんなさい。私は彼の借金を返す為のお金目当てであなたと付き合っていたの。お金が足りなくなったので、あなたには何も言わないまま彼とこの世を去ります。ごめんなさい」。その遺書の内容を聞いた『あなた』――つまり君は、号泣し、誓ったみたいだね。恋人にもう一度逢う、と」

「……その通り、です」

 偶然なんかには考えられなかった。目の前で僕を見下ろす彼女は、口の端を歪めて「ハッハッハ」と軽快に笑う。

 ――彼女が持つ何らかの力を垣間見たのはこれで二度目だった。

 僕は見たのだ。一昨日の夜、とある男性の願いを叶えた彼女の姿を。彼女は白い光りを全身から出していた。遠目だったのでその瞬間をよく見ることは出来なかったが、その男性が顔を俯けながら墓場を去ったのは見ることが出来た。

 消えたのだ、男性が。

 一瞬だった。白い光りが輝き、何も見えなくなったと思った直後に男性が姿を消していた。恐らく、男性は願ったのだ。消えたいと。だから、幽霊さんは男性を消した。

 半信半疑だった噂を信じてみようと思った瞬間だったが、流石に怖くなって一日空けてしまったのは言うまでもない。

 更に、今さっき。

 彼女は、僕の願いを言い当ててみせた。

「何を引き換えにすれば僕の願いを叶えてくれますか」決意を固めて、僕は聞く。

「ふうむ。別に何を引き換えにというものでもないよ」

「……じゃあ、貴女は、僕の願いを叶えてくれようとしているのですか?」

「ふっふっふ。さあて、どうしたものか」

 いやね、面白いんだよ。君が君の恋人に何を言おうとしているのかはわかっている。ただね、面白いんだ。そう、君の願いは、面白い。「まあ、あまり意地悪をするのもよくはないだろう。感謝したまえよ。連続で誰かの願いを叶えるなど、結構珍しいことだからね」

 言うと、彼女は。

 ひょうたんの先に口をつけ、再び目を閉じた。

 僕は段々と気持ちが高揚してくる。二度と会えないかもしれないと悟った彼女。金の為に弄ばれ、その上勝手に死なれた彼女。彼女に、僕は、言わなければならないことがあるんだ。

 やがて、目の前に居る彼女の体が光り始めた。白く優しい光り。その光りが彼女の元を離れ、彼女が座る墓石の横にゆっくりと収束する。

 その光りは。

 僕の恋人の姿を模していた。

『えへへ。久しぶり』

「……ああ」紛れもなく恋人の口調。恋人の声。僕は二の句が継げなくなった。なったけど、彼女に言葉を伝える為、僕は何とかして口を動かすことに成功する。「僕は、貴女に言わなきゃいけないことがある。それを言わなきゃ、駄目なんだ」

『……それは、何?』

 彼女の声がかすれて聞こえる。どうやら白い光りで形成された彼女の体に実体はないようだ。構わない。そんなことは、構わない。僕は言い続ける。言葉を紡ぎ続ける。

「僕は、前から不思議に思ってた。なんで貴女は僕なんかと付き合ってくれるのかって」

 でも、薄々わかってた。家からお金が無くなってたことが多々あったから。貴女の遺言を聞いて、僕は納得した。貴女が金目当てで僕と付き合っていたことを。「だから僕は納得したんだ。僕と貴女は、本当だったら付き合ってはいけないから。――だって僕は、女だから」

 僕は自分の躯を触ってみた。胸も、股間も、声の高さも。なにもかもが男性とは違うもので、僕は僕の姿を見る度触る度に泣きたくなった。

 何故なら、僕は。

 女の人しか愛せないから。

『……そうだね』僕を唯一受け入れてくれた彼女は言う。『でもね、悪いのは私。私だけ。貴女を今まで騙して、勝手に死んだ私が悪いの』

 僕は、そんなことないよ、と彼女に言いたかった。その一言をいえれば、僕は満足出来た。

 しかし。

 それを言うことは出来なかった。


『私は、貴女を殺したから』


 と。

 彼女が続けたからだった。

『私と一緒に死んでくれた彼はね、本当だったら私と心中する気なんてなかったの』

 だって。

 彼が好きだったのは貴女だったから。『彼は心中するなら私とじゃなく貴女としたかっただろうし、そもそも彼は心中する気なんて毛頭なかった。でも彼は死んだ。何でかわかる? 私が殺して、心中に見立てたからなの』

 白い光りが全身から溢れ出る彼女が何を言っているのかわからなかった。何なんだ。彼女は何を言っているんだ。僕は何かを見落としているのか。彼女は、何をしでかしたのか。

「因果な人生だよねえ、君は」墓石の上に座る幽霊は、僕に言う。その表情は、明るく輝いていた。「いや、君達二人、というべきかな。一人の女は金を引き換えに女と付き合った。しかし女は一人の男を好きになった。その男は、女しか愛せない一人の女を好きになった。――そして女は、女しか愛せない一人の女を殺し、心中に見立てて男を殺した」

 どうして君は、小さな葬式――血縁関係の者しか集めないような葬式に入ることが出来たんだい?

 どうして女の恋人なんて間違いなく思われないだろう君が、警察の極秘の資料であろう遺書なんかを見ることが出来たんだい?

 どうして、君は。

 幽霊である私の姿が見えるんだい?

「――私はね、昨日、ある男の身の上話と願いを聞いてやったのさ。不敏な人生と、「殺された身だけど、俺が好きだった彼女にもう一度だけ会いたい」という願い。私は男の願いを叶えてやろうと白い光りを出したら、すぐ近くに男の願いの対象である女が居たのさ。骨折損のくたびれ儲けとはまさにこのことだと思ったね」

 墓石の上に座る彼女がひょうたんの中の酒を飲むと、僕の前にあった白い光りが消えてなくなった。自然、目の前の彼女の姿が見えなくなる。彼女は最後に、「ごめんね」と口を動かしたように見えた。ずっと会いたかった彼女が消えても、何故か心残りはなかった。その代わり、心臓に空洞が出来たような感覚に襲われる。

 僕は。

 既に。

 死んでいた、ようだ。彼女と同じように。彼女の恋人だったと思っていた、あの男の人のように。

「……彼女は、どこに」

「あいつは地獄に行ったよ。一生かけても償えない罪を背負った奴は、死んでからも償い続けるしかないからね」

「そう、ですか」

「ああそうさ。さて、と。問題は君だね」僕の方を見て、真剣な表情になった彼女は言う。「君を好きになった男は成仏した。願いが叶って、満たされたから。だけど、君の場合、願いが叶っても成仏出来ないようだ。自分が死んだっていう感覚のない奴はたいていそうなんだけど、はてさて、君はこれからどうする?」

「どうするって、何がですか」

「君が選ぶ道は二つある。一つは天国に行く選択。もう一つは地獄に行く選択」

「……成仏出来ないのに天国に行くことは出来るんですか」

「出来るよ。空に向かってずーっと飛べば、いつの間にか天国に行ってる。成仏っていうのは突発的に天国に行く行為だけのことをいうから」

 その場合逆もしかりだね、と彼女は言う。それを聞いて、僕は疑いながらも納得せざるを得なかった。

 僕が選べる選択は二つ。

 天国か、地獄か。

「片方を選べば好きでもない男と至福の時間を過ごすことが出来る。片方を選べば好きな女と絶望の時間を過ごすことが出来る。どっちにしたってきついことは確かなんだが、君はどっちを選ぶんだい?」

 目の前の幽霊が僕の決断を催促する。幽霊は笑っていた。究極の選択に悩む僕を見て嘲笑っているように見える。豪快で酒乱で美しい幽霊は、僕の苦しむ姿を見て笑っていた。

「幽霊さんって、意外と意地が悪い性格をしていたんですね。わかりませんでした」僕は侮蔑を込めた言い方で言う。

「ハッハッハ、今更気付いたのかい君は。ううむ、でもね、気付いただけでもいい方だね。昨日の男は最後の最後まで私の本性とやらに気がつかなかったし」

「……あんまりあの人のことを悪く言わないでください」

「お、お、お? その言い方からすると、もしかして君は決めたのかね? 天国へ行くか、地獄へ行くか」

「はい。決めました」

 僕は思い出す。今まで感じていたことを。今まで感じ得なかったことを。今まで忘れていたことを。

 僕が好きだった彼女の真実。彼女が好きだったあの人の真実。中心に居たのは彼女ではなく、実は僕だったという真実。

 ――彼女が、僕とあの人を殺したという事実。

「最後に一つだけいいですか」僕は彼女に聞く。

「なんだね。言ってみなさい」

「貴女は結局、何なんですか?」

「……はっはっは」彼女は笑って、笑った。「私は単なる浮遊霊さ。他の霊よりかは少しだけ高尚な浮遊霊。私は死んだ奴の願いを叶えるだけ。死んだ奴の一生なんぞ知る力なんてない、単なる浮遊霊」

「そうですか」

 彼女の正体を聞いた途端、僕は何故だかわからないが思い出した。僕が好きだった彼女が、僕を殺す瞬間――ナイフで僕の心臓を一刺しした瞬間の彼女の顔。彼女は、「ごめんね」と口を動かしながら、笑っていた。幸福の絶頂にあると言わんばかりに笑っていた。

「一応礼を言っておきます。ありがとうございました」彼女に向かって言う。

 彼女はひょうたんの中にある酒を飲んでおり、僕の選択なんて全く興味を持っていないようだった。

 選択。

 僕の選択。

「僕は、彼女の元へ行く。だって彼女は、僕を――」

 そうして僕は、地面に沈んだ。沈んで、沈んで、沈んで、沈む。

 見渡す限り、闇。

 そして、赤。

 その先にあるのは――。




「ふう。まあ、こうなるか、そりゃあね」

 闇夜に浮かぶ満月の光りに照らされながら、墓石に座る女――幽霊は呟いた。誰も居ないその墓地で、幽霊は酒を飲み、黄昏れる。酒に酔った様子は幽霊にない。どれだけ飲んでも、幽霊は酒に酔わないようだった。「馬鹿な奴だよ。どう考えたって男の元へ行った方が身の為なのに」

 でも、しょうがないのかもしれないねって気持ちはあるよ。だって君は、あの女からしか大切にされなかったらしいから。「女しか愛せない女の過去。あの男から聞いたのを回想するのは、ちょっと遠慮させてもらうとしよう」

 幽霊はひょうたんを満月の空にかざす。美しく光る満月はひょうたんに隠れて見えなくなり、ひょうたんには影が出来る。幽霊はそれを眺め、苦笑し、やがて諦めたようにひょうたんの先を口に持っていった。

 ――しかし。


「ありがとね、私の願いを叶えてくれて」


 ひょうたんの中身が幽霊の口の中に到達する前に、墓場に声が響いた。張りのある、女性の声。幽霊はその声を知っている。その声の主を知っている。「これまたお早い再登場だね。――君は私の姿が見えているのかい?」

「見えてるに決まってるでしょ。だって私は死んで幽霊になってるんだから」

「私が君の姿を映していた時、君はどこにいたんだい?」

「このしみったれた墓場の隅の隅よ。あの糞ビッチが騙されたと知らないまま地獄に行く瞬間を見たかったんだもの」

 と。

 墓場に現れた彼女――一人の女を殺し、一人の男を心中に見立てて殺した女は、醜く笑いながら幽霊に言う。

 彼女の服には赤い染みがついていた。ラフなスタイルの服装には血の跡が残っている。彼女は、墓石に座る幽霊を思いきり見上げ、短く整えられた髪を風がなびくのを押さえながら、「でも、まさか天国や地獄に行くのがあんなに簡単だったとはね。知らなかったわ」と幽霊に言う。「だったらあんな場所で恥ずかしい謝罪なんてするんじゃなくても、ちょっくら天国行ってから――私の姿を映してもらってもよかったじゃない」

「そうともいえるね」

「そうとしかいえないわよ」

 はあ。

 でもまあ、いっか。「だって私は、あの女を地獄におとすことが出来たんですもの。当然よね。地獄におちて当然よね。だってあの女は、私が好きだなんて糞ダルマみたいなことを言ってたくせに、あの人に好かれるなんて最悪最低にドン引きなことをしでかしたんだもの。アハハ! アハハ! アハハハハ! 今思い出しても爆笑出来るわーあの女自分が騙されたとも知らずに地獄に行ったんだものそこには誰も居ませんよーあんたを虐める悪い人達しか居ませんよーってか!」

「……君、意外と叫ぶんだね。どうしたんだい。さっきは『えへへ』とか可愛い感じの挙動をしてたじゃないか」

 女の狂いっぷりに若干、というよりかは、完全にひいてしまった幽霊は、興ざめと言わんばかりに指摘する。

「ああ、あんなのね、フリよフリ」対して、女はにこやかに笑った。「ああいう感じに愛想振り向いてりゃ誰だってコロッといくもんなのよ。なのにコロッといったのはよりにもよってあの女。ムカついたわー、人生をコロッとさせてやったから何も言うことはないけれど」

 あ、そっか。人生だけじゃないんだ。死後の世界でも、私はあいつをコロッとしてやれたんだ。「へえ。なにげに愛想振り向くのも悪くはないわね。あんなんであいつが地獄行きになったのなら清々するわ。いっそ清々しい! ……なーんてね、えへへ! えへへへへ、えへへへへ!」

「…………」

 幽霊は苦笑するしかなかった。せめて気を紛らわせようとひょうたんの中身を見たら、そこには――満たんに酒が入っていた。幽霊は、「ああそうか。一応願いを叶えてやったからかね」と小さく呟き、一口、飲む。

「さってと、ありがとね幽霊さん」女はひとしきり笑うと、綺麗な笑顔で幽霊に言う。「私の大好きなあの人が成仏する前に言った願いを聞いた時はどうしようかと思ったけれど、そのすぐ後に私の願いを聞いてくれて助かったわ。あの女なんか逃げてたしねププー今思い出しても爆笑ー」

 ――そう。

 女は二日前、男が成仏する場に立ち会っていたのだ。今しがた地下の地下へと沈んでいった何もしらない女の反対側に、嘲笑する女は居た。男の願いの内容を聞いた瞬間、殺意が沸いたが、願いを叶えてくれる幽霊が自分の存在に気付いたおかげで、女は女の願いを叶えようとした。

 その内容は――『私の大好きな人をたぶらかしたド腐れ女を騙して、地獄行きにして欲しい』というもの。

 そうして、幽霊は。

 白い光りで女の姿を遠くから映し出すという行動をし、二人の女の願いを叶えた。

「ちなみに聞かせてもらおうか」酒を十分に飲んだ幽霊は聞く。「君は、地獄か天国、どちらに行くつもりなんだい。もう決まってるかい?」

「はっ、そんなの決まってるに決まってるでしょうがバーカ。私が行くのは、当然、天ご」

「――まあ、君が行くのは地獄だと決まってるに決まってるに決まってるんだけどね」

 女が、「へ?」と反応した時にはもう既に遅かった。

 幽霊の全身から白い光りが浮かび上がり、その光りが幽霊から離れ、一瞬にして女を包む。「な、あ、え! 何なに何なに何! 何なのよこれ、どういうことよ!」

「……はあ。少しの間だけでいいからその口を閉じていてくれないかな」光りにまとわりつかれて焦る女に、失笑を浴びせる幽霊。「流石の私も、ここまで白けさせられると勘忍袋の緒が切れた。最初からこうするつもりは正直なかったんだが、君はもう、とっとと地獄に堕ちてくれ」

「ど、どういう意味よ! テキトーに浮かべば天国に行けるんでしょ! あの、忌ま忌ましい糞生意気な糞僕っ娘は、自分から地獄に堕ちたんじゃないの!」

「ははっ。君は馬鹿なんじゃないのかな?」

 誰が最初から最後まで嘘をついていないと言ったんだい?

 なんで私が、何の利益もなしに君の願いなんか叶えなくてはならないんだい? 「言っただろう。言った筈だよ。私は、意地が悪い性格をしているんだ」

「そ、そん、な、そんなの反則でしょうがあああああ!」

 女が顔を黒々しく歪め、白い光りが墓地全体を包む。

 女の姿と、阿鼻叫喚の叫びは。

 一時だけ墓場を蹂躙し、やがて二度と聞こえなくなった。

「幽霊が天国に行く為には、成仏するか――現世とあの世を橋渡し出来る力を持つ私の了承を得ないといけないんだよ」

 その逆も、またしかりだね。

 幽霊はひょうたんに入っている酒を、目を細めて眺める。その酒は彼女――幽霊にとっての労働の対価であり、故に、誰かの願いを叶えるか――誰かをあの世に送り届けた場合、満たんになるという代物だった。

 なので、今。

 幽霊の手元には、酒が大量に入ったひょうたんが一つ。

「ははは。いやはや、良い行いをした後の酒は、また格別だね。あの気持ち悪い女を騙す為にあの純真無垢な奴を騙してしまったのには少し罪悪感が芽生えるが、帳消しでいいだろう。いい筈さ」

 幽霊は笑い、地面を見つめた。あと少ししたらあの女がやって来るであろう地面を。地獄に堕ちることが出来ず、途方に暮れた女の登場を、幽霊は待つ。

 その時に言う台詞は、もう思い付いている。

 ――幽霊は。

 夜の墓場の風情を楽しみながら、ゆっくりとその台詞を暗唱する。

「君は私の姿が見えているのかい? ――今から君の願いを叶えてやろうかな。言っただろう。言った筈だ。感謝しなよ、連続で私が願いを叶えさせてやるのは珍しいことなんだ。――だから、君に今からあの女の姿を見させてあげよう。ほんの数分前に言っていた、女の全てを映し出してあげるとするよ」

 そして、考えるんだ。

 天国か地獄か。

 ここまでお膳立てをしてやったんだよ、私は。

 どちらを選べばいいかなんて一目瞭然な問い掛け。

 ――でも、もし、通常なら有り得ないような選択をしたとしても。

 私はそれを、笑いながら叶えてあげよう。

 だって私は、意地が悪い性格をしているのだから。

「でもねえ。ここまでしてやったのに地獄に行かれちゃあ、夜に飲む酒も楽しめなくなるかもしれないね」

「……あのう、すいません。地獄に行こうとしたんですけど、なんかマグマみたいのしか見えませんでした」

「ああ、いつの間に。ハハハ、君、それはマントルというやつだね。喜ぶがいいさ、君はついさっきまで地球の真ん中に居たのだよ」

「なんで、僕は地獄に行けなかったんですか?」

 幽霊は――

 まるで悪巧みを考えているかのような表情のまま――

 用意された台詞を、述べる。

四年ぶりに出たとある小説を読み、「僕っ娘だ! もうこれは、僕っ娘を書くしかない!」と思い立って書いた作品なのですが、なんだかプロットを煮れば煮るほどどんどん奥が深くなってしまい、折角の僕っ娘の印象が大分薄くなってしまいましたというのが、後日談というか今回のオチです。

読了、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  キャラを中心に雰囲気がうまい……だけに、以下の難点が残念です。  作品全体が仕掛のための仕掛にふりまわされ、小説としては前半で読めなくなりました。  地の文の視点がしばしば混乱する上に「…
[一言] どーも、栖坂月です。 相変わらず台詞回しが上手いですなぁ。軽妙であり巧妙、どんな話でも生き生きしています。 SF企画では読めないのかなぁと思ったりもしたんですが、受験生だそうで。うん、専念し…
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