第三十話 冒険者と誰かの未来
「——で、どうするのよ? いつまでもここにいるわけにいかないし」
全員が黙り込む中、沈黙を破ったのはルルだった。
「一番簡単なのは、ココアを殺すことだけど……」
ルークの言葉に、カミラはびくりと震えて、目尻に涙を滲ませる。
「まぁ僕としてもその方法はとりたくない、できればココアちゃんは生かす方向で考えたいんだけど」
ほっと胸を撫で下ろすカミラをみて、ルーク言いづらそうにカミラへ問う。
「カミラちゃん、ココアのこと、このまま飼える?」
意地の悪い質問だった。
「それは、その……。」
カミラはココアとルークを交互に見る。
そしてルークの傷跡を見て、また目尻に涙が溢れる。
「まぁ、こんな危険なやつ飼うなんて無理よね」
問いに答えるのはルルだった。
「そうなんだよ。僕でも、捕獲どころか勝つことすらできなかった」
「ココアはもう元には戻れないんですか?」
「わからない。——ルルちゃんはどう思う?」
「んー、こうなった原因が分かれば、戻るかもしれないけど」
ルルは言葉を濁して、アイルの方をチラリと見る。
ルルは、ココアの現状について、アイルと状況が似ていると考えているのだろう。
実際、普通の動物が魔物化してしまった例があるのかどうか、その原因、異常な成長速度についてなど、調べなければいけないことが多すぎる。
それをこの場の人間だけで行うには、知識も手段も足りないものだらけだ。
「カミラちゃん、ココアと一緒に暮らすのは、もう無理かもしれないけど、ココアのこと僕に預けてくれないかな?」
「預ける?助けてくれるんですか?」
「約束は、できない。もしこのままギルドに引き渡せば、原因を探るために、殺されてしまうと思う」
似た状況にあるアイルは、ギルドに顔が利くロックの口添えと、オニキス級冒険者の監視下の元という特別待遇だ。
1匹の猫にそれと同じ待遇は期待できない。
ならば、ルークの持つ伝手はひとつだけだ。
「だから、僕の知り合いに預けてみようかと思う。信用できるかは、僕の交渉次第になっちゃうけど……」
「交渉って、まさかアイツ?」
「うん、バロウズ商会に連れていってみるよ。幸運なことに、今の僕はお金だけはたくさん持ってるからね、原因を調べてくれるかもしれない」
元々は、有り余った金を国外に持ち出してもらう交渉をするはずだったのだ。
だがその金自体を交渉材料にして、別の頼み事を聞いてくれるかどうかはわからない。
「それに、ヴェルに無茶な依頼を振ってるのはバロウズ商会だって話だし、特殊な状況にあるココアにも興味を持つかもしれない。——どうかな?カミラちゃん」
「それしかココアを助ける方法がないなら、ルークさんにお任せします」
「うん、できる限り、最善を尽くすよ。——それはそれとして、どうやって運ぼうかな」
ルークが思案していると、これまで大人しくしていたココアが急にもがきだす。
アイルが拘束を強めようとする。
「待って、アイル」
ルルが制止し、ココアの口元の拘束を解く。
ココアは横たわったまま、苦しそうにえづく。
猫が毛玉を吐き出すときの動作に似ている。
だが待てども何も吐き出すことはなく、ただただもがき苦しんでいる。
どうしていいのかわからず、一同は見守るしかできない。
番だという白猫が、不安そうにココアに寄り添っている。
「うー」
「アイルちゃん、危ないからあんまり近づかない方が」
アイルが無防備にココアの元へ歩いて行ったため、ルークが抱き上げる。
「や!やー!」
アイルが腕の中でジタバタと暴れ出してしまう。
「ルーク、行かせてあげて。悪いけどココアが暴れないように側で見ててもらえる?」
「え、いやでも……」
「大丈夫だから」
ルークはアイルをそっと地面に下ろして、傍で見守る。
そしてアイルは、いまだ苦しそうにもがくココアのお腹を小さな手で優しくさすっている。
しばらくすると、少しずつココアの呼吸が安定してきた。
「あら?アイル。あなたアイツ以外の魔力も吸えるようになったの?」
「うー?」
ココアのお腹をさするアイルに、ルルが問いかけるも、アイル自身も何が起きているのかわかっていない様子だ。
「え、アイルちゃん、魔力吸ってるの?大丈夫なの?」
「うん、ココアはなぜか体の中から魔力が溢れてきてるから、それを取り除いてあげるのは、対処法としては正しいけど」
容体が安定してきたココアは、ゆっくりと体を起こした。
そして甘えるようにゴロゴロと喉を鳴らし、お腹をさすってくれたアイルの顔をぺろりと舐めた。
突然の出来事にアイルは一瞬びっくりしていたが、敵意がないとわかると、ココアの首に抱きついて、けらけらと嬉しそうに笑いながら、顔をぐりぐりと押し付けている。
「なんか大丈夫そうね、運ぶのも大変だし、自分で歩かせましょ」
ルルがそう言うと、アイルは拘束を解き、ココアはゆっくりと立ち上がった。
そしてココアが体を伏せると、アイルはその上によじ登った。
ルークを上に乗せて走れるほどだ、アイルが乗ってもどうということはない。
はしゃぐアイルを乗せて、ココアはゆっくりと歩きだした。
3人はその穏やかな光景に、根拠のない希望を見出し、静かに見守るのだった。
——————
その後、一度カミラの家へ戻り、両親に事情を説明した。
行方不明になった猫が、巨大化してさらに魔物になってしまった、などと言う突拍子もない話を、両親はにわかには信じられないようだった。
だが、カミラの説得とルルの説明でなんとか理解してもらうことができた。
「——と言うことですので、ココアは僕が預かります。知り合いを頼って、どうしてこうなってしまったのか原因を調べてみます」
「はい、私たちでは手に負えませんので、そうしてください。それとギルドには私たちから伝えますので、わずかばかりですが、報酬を受け取ってください」
カミラの父は今回の依頼が、報酬に見合わない危険度になってしまったことを申し訳なさそうにしていた。
「いえ、猫をお返しできないのですから、報酬は受け取れません」
「いえ、そんなわけには……」
「では、その代わりと言ってはなんですが、ココアの番の白猫と、その子猫たちの面倒を見ていただけませんか?そのほうがココアも安心すると思いますので」
「それはもちろん!この子達はうちで面倒を見ます」
「そうですか、ならよかった。——では僕たちはこれで帰ります」
そう言うとルークは、庭で遊んでいるアイルとルルに声をかけた。
アイルが振り返り、ルークの元へ駆けていく。
ルルもその後を追うように飛んでくる。
「じゃあね、カミラちゃん」
「はい! ルークさん、ルルさん、アイルちゃんも……ありがとうございました!」
三人は夕暮れの街道を歩いていく。
カミラは、三人の姿が見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けた。
やがて、沈みゆく夕日の向こうへ、その姿が消えていく。
カミラはしばらくその場に立ち尽くしていた。
そして、胸の奥から込み上げてくる何かを噛みしめるように、小さく拳を握った。
「お父さん、お母さん」
「ん?」
「私、いつか冒険者になりたい」
夕暮れの空を見上げる。
その先に、三人の姿はもうない。
けれどカミラの瞳には、確かにその背中が映っていた。
——————
「ただいまーっと、今日は疲れたねー」
ヴェルの家に帰宅したらルークは、アイルをソファの上に下ろして、ぐーと伸びをする。
「……そうね」
「ん?どうしたのルルちゃん」
ルルは顔を向けずに、視線だけでルークをちらりと見やる。
「どうしたじゃないわよ。あんたの方がどうかしてるわ」
ルルの声色から、怒っているわけではなさそうだが、何か気に触ることでもしただろうか。
ルークが首を傾げて虚空を眺めていると、ルルは顔を背けて話しだす。
「——あんたさっき、死にかけたのよ。なんでそんなヘラヘラしてられるのよ。あたしが猫探しを受けようなんて言わなければ、あんなことにはならなかったのに」
ルークは自らの胸に生々しく残る傷跡を指でなぞる。
ルルはいつもの傍若無人な振る舞いとは裏腹に、今回の件については多少の責任を感じているようだった。
どうりで帰り際は口数が少なかったわけだ。
アイルもソファの上で縮こまり、心配そうにルルを見ている。
「あー、まぁ冒険者をやってれば、死にかけるのなんて日常みたいなもんだし、特に僕はね。でもさ、ルルちゃんのおかげで、僕は今生きてるんだよ」
「でも!」
ルルは振り返って怒りをあらわにする。
その目尻には小さく涙が浮かんでいる。
「それにね、何かの因果で僕が1人でカミラちゃんと出会っていたら、間違いなく僕はその依頼を引き受けるよ。そして、僕かココアのどちらかが死んでいた」
「……。」
「そんな結末に比べたら、誰も死ななかった今の状況って、とっても幸運だったんじゃないかな。だからさ、そんな落ち込まないでよ」
「落ち込んでなんか……でも、そうよね。あんたがどれだけばかで、ドジで不幸でも、あたしが治してあげれば問題ないものね」
何やらひどい言われようだが、調子は戻ってきたようだ。
「だけど、あたしのいないところで、勝手に死んだりしないでよね」
「わかったよルルちゃん、ありがとね」
「別に、あたしはあんたなんかどうでもいいけど、アイルが懐いてるし、ルークがいなくなったら、アイルが悲しむから、それだけよ」
ルルはそう言うと、アイルのうなじの中へ引っ込んでしまった。
先ほどまでは不安そうに、2人の会話を聞いていたアイルが、いつのまにかニコニコと笑みを浮かべている。
「それじゃ、ご飯にしよっか。ココア、君も食べるだろ?」
部屋の隅で丸くなるココアから返事はなかったが、ご飯という単語に尻尾がぴくりと動くのをルークは見逃さない。
夕飯の準備にキッチンへ向かうルークは、ふと今日の出来事で気になる点を思い起こす。
「そういえばあの喋る猫って、結局なんだったんだろう」
——————
ルークたちが住むフォンティアの街の上空を、一羽の鴉が羽ばたく。
(次は龍王国とは。あやつも人使いが荒い。それにしても、あのルークとかいう冒険者はうまくやってくれたようだな)
鴉は軽く羽ばたき、進路を変える。
(……龍王国)
その言葉だけを、もう一度胸の内で呟く。
一瞬だけ、鴉の羽ばたきが止まった。
(……余計なことを考えるな、私は声に従えばいい)
そう自分に言い聞かせるように、鴉は再び飛び始めた。
どんな結末が正解なのか、鴉にはわからない。
だが此度の駒は、死体をひとつも出さずにことを成し遂げた。
(この結果が、今後誰に、どのような影響を及ぼすのか、それは神のみぞ知ることだろう)
夕暮れの空に羽音を響かせる鴉は、次なる目的地へと向かう。
(それにあの少女、まさかここで会うとはな。あれも因果な女だな。まぁまた会う機会もあるだろう。その時には、この声の主について聞いてみたいものだな)




