「王太子殿下はチビだから嫌」と言った公爵令嬢が、わたくしの婚約者を奪おうとしてきます。
「貴方が、聖女になるって言ったじゃない。だから、わたくしはルデリク公爵家を継ぐ事に致しましたのに。今更、聖女が嫌ですって?」
クラウディア・ルデルク公爵令嬢は、怒りに震えていた。
このパーク王国の聖女は、魔力が高いクラウディアか、アルデリーヌ・カイド公爵令嬢の二人が候補に挙がっていたのだ。
クラウディアもアルデリーヌも、どちらも金髪碧眼の美人。
公爵令嬢として、凛とした雰囲気を持っていた。
聖女になった女性は王族として魔力が高いバルトール王太子と婚姻し、共に聖なる力でパーク王国に平和をもたらす。
それがパーク王国の古くからの習わしだった。
ただ、バルトール王太子は、背が低く冴えない黒髪の男性だった。
それがアルデリーヌは気に入らないらしい。
家の方針でバルトール王太子と婚姻し、聖女になるとアルデリーヌは宣言していた。
アルデリーヌの家、カイド公爵家と王家が話し合って一月前に正式に婚約も結ばれたのだ。
それに伴い、ルデルク公爵家のクラウディアも公爵家を継ぐ事が決定し、婿としてフェルト・カイソル公爵令息と婚約したのだ。
それなのに、今更?聖女が嫌?どういうことよ。
王立学園の廊下で、クラウディアに向かって、アルデリーヌは、
「バルトール王太子殿下は貧相なんですもの。いざ、婚約が結ばれたら、わたくし、嫌になってしまって。それに比べて貴方の婚約者のフェルト・カイソル公爵令息は、とても美男だわ。貴方が王太子殿下と婚姻して、聖女になってこの王国を守ればいいじゃない?。わたくしが貴方の婚約者のフェルトを貰ってあげるわ」
「そんな勝手な事を言わないで。婚約は家と家の契約よ。」
「貴方とわたくしの仲じゃない。幼い頃から、わたくし達は比べられてきたわ。貴方に色々と譲ってあげたじゃない」
「貴方が押し付けたのは、貴方が嫌だと思ったものばかりだわ。聖女の力を南の村で反乱を起こした民に見せて説得するためのあの旅だって、貴方、わたくしに押し付けたじゃない?貴方に最初に話があったのに」
「わたくしの家の領地の方が、南の反乱地域に近かったから。でも、貴方に譲ってあげたのよ。貴方、見事に力を見せて南の民を納得させたじゃない」
「貴方が断ったからわたくしが行って説得したのよ」
本当に頭に来た。
いつも自分の都合で、嫌な事を押し付けて来るアルデリーヌ。
南の民を説得するのは大変だった。
馬車で何日もかけて、南の村に向かい、騎士団員達に護衛されて危険な中、苦労をして力を見せて説得した。
乾ききった大地に雨を降らせ、聖女の力を南の民に見せ付けたのだ。
彼らは納得して、反乱を治めた。
今回の件だって、聖女になって、いずれ王妃になるのはわたくしこそふさわしいと、言い切ったアルデリーヌ。
それなのに、バルトール王太子との婚約が嫌になって、クラウディアの婚約者フェルトを寄越せという。
フェルトとは一月前に婚約を結んだばかりだ。
金髪碧眼のフェルトはとても紳士で、クラウディアはフェルトと婚約を結べた事を喜んだ。
クラウディアが聖女に選ばれて王家に嫁いだら、ルデルク公爵家は一族から養子をとって、家を継がせる予定だったのだ。
それをルデルク公爵家を継いで、フェルトを婿に迎えられる事を、両親もクラウディアも喜んでいたのに。
「貴方の我儘で何でわたくしが犠牲にならなくてはならないの?貴方が聖女になると決定したのだから」
「何を言っているの。あんな貧相な王太子殿下と結婚したくないわ。フェルトを寄越しなさいよ」
「フェルトは物じゃないわ」
なんでわたくしがアルデリーヌの都合に振り回されなくてはならないの?
クラウディアはアルデリーヌに、
「貴方が聖女になることは、王太子殿下と婚約したことにより、決定事項ではなくて?」
「クラウディアがどうしても聖女になりたいと言うものだから、わたくしは泣く泣く婚約解消して、バルトール王太子殿下を貴方に譲った事にするわ」
「なんて勝手なの!」
頭に来たので、
「王立学園の生徒会でこの話を致しましょう。皆が、どういうか聞いてみましょう」
アルデリーヌは、
「貴方がわたくしの為に、譲ればいいだけじゃないの」
「何でわたくしが自分の婚約者を譲らねばならないの?」
「聖女になれるのよ。王妃様になれるのよ。それを貴方に譲ってあげるの」
「だから、それは貴方に決定しているじゃないの」
「さっきから言っているでしょう。わたくし、王太子殿下と結婚したくないのよ。美男のフェルトと結婚したいの」
「ともかく、生徒会でこの話を致します。いいですわね」
翌日、生徒会でクラウディアはこの話をした。
生徒会長は貧相だと言われたバルトール王太子である。
バルトール王太子は、眉を顰めて、
「いくら私の背が低いからって、聖女になりたくないだと?アルデリーヌ・カイド公爵令嬢を呼ぶように」
アルデリーヌが連れてこられた。
アルデリーヌに向かってバルトール王太子は、
「私と結婚したくないから聖女になりたくないとはどういうことだ?」
「わたくしは美男のフェルトと結婚したいのです。ですから、クラウディアに譲れと言いましたわ。クラウディアだって、聖女になって、王妃様にもなれるのですから、喜んでわたくしと代わるべきだと思います」
「そんなに私と結婚したくないのか?」
「だってわたくし、チビは嫌ですもの」
書記をしてこの発言を書いていたフェルトが、
「不敬ではないですか?この発言」
バルトール王太子はアルデリーヌに向かって、
「そなたはそう言えば南の民を説得するようにと命を出したのに、それをクラウディア嬢に押し付けたそうだな」
「だって、南の民の反乱を説得するだなんて、わたくし怖くて。だからクラウディアに代わりに行って貰ったのですわ」
バルトール王太子はやりとりを聞いていたクラウディアに、
「君の訴えは良く解った。アルデリーヌ・カイド公爵令嬢。この女を我がパーク王国の聖女にする訳にはいかない」
アルデリーヌは嬉しそうに、
「では、わたくしはフェルトと結婚出来るのですわね?」
フェルトが一言。
「何故、私が貴方と結婚を?私が婚約をしているのは、クラウディアのはずですが」
「だって、クラウディアはバルトール王太子殿下と婚約していずれは聖女になるのですわ。ですから、貴方はわたくしと婚姻して下さいませ」
「嫌です。だって私は婿入りしたいのです。貴方の家は継ぐべき嫡男がいるじゃありませんか」
「それはそうですけれども」
「平民になれと?私は嫌です。クラウディアの所に婿入りしてルデルク公爵になる。それが私の約束された生き方です。それを変える気はありません」
「でも、わたくし、美しいでしょう」
「関係ありません。貴方みたいに、何も考えていない女性など、こちらから願い下げです」
フェルトははっきりとアルデリーヌに拒否を示した。
この一月、フェルトと付き合ってクラウディアは彼の事を好ましく思っていたのだが、
そうよね。貴族の婚姻は、貴族としての生き方を決定する婚姻でもあるのだから、わたくしに対するフェルトの愛を期待しては駄目だわ。
フェルトは紳士で、とてもよくしてくれた。わたくしはフェルトと会える日がとても嬉しくて。オシャレもして出かけていたけれども、フェルトは……何だか寂しい。
フェルトがクラウディアを見て、にっこりと笑って、その後、バルトール王太子殿下に、
「私の婿入りは決まっております。まさか、クラウディアを聖女に、貴方の婚約者にするだなんて事はないでしょうね。どうせ、この愚かな女は婚約破棄されるでしょうから」
バルトール王太子は困ったように、
「そうだな。まさか、ルデルク公爵家を継ぐと決まった令嬢を無理やり聖女にする訳にはいくまい。魔力は落ちるが、伯爵令嬢から娶るしかないだろう」
アルデリーヌはバルトール王太子に、
「仕方がないから、わたくしが聖女になって差し上げるわ」
バルトール王太子は、
「馬鹿な女を聖女にしたら王国が滅びる。お前を聖女にする話はなかった事にさせてもらう。今回の事を父上母上に話したら、婚約破棄することを承知してくれるだろう」
アルデリーヌは慌てたように、
「わたくしはどうなりますの?」
クラウディアはきっぱりと、
「それを決めるのは貴方のカイド公爵家でしょうね。わたくし達は貴方がどうなるのか、決定権を持っておりませんから」
クラウディアとアルデリーヌは廊下に出た。
アルデリーヌがクラウディアの胸倉を掴んで、
「貴方、フェルトを譲りなさいよーーー。わたくしに譲りなさいよっーーー」
フェルトが慌てて出て来て、アルデリーヌを引き離してくれた。
他の生徒達が学園の警備を呼んで来たので、引き渡して、
アルデリーヌは最後まで叫んでいた。
「わたくしがフェルトに相応しいのーーー。クラウディア、あんたなんかふさわしくないのよ」
アルデリーヌは連れていかれた。
結果、アルデリーヌはバルトール王太子から婚約破棄された。
聖女に、未来の王妃にふさわしくないと。
今、バルトール王太子は伯爵家から婚約者を探している所だ。
クラウディアは聖女にも、王妃にもなりたくない。
せっかく、ルデルク公爵家を継げるのだから。
フェルトがクラウディアに会いに来た。
公爵家の庭で出迎える。
共に、美しく咲く薔薇を見たかったから。
フェルトはクラウディアに向かって、
「カイド公爵令嬢は、神殿に引き取られたそうだ。神殿にて、監視の元、聖女として働く事を強制された生活をする。いいのではないですか。あの女を野放しにしておいたら、色々な所で害が出ますから、神殿でこき使って貰えばパーク王国の為になります」
「そうですわね。神殿での生活は大変だと聞いているわ。わたくしとしてはあの女と縁が切れただけでも、安堵しておりますの」
「今まで苦労してきたと聞いております」
「ええ、本当に。でも、今は感謝しているの。パーク王国の為ならわたくしが聖女に、王太子殿下と婚姻していずれは王妃にならなくてはならない。わたくしは魔力が高いのですもの。アルデリーヌが聖女になると言いださなかったら、わたくしが王家の願いを聞いて、聖女になっていたわ。でも、彼女が先に言い出したから、わたくしは貴方と婚約出来た。わたくしは貴方と婚約出来て幸せよ。だって貴方、優しいじゃない?」
「当たり前です。婿入りするのですから、貴方に対して紳士として接しないと。貴方を大切にするのは当然でしょう」
「でも、フェルト。貴方はわたくしに対してどう思っているの?わたくしと婚約して良かったと思っているの?」
愛していると言って欲しい。わたくしと婚約して良かったと言って欲しい。
だってわたくしだって女ですもの。
いかに政略とはいえ、貴方に愛されたいのよ。
それが女心っていうものよ。
フェルトは手の甲に口づけをして、
「クラウディア。貴方はとても美しくて、勇気があるお方だ。南の民を説得する為に、村に向かって聖女の力を見せたと言う話をお聞きしました。いかに王家の命だとはいえ、怖かったでしょう。それなのに、貴方は……私は貴方の勇気ある行動は素晴らしいと思っております。そのような貴方と婚約が出来て誇りに思っております」
「そうじゃなくて、わたくしは……わたくしが欲しい言葉は……」
フェルトはフっと笑って、
「愛している?ですか。」
「ええ。だってわたくしだって女ですもの。愛されて結婚をしたい。それが女心よ」
「今、不覚にも胸がどきりとしました。愛しているかどうかは正直、まだ解りません。でも、貴方とは良い関係を築いていきたいと思っております。だって私達は夫婦になるのですから」
「有難う。フェルト」
ねぇ。わたくしは貴方から見てどう映っているかしら?
ねぇ。貴方はわたくしの事を愛してくれる?
珍しく照れた貴方を見て、わたくしの方こそ胸がときめいたわ。
いつかきっと、貴方から愛しているってわたくしは聞きたい。
きっとそんな関係になれるはず……
きっと……きっと……
クラウディアはフェルトの顔をいつまでも見つめていた。
この人と離れたくない。
この人が好き……
初夏の風がそんな二人の髪を優しく撫でて、薔薇の花が華やかに二人の恋を応援するかのように咲き乱れるのであった。




