返して
知人の長田君の話。
休みの日に買い物に出掛けた後、
「無駄遣いしちゃったなぁ」
と、長田君は寂しくなってしまった財布の中身を見ながら後悔していた。
あと、ビールを一箱買っておきたかったんだけどなぁ、と思いながら札入れの中のお札を数えていると
「?」
端が汚れているお札が一枚あった。
見ると、一万円札のうちの一枚の、札表側の左端と左側上の部分にカサカサとした赤黒い、錆の様なものが付いていた。
それは血の様にも思えた。
(うぇ、何これ)
長田君は気味悪く思い、手で触るのは嫌だったのでティッシュで擦ってみたが、取れなかった。
こんなのはさっさと遣っちまうに限る。
財布に戻すのは嫌だったので、洗面器に少しだけ水と台所用洗剤を入れて、お札の汚れている端の部分だけを漬けてみた。しばらくすると汚れはだいぶましになっていた。
長田君はお札の水気を拭き取ってから、洗濯物干しの洗濯ばさみに挟んで部屋の中の、窓のそばに吊っておいた。
その夜。
何時頃かはわからないが、眠っていて何故かぽかりと目が覚めた。枕元の時計を見ようとすると、自分がすでに金縛り状態になっている事に気づいた。
金縛りに遭うのは初めてで、うわ、何だ、どうなったんだ、とパニックになりかけていると、仰向けに寝ている長田君の視界の右側に、ずい、と何者かの影が入り込んできた。
暗くてよくわからなかったが、それはゆるくウェーブのかかったボサボサのセミロングの髪を垂らして彼を見下ろす、若い女性だった。
女性は枕元に立ち、無表情に髪の間からじいっと長田君を見つめて
「返して」
と低い声で言った。
それから先の記憶が無い。
次に気がつくと、すでに朝になっていた。
「……」
何だったんだろう、あれ。夢か?いやいやそれにしては……と思いながら起き出して、ふと朝日が差し込む窓際の洗濯物干しを見ると
挟んであったあの一万円札が無くなっていた。
施錠した部屋の中に干してあったのだから、どこかに飛んでゆくわけもない。薄給の身で、一番の高額紙幣を無くすのは痛い。長田君はあちこちを探したが、結局見つからなかった。
「こーいうの、どこに届けたらいいんっすか?」
長田君は泣きそうな顔をして言っていた。




