春の章 第1話 再会
ガダガダガダガダ……
列車のディーゼルエンジンの音が、重低音の伴奏のように、単調なリズムを刻んでいる。カーブの多い線路を走る古びた車両は、ときおり大きくガタンと揺れた。
立花さくらは、対面シートの窓際に座り、車窓の景色を眺めていた。
四月の終わり。
東京では桜の見頃はとうに過ぎ、汗ばむほどの陽気になる日さえあるというのに、北にある山深いこの地方では、針葉樹のくすんだ深緑と落葉樹の枯れ枝の合間に、やっと山桜のピンクが彩りを添えていた。
――三ヶ月前に彼女が同じ車窓から見た景色は、雪で覆われた白銀の世界だった。
あの真冬の日、北へ向かう列車に揺られながら、沼のような仄暗い物思いにとらわれていた自分が、今、春を待ちわびる小鳥みたいに、ざわざわと落ち着かない心を持て余している。
行く手には、自分を待っていてくれる人がいるのだ――
ただそのことだけで、こんなにも気持ちがふわふわと落ち着かなくなるのが、かえって不思議だった。
一日五往復のローカル路線の、終着駅から一つ手前の駅。
小さな木造の駅舎と、殺風景なホームがあるだけの無人駅。
この駅で降りた乗客は、彼女一人だった。
歳は二十代後半くらい。小柄で、癖のある黒い髪を首の後ろで束ねている。
淡いピンクのニットに濃い色のデニムパンツ、ベージュのコートを着ている。傍らには、紺色のキャリーケース。
彼女は、迷いのない足取りで駅舎を通り抜けると、駅前広場に出た。
トクヤマ電器店と書かれたバンの前に立っている、背の高い青年を見つけると、彼女はばっと顔を輝かせた。
「おかえりなさい、さくらさん」
屈託のない明るい笑顔で青年が言った。
東京でさくらが彼を思い出すとき、いつも浮かぶのはこの笑顔だった。
その懐かしい笑顔が今、目の前にあることに、彼女は胸がいっぱいになった。
「……ただいま、耕平さん」
はにかんだ笑顔で、彼女は答えた。
青年――徳山耕平は、彼女のために助手席のドアを開けると、彼女のキャリーケースを受け取ってバンの後ろに積み込んだ。
「もしよかったら……」
言いながら耕平は、運転席に乗り込み、片手でシートベルトを締め、エンジンをかけた。
「山荘に行く前に、河川敷、行ってみますか?」
さくらがシートベルトを締めたのを見て、耕平は続けた。
「河川敷、今朝ちょっと見てきたんですが。桜、ちょうど見頃ですよ」
「いいんですか?」
食い気味に言ったさくらの、嬉しさ半分驚き半分の表情を見て、耕平はふっと笑って言った。
「俺が、早く見せたいんで」
「……」
さくらが微かに頬を染めて俯いた。
耕平は、それ以上は何も言わず、車をゆっくりと発進させた。
車内には、工具と機械のにおいがした。
作業着の紺色のジャンパーを着た耕平からも、同じにおいがする。
ハンドルを握る彼の手は、骨ばって大きくて、日に焼けている。
その手の温かさを、さくらは知っていた。
運転中の彼の横顔を、眩しいように、さくらは見ていた。
すると耕平は、さくらが自分を見ていることに気づき、
「何ですか?」
前を見たまま言った。
話しかけたいけれどためらっている子どもに、やさしく促すように。
「いえ……」
さくらは慌てて前を向いた。
「……」
二人の間に、不器用な沈黙が降りた。
細く開けた窓から、春風がさらりと車内に入り込み、二人の間を通り抜けていった。




