シスタークレアは信仰心が薄かった
とある教区の司教の娘クレアは信仰心が薄かった。
いや、そもそも存在しなかったとさえ言えるかもしれない。
教区内では最も信心深い両親の下に生まれたのに、彼女は自分の信じている神様を偉大だと思うことが出来なかった。
「神様が居るなら何故私達の前に姿を現してくれないのだろう」
端的にして単純でそれでいて耳の痛い質問を彼女は自らの外に出すことはなかった。
それをすることで誰かが幸せになるということはありえないと知っていたから。
「人々が信じるには神様が姿を現してくれれば良いのに」
そう思いながらもクレアは人々から同じような問をされればこのように返すのだ。
「神様の御心は私達人間には分からないものなのです。ですが、ただ一つ。神様は必ずご自身の望むように全てを計画なさっている。それだけは確かです」
皮肉なことにクレアにとってこの言葉こそが神だった。
事故で人が死んでも、戦争で人が死んでも、病で子供が数えきれないほど死んでも。
彼女はこの言葉を胸に刻むことで全てを耐えた。
この世界で起こることはあまりにも耐えがたく、そう思わなければ自分が滅びてしまいそうだったから。
父である司教はクレアより熱心な男だった。
盲信する男だった。
だからこそ、神様を述べ伝えることが出来たのだろうけど。
そんな父をクレアは自分の将来の姿として重ねていた。
自分の最終的な理想というか、もっと言ってしまえばあるべき姿がアレなのだろうと。
だからこそ、クレアはそうあるように振る舞った。
心の中の疑問はどうやっても振り払えないままに。
『神様の御心は私達人間には分からないものなのです。ですが、ただ一つ。神様は必ずご自身の望むように全てを計画なさっている。それだけは確かです』
信仰を支えるために、言葉を妄信する。
盲信の糧とする。
そうして生き続けたクレアの生涯は幸か不幸か、あまりにも平凡なものだった。
幸福な時間はそれなりにある。
不幸な時間もまたそれなりにある。
両親は当然のように自分より早く逝き涙を流して見送った。
数度の病や飢饉が起こり、クレアは自分の大切な人を喪いながら何度も挫けそうになった。
『やはりこの世界に神様なんていないのでは』
そう心に何度も抱く。
「神様が居るならば何で姿を現してくれない」
「神様が居るなら何でこんなに苦しんでいる我々を救ってくださらない」
クレア自身の気持ちを人々が代弁するように口にして彼女に罵詈雑言を浴びせた。
時には彼女を殴ることさえもあった。
それでもクレアは反論も反撃もせず、ただいつものように口にする。
「神様の御心は私達人間には分からないものなのです。ですが、ただ一つ。神様は必ずご自身の望むように全てを計画なさっている。それだけは確かです」
自分でさえ信じていない言葉を。
耐えがたい時間を耐えながらクレアは生き続けた。
髪の毛の色が白くなるまで。
肌に皺が刻み込まれるまで。
目も耳も眠りにつくまで。
最期の時を迎える。
自分が死ぬのを確信しながら、その時にあってもクレアは神の事を疑っていた。
それでも、人々が自分の周りで泣いているのを知っていたから彼女は最後の言葉を命と共に吐き出した。
「神の御許へ」
*
クレアが目を覚ますと御使いが居た。
生前に一度も会ったことの相手。
神の証明ともなる相手。
「こちらへ。神様がお待ちです」
差し出される手をクレアは取れないまま告げた。
「そちらへ行く資格がありません」
「何故ですか」
自分の声が震えているの聞きながら、それでもクレアははっきりと伝えた。
「一度も神様を信じられなかったからです」
御使いは微笑んだ。
「あなたがここに居る事が神様を信じ続けていたという証明になっております」
それでもクレアは首を振る。
自分の心は自分が一番分かっていると思ったからだ。
「神様は」
無言でいる御使いにクレアは問う。
「何故、姿を現さないのでしょうか。何故、苦しみ続ける私たちを救ってくださらなかったのでしょうか」
「それはあなたが一番ご存知のはずです」
そう言って御使いはあの言葉を告げた。
クレアは俯く。
泣いていた。
何で、涙が零れるかも分からないまま。
「あなたが生涯口にした言葉。そして言葉を証明するように生きたあなたの人生。それが云わば人々に神様の存在を伝え続けたのです」
御使いはそう言うと一歩踏み出してクレアの手を自分から取る。
「お分かりですか。あなたは神様の証人であり続けたのですよ」
「一度も信じたことがなかったのに?」
問いかけるクレアに御使いは答えた。
「信じ続けたからここに居るのです。さぁ、行きましょう」
クレアは泣きながら歩き続けた。
彼女が生涯に渡って証明し続けた、偉大なる神様の下へ。




