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千年前の先祖

四天王を屠り、血煙を上げながらラングリーは巨大な「魔王の間」の扉を一蹴りで吹き飛ばした。

「魔王ッ! 出てこい! 俺が、貴様を地獄へ——」

咆哮と共に、勇者の持つ圧倒的な威圧感が、部屋に流れ込む。

だが。

「…………え?」

ラングリーの言葉は、唐突に途切れた。

そこには、予期していた「最終決戦」の空気は、ひとかけらも存在しなかった。

何よりも、そこにいるはずの魔王の姿が、どこにもない。

広大な空間は、静寂に包まれていた。だが、それは安寧の静寂ではない。背筋が凍りつくような、異様な「死の気配」だった。

「これは……どうなっている?」

ラングリーは呆然と立ち尽くした。

部屋の中は、凄まじい「何か」によって、徹底的に破壊し尽くされていた。

魔王城の堅牢な石柱、壁画、床。その全てが、無数に交差する**「凄まじい斬撃」**によって、ズタズタに引き裂かれ、ギタギタに刻まれている。

まるで、巨大な刃物が嵐のようにこの部屋を吹き荒れたかのようだ。

魔王が放った魔力による破壊ではない。それは、純粋な、圧倒的な**「剣技」の痕跡**だった。

「魔王を……誰かが、倒したのか? 俺の……俺の仲間の命を奪ったあの四天王を、顎で使っていた魔王を……?」

この部屋に残された斬撃の主の力は、今のラングリーをも凌駕しているかもしれない。

ラングリーは、引き裂かれた絨毯を踏み越え、部屋の奥、斬撃が最も集中している「玉座」へと近づいた。

玉座もまた、原型を留めないほどに切り刻まれていた。

だが、その中央。

本来なら魔王が座っているはずの場所に、一本の剣が、深く、深く突き刺さっていた。

その剣は、魔王の武器ではなかった。

古びているが、気品があり、そして何よりも——凄まじい瘴気と、それに拮抗する聖なる力を放っている。

「剣……? 誰が、こんなところに……」

ラングリーは吸い寄せられるように、その剣の柄へと手を伸ばした。

剣の鍔には、びっしりと古びた文字が刻まれている。

ラングリーは、その文字を読み解こうとして——息を呑んだ。

そこに刻まれていたのは、魔族の言葉ではない。ヨークランド王国の、古より伝わる文字だった。

『第五十六代国王 シュルーズベリー』

「シュルーズベリー……?」

ラングリーの脳裏に、王国の歴史が駆け巡る。

第五十六代……。それは、今の国王(マクリーンの父)から遡ること、約数百年前。およそ五百年も前の国王の名だ。

「なぜ……五百年前の国王の剣が、魔王の玉座に?」

魔王はいなかった。

代わりに、五百年前の、ラングリーさえ名前も知らない古の国王の剣が、魔王を討ち果たし、その玉座を呪いのように貫いていた。

「俺たちが、命をかけて……仲間が、死んでまでここまで来たのは……何のためだったんだ?」

四天王を倒した復讐の達成感は、一瞬にして消失した。

代わりに、得体の知れない「世界の裏側」を見てしまった恐怖と、仲間の死が無意味だったのではないかという、底なしの絶望が、ラングリーを包み込んだ。

静寂の中、斬撃で引き裂かれた魔王の間に、ラングリーの笑い声とも泣き声ともつかぬ声が、虚しく響き渡った。

仲間の全滅、魔王の不在、そして五百年前の国王の剣。

あまりにも多くの謎と絶望を抱えたまま、ラングリーはたった一人、王都へと帰還した。しかし、そこで彼を待っていたのは、真実を知らぬ人々の狂信的なまでの「歓喜」だった。



魔王城の暗雲を背に、砂塵にまみれたラングリーが王都の城門をくぐったその瞬間。

地を揺るがすような大歓声が、彼の耳を打った。

「勇者だ! 勇者ラングリーが帰ってきたぞ!!」

「魔王は死んだ! ついに、ついに平和が来たんだ!」

街は、かつてないほどの熱狂に包まれていた。

建物の窓からは色とりどりの花びらが舞い散り、道行く人々は抱き合い、涙を流して平和を祝っている。広場には急ごしらえの宴席が設けられ、酒の匂いと笑い声が充満していた。

ラングリーが歩く道には、人々が跪き、彼の足を止めようと手を伸ばす。

「勇者様、ありがとうございます! 私の子供たちが、怯えずに暮らせます!」

「仲間の皆さんは? 城で盛大な宴があるのでしょう!?」

「……あ……」

ラングリーは声を出そうとしたが、喉が熱い鉄でも詰め込まれたように動かない。

人々の瞳に宿る、濁りのない「希望」。

もし、ここで**「魔王はいなかった。仲間はただ無残に殺され、代わりにいたのは五百年前の死んだ王の剣だけだった」**などと言えば、この熱狂はどうなるのか。

「おい、見ろよ! あの勇者の顔……。あんなに悲痛な顔をして……きっと、それほどの死闘だったんだ」

「四人の仲間がいない……。彼らは、俺たちのために盾になったんだな。英雄だ、彼らこそ真の英雄だ!」

勝手に物語が作られていく。

すべては「平和のための尊い犠牲」という美しい言葉で塗り潰されようとしていた。

ラングリーの手は、人知れずマントの下で、あの**『シュルーズベリーの剣』**を握りしめていた。

魔王の玉座から引き抜いて持ち帰った、五百年前の遺物。

そこから伝わってくる冷たい魔力だけが、この陽気な祭囃子の中で、唯一の「現実」だった。

王城のバルコニーでは、現国王が民衆に向かって両手を広げ、演説の準備を始めている。

五百年前の先祖が魔王の玉座に剣を突き立てていた理由も知らず、ただ「魔王討伐」を政治的な勝利として利用しようとする、高揚した顔。

(平和……? これが、平和なのか……?)

市民の歓声が、今のラングリーには、まるで死んだ仲間たちを嘲笑う呪詛のように聞こえていた。

彼は、熱狂の渦の中心にいながら、世界で最も孤独な男だった。



王城の最深部、限られた者しか入ることの許されない「赤薔薇の間」。

ラングリーが語った地獄の光景に、現国王とその息子、マクリーン王子は言葉を失い、凍りついた。

「魔王がいなかっただと……? 仲間を皆殺しにしておいて、もぬけの殻だったというのか!」

国王の顔が、恐怖で土色に染まる。それもそのはずだ。この国には、古より伝わる絶対的な伝承がある。

『魔王が倒されれば、次の魔王が生まれるまでの間、魔物の進攻は止む』

だが、魔王は最初からおらず、敵の軍勢はいまだ健在。もしこの真実が漏れれば、「平和」を信じて熱狂する国民は一転、底なしのパニックに陥り、王国は内側から崩壊するだろう。

「ラングリー、聞け。魔王城の真実は、この部屋で墓場まで持っていけ」

国王の苦渋に満ちた命令が下される。

表向きは「魔王を討った英雄」として振る舞いながら、裏では、魔王不在のまま襲い来つづける魔物たちの「真の元凶」を突き止めろという、過酷すぎる密命。

ラングリーは、友の、そして亡き仲間たちの無念を飲み込み、再び闇へと足を踏み出す決意を固めた。



「……おかしい。そんなはずはないんだ、ラングリー」

深夜の王立図書館。マクリーンとラングリーは、埃に埋もれた王家の正史を漁っていた。

標的はただ一つ。あの玉座に刺さっていた剣の主、『第五十六代国王シュルーズベリー』。

だが、ページをめくるマクリーンの指が、目に見えて震え始める。

「見てくれ。第五十五代の次は……『国王エドマンド三世』。そしてその次は、彼の息子が継いでいる。どこをどう探しても、『シュルーズベリー』なんて名前の王は、この国の歴史に存在すらしていないんだ!」


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