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風物詩

作者: アオリイカ
掲載日:2026/02/19

 これまで日の当たらない所で生活してきた自分にとってこの世界は余りにも厳しいと実感せざるを得ない。すれ違う人は皆煩わしそうにこちらを見るし、足が留められる場所もとても少ない。それでも生きられているのは外に出てから出会えた仲間がいるからだ。今日も灼熱の太陽に照らされながらまだ合流できていない仲間を大声で探す。


「やっぱり暑いよね」

「お前はどこ出身なんだっけ」

「俺は静岡の海沿いだね。ここよりはもう少し過ごしやすかった記憶があるよ」


 東京は熱の逃げ場がない。ミストを噴いたり、噴水等で対策は取っているようだが焼け石に水である。水分が瞬間的に蒸発する程灼熱のコンクリートは日が沈んでからも空中へ熱を放出し続ける。苦しみが消えることはない。


「本当にね。俺も家に帰りたいよ」


 口にして後悔する。帰りたくても帰る場所のない我々にとってこの言葉は心に来るものがある。


「いや、ごめん。配慮が足りなかった」

「はは…いいんだよ! 気にするな」


 傷心しているのは俺だけでは無い。昨日も仲間がやられた。悪意を持った人間に連れ去られたのだ。力を持たない俺は奴らに見つからないように木の裏に隠れることしかできない。助けられなかった歯痒さが今も頭の中を支配している。


「…すまん。そう言えば身体は大丈夫か」

「大丈夫だよ。足を少し引っ掛けちゃっただけだから」

「移動は問題ないか?」

「たぶん大丈夫。途中途中休めば進めるよ」


 俺達には時間がない。ましてや食事をすることもままならない世の中だ。次の瞬間には死んでいる可能性だってある。


「そうか。では済まないが、移動を始めよう」

「今日はどこに行くんだい?」

「ここらはあらかた探した。仲間は見当たらないのに人が多い。もっと外れの方にいけば或いは見つかるかもしれん」

「じゃあ首都圏を出るの?」

「…ああ。北を目指す。上に行けば幾分涼しくもなるだろうしな」


 太陽の位置から方角を割り出し、移動を始める。この暑さの中、長距離の移動は流石に堪える。道中日陰で休憩をしていると、ハッチを開けたまま荷物の積み込みをしているトラックを発見した。


「おい、あれに乗り込むぞ。いけるか?」

「…ああ。大丈夫だよ」


 肩で呼吸をしている。ケガをした足を庇いながらの移動だ、俺よりも疲労は溜まっているだろう。


「あと少しだ。あれに乗れればその後は随分楽になる。頑張ってくれ」

「…ああ」

「分かってると思うが絶対声を出すんじゃないぞ。気付かれたら何をされるか分かったもんじゃない」


 車の通りが少なくなったタイミングを見計らって飛び乗る。荷台の奥には天井高く荷物が積まれており、これ以上積み込める隙間はない。最奥上段の荷物横に身体を捩じ込む。相方も上手いこと隠れたようだ。一段下の荷物横に姿を捉える。暫く振りの休息だ。しかし油断はできない。トラックが目的地に着いたタイミングでバレないように抜け出すことが次の山場だ。


 二時間程経った頃、荷台に光が差し込む。どうやらここがトラックの目的地のようだ。息を殺し、運転手が背を向けたタイミングで飛び出す。大きな倉庫の中だが、シャッターは降りていない。明るい方向へと静かに移動し、なんとか身体を建物裏に隠すことに成功する。


「緊張したね」

「お前声出したら駄目だって言ったろう。危なかったぞあれ」

「へへ、ごめん。…!! ねえねえこれって」

「ったく。じゃあ行くぞ」

「ねえってば! これ仲間の声じゃない?」


 自分の命を守る事に必死で周りの音なんて何も聞こえていなかった。耳を澄ませると微かだが、確かに仲間の声がする。


「…本当だ。しかも結構な数いるんじゃないか?」

「そうだよね! やったよ!僕たち遂に仲間と合流出来るんだ!」


 待ちに待った仲間との邂逅に喜びを隠せていない。これまでの疲労が嘘だったかのように声のする方向へ飛び出していった。


「おい! 合流するまで気を抜くなよ!」

「分かってるって! 大丈夫だよ人も少ないから早く行こうよ!」

「全く…嬉しいのは分かるけどさ…! おい避けろ!」

「え――」


 右手から迫る乗用車に気付いた頃には既に身体はフロントガラスに衝突し、別れを悲しむ間もなく絶命していた。まるで気にも止めずに走り去る車を呆然と眺める。全身に力が入らない。俺たちが何をしたと言うんだ。ただ生きているだけで迷惑になることなんて何一つしていない。この世界は理不尽だ。


「おい大丈夫か君!」

「…え?」

「どこから来た? とりあえずここは人目につく、ついて来い!」


 言われるがまま森に入る。見込みは間違っていなかったようでこれまで見たことのない程たくさんの仲間と合流出来た。しかし念願果たしたというのに心は既に折れてしまっている。どうなってもよいと思っている。もはや眼前に迫る網を持った人間に恐怖も抱かない。逃げる気力も体力もとうに失せた。好きにするがいいさ。どうせ短い命だ。くれてやる。





「ただいまー!」

「おかえりユウタ! あ、こら手を洗いなさい!」

「ねえねえお母さん! みてみておっきいセミ捕まえた!」




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