9「偽彼女と両親面会」
午前八時。
琉太の両親が到着する四時間前である。
昼頃に到着と言われたが、「彼女」という存在がいないのと、マオとの演技でひとまず今回の親の訪問を耐え抜けるかということのパラノイアで体が自然と起きてしまった。
夢なんかもお花畑でピクニックなどではなく、両親にマオとの関係を迫られているものだった。
琉太は突然跳ね起き、髪の毛はボサボサで寒い時期なのに体中汗だくだった。
部屋の冷たい空気が汗と合わさってとても寒く感じる。
琉太はすぐに上着を羽織ると、マオの寝ているリビングに行った。
そこには昨晩、昨日の朝と同じようにマオがソファーでヨダレをたらしながら寝ていた。
琉太はまずマオと自分のために軽く朝ご飯を作り、両親が来る前の最終調節をした。
琉太は両親を安心させたかった。いつも自分の将来を心配している両親だったので、家が綺麗なこと、ちゃんと仕事についているということを見せて、うまくやっていけていると知らせたかった。
彼女を作ってほしいのも、親なりの心配なのかもしれない。
マオが起きてから琉太は彼女と打ち合わせをする。
「えっと、まず俺とマオは三ヵ月くらい前に出会ったことで」
琉太は食卓でマオと偽の出会いを作り始める。
「マオ、その髪と顔はちょっと日本人には見えないから、外国人ってことにしよう」
「まあ、その節は嘘を言っている事にはならぬな」
マオは異世界から来ているため、確かに外国と言えばそうだ。
「俺の両親多分すっごく質問してくるから、だいたいで答えて。俺もできるだけフォローする」
時計を見て紅茶を作るためにお湯を沸かし始めた。
その後、最後の片づけを少ししてから着替え、マオ達は琉太の両親の到着を待った。
ピンポーン。
インターホンに映るのは少し老けた男女。
琉太は通話もせずに扉を開け、ふたりを中に入れた。
背の高い男性の方は肌が濃く、白髪の混じった黒い髪をしていて、青いジャケットを着ている。顔を見れば誰の父親かが一目瞭然。
もし琉太が老いたらこうなるんだろうなとマオは思いながらも入って来た男を観察した。
背の低い女性はとても薄い肌で、白髪の混じったこげ茶色のような髪色をしていた。灰色のコートを着ながら手提げを持ち、靴を脱いで中に入った。
「こ、こんにちはです」
マオは店長に叩き込まれた、敬語と言うものを使って、先に上がった琉太の父親に挨拶をした。
「おう、彼女さんかね?琉太の父、仁志だ」
そこに興味を持った母が、息子に挨拶もせずに参戦。
「あら、彼女さんいたの?どこで会ったの?いつからかしら?」
高い声で琉太の母はマオに迫った。
「さ、三ヵ月前に……」
だがマオが答えようとする間に次の質問が飛んできた。
「お名前は?」
「マオ……」
「外国人?」
「そ、そうだ。です……」
「日本語上手ねー、どこの国からかしら?」
魔王として君臨していた故郷の国名を答えさせてもくれず、次から次へと質問攻めされるマオ。
「えっと、えっと……」
返答を頭の中で思いつくことができる前に、琉太の母親からの次の質問が飛んでくる。
「母さんやめなって、困ってるよ」
琉太は一言、母に向かって言った。
琉太も、琉太の父親も、母親の連続的な質問攻めがいつもの事のようにため息をついた。
琉太は面倒くさそうな顔をして4人分の紅茶を注いだ。
「ご、ごめんなさいね。つい……」
琉太の母はマオに謝った。
琉太が子供の頃、友達を連れて家へ遊びにくると、母親が質問責めしてくるせいで彼の家では遊びたくないと言われてしまった。
「それで、孫はいつかしら?」
立て直って聞いた母の言葉に、紅茶を飲んでいた琉太が慌ててコップを机に置いた。
「ゴホッ、ゴホッ……は?」
「式はどこで挙げるの?」
「式ってなんだよ……」
琉太は口に手を覆い、咳をしている。
「あら、婚姻届けもまだなの?」
母のこと腕を掴み、父親が止める。
「まずは昼にしないか?」
「そうね」
母親は落ち着き、今度は確かにマオと琉太の関係について聞いてこなかった。
琉太の両親が来たばかりなものの、孤住家は近くのレストランに行った。
琉太が子供のころ、家の近くにあった店のチェーン店である。
店内は記憶の中とほとんど同じレイアウトで、なつかしい料理の香りが漂う。毎日小学校の帰り、店の前を通った時に匂っていた。
すぐに席に案内され、4人はメニューをひとりずつ手に取った。
「お決まりになりましたら、あちらの画面をタップしてご注文ください」
席に案内してくれた店員が、後で水を持ってきてくれた時に説明した。
両親と住んでいたころ、このチェーンには一ヵ月に1回ほどの頻度で行ったが、その時に画面から注文できるシステムはなかった。
「随分と変わったなぁー」
琉太の父親はあたりを見回して言った。
彼が言いたいのは、店の見た目が変わったというのではなく、店のサービススタイルがそのまま変わったということ。料理を持って店内を移動するロボットまでもいる。残念ながら琉太の目に入ったロボットは通路に飛び出ている椅子が多いせいで通れずにいた。
「もう決まったの?注文した?何円?」
母の質問責めを慣れ切っている琉太は簡単に処理した。
「さっきやったよ。いつもの」
いつものとは、琉太が毎回のように子供の時に頼んでいた料理である。懐かしみの味を思い出すために、今回注文した。
「マオちゃんはどんなのが好きなの?」
マオにちゃんと気を使っているのか、ゆっくりと質問し、マオに考える時間をたっぷり与えた。
マオは配下がいつも作ってくれた手料理が真っ先に浮かんだが、目の前にあるメニューの写真を見て、異世界の物は言っても仕方がないと判断した。マオは身の回りの世話を全て配下に任せていたため、料理なんてできないどころじゃない。味と見た目は思い出せても、作り方は分からないし、材料がこの世界にあるとは限らない。
そこでマオは最近食べた料理を思い出してみた。コンビニ弁当に、コンビニのおにぎり。コンビニのサンドイッチに、コンビニのサラダ。どれもマオの知らない化学の味でおいしかったが、メニューに一目通せばそんなものがないことくらいわかる。
そこにひとつ、見覚えのある料理が一品、メニューをめくっていると目に飛び込んできた。
それは、白崎さんの家で食べた、地球初めての本格的な料理。自家製ピザだった。マオはその円形の食べ物をすぐに思い出し、ヨダレを垂らし始めた。
「こ、これだ……です」
マオはメニューの写真を指差す。
「まあ、マルゲリータね?リュウちゃんと会うわー!」
「母さん、その呼び方恥ずかしいからやめてって!」
実は琉太が選んだ懐かしの味はマオと同じく、ピザなのである。琉太の大好きなパイナップルピザは嫌いな人も多いと言われるが、それは多くの人が食べる前に批判しているからである。琉太も、この斬新なアイディアを食べたくはなかったが、1回口にした後、ジューシーなパイナップル液がピザと口の中で混ざり合うのが忘れられなくなってしまった。
「ふたりともピザが好きだなんて、やっぱり運命の出会いね?」
母は言ったが、ふたりは勇者と魔王と言う別の運命で出会っているのだ。
四人全員が食べたいものを注文すると、琉太の両親は改めて自己紹介をした。
「コホンっでは、私は琉太の父、仁志だ」
姿勢を正した父親が、握手のため、マオに手を伸ばす。
握手を知らないマオは一瞬戸惑ったが、失礼にならないよう、彼の手を握って流れに任せた。
「私は琉太のママ、早織でーす!」
母から握手はなかったが、彼女はマオに小さな箱を渡した。
「母さん、なにこれ?」
マオに渡された、見たことのない黒い箱を琉太が観察する。
マオが中を開けると、そこにはひとつの指輪があった。
「リュウちゃんから行かないと思うから、マオちゃんからお願いね?」
「ちょっと母さん!」
琉太が怒る間、父親の仁志は笑っていた。
マオは相変わらず、指輪が一体何か分からず思考が停止している。
小さなリングを手に取り、帽子から飛び出ている角にはめてみた。
「いいわねぇ、指輪は指以外にもつけられるってことね?あと、とても素敵な帽子よ」
「ありがとう……です」
マオはリングのある方の角を握った。
しばらくして、琉太のピザとマオのピザが席に届いた。料理を届けに来たのはロボット。その機械的な見た目に、マオは目を光らせる。
「あれはいったい何なのだ?喋れないのか?」
マオはこっそりと琉太に聞いた。
「あれはロボットって言って、人間が作った道具なんだよ」
「なるほど?でも自分で動いているぞ?」
「ほら、ホクラ神殿のゴーレムみたいな感じだよ」
琉太はマオに分かりやすいよう、自分の勇者としての冒険を振り返った。
「ホクラ神殿?ゴーレムというものがいたかは覚えてないな。あそこは昼寝していたら、寝返った時に破壊してしまった」
「えっ?!」
神秘的なあの建物が好きだった琉太は少しショックを受けた。しかし、もう別の世界で全く無関係だからか、それ以上の感情はわいてこなかった。
マオはいくつものスライスに切られたピザから、ひとつ両手で持ち上げる。
口に運ぶつもりだったが、まだご飯が届いていない琉太の両親を見て止まる。
「いいわよ、先食べて」
自分たちを気遣ってくれたのを見て、早織はマオに遠慮しないよう伝えた。
マオも、琉太もピザを持ち上げるがテーブルの反対側からものすごい視線を感じる。
「あの、食べづらいんだけど……」
琉太は持ち上げたスライスをプレートに戻した。
「いいのよ。食べて」
早織はにっこりと笑顔を作りながらふたりを見守る。
琉太の両親は自分たちの食事が来てからもずっとふたりのことを見ていたので、食べ終わるにはだいぶ時間がかかった。
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「息子の顔は見られたし、アパートもきれいで、家事もちゃんとできているし、可愛い彼女までいて。もう心配はないわ」
それだけ言って、会計を済ませた両親はアパートに戻らず、そのまま帰りの電車に乗った。
駅まで送った後、偽カップルもアパートに引き返した。
「親はああいうものなのか?大変だな……」
マオは親のことを覚えていないため、琉太の親や、白崎さんのことしか見たことがない。
「いや、アレはうち特有のものだと思うよ」
そうして、ふたりは無事両親の訪問を生き抜いたのだった。




