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8「ふたつ目の訪問宣言」

 また女神の異空間から出たマオは少しふらつき、コンビニのレジに(もた)れ掛かった。

 手の甲で口から垂れるヨダレを拭くと、大きく深呼吸をした。


「女神よ、あれはやめてくれぬか。毎度吐き気がする……」


 マオは女神が聞こえているか分からなかったが、床を向いたまま目を閉じて言った。

 車酔いのような激しい頭痛を吐き気に襲われ、マオはコンビニ内を確認した。幸い、客は誰もいない。

 少し休もうと、彼女は床に座り込み、壁を背もたれに使った。


「ごめんなさい。脳波に干渉しているから少し酔ったように感じるのは仕方のないことだわ。でもほとんどの場合はすぐに吹っ切れるもの。多分あの子の介入が貴女の脳に異常な脳波を送ったのね」


 女神の声がどこからもなくマオに直接響いてくる。

 だがマオは気分が悪く、女神の説明を聞く暇も、理解する気力もなかった。


 「女神よ、妹がいたのか?神に家族なんてあまり聞いたことがないぞ。それよりも、神々が存在すること自体最近知ったばかりなのだがな」


 マオは数十分後、状態が落ち着いてから声だけの女神に問いかけた。


「ええそうよ。この世界の人間たちも、宗教によって沢山の神がいるわ。まあ、本当は私なのだけれど。この前、この世界を監視中にイケメンの神様を妄想していたら、少し私の妄想が強かったのよ。間違えて人間たちに強い脳波を送っちゃったみたいなの。そのせいで彼らが神の夫婦を作り上げて不倫ばかりの家族を思いつき……」


 女神の「この前」は何万年単位で狂っている時間間隔なのであてにしないほうが良い。


「我の世界にも、容姿の非常に良い男性が姫とともに天に昇る言い伝えがあるぞ!まさかあれも貴様の妄想か?」


 マオは自分の言い聞かされてきた神々のオリジンについて興味を持ったが、女神に話題を逸らされてしまった。


「コホン……だいたい女神を貴様呼ばわりしないでよ」


「分かったぞ、女神」


「様をっ……ふう、もういいわ。とにかく、あの子は妹。でも女神の私とは正反対ね。悪魔(デビル)に近いかもしれない」


「いつもあんな感じなのか?」


「ええそうよ。だから飽きないようにもう彼女が壊した世界をおもちゃにさせて閉じ込めてたんだけれど、飽きて抜けだしてきちゃったみたい……」


「せ、世界を丸ごと壊した?」


 マオはジュレタの壮大な力に驚愕した。

 座ったままでも足が震えている。


 マオも魔王としての力は強大なものであり、大陸をひとつ鎮めることもできるほどだ。だが世界を丸ごととなると文字通りスケールが違った。


「そうなのよ」


 女神は彼女の妹が過去に世界を破壊した時の話をいくつかした。そう、ジュレタは遊びでひとつではなく無数の世界を潰してきた。全ては面白いからと。


「それで私が閉じ込めたのはこの世界と同じように勇者と魔王の関係がアンバランスになってしまった世界だったの。この世界のように魔法の使われていない世界だったのに、ジュレタは勇者と魔王をそれぞれ1万人ずつ召喚したわ。その世界は一瞬にして崩れて行った。言葉では表せないくらい残酷に……」


「合計で、2万人の勇者と魔王……」


 想像するだけでとてもカオスだ。そしてそれを笑って見るジュレタはその2万を小指一本で一掃できる。


「あの子を勇者にしたら面白いと思ったのでしょうね」


 女神がため息をつく音が混じる。


「どうにかしてこの世界を彼女から救う方法はないのか?」


 マオは必死そうに聞いた。まだ完全には出していなかったが、緊張と不安の声色が読み取れる。


「私の力はなぜか彼女ほどじゃないのよね……でも方法はあるわ」

 

 マオの願いに対して、女神はふたつの答えを持ち合わせていた。


「ひとつ目は彼女がこの世界で早めに飽きるようすること。そうすれば私の経験上、十五パーセントほどの確率でコスミリュウタの世界を破壊されずに済むわ」


「す、少ないなぁ……」


「ふたつ目は彼女に飽きさせないことよ。貴方たちが精いっぱい彼女に付き合ってあげれば、彼女は貴女たちと遊び続け、世界に手を出すのを止めるでしょう。この世界を気に入ってくれれば破壊しないでいてくれるかもしれない」


 それを聞いて悩んだ後、マオは何とか立ち上がった。

 

「やるしかないな。ふたつ目」


 ガッツポーズをして仕事に戻った。

 まずはジュレタの宣言した通り、彼女が遊びに来るまで待つ。だが、それはまだまだ先のこと、マオの予想もしない時に来るのであった。


 ▼▲▼▲▼▲


 一日を終え、家に戻ろうとしたときには外はだいぶ暗くなっていた。


「前はこんなに暗くなかったぞ?」


 マオの世界と違い、季節と動く日の長さが興味を引いた。

 毎日コンビニから帰りながら見ていたオレンジ色の空は、暗い色に変わっていた。

 それに、店長も夜は危ないからと今日は三十分ほど早く切り上げさせてくれた。


 ひとり路地を歩くマオ。ふと見覚えのある顔とすれ違い、振り返った。

 それは自転車に乗って反対方向に走る白崎さんであった。


 マオが振り返って少し、白崎さんは自転車を止めてマオの近くまで押した。前のかごにはエコバッグ、後ろには幼い男児がシートベルトで固定されていた。


「こんにちは」


 赤ちゃんが手を叩いて笑うほど優しい声で白崎さんはマオに何をしているのか尋ねた。

 マオは最初ビクッと肩を震わせたが、少し経って落ち着いた。


「まあ、コンビニでバイト!えらいわ」


 先ほどまで何をしていたかを彼女に説明すると、多分マオがとても幼く見えるのか、バイトをボランティアのように考えていそうだった。


「私はこれからお買い物なの。最近暗くなってきたから気を付けて帰ってね」


 そう言って、白崎さんは自転車をこいでいった。


「未だ奴は苦手だ……」


 マオは小さくなっていく自転車の後ろを見ながら呟いた。


 家に着いたマオはすぐにソファーに寝転んだ。寝るときに使う枕を抱き枕のように股の間に挟む。


 今日は彼女にとっても週で最後の勤務日。明日は週末で休みなのだ。

 一週間の疲れが放出されていて、彼女は初めての仕事一週間、終わりの時にはグダグダになっていた。


「ただいまー」


 琉太はマオが反応してくれたことで、帰ってくるとき毎回「ただいま」と言うようにしていた。


「ちょっとマオ、ドア閉めとかないと暖かい空気が漏れちゃうでしょ」


 琉太はリビングから各部屋に通じる扉の中で空いているものを指差した。


「すまぬ、リュタ」


 マオはすぐに起き上がり、謝りながらドアを閉め始める。


「いいよ。俺の親もなかなか閉めない人だったからさ。部屋がいつも寒かったよ」


 琉太は実家に暮らしていた時のことを思い出した。異世界での記憶が壮大なせいで、それより過去の記憶は呼び戻しづらく感じる。


 すると、タイミングを見計らったように、琉太の携帯に一件の通知が来た。


「琉太、明日お前の家に行くぞ」


 短い一件だったが、情報量は琉太にとって莫大なものであった。

 

 すぐに電話を切り、ソファーの肘掛けに置いた。

 頭をつかみ、髪を手でボサボサになるまで掻いた。


「明日?嘘だろおい、今日のうちに掃除しとかないと!」

  

 彼はアパート内のきれいさ、清潔さを気にしていたが、今となってはもうひとつ悩み事があった。


「うわー、彼女を作れとか言われたよ……」


 この自身の一言に琉太はあることを再び思い出させられた。


 彼は今、かつて異世界で勇者だった時に世界一綺麗だと直感した魔王とともに住んでいる。

 

 琉太は瞬時にマオのことを見た。

 彼女は「何だなんだ」と琉太の慌てている理由が分からなそうな顔をしていた。


「マオが、彼女に……?」


 琉太はマオのことを見て勝手に恥ずかしくなり、反対の壁を向いた。


「落ち着け……彼女になるんじゃない。両親が来ている間だけ、彼女のフリをしてもらうんだ。そう、フリっていうのが大事……」


 琉太がブツブツと独り言を言っていると、マオが彼の背中を軽くポンッと叩いた。


「おい、どうしたんだ?リュタよ」


「きゃっ!」


 琉太は女の子のような悲鳴を上げて跳ね上がった。


「さっきからカノジョ、カノジョ、と一体何なのだ」


 マオは自分を見ては無視しているようにそっぽを向く琉太に腹が立ち、頬を膨らませた。


「えっと、明日の休み、急に両親が来ることになったんだ」


「リュタの父と母か。それは是非あってみたいものだ」


 絶望しかけている琉太とコントラストに、マオは自分とともに暮らしている琉太の家庭をもっと知れる機会ができてうれしかった。


「そこでなんだけど……彼女のフリをしてほしいんだよね」


 琉太は手を合わせて頼んだ。


「カノジョとはなんだ」


「その、お互いが好きで一緒にいたいと思うふたりがいて、その女性側が彼女というか……」


 琉太自体彼女ができたことなく、説明するのが難しかった。

 異世界に行く前は会社の後輩、異世界にいた間はパーティの女性をあわよくば関係を持てないかと思っていたが、女神が四六時中監視していると思うと、なかなか女性との発展はなかった。

 

 そして決戦。琉太はマオを初めて見た時から世界一美しいと思った。

 マオもまた、琉太に一目ぼれしていた。

 

 琉太のカップルの条件に見事に寄り添う。琉太も当時はなかった恋心を抱き始め、今となっては互いが好きで一緒にいたい、一緒の屋根の下という状況。


「リュタは我に対してそう思っているのか?」


「……」


 マオの突然な質問に琉太は固まってしまった。


「いや、えっと、彼女のフリをしてほしくて、本当に彼女になるわけじゃなくて……」


 必死に説明し、ようやくマオにも理解してもらったが、琉太はその時のとても残念そうなマオの顔を見逃してしまったのだった。


 「あー、掃除も手伝ってくれないかな?」


 「我も住ませてもらっている身だ。手伝おう」


 散らかったリビングを観察していた琉太は、マオの少しトーンの低い声にも気づかなかった。


 ▼▲▼▲▼▲

 

 夕食の後、二人はすぐに取り掛かった。

 まずマオが素早い動きで邪魔なものを全て部屋の片隅にどかした。

 そして次に琉太の物とマオの新しい洋服を分けた。


「これは俺の部屋に置いてきてくれないか?タンスがあるからその中にしまってくれると助かる」


 琉太はそう言って畳まれた服をマオに渡した。

 マオが琉太と自身の服をしまっている間に、琉太はキッチンの食器や料理器具を洗って片づけた。


 その後はマオの怪力でソファーごと持ち上げてもらい、床を掃除するなどした。

 

 ふたりはせっせと部屋を片付け、約三時間後には大掃除が終わり、リビングと琉太の部屋や他の部屋なども合わせて全て綺麗になっていた。


 あとは明日になっての彼氏、彼女演技である。

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