7「魔王、勇者、女神とその妹さん」
瞬きをした瞬間、マオはコンビニにいた。
女神との会話が夢のようだ。
「何だったのだ?今のは……」
マオはその後、店長に昼食をもらってから、再び仕事に戻った。
その後も客が何人か来たが、大きなトラブル無く接客することができた。
敬語が怪しいものの、店長は彼女の働きっぷりに満足しているようだった。
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琉太に預けられた鍵を使い、アパートに入る。
少しもしないうちに琉太が帰った。
「ただいまー」
ドアの鍵が空いていると気づいた時、琉太は試しに言ってみた。ただいまと、自分の帰りを誰かに伝えたのはいつぶりだろうか。
「リュタ、帰ったのか。テンチョーに褒められたぞ」
また褒めて欲しい犬のようにマオが近づいてきた。
琉太は小さなため息をついて、帽子を被ったままの彼女の頭を撫でた。
「はいはい、えらいえらい」
「ばっ、馬鹿者!何をするのだ!」
マオは恥ずかしそうに琉太の手を振り解く。
「着てくれたんだね、服」
琉太は嬉しそうだった。
「へへん、どうだ?人間は面白いものを作るのだな。この生地は一体何だ?」
「ポリエステルと綿じゃないかな」
「ポレポレタ?」
「ポリエステル。化学繊維だよ、プラスチックみたいな」
琉太はゴミ箱の中から捨てられたサンドイッチのプラスチックを取り出した。この世界に来て初めて琉太がマオと会った時に買ったサンドイッチだ。
「ほほう。これを着るのか」
琉太が見ていない間にマオはゴミ箱からプラスチックの容器を漁り、服の中に詰めていた。
プラスチックの動く音がカシャカシャと聞こえ、服からあふれ出そうだ。
「ん?あまり心地よくないぞ」
マオは本当に不思議そうに言うが、それが琉太にはとても面白かった。
「加工して作り変えるんだよ。リサイクルされたペットボトルが服になるのはあるけどそのまま着るんじゃないよ!」
琉太は必死に笑いをこらえながら腹を抱えた。
「そうだリュタ。コンビニで……」
マオは真剣そうに話を始めようとしていたが、琉太は耐えられそうになかった。服の襟からコンビニ弁当の蓋が飛び出ている人の話なんて真面目に聞けないだろう。
「マオ、ほんとに全部脱いでシャワー浴びてきな」
口をも手で押さえながら琉太はマオを遮った。
琉太が何に笑っているのか全く分かっていなさそうなマオの顔がトドメであった。
「分かった。貴様の言うとおりにしよう」
そう言ってリビングのど真ん中で脱ぎ始めるマオ。
「わっ、わっ!」
パラパラとプラスチックが腹から落ち、マオのへそが見えた。
服を持ち上げ始めた彼女の手を琉太は掴み、そのまま風呂場に引き連れて行った。
数分もしないうちにマオは別の服に着替えて出てきた。髪の毛はまだ少し濡れている。
「マオ、おいで」
琉太はマオをソファーに座らせると、ドライヤーとくしを取り出して彼女の髪を乾かし始めた。
絡まっていた髪の毛を整えてもらいながらマオは今日コンビニで会ったことを話す。
「働いている途中、女神に会った」
マオは女神と謎の空間で話したことを琉太に伝えた。
ブチッと髪の毛が抜ける。
琉太は動揺してくしを強く引っ張ってしまった。
「あっ、ごめん……」
マオは琉太の謝罪をすぐに受け入れた。
「よいよい、髪などすぐ生える。……やはりリュタも女神に会ったことがあるのだな」
お構いなしにマオは話を続けた。
女神と話した内容を全て琉太と共有した。
「勇者が生まれる?」
「そうだ。正確には誰かが勇者となるらしいのだ」
マオは女神の言ったことを思い出す。
「それにしても、貴様はもう勇者ではないのだな。力も」
「うん……」
「お出かけというやつの時もか?」
「もっと早く言うつもりだったんだけど、いう時間がなくって……」
マオを失望させてしまったかと思った琉太だったが、マオはくるっと後ろを向き、琉太を抱きしめた。
「いいや、かっこよかったぞ。リュタは未だに我の勇者だからな」
琉太は微笑んでマオの周りに腕を巻いた。
「別の勇者が来ても、俺がマオを守ってあげるよ」
琉太は鼻の下をさすりながらマオの頭を撫でた。
「それは頼もしいな」
マオは今度、顔を赤くしながらも彼の手を受け入れた。
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次の一週間、マオは琉太が会社に行っている間だけコンビニでバイトをしていた。昼ごはんも店長が用意してくれたので心配はいらなかった。
事故無く接客で来ていたマオ。回数を重ねるごとにレジの扱いに慣れていき、接客対応も質が上がった。
だが、やはり面倒な客は定期的に来てしまう。
金髪のヤンキーっぽいお兄さんがポケットに手を入れたまま、コンビニに入って来た。
「チッ」
舌打ちをしながらカウンターに行き、マオの後ろを指した。
「タバコ、40番」
彼はマオに指図するように言ったが、それをマオは気に入らなかった。
「お願いしますと言え。あと年齢確認が必要らしい」
画面の文字を読み上げながらマオは彼を注意した。
「ああん?ババアてめぇ目腐ってんのか?俺様何歳に見えるよ!」
男は大きな声で言った。
マオは今すぐにでも宇宙に殴り飛ばしたかったが、琉太と店長のことを考えて腕を引っ込めた。
マオは黙って40番の煙草をとり、スキャンした。
そして男を見上げる。
手入れのされていない髭は絡まっていて、肌もあれている。
「我から見れば貴様らなど全員赤ん坊も同然だ。確かに貴様と比べたら我は年を取っている」
マオはさすがに男が三十超えていると判断できたが、男をイラつかせるためにそう言った。
「いい加減にしろよ!ああ?!」
男は怒鳴り、カウンターに足を上げてマオの服の袖を掴んだ。
マオが男の行動にもう我慢ならず、地面に叩き込むところだったその時、もうひとりの客がコンビニに入って来た。
「おい、お姉ちゃんを離せ!」
幼く、聞き覚えのある声だった。
そう、初日にお菓子を買っていった少年であった。
「小僧……」
マオは少年に心配を掛けぬよう、笑って見せた。
「なんだよてめえは」
男はマオの袖を離したが、ターゲットを少年に変更した。
だが男が何もできる前にマオは彼の肩を掴んだ。
「まだ終わっていないぞ」
彼女の目は怒りで燃えていた。
「そいつに指一本振れてみろ。首が飛ぶぞ」
彼女は魔王覇気を駄々もれにして威圧を掛けた。
「チッ……こんなとこ二度と来るか」
男は弱々しくなった声で言い捨てて行った。
少年はマオの下に近寄り、彼女の足にくっ付いた。マオは琉太より背がだいぶ低いが、この子供はそのマオよりも低く、小さかった。そんな子供がマオのために声を上げて身を張ってくれたのだ。マオにとってはなんだか琉太の小さい版で少し可愛かった。
「よくやった小僧。ん……?」
マオは子供に何かを感じた。勇気のあふれ出るような、強力なエネルギーが。彼からはとてつもないオーラが感じ取れて、彼女は身体を震わせた。
まさか……?
「そうよ」
女神の声がした。
「彼が勇者なの。でも自身が勇者だということは知らないわ。時期に気づいてしまうのだけれど」
女神はそう告げるとまた黙り込んでしまった。
「な、何事だ?!」
ようやく店長が駆け付け、マオと少年を見つける。
少年はマオとともに一部始終を伝えた。
「君たちー!本当によくやってくれたよ」
店長は嬉しそうに言い、ご褒美だと言って子供にお菓子を一袋あげた。
「引き続きよろしくね!」
店長はますます安心したようで、マオに託した。午後は店長も手伝うが、来客の少ない午前は今やマオに任せっきりである。
「小僧、勇者って知ってるか?」
マオは探りを入れて少年に聞いたが、彼はなにも知らないようだった。
「ゲーム?」
少年はキャラクターか作品名だと思っていったが、これもまたマオには新しいものだった。
「そのゲームというものは何だ?」
マオは少年に聞く。
「キャラをコントローラーで動かすんだ!」
少年は丁寧に説明し、自分の好きな作品も伝えた。
「お姉ちゃんはやらないの?」
少年に聞かれ、マオは頭を横に振った。
「じゃあいっしょにやろうよ!」
と子供。
彼はマオについてきてほしそうだったが、マオはそれよりも彼が自分を倒す勇者だということを気にかけていた。
「すまない小僧。我は今仕事中でな」
少年は悲しそうな顔をした。
「そっか……また今度でいい?」
「約束だ」
口先で約束を交わし、少年はコンビニから出て行った。
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ガラスの自動ドアから少年が見えなくなった瞬間、またマオは女神との空間にいた。
「またここか」
マオはすぐに頭上に浮く女神を見つけ、要件を聞いた。
「今度は何だ?女神よ」
「勇者の話よ」
「あの小僧のことか?」
「ええ。あの子が勇者よ」
女神は頷いた。
「でも、早いわね。勇者が自然に誕生するなんて何百年もかかるのに」
「そんなにかかるんだったら我を勇者が討伐しに来るよりも前に琉太は亡くなっているのでは……?」
本来だったらこんな一週間ちょっとで勇者が現れるはずない。琉太の生きている間に勇者が誕生するのは極めて珍しいはず。それも、あの少年がいったいいつ勇者になったのかも分からない。マオと最初に出会った日からかもしれない。
その上、勇者が地球上の誰でもなれるのに対して、すでにあったことのある数少ない近所のや勇者になったのも異常である。
「そうだわ。おかしいわね……」
女神はいくつもの可能性を考えたが、こんなにも偶然が重なる理由は思い浮かばなかった。
ひとつ以外は。
「まさか……ね」
女神は頭の中にある予想を否定した。
しかし、現実は変わらない。
突然、マオと女神の間の空間が歪む。そこには真っ黒なゲートが開き、中からは紫色の髪をした女性が現れた。
女性はマオと同じような角を生やしていたが、オーラがまるで違う。誇り高き魔王が今度は隣に並ぶと赤ん坊である。
「ニシシッ、バレちゃった?」
口に手を当てながら女性は笑った。
身長はマオよりもさらに低く、つやのかかった水着のような服を着ている。
「貴女ですか……」
女神は紫髪の少女を知っているようだった。
ため息をつき、頭を押さえている。
「そうだよ、お姉ちゃん。面白そうだったからつい、ね!」
低身長の女はとても高い声で言った。
「君が魔王のマオちゃん!うちはジュレタだよ」
一メートルも離れていないのにジュレタはマオに手を振った。
「もう予想着いてると思うけど、そう!うちがあんたをこの世界に連れてきたんだよねー」
彼女は早口でずっとしゃべり続ける。
マオは口を開いたが、何か言える前にジュレタがご丁寧に説明してくれた。
「まぢで、あのまま当たってたら大怪我じゃあすまないね。うちに感謝しなよ?んふふ」
「ジュレタ、下がりなさい」
姉の女神がやめろと言い、ジュレタはにっこりしながら即座に黙り込んだ。
「聞かなければならないのはまず、あの子を勇者にしたのは貴女かということよ」
女神は指先で遊んでいるジュレタの目を見て聞いた。
「あー、あれね。うん、うちのピックだよ!可愛いっしょ」
ジュレタは指を鳴らすとともに言った。
「なぜこういうことをしたのです?」
女神は妹に責任を問うつもりだったが、それをも聞かずにジュレタは出てきたゲートに履いて行った。
「安心してマオちゃん。こんど遊びに行くよー」
そう言って暗闇の中に消えて行った。




