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6「正式にコンビニのお姉ちゃん」

 次の日、マオの正式なバイトが始まった。琉太に引き取られる前、品川店長の下で働いていたが、それはどちらかと言うと商品を勝手に食べた償い。コミュニティーサービスの弁償でもあった訳だ。

 琉太はマオの新しい職場のコンビニと違って、遠くの会社のビルまで出社しなければならない。マオの引き取られた翌日のように、彼女が朝起きたころにはもう琉太は家を出ていた。


「今日はテンチョーに迷惑をかけないように頑張るぞ!」


 ひとり、自分に言い聞かせたマオは琉太によって用意されていた朝食を食べた。


「早速着替えようではないか。だがテンチョーが働くときの服をくれるぞ?ならば、このまま行ってもよかろう」


 マオはほとんど裸の状態で家を出ようとしていた。着ていたのは昨日購入した下着のみ。

 

 昨夜風呂から上がり、寝間着に着替えようとしたところ、琉太の用意した電気毛布の暖かさを肌で感じたいと言って下着だけになってしまったのだ。

 

 部屋のど真ん中で急に脱ぎ始め、ほぼ裸でベッドと化したソファーの毛布に潜り込んだマオ。

 その時どれほどに琉太が恥ずかしく、必死に視線を逸らしていたことか。


 そして朝、何故かコスプレだと馬鹿にされないよう、ただのかわいい飾りだと思わせるための帽子だけはきちんと被って外に出ようとした。

 

「うーむ、やはりせっかくリュタが買ってくれた服を着るべきか?そうだな。帰って来た時のサプライズだ」


 アパートのドアノブを回し切って、ドアを開ける直前にマオは運よく思いとどまった。

 ヘタすれば外に出て警察に見つかり、交戦が始まってしまう。もう少し遅ければそれが未来だったかもしれない。そうなれば魔王コスプレ少女どころではなく、ただの変態女になってしまっていた。

 

 ショッピングモールで買った服は既にタグなどが取り外されていて、一度洗濯していた。洗剤の匂いがプンプン漂う衣服は綺麗に折りたたんであり、マオは部屋の隅に整えてあった洋服の中からひとセット手に取った。


「変な匂いがするぞ」


 服を鼻に当てながらマオは息を吸う。


 早速着替え、タイツを履いた。


「キツイな。それなのに動きやすい。不思議な素材だ」


 タイツに感心していたが、当然他の部位の服で伸び縮みや暖かさを称賛していた。


「よし着替えたぞ。出発だ」


 鏡の前で琉太に会った時のポーズを少し考えてからマオはコンビニに行った。


 ▼▲▼▲▼▲


「テンチョー!来たぞ」


 マオは元気な声で店長に呼び掛けた。

 空いているコンビニには品川店長がひとりだけ。変な時間帯ということもあり、客がいない。


「お、来てくれたか。えっと、確か名前は……」


「マオになったのだ」


「そうかい、マオちゃん」


「あの勇者リュタでさえも敵わぬ狂人、シラサキに名付けられたのだ」


 マオはどうやって魔王からマオとなったのか、その経緯を簡潔に説明したが、やはり店長は彼女の母親がシラサキであり、名前を付けただけだと思っている。なんならマオは母親に捨てられて、そのためコンビニで食べ物を食い荒らすしかなかったと。


「つらい過去があったんだね。じゃあ仕事を始めようか?」


 マオの予想通り、店長は彼女にコンビニの制服を渡し、裏で着替えさせた。


「よしテンチョー。バイト?というものを始めようではないか!」


 店長に辛い過去と言われ、マオも店長は遂に自分がこの世界に転移した魔王だ、と信じてくれたと思って張り切っている。


 マオは制服の袖に腕を通す。帽子はそのまま被っていて、角の飾りをつけた帽子だと思い込んだ店長は軽く了承してくれた。

 数分後にはレジ裏に立ち、接客の準備が出来ていた。


「やることちゃんと覚えてるかい?」


 (わず)か三日ぶりではあるが、マオが仕事内容をできるかを確認した。品川店長は最初の客が入り、ソーダ缶をもってレジに持ってくるところを見て、マオの接客を観察した。


「いらっしゃいまーせー」


 特に言葉の意味も分からずにマオは教わった通り口から出す。

 灰色のパーカーを着た男が缶を一本レジに持ってきたのを見て、マオはバーコードリーダーを手に取る。


「貴様、袋はいるか?」


 マオは手順を思い出して対応した。だがどうやら教わった敬語を忘れてしまったようだ。


 店長はマオの失礼な態度に慌て、腕を振るわせながら唇を噛んで男を見つめた。

 今にも寝てしまいそうな顔をしていた男はマオの言葉に無反応だった。


「おい、袋はいるかと聞いているんだ!」


 マオが怒鳴ったのに店長は歯を食いしばる。介入したほうが良いのか迷うが、客の男もまたボーっとしていて割り込みづらいのである。


「あっ、袋?んー、いらないっす」


 眠たそうな男は眠たそうな声で言った。


 マオは頷き、代金を読み上げる。


「よし、165えんよこせ」


 マオは手を差し出す。口調と言い、態度と言い、マオがパーカーの男を強盗しているようにも見える。


「ういー」


 男はスウェットパンツのポケットから五百円玉を取り出し、マオの手中に落とした。


 店長はこれまでのマオの行動を見て、お釣りの計算なんてできないだろうと手伝いに寄ったが、マオはなかなかの速さでレジを打ち、お釣りの分を男に返した。

 

「335えん返すぞ」

 

 礼儀、敬意皆無の魔王だが、計算能力はちゃんとある。この魔王、もし高校、大学行っていたら理系だったかもしれない。


 マオは最後教わった通りに、そして昨日ショッピングモールで琉太がやっているのを見たのをまねて、パーカーの男が帰っていくのにお辞儀をした。


 「できたぞ」


 マオはなぜかとても満足そうな顔だった。


 店長は首を横に振りながらマオの肩に手を置く。


「ちょっとだけ、ね?」


 彼はマオに敬語を使うよう伝えた。


「ほら、目上の人に使うような、ですとかますとかをつけるでしょう?」


「あー」


 マオは少し考えたが、ですやますを聞いたことがあることを思い出した。


「たしか、我の部下が良く使っていたぞ」


 店長はまた魔王ごっこかと呆れたような顔をしていたが、マオがきちんと分かれば良いと思い、マオに任せることにした。


「うん。じゃあ私は他に仕事があるからここは任せてもいいね?」


「任せられたぞ、テンチョー。我に失敗はない!」


 マオの威勢のいい答えにニッコリし、店長は裏へ入った。


 マオはじっと次の客を待つ。ズレてしまった帽子を直していると、ひとりの子供が入ってきた。


 子供はコンビニに入るなり、お菓子のあるコーナーへ歩いて行った。右手には小銭を少し持っている。


 子供はしばらく悩み、色んなお菓子を手に取り、頭を傾げては戻した。

 

 マオはその可愛らしい姿を見て、子供がレジに来てくれるのを待った。

 しかし子供は値段に悩まされているようだ。


「うーん、これはいっぱい入ってるけど、こっちの方が美味しい……どっちも買うには足りないよぉ」


 子供は手元にある小銭を数えて言った。


「おい小僧」


 マオが呼びかけると男の子は初めてレジの方を見た。

 彼の目には角の生えた帽子を被った背の低い女性がいる。子供の彼はマオに一目惚れしてしまった。


「こっちへ来い、です」


「ふぇっ?」


 恐る恐る悩んでいたお菓子を両方ともマオのところまで持っていくと、カウンターに置いた。

 

「あの、お金が足りなくって……」


 マオがどっちもスキャンすると子供は言った。

 それにマオは困惑している子供に言う。


「安心しろ小僧。貴様の分は払ってやる、ます」


 しかしマオは日本円を持ち合わせていない。

 ましてや、異世界の通貨ですら持っていない。

 マオはふたつのお菓子を渡し、店長には自分がまたお腹が空いて食べてしまったと言い張るつもりだった。


「持って行けですます」


 マオが代金をひとつ分しか貰わずに、お菓子をどちらも子供に渡した。


 その時、マオの頭の中に声が響いた。

 女性の声だ。


「魔王よ、硬貨を一度確認してみなさい」


 マオはキョロキョロと辺りを見回したが、コンビニ内にいるのは確かに自分と子供だけ。

 

 子供はマオの様子に頭を傾げている。


 怪しいと思ったマオだが、言われた通りに子供の置いた小銭を数える。


「うん?小僧、これ5えんじゃなくて50えんだぞ。汚れすぎて5えんに見えたのだな」


 子供はマオの指差した硬貨を手に取ると目を大きくした。


「ほ、本当だ!」


「これで買えるな」


 マオはお釣りの分を子供に渡したあと、お菓子をしっかり持たせた。子供はどちらも買えてとても嬉しそうだ。


「お姉ちゃんありがとう!」


 子供にお礼を言われ、マオは少し嬉しかった。


「また来い」


「うん!」


 元気な返事と共に子供はコンビニから消えて行った。


「さてと、声の主はどこだ?」


 マオは辺りを見回すが、やはり誰もいない。


 そして突然、視界がぼやける。


 前が見えなくなり、ふらつく。


「うーん……」


 見えるようになった時には何もない空間が目の前に広がっていた。


「ここは……どこだ?」


「幻よ。貴女の身体はまだあそこにいるわ」


 同じ声が聞こえる。


 そして突然目の前に現れた女性。

 彼女は露出の多いようなドレスを着ていて、宙に浮く椅子に座っていた。長い金髪の髪が背もたれに垂れている。


「誰だ?」


 マオは冷静に人物を見つめる。少し驚いているが、外には見せない。


「私は女神よ」


 宙に浮く彼女はそう名乗った。


「私は其方の知っている勇者、リュウタ・コスミを貴女の世界に呼んだ者でもある」


 琉太の名前にマオはピクっと動いたが、それ以上反応しないようにした。


「そうか。ではそんな偉大な女神がなぜ我と小僧に介入を?他にもっとやらなければならない大事なことがあるのではないのか?」


「それについて話に来たのだわ」


 女神は深刻そうに顔を少し下げ、マオを見上げる。


「この世界は、崩れている」


 マオはどういうことか分からなかったが、すぐに女神は教えてくれた。


「貴女をこの世界に転移させたのは私では無いの。勇者を転移させた時、貴女がこの世界に来ていると言うことを知らなかったわ。そのせいで今深刻な状態なのよ」


「どう言うことだ?」


「私は数々の世界に魔王が現れた時、勇者を送り出して討伐させるの。魔王は消えても新しい魔王が生まれ、勇者が敗北しても新しい勇者が送られる」


「つまり?」


「勇者リュウタは勇者の力を返したから、もう勇者では無い。だけれど貴女は未だ魔王。この世界に勇者と魔王のサイクルが始まるわ」


「勇者が誕生すると言うことか?」


「ええ……」


 女神は間を置く。


「貴女を倒すための勇者が」


 マオは少し考えた。


「だが、それは貴様が女神として勇者を召喚しなければ良い話では無いか?」


「普通は魔法で勇者を召喚させるでしょう?」


 女神は王国で琉太を召喚した時の話をしていた。


「そうなのか?」


「そうなのよ。その場合は私が適当な勇者を送るだけ。でもこの世界にはそんな魔法はない。貴女が来たことでプロセスが早まり、自動的に勇者が誕生してしまうわ」


「……」


「勇者を殺してもダメよ。貴女が死ぬまで来るわ」


 貴女が死ぬまで……

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