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5「塩っぱい煎餅とサイダー」

 ショッピングモールに着いて、靴と服を買ってもらった元魔王のマオ。

 そしてその代金を支払った元勇者の琉太。

 マオがコンビニの店長からもらった分の給料はとっくに使い果たしていて、琉太の財布からどんどんお金が消えて行った。

 

 マオの新しい服を両手に持つ琉太、新しい靴でショッピングモール内を歩くマオ。


「その角を次はどうにかしなきゃだな」


 琉太は服の入った袋を持ち変えながらマオのことを見る。


「これか?」


 マオはジャケットのフードで隠している角を指差す。


「そうだよ。普通の人は角なんか生えてないからな」


 琉太はショッピングモールの中を見渡した。人間に角なんて生えていないが、異世界では稀にあったことだ。自分の言ったことに確信が持てず、琉太は辺りを確認した。


 マオはこの世界に来て、魔王だと信じてくれる人間がいなかった。皆、コスチュームだと、衣装だと馬鹿にされていると思っていた。琉太によってもう自分がこの世界では魔王ではないと気づかされたマオだったが、プライドの高い彼女は魔王という称号を簡単に手放すわけにはいかなかった。しかし、偽魔王だと笑われたくもない。角を見て誤解されたくないのに、角は隠したくないと言うのだ。


「リュタなら我のために何か思いついてくれるであろう?勇者はすべての人に手を差し伸べて世界を旅したと聞いたぞ?」


 マオは口元をニヤつかせて琉太のことを肘で突いた。



「だからな、隠したくて、でも隠したくないって矛盾にしてもほどがあるぞ」

 

 琉太はため息をついた。

 他にマオのため、ここで今のうちに買っておくべきものは何だろうと考えながら歩いていた時、警報の音がうるさく鳴った。


 ジリリリリリリ!


 前方から音とともに全身黒の服装の人物がふたり、こちらに向かって真っすぐ走ってくる。


「これ、全部できっと百万は行くぞ!」


 泥棒達はポケットと両腕からアクセサリーをこぼしながら走っていた。

 後ろには警備員が追いかけているが、なかなか追いつきそうにない。


「誰か止めてくれー!」


 ガラスの散らばる床に転げ落ちているアクセサリー店の店員の前を通る警備員。


「どけどけ!」


「邪魔だ、邪魔だ!」


 こちらに向かって走ってきているふたりの男は大声を上げて通行人を押しのけて進む。

 ほとんどの人は避けるが、立ち止まった者や、近すぎると思われた者は彼らによって突き飛ばされた。


 琉太たちはちょうど彼らの進行ルートのど真ん中に立っていた。本来なら勇敢に立ち向かうところだが、かつてのような勇者の力がない琉太はそんな場合ではなかった。怖気づいてしまった彼は逃げるどころか足が固まってしまい、その場から動けなくなってしまった。


 これを見てマオはうまく勘違いしていた。琉太が動かないのは彼が強盗に立ち向かおうとしているからなのだと察した。


「リュタ、彼らを止めると言うのか?さすが勇者だ」


 彼女は琉太を勇者として肯定した。


「へ?!」


 彼女の勘違いに琉太は声を上げる。


「だが安心しろリュタ。貴様が出るまでもない。ここは我が片づけよう」


 そう言うとマオは向かってくる強盗を見つめた。


「おい!退()かないと刺すぞ!」


 他の人たちが壁に張り付いている中、全く動かない琉太とマオのふたりに泥棒ふたりは戸惑う。

 刺すなどと言ってナイフを出し、脅しているが、彼らに本当に刺すつもりはなかった。ナイフを向ければ退いてくれると思っていたのに、予想外の展開に彼らは足を止めた。

 ひとりがナイフを胸の高さまで上げ、こちらに向けて振っている。


「おい、いいのか?本当に刺しちまうぞ?!」


 彼は女々しい声で言い放った。


 しかし、琉太は相手の声色を伺っていられる状態ではなかった。琉太は本当は今すぐにでも跳び退()きたかったが、足が床に根を張ったように動かない。


「我らに遭遇したのが運の尽きだな、悪党ども!」


 マオは基本的に他者を助けない魔王だが、この世界に来てなかなか魔王だと認めてもらえず、力も使えないマオはそろそろ限界に達していた。


「覚悟しろ!」


 マオは強盗どもを指差すと、琉太の方を見た。


「貴様は左のを。我の遊び相手は右だ」


 そう琉太に指示すると、敵と睨み合った。


「ちょっと、マオ!」


 ナイフ持ちの強盗と戦う流れになってしまった琉太は大パニック。マオから視線を強盗達に戻すと、彼らのマスクで覆われた顔からは怒りがよみとれる。


「なめるなよ!」


 前に出ていた左側の悪党が琉太に向かってナイフを投げる。誰かを傷つけることさえできないほどの臆病な彼は目を瞑ってナイフを投げた。それも、明らかに琉太には当たらない斜め上に。


「わわっ!」


 飛んできたナイフに琉太も目を瞑り、顔をガードするよう、とっさに腕を上げた。

 しかし、彼の腕はこれまでマオのために買った服が入った袋を持っていた。重たい袋を持っていた腕の筋肉は常に上がるよう力を込められていた。そのため琉太が袋を落し、顔面を守るために腕を上げた時に、筋肉が自動的に動き、彼の腕は頭の上へと高く上がった。

 頭上高く上げられた琉太の腕は偶然にもナイフと接触し、ナイフが当たったととっさに判断した彼の体は恐怖で今度は筋肉を縮めた。結果、気づいたころには琉太の手の中に強盗のナイフがあった。


「あ、あれ……?」


 思わぬ事態に琉太も、強盗も目を大きくする。


「さすが勇者だ!」


 マオは琉太の活躍にコクリと頷き、ふたり目の強盗の相手をする。


「ガキが!」


 男はマオに跳びかかろうとすると、マオの素早い拳一突きに飛ばされた。

 マオは自分の力をよく知っていて、通常の力で殴れば死んでしまうと分かった。そのため、利き手でない左手を使い、強盗のすぐ左を狙って衝撃波だけで飛ばした。


「ぐはっ!」


 ガシャーン!


 宙を飛んだ強盗は右側にある店のガラスに衝突した。

 強盗は完全に気絶している。


「ひいっ!」


 マオの力を見たもうひとりの強盗は地面に跪いた。


「許してくださいー!」


 すぐに警備員も駆けつけ、二人の強盗を取り押さえた。

 警備員にお礼を言われ、琉太の持っていたナイフは回収し、強盗のふたりも連行した。


 一件落着だと安堵の胸を撫で下ろした琉太だったが、すぐに右側から男の怒鳴り声が聞こえた。

 

「おいおい!」


 それはマオが強盗を吹きとばし、ガラスをバキバキにされた店の店長だった。


「どうしてくれるのさ!」


 店長が指したのは穴の開いた帽子だった。


「ガラスは木っ端みじん、商品にも穴が開いた!」


 彼はカンカンだった。


「いや、でもしょうがないと……」


「うるさい!弁償してもらうからな!」

 

 琉太は強盗との事件を伝えようとしたが、怒鳴られてしまった。


 「ちょっとすみません」


 そこに駆け付けたのは警備員だった。


「ご苦労様です……」


 琉太は戻って来た警備員に挨拶をすると、今の状況を伝えた。


「なるほど。ではガラスはこちらで処理、修理しましょう」


 警備員はそう言うと、トランシーバーで連絡を取った。


「ふん、そうかい。じゃあ穴の開いた帽子はどうしてくれるんだ?」


 店長は少し落ち着いたが、まだ琉太に刃のような言葉を向けた。


「弁償してくれ!」


 琉太は頭を横に振りながら穴の開いた帽子を見つめた。

 

「どうしよう……」


 帽子の(つば)の少し上に穴がひとつ、右側に空いている。黒色の帽子は穴に角のようなガラスの破片がまだ刺さっていた。


「ん?まてよ……」


 琉太は奥の方の帽子に飾り付きの物を見つけ、何かひらめいた。


「分かりました。その帽子、買います」


 店長にそう伝えると、お金を渡した。


「よし」


 満足そうに店長は店の中に戻って行った。


「リュタ、良いのか?我が分からせてやってもいいんだぞ」


 マオが琉太に近づき、彼の様子を伺う。


 琉太は「もともとお前のせいでこうなったんだろ」と言いたかったが、強盗を片づけたのは彼女。明らかに感謝される側で、帽子屋の店長が悪いということは明白だ。しかし、帽子を買わされたとはいえ、琉太にはしっかりとした使い道があった。


「大丈夫だ。見てろ」


 琉太はマオの目の前でガラスを帽子から抜き取り、反対側にも穴を開ける。

 すでに穴の開いた帽子に何をしているのかが分からなかったマオだったが、琉太を信じて彼のプロセスを見守った。

 綺麗な穴を開け終わると、琉太はマオのフードを下げ、帽子をかぶせた。すると、綺麗に彼女の角が穴にすっぽりと入り、帽子をかぶることができた。


「これで角は隠れないし、帽子の一部に見えるから変じゃない!」


 琉太は自分のひらめきを嬉しく思った。

 

 彼はマオの頭に帽子をかぶせ、角が運よく穴とぴったりなのを確認すると、彼女の後ろに回り、マジックテープを調節した。彼女の髪の毛をしっかりとかき分け、挟まったりしないように気を使った。

 マオの頭にしっかりとフィットした帽子は角の支えもあり、強風でも飛ばされる心配はないだろう。フードがなくとも、頭の動かしやすさを犠牲にせず、外出ができる。


 マオは琉太の優しいタッチと新しい装備を受け入れた。

 コスプレだと言われたくなく、それでも角は隠したくないという要望をかなえてもらって、とても嬉しそうだった。

 

 琉太が彼女の髪を触ると少し震え、終わった途端に自分の前に現れた琉太を見上げる。

 彼の顔にはさっきのトラブルとは裏腹に、大きな笑顔であった。

 

「あ、ありがとう……」


 マオは自分の顔をじっと見つめ返されていることに気が付くと、小声でお礼を言いながら両手で帽子の鍔を掴んだ。鍔で顔を隠そうとして下に引っ張るが、角のせいで帽子は動かず、彼女の赤面した顔が琉太の見物となっていた。


「だが、我の角は変でないぞ!」


 恥ずかしさに耐え切れず、マオは顔を逸らす。


 琉太も彼女の表情を読み取ったらしく、自分も恥ずかしくなって同時に顔を逸らした。


 目の端からお互いをとらえる。

 マオの顔にもまた、笑みが映っていた。


「じゃあ、靴に服、角をごまかす方法も見つけたし、あとはおやつでも買って帰ろうか」


 琉太は床に倒れたふたつの袋を手に取る。


「分かった」


 マオは頷き、琉太の後ろにくっ付きながら、帽子屋のガラスをかき集めている清掃員を見る。


 琉太が浅くお辞儀をすると、清掃員の人もお辞儀をした。


 マオも琉太をまねして腰を曲げると、お辞儀が返ってきた。

 

 ▼▲▼▲▼▲


 しばらくすると、ふたりは煎餅をひとつずつ手にして店から出てきた。

 琉太はもう片方の手で袋を両方持っていて、中には煎餅の入った袋も入れてある。


「我も、持つぞ。重いだろう?」


 食べ歩きしているとマオが琉太の持っている大量の荷物を見て提案する。


 琉太は彼女の言葉に少し驚くが、平然とした顔を保った。

 

 乱暴なだけと思っていた魔王が、今日を通して一段と人間に近づいてきていた。いや、コンビニの店長の時に叩き込まれていたのかもしれない。ただ、異世界で決闘した時とは確かに違う人物であった。


「じゃあ、これをお願い」


 琉太は彼女の力の上限を知らないが、こんな袋を軽々と持ててしまうことくらいは分かる。

 だが、持てるからではない。女性には持たせたくないのだ。

 

 彼もまたマオをただの魔王ではなく、ひとりの女性として無意識に見方を変えていた。

 また、彼女の琉太と馴染もうとする勇気と優しさを踏みにじらないようにするためにも、煎餅の袋を渡した。


 ▼▲▼▲▼▲


「だいぶ喉が渇くな」


 電車を降りて、家に向かっている途中にマオが呟いた。


 琉太が煎餅の袋を渡したせいで、全て帰りに食べてしまったようだ。


「和菓子はそういうのが多いからね。飲み物を買っていくよ」


 琉太がマオを連れて寄った先は、ちょうどマオがお世話になったコンビニだった。

 カウンターには、顔見知りの店長がレジを打っている姿が見える。


 琉太はサイダーを手に取ると、カウンターに置いた。


「こんばんは」


 店長の背後にある時計を一目見てから琉太は挨拶を交わした。


「君たちか。元気そうだね」


 店長はとても嬉しそうだった。


「休日なのに、よく働きますね」


 琉太はサイダーをスキャンする店長の手を見て言った。スキャンナーを使う手はとても慣れている。


「バイトがあまりいなくてね。今の時間帯はひとりいるんだが、体調不良で休むと連絡が入ったんだ。それに、私は休みをとってもそれほどやることがないのでね」


 店長が財布を開ける琉太を見ていると、カウンターにマオが乗り出した。


「テンチョー、我にここで働かせてくれ!」


 店長は目を丸くしてマオの言葉を確認した。


「本当かい?それは助かるが……」


「本当だ。我は人の役に、リュタとテンチョーの役に立ちたいのだ!」


 店長は黙り込んで、琉太のサイダーの会計を先に済ませた。


「分かった。明日の九時からでもいいかね?」


 だがマオはひとりでレジに立つ彼をみて、今すぐに働きたいと言った。


「我は今からでもいいぞ!」


 しかし、店長は彼女を止める。


「今日は休日。ふたりでゆっくり、体力を回復してから明日来てくれればいい」


 マオはすぐに頷いた。


 そうして店長と約束し、コンビニを後にした。


「良かったな、マオ。明日から頑張れよ。俺が来る前から働いてたのは知ってるけど、あんまり頑張りすぎるなよ?仕事って体力だけじゃなくて精神力も大事だから」


 毎日ヘトヘトで帰ってくる感覚を思い出しつつある琉太は彼女に警告をしてサイダーを手渡した。


 プシュッという音とともにボトルのキャップが開く。


「魔王が疲れることはない。安心しろ」


 マオは琉太の忠告を軽く受け止め、サイダーを飲んだ。

 炭酸水のシュワッとした泡が彼女を驚かせる。


「プハッ!なんだこれは、我の舌を攻撃してくるぞ!」


 マオの口からサイダーが漏れ出し、数十ミリリットル無駄にしてしまった。


「あのコンビニというところは実にたくさんの不思議な物を売っているのだな」


 琉太はマオが炭酸水に驚くと思い、反応を見るためにいたずらがしたかった。それも運よくマオのバイト意欲を高めてくれたのだった。


 マオは再び口をペットボトルのふちに当てる。

 飲みながら炭酸の強さで苦しそうにする彼女の顔は、琉太にとっては見ていて実に面白いものだった。


「プハッ、一度休憩だ。飲むと喉が疲れてしまう」


 マオが口を離したのを見て琉太は背を低くする。


「あれ、魔王は疲れないんじゃなかったか?」


 琉太にニヤつかれているのを見ると、マオは残りのサイダーをすべて一気飲みした。

 飲み干した彼女は苦しそうに口を開閉していて、琉太はさらに大きくにやけた。


「まっ、明日頑張れよ。店長に迷惑かけるんじゃないぞ?」


「ああ」


 家に着くと、マオは長い間被っていた帽子を見つめ、寝るときにはソファーの隣に置いておいた。

 姿を隠さず、この世界に馴染むための絶好の道具。明日もコンビニにつけていく予定だった。

 そのまま、久しぶりに動いた疲れがマオを襲い、すぐに眠りついてしまった。

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