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11「これはただの遊び」

 マオがレジの後ろで暇している間に入って来たのは、マオが子供の勇者と共に撃退し、懲らしめた不良の軍団だった。

 煙草を欲しがっていたパーカーを着た中年のおっさん、アメリカンなタンクトップと迷彩柄のズボンを着てサングラスをかけている金髪男、体が大きく、顔に切り傷の跡があるヤクザのような男。様々なワルが団結していた。


 彼らはマオに追い出され、二度来たものは更にコテンパンにされた。マオはデコピンをした程度の感覚だったが、相手は骨が折れるか折れないくらいかの激しい痛みを食らった。

 一対一では到底敵わないと、彼らは二十人ほどの総勢力をもってコンビニに押しかけて来た。


 だがそれだけではない。彼らはマオの人外なパワーを使わせないため、あるものを用意した。

 コンビニ内に広がった不良たちは左右に退き、ゴツイマッチョひとりを通らせた。そのマッチョは肩に暴れる何かを担いでいる。

 それは人間だったが、小さく子供ほどの大きさ。見覚えのある髪色、ボサボサの髪。

 マオは一瞬にして少年勇者だと分かったが、人質に取られては行動できない。二十人いるからと言って、片手で全て片付けられない訳ないが、下手に全員ぶっ飛ばすと少年もけがをする可能性がある。


「お姉ちゃん!」


 不安そうにマオと目を合わせた少年は必死に暴れるが、担いでいる男の腕はほどけない。


「おい、変なことは考えるなよ?このガキがどうなってもいいのか?」


 マオに近い不良がひとり言う。

 彼らはマオが固まっているのを見て、少年が人質として役に立っていると確信した。


「ついてこい。このガキんちょが欲しいならな」


 不良たちはゾロゾロとコンビニから出ていき、少年を連れ去った。


 マオは何も待たずに、後を追って飛び出した。店長に状況を説明し、許可をもらうのを待つのは時間の無駄だ。

 帽子をかぶり直し、マオはコンビニを飛び出した。


「どこへ行った?」


 マオはあたりを見回すと、コンビニ近くの公園に集まっている集団を見つけた。

 近づいてみると、それはやはり不良の集団だった。


 彼らのうち、ふたりは少年の隣に付き添い、逃げられないように抑えていた。残りの男たちはゆっくりとマオを囲む。


「随分と可愛い子なのにもったいねぇ」


 ひとりが言った。


「そうだよ。女は黙ってればいいのさ」


 ともうひとり。


 彼らはマオを四方八方包囲し、手の届く距離まで接近した。


「ガキは返してやる。ただな、俺らにさんざんやって来たこと、お前にもお返しするぞ」


 彼らはリベンジを始めた。少年を人質に、マオを反撃させない。


 リーダーのような男が前に出て、マオの腹を思い切り殴る。


「おらー!」

 

 マオは後ろへ倒れ、地面に転がった。


「くっ……」


 男は地面に横たわったマオの腹を、足で蹴りながらヘラヘラと笑った。


「ざまみろざまみろ!」


 次の蹴りが入る前に、マオは瞬時に彼の服を掴む。

 だが、殴らない。


「そうだぞ。反撃したら、ガキがどうなるか分かるな?」


 マオは男の言葉にただ黙っていた。


「お姉ちゃん……」


 子供がマオの心配をして呼び掛けるが、マオはまた黙っていた。


「お姉ちゃん!」


 男が変に高い声で少年を煽るように真似る。


「ほら、お前らも好きなようにやれ!腹立たしいだろ?」

 

 彼の指示に他の不良たちが参加する。

 

 マオの体はサンドバッグにされ、殴られ、蹴られ、叩かれた。


「おらおらおら!血はまだか?痛いか?」


 マオの帽子も、コンビニの制服も汚れ、顔に土がついていた。ズボンは破られ、穴が開いている。靴は脱がされ、踏んづけられた。


 五分後、マオが人形のようにぐったりとし、動かなくなった頃に男たちは暴力を止めた。


「俺らに歯向かうとこうなるんだよ。分かったか?」


 リーダーのような男が最後マオの顔を踏んづけると、体重を乗せた。

 彼はぐりぐりと最後までマオを痛めつけた後、少年を開放してあげた。


「お姉ちゃん!」


 放たれた子供はすぐにマオの下へ駆け寄り、彼女の前で跪いた。


「……大丈夫?」


 彼はマオの顔を覗き込んだ。目に涙が籠る。


 マオは頭だけを動かし、心配してくれた少年の顔を見上げた。一滴の涙が彼女の顔に垂れた。


 少年は息を呑むと、立ち上がり、帰ろうとする不良どもに叫んだ。


「謝れよ!」


 後ろからした少年の一言に全員が止まった。


「お姉ちゃんに、今すぐ謝れよ!」


 この年齢の子供の母親が聞いたら、子供自身が不良になってしまったかと思うような声色と目つきだった。


「あ?お前もやられたいのか、ガキがよ」


 リーダーっぽい男はひとりで近づき、少年の腕を掴むと身体ごと地面に叩きつけた。


「グアアッ!」


 今まで感じたことのない痛みに少年は声を上げる。


「黙っとけよ」


 男がもう一発入れようとしたその時、マオが瞬間移動したかのような速さで彼の前に現れた。


「おい、我を殴るだけなら許してやろうと思ったのに、小僧を殴るなら話は別だ」


 彼女の声は今までにないくらい低かった。百獣の王が、獲物を見つけたような雰囲気。そして巨大な魔王覇気。それは近くにいれば命に関わるほどの強さの威圧だった。もう少し強かったなら、覇気だけで不良を殺せていたかもしれない。

 実は勇者の少年には無効の覇気。その威圧によって不良軍団は抵抗不可能となり、怖気づいた。彼らの本能が魔王と言う存在を理解した。

 

「ヒイッ!」


 と高い声を上げる男。


 マオは男の服を掴み、力を抑えながら投げ飛ばした。

 それでも、怒りにより強くなった投げは不良の体を何メートルか投げ飛ばすほどだった。


 さっきまでマオと少年のふたりを貶していた不良のリーダーらしき男も、放り投げられ地面に尻を付けている有様だ。

 女だからとマオを見下し、自分たちのことを狼だと思い込んでいた男達だが、今は立場が逆転し、子羊のように怯えている。


 マオがもう一目見ると、リーダーらしき男をひとり残して、彼らは大慌てで逃げた。


「えっ?!」


 逃げ遅れた彼にマオはゆっくりと近づいた。


「わ、悪かった。お願いだ!」


 マオは喚く彼に構わず近づく。


「お願いします!どうか、命だけは!」


 一メートルないくらいまで近づくと敬語に変わった。


「うっ、ううっ……頼みます。お願いします、どうか」


 ボソボソ鼻水で鼻声になっても、涙を流しながらマオに敗北を宣言した。


 マオは彼の頭を潰さないギリギリの力で掴み上げ、目を見て言う。


「我には勝てない。次、我らに手を出したら、四肢を捥ぎ取り、頭を火炙りにするぞ」


 マオの警告で、彼の頭の中には自分と他の不良が地獄よりも遥かに辛いであろう罰を受けることを想像した。


「はい……もうしません」


 怖くて、彼の喉からはかすれた声しか出なかった。


 マオが男を離した途端、彼は仲間と同じ方向に逃げて行った。


「もう大丈夫だぞ」


 マオはすぐに表情を切り替え、少年を見た。

 彼の顔はとてもショックであった。

 しかし、マオの強さにあこがれてもいた。


「わあ!やっぱりお姉ちゃんはすごいね!」


 少年はマオに向かって褒める。


 マオは自分の強さで褒められたことがなかったので、少し照れた。


 そこに突然、声が響く。


「あーあ、よわっちいなあ」


 ジュレタの声。マオのすぐ左に突然黒いブラックホールのようなゲートが開き、中からはジュレタが出てきた。


「まさか……」


 マオはジュレタが不良たちを団結させ、こんなことを指せたのかと疑った。


「そのまさかだよ。私がこの子たちにやらせたの。ふたりの反応、超面白かったよー!」


 ジュレタはマオと少年が苦しむ姿を見ていて、それを面白いと表した。やはり、女神が言っていたように、世界を滅ぼすことに楽しみを感じる心の無いのバケモノである。不良に暴力を振るわせるのは彼女の遊びのほんの初めだ。


 ジュレタはマオの後ろに隠れる少年を見つけた。

 彼の目は混乱で大きく開いていた。


「マオちゃんは何でその子を守るの?勇者なんだよ?私が設定した勇者だよ?」


 ジュレタは少年を指差した。


「我にも分からぬ。自分よりも弱く、守ってもらわなければいけない存在。それらを守るのが勇者の役目だと聞く。だが、こやつは違う。自分を守る力もない。だから守った」


 マオは素直に答えた。

 女神の妹となると、どんなことをするか、どんな能力を持っているか分からない。機嫌をとろうとして言ったことが嘘だとバレたら守った少年を地球もろとも吹っ飛ばされてしまうかもしれない。

 だから、マオのありのままの気持ちを伝えることにした。


 少年は突然現れた謎の悪魔に怯えていた。そしてジュレタとマオから勇者と呼ばれていることも理解が追い付かない。


「えっ、誰?勇者……?」


 マオはジュレタのエンタメのため、勝手に勇者にされた少年をかばい、ジュレタや自分のこと、彼が勇者であることを隠そうとする。


「なんでもない。大人の事情だ」


 これはマオが地球で習った、子供に言い訳するときのフレーズだ。子供だと思われているのか、琉太にも何度か使われたことがある。


 「ふーん、変な魔王。また遊ぼうね」


 歯を見せて笑い、ジュレタはブラックホールの中に消えて行った。


 魔王。

 

 変な魔王。


 マオは考えた。

 この世界に来た頃、大々的に自分を魔王として宣言してきた。それは異世界で人間の中で通っていた唯一の名だったからだ。「マオ」などではなく、「魔王」こそが彼女の名だった。

 だが今は違う。もらい方はどうあれ、「マオ」という新しい名を、本物の名を得た。

 

 それに魔王と言えば、異世界の人間どもが付けたた名前で、魔族魔物を束ねた者だ。魔王は街を燃やし、軍隊を壊滅させる。世界を支配しようとし、全てから嫌われる存在。

 しかし今はどうだ?もう異世界にはいない。誰も束ねていないし、世界を支配しようともしていない。何よりも、嫌われていない。不良は別枠だが、マオには琉太、品川店長、白崎さん、そして少年がいる。ショッピングモールでも強盗をコテンパンにしたことへ賞賛をもらった。彼女は好かれているのだ。


 そもそも今の彼女は魔王なのか?そう考えていると、琉太に言われた一言が頭に浮かんだ。


()()()()()()


 マオはこの一言を思い出した。この世界で琉太と再会した夜の、コンビニの帰り。


 人間の、この世界の()()を少しづつ学んでいくうちに、その言葉は重くなっていった。


「な、なんだったの?」


 しばらくして少年は再び聞こうとしたが、マオは全てを明かさずに話を逸らす。無駄に少年と彼女らの関係を知られて、彼の人生を壊したくなかった。マオは今までの、コンビニの店員と客の関係に戻りたかった。()()の関係に。


「大丈夫だ。多分、もう同じ手は打たないだろう。小僧が心配することではない」


 マオは汚れてしまったコンビニの制服から土を払う。


「それより、まだ名前を聞いていないな。我はマオだ」


「マオお姉ちゃん」


 少年はマオの名前を繰り返した。


「僕は(とおる)だよ」


「とおるか。普通なのだな?」


 マオの言葉に通は首を傾げた。


「いいや、何でもない」


 それだけ言って優しく微笑むと、マオは通を連れてコンビニに戻った。


 そこには当然、マオが突然にいなくなってカンカンになっていた店長がいた。しかし、土まみれのマオと今にも泣きだしそうな通を見て怒りが消滅した。


「やれやれ。何があったんだい?」


 店長はふたりの身体を怪我がないか調べた。幸いにも、少年は手を出されておらず、マオの最強ボディーは鉄壁ゆえ、傷ひとつない。

 店長は取り出した絆創膏をしまい、ウェットティッシュでマオらの手足を拭いた。


「怖いおじさんたちに僕が掴まっちゃったんだ!でもそれをマオお姉ちゃんが助けてくれたんだ!」


 マオが怒られるのだと思った通はマオのせいではないというように店長に激しくアピールした。


「大丈夫だよ、彼女を怒ったりはしない」


 通の言動を察した店長は笑った。


「いつも不良たちを撃退してもらっているしね。むしろありがとうだよ」


「もう来ることは二度とないぞ」


 新しい制服に着替え終わったマオはレジに立つとふたりに言った。


「安心だ。それじゃあ君、またいつでもおいで。気を付けて帰るんだよ」


「うん!マオお姉ちゃんバイバイ!」


 通はマオに手を振って、コンビニを出た。ガラスの自動ドアから道を歩いて帰る彼が少しの間見えた。


 ▼▲▼▲▼▲


 マオはコンビニでの仕事を終え、大変な一日を乗り越えたと感じた。店長は「お疲れ」と一言残し、マオを帰らせてあげた。


 マオは帰り際に再び琉太の言葉を思い出した。マオは普通の女の子だと。彼女は家に帰るなり、琉太にもう一度聞いてみた。


「リュタ、我は()()か?」


 マオは帰宅した琉太にしがみついて聞いた。


「何だよ急に。その帽子を被っていれば、普通の女の子に見えるよ。」


 彼はマオを半分引きずりながら自分の部屋に入った。マオを外に待たせ、スーツから着替える。


「人間どもを指一本で投げ飛ばせてもか?」


 マオは今日起こったことを琉太には話さなかった。そのうえで、自分がどういった存在なのかを確かめるべく、ドアの反対側から聞いた。


「……」


 しかし中からは何も聞こえなかった。

 

 出てきた琉太に、またマオはしがみついた。

 琉太は彼女の帽子に手を置く。


「リュタは、()()が好きなのか?」


 マオは小さく呟いた。視線は琉太の足元にあり、体は微かに震えていた。

 琉太はマオが何を聞いているのかを察した。


「いや、確かに普通は今の社会において大事だ。人とずれてしまえば、上手くいかない」


 彼はマオの頭から手をどけたかと思われたが、彼女の帽子の鍔を掴み、帽子を取った。


「俺とマオの間なら、普通なんて演技はいらない。普通になろうなんて思わなくていいよ」


 マオは目を閉じ、琉太に寄りかかる。顔を琉太の肩に埋めて、袖を強く握る。


「あの、夕飯作りたいんだけど」


 琉太は帽子をマオに渡し、廊下のハンガーに掛けさせようとしたが、マオは彼の隣を離れない。


「どうせ、コンビニ飯だろう?たまにはシラサキのような手料理が食べたい」


 毎日の同じメニューに飽きてきたマオは我儘(わがまま)を言った。


「え?」

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