96話: 夏星祭、吸血鬼との気まぐれな一夜⑤
夏星の打ち上げ場所である広場は大勢の人で混み合っていた。急いだつもりだったけど一足遅かったみたいだ。ただ、打ち上げる夏星に貼る短冊を集めるボックスはまだ回収されてなかったから、俺はそれに持ってきた短冊を滑り込ませる。
「ジンは入れないの?」
「月の女神は浮気を許さないからね」
相変わらず芝居がかったよくわからない返事だったけど、今回はジンが言ってる事がわかった。まあこれとさっきの一途発言を繋げるとだけど。
夏星祭は星の精霊に願いをかけるお祭りだから、夜の眷属の筆頭で、月の女神の寵愛を受ける種族である彼にとってはこれは浮気になるらしい。普段は空気より軽いのに、変なところ律儀みたい。
『間もなく夏星の打ち上げが始まります』
そんなやりとりをしていたら広場にアナウンスが響く。俺は急いでジンの腕を引き、夏星を見るために移動した。
◇
打ち上げの中心地である広場から少し離れた、人が比較的少ない噴水の近く。そこで夏星の打ち上げまでのカウントダウンを聞きながら俺は静かに夜空を見上げた。
大きな音と共に打ち上がる夏星は七色に空を染め上げながら本当の星の様に煌めいて広がっていく。光の一つ一つに願いが込められた幻想的で、その夢の様な時間は夏の締めくくりとして鮮烈な輝きを放っていた。何度見ても心が震えるこれを、初めて見たジンはどう思うんだろう。なんでかそんな事が少し気になった俺が横を振り返ると、ちょうどその時ジンも振り返ってきて目があった。
「え?」
驚く俺に何か言うわけでもなく、目を細めたジンが再び夜空に視線を戻す。その偶然の一瞬で、俺は何を聞くつもりだったのかも忘れてしまう。そのまま少し固まった後、再び打ち上がった夏星の音で俺も空を見上げ直してゆっくりと時間が過ぎていった。
◇
夜空を覆う人工の星の輝きは全ての人を平等に照らして空に消えていく。永遠にも感じたその繰り返しもやがて終わりを迎え、夜空には本物の星だけが残り静かな光を放っている。
「初めての夏星はどうだった?」
その静けさの中、俺はやっとさっき聞けなかったことを口に出す。
「とても綺麗だったよ。初めてが今日で良かった」
「そう?いつ見ても変わらないと思うけど」
ジンは知らないかもしれないけど、夏星は毎年定番の型がメインだから今年が特別豪華だったとかではない。俺がそれをやんわり指摘すると
「俺にとっては今日が特別。フレンと一緒に見れたから」
月のよく似合うとても綺麗な顔がこちらを見つめて笑顔を浮かべる。いつものヘラヘラとしたそれではなく、紳士と言って差し支えないような真っ直ぐなその表情に少しだけドキッとしたのは癪だから内緒。顔だけはあり得ないほど良いからびっくりしただけだし。
「……まあ、何回か帰ろうと思ったけど」
俺はこの心の動きを誤魔化す様にそう返したんだけど、ジンは大人っぽいその表情を崩すことなくそれを聞いている。
相変わらず距離は近いし、性格は良いと言い難いけど、ジンと過ごした時間は過ぎてみれば悪いものではなかった気がする。考えてみればこうやってゆっくり話したのは初めてだったし、来る前に想像してたよりはちゃんと楽しかった。要所要所でこちらを掌の上で動かしてくるのはムカつくけど、それ以外の好きな物に真摯で造詣が深い感性は嫌いじゃないと思う。相変わらず性格は好きじゃないけどね。
だから、今なら言えると思って俺は口を開く。
「体育祭の時、薬見つけてくれてありがと。ジンのおかげで俺、応援合戦出れたから」
俺が俺であること、夢魔であることで諦めなきゃいけないと思っていた応援合戦に出れたのはジンがクロードに声をかけて薬を確保してくれたからだ。その経緯は前からクロードに聞いていたけれど、メッセージでお礼を言うのもなんとなく憚られて今まで口に出す事ができなかった。
体育祭自体は事件のせいで満足な結果にはならなかったけど、俺にとっての最後の体育祭が心に残る大切な思い出になったのはジンのお陰だった。
普段のジンなら俺が素直にお礼を言ったりしたらこれ幸いにと途端に距離が近くなるんだけど
「俺達は良き相互理解者だからね」
ジンはそう言って優しく微笑むと俺の片手をそっととって見つめてくるだけだった。
俺はそれを握り返す事はせず、だけど振り解く事もしないでそのままにする。
めんどくさくて、性格が悪くて、だけど同じ孤独を知っている、俺が本音を話せる唯一で奇妙な関係の友人未満な吸血鬼。もうしばらくは連絡先を消さずにおいても良いかななんて思うのは祭りの雰囲気に飲まれてしまったから?
今年も夏星の短冊に書いた
「みんなとずっと仲良くいられますように」
という願いのみんなに入れてあげるのはまだ早いけど、それくらいは許してあげようかな。まあ、目の前の真紅の瞳の男には絶対教えてあげないけど。祭りが終わり、人が少なくなっていく会場を眺めながら俺はこっそりそんなことを考える。
携帯に保存した翻訳版の邪竜の伝説を後で読むのは普通に楽しみ。俺はポケットの携帯を静かに撫でながらまだ見ぬ物語の描写に思いを馳せて帰り道へと足を向ける。
偶然の気まぐれで迎えた夏夜のひと時はこうして静かに終わりを迎えていった。




