92話:夏星祭、吸血鬼との気まぐれな一夜①
夏季休暇も半分が過ぎ、夏の色が一層濃くなった今日この頃。俺はこの時期の一番のイベントである夏星祭にクロードを誘うためにメッセージを送った。
クロードは今、四年生の特別クラスで開催されてる夏季合宿に参加していて忙しい時期なので、俺はゆっくり返信を待つ事にする。
『すまない。夏星祭の時期は合同演習があって今年は行けそうにない』
夜遅くに返ってきた返事は結構長文だったけど要約するとこんな感じだった。
忙しい四年生であっても基本的に夏星祭のあたりは休みになっている。なんだけど、なんとクロードは剣聖が主催する国の合同演習に誘われて参加する事になったらしい。
なんでも剣聖から直々に声がかかったんだというから凄過ぎるよね。だってこれは学生向けの訓練とかじゃなくて、実際に国で働いてる第一線の人達が参加するものらしいし。そもそも普通学生が参加できるものなのかな?流石にそんなすごい機会の邪魔はできないから俺は気にしないでとだけ送って携帯を閉じる。
今年はクロードが忙しくてなかなか会えなかったから、夏星祭でゆっくり話したり遊んだりしたかったけど仕方ない。俺が気分を切り替えて誰を誘おうか考え直していたところでもう一度携帯が鳴る。
クロードからの追加のメッセージかな?なんて開いた画面には
『夏星祭フレンと一緒に行きたいな』
と、俺が連絡先を消そうと思ってるランキング堂々の一位に君臨している男、ジンからの誘いが表示されていた。
◇
「やっぱりやめとけばよかったかも」
夏星祭の会場入り口で、俺は本日何度目かわからない言葉を口にした。
目の前には俺のどんよりした表情を一切気にせずにジンが笑顔を浮かべて立っている。
「今日も可愛いね、フレン。でも今日は髪を下ろしてるんだ……それも似合うけど、上げたのも見たかったな」
流れるような動きで俺の腰に手を添え、へらへらと軽い言葉を口にするジンをあしらいながら俺は自分の選択の間違いを確信した。
(俺の馬鹿……何で返事しちゃったんだろう……)
今考えるとありえない事だけど、俺はジンからの誘いに了承の返事を送ってしまったのだ。
一つ言い訳させてもらうと、色々考えた上での返事ではある。クロードから行けないって返事をもらった後、俺が最初に誘おうと思ったのはカイだった。だけど前にカイが夏星祭は夏星の花火が上がる前に帰るって言ってたのを思い出したから候補から外したんだよね。俺は夏星が見たいけど無理に付き合わせるのは違うから。
次にルカのことを誘おうかとも思ったんだけど、ルカは携帯持ってないからすぐには連絡が取れなかったんだよね。一応寮まで行ってみたんだけど不在で会えなかったし、伝言を頼んでも返事がいつくるかわからないから諦めた。
そしてルカ繋がりで思いついたエリオ君。彼にも夏星祭の予定を聞いたんだけど、既にクラスメイトに誘われてるって返事が返ってきた。それなら俺が誘うのは違うなって事で誘う前に辞めたって感じ。
(たまたまだけど、なんかタイミングが合わなかったんだよね)
こんな感じで俺が誘いたい相手はことごとく都合が悪かった。ここで一人で行くって選択肢もあったけど、誰かと夏星祭に行きたいって気持ちだったのと、体育祭での一件が頭によぎり、一回くらい付き合ってあげてもいいかななんて魔が刺した結果がこれだ。
「変な事したら帰るから」
夏星は見たいけど、ストレスを我慢するのは違うので俺は先手を打つ事にした。まあ夏星見ずに帰るならカイを誘ったほうが何倍もマシだったから本末転倒ではあるんだけど。
「俺はいつもフレンの為になることしかしないよ?」
俺の辛辣な言葉に対して、冗談か本気かわからない口調でジンが笑いかけてくる。俺はそれに、どこがと言いかけたけど、先日の体育祭のことを思い出して口を閉じた。今考えると事件の前にジンがかけてきた言葉は正しく注意喚起だったから。だけどそれを肯定するのもなんか癪なので言葉にはしない。
「……はぐれたら置いてくから」
「俺はフレンから目を離したりしないから大丈夫」
折角の祭りの時間をこんな所で無駄にしたくないので俺はジンを置いて会場に足を踏み入れる。今更選択を後悔しても仕方ないし、来てしまったからには思いっきり楽しまないと損だしね。
◇
「お嬢ちゃん可愛いからおまけね!」
「ありがとうおじさん!けど俺男だよ?」
目についた出店でこんなやり取りをして買った氷菓子を俺が食べていると、横にいる真紅の瞳と目が合った。
「……何?」
「美味しそうに食べてるなと思って。前もアイスを贈ってくれたしフレンはそういうのが好きなんだね」
ジンが言ってるのは、俺がジンに返した冬月祭のプレゼントの事だ。考えてみると俺はジンと全然仲良くないのにもう3回も一緒に出かけてることになる。全部俺の意思ではなく、ジンによってそうなるように仕向けられた不本意極まりないものだけど。
(ていうかジンはなんで俺を誘ったんだろう)
俺は勿論ジンと出かけたいと思ったことはないけれど、ジンが俺を誘う理由もよくわからない。今だって俺はほぼ1人で祭りを満喫してるわけだし、俺からジンに話題を提供したりもしてない。ジンから話しかけられた時に受け答えしてるだけだ。
前に文化祭の後、無理矢理誘われて一緒に出かけた時に、俺はジンが俺の中に自分と同じ孤独を見てるから仲良くなりたいんじゃないかって思った。だけど、よく考えるとそれって俺である必要あるかな?確かに夢魔は珍しい種族だけど探せば他にもいるだろうし、俺よりジンに優しく接してくれる人もいるはずだよね。わざわざジンが彼に冷たい態度をとる俺と出かけたい理由って何?
「ねぇ、ジンって俺といて楽しいの?……友達いないとか?」
「可愛い子の隣を歩くのってそれだけで凄く楽しいよ?それに……」
「それに、何?」
ジンに気を遣う必要なんてない筈だけど、なんとなく1人だけ楽しんでる事への罪悪感を感じて口に出した疑問。それに対して思わせぶりな口調で返して来るところがまた、やりずらいと思う。
「こうやって俺の事が気になって話しかけてきちゃう所とか凄く可愛いと思う」
「なっ……うるさい!もう知らない!!」
こっちが少し気を遣ったらこれだ。ジンは俺がジンの事を無視しようとして過ごしてるのを分かった上で、こう言ってくるから性格が悪い。本当に置いて帰っちゃおうかな。
「怒った顔も可愛いけど、笑顔の方が見たいな?あっちにフレンが好きそうなお店あったから行こう?」
「誰のせいだと思って……」
言い返してる途中で、ちょっとだけ気になって俺はジンの指差す方向を見る。
「……!!」
そこには俺が好きなスイーツ系の出店が並んでいた。何あれ凄く美味しそう。
「フレンはベリー系好きだよね?あのお店のとか美味しそうじゃない?」
その言葉に返事は返さず、俺は1番気になった出店に並ぶ。まあ、帰ることはいつでもできるし、折角の美味しそうな出会いをふいにするのは勿体無いしね。夏星祭は有名なお菓子屋さんが出店してる事も多くて見逃して後から後悔したことも少なくない。俺は隣で話しかけてくるジンを無視しながら、誰に言うでもなく心の中で言い訳をして注文の順番を待った。




