9話:ルカの成績向上作戦!カイとの共同戦線の行方は②
ルカの成績向上作戦から2週間。
結論から言うと、カイの多大な協力により、ルカの成績はみるみるうちに向上した。俺はあの日から授業で行われるルカの小テストの結果を毎回確認しているんだけど、最初は真っ白だったそれに段々と文字と赤丸が増えていく様子には感動も覚えた。少なくとも赤点は確実に免れるレベルには達したと思う。
具体的にはカイが授業をして、その内容の実技を、ルカが俺に理論を使って説明して教えるって流れにしたのが良かったんだと思う。
あの言葉数の少ないルカが俺に解説するために一生懸命理論を覚え始め、それを自分の言葉に落とし込んでからは早かった。
これは本番も期待できるというもの。俺はルカに試験当日の心得を伝えて、あとは結果を待つだけだった。
◇
1週間の期末試験期間が終わり、1教科ずつ答案が返されていく。うちの学校では大体3日もしたら全教科の結果がわかるんだけど、テストから3日後の昼、ルカが持ってきた期末試験の座学の答案はどれも赤点を免れていたどころか、特に成績の良い教科では平均点が取れるようになっていた。これは当初を知っている俺から見ると奇跡みたいな結果だ。
「おまけに俺の実技の成績も上がったし、一石二鳥だったね。全部カイ先生のおかげ!ありがと!」
全てのテスト結果が判明した放課後の教室で俺が隣の席のカイに笑いかけると
「俺は全く得してねえんだけど?」
と疲れ切った顔で文句を言われた。
確かにカイにとって、ルカに教えた内容は一年の基礎だから今回の試験には関係がないし、不遜な態度のルカとの授業は精神的にも疲れるものだっただろう。
ルカはかなり苦手教科が多かったから、それを全部教えるとなるとその分カイの勉強時間が削られたのは言うまでもない。勉強時間が減ったのは俺も一緒だけど、俺はさっきも言ったようにルカから教わった実技の方でメリットがあったからカイとは状況が違う。
ちなみに、カイの試験結果は前回から落ちてなかったけど、それは多分ルカに勉強を教えた後にかなり本気で勉強したんだと思う。
(これは、ちゃんとお礼しないとな)
文句は言いつつも、そういう陰の努力は口にしない不器用な優しさと今回の献身に報いるため、俺は姿勢を正してカイに向き直る。
「ねえ、カイ。俺約束ちゃんと守るから。カイは俺に何して欲しい?」
あんまり難しいことやお金がかかることは嫌だけど、カイの労力を考えると割とどんな内容が来ても仕方ない気もして俺は柄にもなくドキドキしながらカイの言葉を待った。
「………っ、わってほしい」
カイの口から出た回答は、ものすごく小さな声で冗談抜きに聞き取れなかったので俺は聞き返した。
「何?もう少しはっきり言ってよ」
「俺の……膝に、座って欲しい」
窓から差し込む夕陽のせいか、顔を赤く染めたカイが金色の瞳を揺らしながらこちらを見つめる。
「……え?」
「いや!無理にとかじゃねぇけど?ルカが勉強の時お前乗せて成績上がってたし、なんか効果あんのか気になったっていうか……いややっぱなしかも……」
「えいっ」
だんだん尻すぼみになって何言ってるかわかんなくなってるカイの膝に俺は勢いよく飛び乗る。急なことにも関わらず、カイはしっかり俺を受け止めたので俺は椅子から転がり落ちずに済んだ。
ルカにされてた時はそんなに感じなかったけど、カイのワーウルフだけあって、全体的にがっしりしている身体に包まれると自分との体格差になんとなくドキドキする。カイの着崩した制服のシャツから伸びる腕は太くてしっかり筋肉がついてるし、血管が浮き出ていて大人の男の人みたいだ。
あー、俺もこんな風に筋肉ついたら良いのにな……なんてカイの腕を撫でて自分の腕と見比べていたら
「……っ柔ら、軽……本当に男かよ……」
カイはまた早口で聞き取れない何かを呟いていた。俺はそのまましばらくじっとしていたんだけど、カイはごにょごにょと独り言を言うだけで大してリアクションもしないまま時間だけが過ぎていく。せっかく膝に乗ってあげてるのに感想もないなんてつまらないから、ほんの少しの悪戯心が芽生えて俺はカイの胸元に頭を擦り付けて声をかけた。
「ちょっとー、なんか感想ないの?さっきから俺の話聞いてないし、ねえったら」
俺はカイの首筋を指先でくすぐりながら体を揺らし、感想を待った。こうしてみると、カイは首にもしっかり筋肉がついてて硬いのに気がつく。多分骨格からして違うんだと思う。段々カイとの体格の違いが面白くなってきて、俺は自分と違ってしっかり出てる喉仏を指でなぞって遊んでたんだけど
「……っ、おま、まじで……」
突然がっしりした両腕で腰を掴まれたかと思ったら膝から下ろされてしまった。下ろされてから思ったけど、これって人の持ち方としてどうなの?犬猫の持ち方じゃない?
「え?もう終わり?こんなんで良いの?」
お礼なのに、あまりにあっけなく終わったのに驚いた俺がしゃがみ込んでカイの顔を覗き込むと、ワーウルフ特有の鋭い瞳孔が浮かぶ金の瞳が細く歪んでこちらを見ているのと目が合う。
「……え?」
ほんの一瞬、狼に狙われたウサギの気持ちがわかるような、そんな心地がして俺は思わず目を逸らし立ち上がる。カイとは付き合いがそれなりにあるけど、あんな表情見たことなくて落ち着かない。
「お、お礼、ちゃんとしたのできてないから、飲み物奢ってあげる!ちょっと買ってくるから待ってて」
理由はわかんないけど、俺はなんだかどうしてもその場にいられなくなって、逃げ出すように教室を後にした。
◇
「……っ危な、かった……あいつまじで、いや、俺の方がまずいか……」
夕陽が差し込む放課後の教室、夕日よりも真っ赤な顔をした金髪の少年は、自身のシャツについた残り香を嗅ぎながら必死に鼓動を抑えつけていた。
ふわりと香る花のような甘い香りに心臓がまた一つ暴れる。
春薔薇色の髪の半妖精が教室に帰ってくるまでになんとかして、この全力疾走した後よりも暴れる心臓を鎮めなければならない。
そう思ってるのに、先ほどの自分の喉元をくすぐる細い指先の記憶が脳裏を離れなくて、ますます鼓動が高まってくる。
うるさいくらいのそれはまるで、まだ名前をつける覚悟のない感情が心の扉を叩くような、そんな音だと、そう思った。




