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89話: 夏の海での大騒動 ④sideカイ

「カイ右から触手来る!避けて!」


 上空から聞こえるフレンの声に合わせて、俺は波に紛れた触手の接近を水を強く蹴って避けた。視界の悪い海中で海魔を相手にするのに、俯瞰した情報は何よりありがたい。


 俺とエリオが海に入る前、フレンがルカに交渉して、空からの中継を買って出た。

 ルカは俺らの安否なんざ全く興味ねぇというのを隠しもしなかったが、フレンと一緒にいれるという理由一点でそれを了承した。やる気もねぇのに魔法妨害の蒸気の中人1人抱えて飛ぶという離れ技をやってのけるんだからつくづく邪竜ってのはとんでもねぇ。


 海中だけあって、流石に陸地よりは動きずれえが、これならなんとかなりそうだ。そう思って俺が横を見ると早速エリオが海魔と対峙しているのが目に入る。

 ボスじゃねえが、道を塞ぐでけぇ個体相手に真正面から突っ込んでいる。竜族だと自負するだけあって動き自体は悪くねぇ。が、その手こずり方から海魔の動きを予測できてねぇのを身体能力だけでカバーしてるのが丸わかりだ。あれじゃ最初はいいがすぐにガス欠になる。


「……手間かけさせやがって」


 エリオが勝手にバテようが俺には関係ねぇ。だけど上空から聞こえるエリオを心配する声が気になってしまった。面倒だが仕方ねぇ。俺はため息を一つ付き、進行方向を変えて海中に潜る。そのままエリオが戦ってる真下から急浮上し、海魔の長い触手を蹴り上げた。

 この海魔がなんて種類かはわかんねぇけど、おそらく蛸型魔獣の仲間だろう。蛸型は沢山ある触手の中で、重要な器官が入ってる二本の脚が弱点だ。繁殖期で膨張しているそこを攻撃すりゃ、効率的に退けれる。   


「おらよっ!」


 思惑通り俺の蹴りで海魔が踵を返した。それを目で追っていると後ろから棘のある声が聞こえてくる。


「邪魔しないでください!貴方の助けがなくてもあれくらい倒せました」

「あー、悪かったな」


 全くもって可愛くねぇ発言だが、こんな所で言い争う方が無駄だ。今ので海魔も集まってきちまったし、それをいなしながら俺はエリオを適当にあしらう。


「っ、僕より弱いくせになんですかその態度は!」


 俺の態度が気に入らなかったのか、さらにエリオが喰ってかかる。こうしている間にも周囲を海魔に囲まれ始めていて目も当てられねぇ。


「それ今関係あるか?」

「なっ……!?」


 俺は集まってきた群れの中で若そうな個体から順に攻撃して散らしていく。そうして海魔の俺への警戒を高めつつ返事をすると、エリオは目を見開いて固まっていた。


「確かにお前のが能力高ぇだろうが、お前体使い慣れてねぇだろ。さっきから無駄に動きすぎだ」

「そんな、ことは……」


 さっきから思っていたことを伝えると、エリオの語気が弱まった。俺に言われたのは癪だが身に覚えはあるんだろう。


「蛸型の海魔はでかい触手が弱点なのは知ってんだろ?撹乱して手薄になったとこからやりゃあいいんだよ」

「知ってはいましたが……思いつきませんでした」


 ここで素直にはいわかりましたと返事しない所に面倒臭さは感じたが、話を聞く気は出てきたみてぇだから続ける。


「俺らの目的はボスなんだよ。ロスは少なけりゃ少ねぇ程いい。俺は左のやっから右のできるか?」

「っ、貴方に言われなくてもそのつもりでした。足引っ張らないでくださいよ」

「へーへー、いい返事ありがとよ」


 ここまでくるといっそ清々しい態度にある種の感心を覚える。まあ、態度に見合う自信はあるみてぇだから俺は後ろを振り返らず、目の前の群れを散らすため深く海中に潜った。


 ◇


 エリオと手分けした事でボス周りの群れは散らせたが、こいつらはボスが動かねぇ事にはここから移動する気はねぇらしい。


「まぁ簡単にはいかねぇわな」


 さっきから何度かボスの目立つ触手に攻撃してるが一向に逃げる気配がねぇ。それどころか暴れ出してくる始末だ。恐らく若い上に繁殖期で気が立ってんだろう。仲間は逃げる知恵があんのにボスがこれじゃたまったもんじゃねぇな。

 そう思いながら、同じく若くて暴走しがちなやつに目をやると、思った通り苦戦しているのが見える。


「なんですかこいつ……いくら攻撃しても逃げないじゃないですか!」

「作戦変更だ。ちょっとこっち来い」


 俺は苛立ちをぶつけてくるエリオを引き寄せて指示を出す。


「お前あいつ丸ごと凍らせたりできるか?」

「普段なら簡単ですが、ここだと海まで広く凍ります。僕は平気ですが弱い貴方も凍りますね」


 対魔法粘液の溶けた海水と、それに守られた巨体は竜族であっても一筋縄ではいかねぇらしい。流石に氷漬けになるのはごめんなので俺は次の作戦を提示する。


「一言多いんだよ……なら、でけぇ触手の片方ならどうだ?先端だけでいい」

「それなら、まあ、できますけど。海を凍らせないようにするなら動きを止める必要があります」


 偉そうな態度の割に、できる事とできないことを切り分けて提示する姿勢は悪くねぇ。なんでも力押しで片付ける兄貴と違って、そういう所は堅実らしい。


「なら俺が囮になって動き止めっから、タイミング見てどっちか凍らせろ。できるな?」

「当然です。貴方こそ僕が魔法を使う前にやられないでくださいよ」


 クソ可愛くねぇ声を背に、俺はボスの下に潜り込んで注意を引き始める。細かい刺激を与えつつ完全に俺だけを狙うように仕向ける。その挑発に乗り、俺に攻撃しようと旋回する為ボスが一瞬動きを止めたその瞬間、エリオの魔力が右の触手を捉え凍り始める。


「少し痛えだろうが、勉強代にしろよ」


 ボスが自身の体の異変に気がつくより早く、俺は追加の身体強化をかけ、触手を蹴り砕いた。

 海中に破片が飛び散り、若いボスは身を捩りながら深海へと潜っていく。それに従うように大量の海魔が一斉に海に潜り、巨大な波のようになって海が荒れる。

 その突然の海流の変化にバランスを崩し飲み込まれそうになったエリオを回収し、俺が陸地まで戻ると、ビーチの入り口はいつも通りに戻っていた。


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