85話:ある邪竜の運命論④ sideエリオ
兄さんの部屋に行った翌日。
僕は先輩の誕生日プレゼントを買うために街に出たかったけれど昨日のダメージのせいで全身が痛くて、遠出はできそうになかった。
適当なものは買いたくない。だけど時間も余裕もない。そんな思いを抱えて部屋を見回した僕の目にある物が止まった。
「あ……」
先輩の好みに合うかはわからない。だけどこれは今僕が送れるものの中で1番いいものな気がした。
◇
「エリオ君?珍しいね、何か用事?」
連休明けの朝のホームルーム前、僅かな空き時間であるそのタイミングで僕は先輩の教室へ足を運んだ。本当はもう少しゆっくりできる時間がよかったのだけれど、昼休みは兄さんがいる可能性が高いのでこの時間にした。
「フレン先輩、誕生日おめでとうございます」
「あ、この間の覚えててくれたんだ?ありがとうエリオ君!嬉しい!」
包み紙は購買で買ったものだ。流石に剥き身で渡すよりはいいかと思い、僕は空色の包装で包まれたそれを渡す。
先輩の開けていいかという問いに頷いて、僕は彼の小さな手が包装を開くのを見つめた。
「わぁ!これ紅茶……?綺麗な箱~!飲むの楽しみ!」
「僕が好きな紅茶です。先輩の口に合うといいんですが」
部屋に帰った時、ちょうどストックで買っておいた新品の紅茶缶が目に留まった。香りのいいこれは気分を落ち着けるのにちょうどいい。先輩は体育祭で大変な目にあったから、少しでも心が落ち着く時間を作る手伝いができたらと思ってこれに決めた。本当なら先輩の好みをリサーチして茶葉を選ぶべきだけれど、そこは来年の課題にする。
ホームルームの時間が迫っているので僕が先輩に声をかけて教室を出ようとしたら
「ねぇ!今日放課後暇?一緒にうちで飲まない?」
「……へ?あ、空いてます!!行きたいです!!」
なんと先輩からお誘いを受けてしまった。詳しい話はまた後でと言われて、プレゼントをした筈なのに僕の方が却って何か貰ってしまったような気持ちになる。
授業の合間に先輩とメッセージのやり取りをして約束の詳細を決めている内に、あっという間に約束の放課後になった。
◇
僕は今先輩の部屋の中にいる。
「ちゃんとしたカップなくてごめんね!エリオ君どっちがいい?」
「……えっと、青い方でお願いします。」
先輩が棚からカップを取り出して僕に尋ねるけれど正直それどころではない。制服を着替えて部屋着になった先輩はいつにも増して無防備で、露出は少ないのに目のやり場に困る。いつもは制服で隠れている脚のラインがよく見える、タイツで覆われた下肢が動くたびに目で追ってしまっていた。別に先輩をいやらしい目で見てるわけじゃないけれど、どうしても自分じゃコントロールできない。
(先輩の匂いがする……)
それに加えて今いる場所であるこの部屋も僕の心をかき乱す要因だった。先輩が普段過ごしている空間。程よく生活感があり、先輩らしいインテリア(先輩にどことなく似ている薔薇のガラス細工が特に目に留まる)が飾られているここはなんとなく甘くて良い香りがしている気がする。
気がつくと先輩ばかり見てしまうので、僕は変に思われないように目を逸らした。その視線の先、部屋の中央のベッドを見て思わず心臓が跳ねる。特に何があるわけではないのに、そこで先輩が眠っている姿を想像するだけで落ち着かなくなった。、
「淹れてみた!上手くできてたらいいな!いい匂い~」
そんな葛藤で僕が内心大暴れしていると、先輩がお盆を持って机に運んで来てくれた。
お盆の上にはティーポットと二つのカップ、それにクッキーの小袋。
「ここのクッキー美味しいから食べてみて!」
「は、はい。いただきます」
お茶請けと共に先輩の淹れてくれた紅茶を飲む。いつも飲んでいるものと変わらない筈なのに、普段より美味しく感じるのは先輩が横にいるからだろうか。
「美味しい!これ俺好き!ありがとうエリオ君」
「お口にあってよかったです。クッキーも美味しいです」
紅茶に口をつけた先輩の言葉に僕は安堵する。熱いのが苦手なのか、少しずつ冷ましながら口をつけている姿が小動物みたいだ。
先輩はよく笑ってるから気づかなかったけど、静かにしていると、口が小さいことに気がつく。僕が一口で食べ終わるクッキーを何回かに分けて咀嚼して先輩は食べていた。そんななんてことのない発見にも心がそわそわして落ち着かない。
「そういえば今日のお昼、ルカが教室きたんだけど」
「……っ!」
先輩から唐突に発せられた言葉に思わず固まる。
兄さんには僕の判断で話をしたけれど、それがどういう結果になるかまでは予測できなかったから続きを聞くのが怖い。
「特に普段と変わりなかったよ!やっぱり体育祭の時はルカもびっくりしてたのかもね」
「そ……そうなんですね」
ニコニコと語る先輩の様子に、それが僕を安心させる為の建前ではない事はわかった。兄さんの内面を知ってしまった今では空恐ろしい気持ちにはなるけれど、この間みたいな暴走はしていないらしいので、一旦は落ち着いたと見ていいだろう。
◇
「あの……体育祭の日、先輩はどうやって兄さんを眠らせたんですか?」
丁度兄さんの話題が出たので、僕はあの日からずっと気になっていたことを問いかけた。
「あー……あれはね、特性覚醒使ったんだ。丁度羽が出てたから使えるかなって」
「え、先輩特性覚醒できるんですか!?」
特性覚醒は竜族では成人するまで禁止されている。竜族にとって神聖な物である羽を出した状態で使わなければいけないという点に加えて、覚醒状態は魂の深層を開く危険な行為だからだ。だから僕は使ったことがないどころか使い方も知らない。
「……夢魔って固有能力が精神と魂に関係ある種族だから、魂の状態をコントロールする練習の時に少し教えてもらったんだ。流石に人に使うのは初めてだったけど」
紅茶に口をつける先輩の横顔がいつもより大人びて見えるのは、彼が僕の知らない事を知っているからだろうか。
「あっでも俺が特性覚醒使った事は他の人に言わないでね……特に先生とか!怒られちゃうから」
「わっ、わかりました……」
そう言って手を合わせながら僕の目を見つめる先輩はいつもの先輩で、そのギャップにまた少し心臓が跳ねた。それを誤魔化すように紅茶を飲みながら僕はなんでもないように返事をする。
「そういえばエリオ君の誕生日っていつ?」
「来月ですね」
「えっ!そうなの?教えて?俺もお祝いしたい!」
その問いかけに僕が日付を口にすると先輩はキラキラした瞳で見つめ返してきた。来月楽しみにしていてねと笑う先輩の言葉に、この歳になって柄にもなく誕生日が楽しみになったのは僕だけが知っていればいい秘密だ。
ポットに入った紅茶が空になるのが一瞬に感じる穏やかな放課後、僕はこの大切な人との時間を今だけは手放さずにいたいとそう思った。




