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73話:体育祭、種族混在大波乱の行方は ③

 体育祭午後のメイン競技ははなんと言っても逆境トライアスロンと、ラストを飾る総合闘技だ。


 今から始まるのは逆境トライアスロン。

 先生達数人がかりで用意された特殊フィールドは、数十メートルはある動く絶壁に、荒れ狂う巨大な水場、足場の悪い陸地と、とにかく立ってるだけで大変な環境だ。救護班も待機する緊迫した空気の中、魔法使用禁止リングをつけて(魔法を使うと光る)自分の体一つでゴールを目指すこの競技は難易度の分、人気と配点が高い。


「今年もすごいフィールド……こんなの本当にクリアできる人いるの?」


 ちなみに脱落者も多いこの競技は参加人数の中で成功人数を競うものだ。脱落前提とはいえ難易度が高すぎるけど、伝統があるから開始以来ほとんど内容が変わってないとか。集合した選手も、獣人族をはじめとしたフィジカルが特徴の種族ばかりで、全体的にムキムキというかゴツゴツしている。だからその中で1人細身のルカはある意味目立っていた。


「あの子って例の邪竜?細くない?」

「魔法はすごいらしいけど、大丈夫なの?」

「背は高いけど、強そうには見えないかも」


 ルカに対する周りのチアの子達の意見もごもっともで、俺もこの件に関しては彼が怪我さえしなければいいと思って見守っている。そんな話をしていると待機列にいるルカが俺の方を見ているのに気がついた。


「ルカ!ファイト!怪我しないでね?」


 聞こえないかもと思いながら応援の言葉を送ると、ルカはこくりと頷いた。


 競技が始まり早速第一走者たちが逆境に挑むけど、地鳴りのように動く絶壁に跳ね返されたり、荒れ狂う波に飲まれたりと、救護班の方が忙しくしているくらいの荒れ模様だ。

 この競技には結構な人数が参加しているけどいまだに成功者はほとんどいなくて1人2人の成功が勝敗を分ける状況だ。


「ルカ!頑張って!」


 そうしている内にルカの順番がやってくる。俺はスタートラインに並ぶ後ろ姿に声をかけた。その声に振り返った深緑色が俺を見つめたような気がした瞬間、ピストルが鳴ってスタートする。


「ねぇ、あれって」

「嘘でしょ……?魔法禁止だよね?」


 ルカが参加したこの回の反応は異様だった。

 普通、絶壁をよじ登る姿を応援したり、荒波を掻き分ける姿に歓声が沸き起こるのがこの競技だけど――


「魔法なしであの距離飛ぶって何?」

「それより水場を踵落としで割って歩くとかありなの?」


 ルカのリングは光ってない。つまり魔法は一切使用してないということだ。だけど、ルカは単純な跳躍で軽々と数メートルを駆け上り、地ならしのような足踏みで水場の水を一瞬で吹き飛ばして道を作って進んでいる。競技中だと言うのに走ることもせず、まるで近所を散歩するかのようなその姿に、皆は凄いとかそういうのを通り越して驚愕していた。かくいう俺もルカがそんな事できるなんて全く知らなかったら


「り、竜族って凄いね……」


と周りに合わせて言うことしかできなかった。

 当然余裕でゴールしたルカは遠くからでもわかるくらい、俺の方を見て何か言いたげにしていたので


「ルカすごーい!頑張ったね!」


俺はポンポンを手で振りながら彼の待つ褒め言葉を送った。


 ルカの活躍でうちのブロックの順位が大いに上がる。その結果を見て、さっきまで唖然としてた観客席も段々と拍手に溢れてきて俺は一安心した。


 本当はさっきチアの子がルカの事を邪竜って言ってたのが少し気がかりだったけど、それも杞憂に終わった。最近うちの学校内では邪竜って言葉がただの個性として受け取られつつあるのが俺にとっては嬉しくて……ほんの少しだけ羨ましかった。


 ◇


 逆境トライアスロンの後、俺の応援ローテーションのシフトは暫く休憩に入る。

 この間にトイレを済ませて、校庭に戻ろうとしていた時、俺は前から歩いてきた人とぶつかってしまった。見るからに大人だし、きっと外部の人だ。慌てて謝ろうとした時に


「わっ!?」


俺は突然スプレーのようなもので何かを吹き付けられる。思わず尻餅をついた時周りからも似たような声がたくさん聞こえるのに気がつく。

 逃げていく犯人の背中を追いかけるか迷った時に、俺は背中に違和感を感じる。


「……っ!?」


 その正体に気がついた瞬間、俺は頭が真っ白になって、衝動的に誰もいない校舎の空き教室に飛び込んで内鍵を閉めた。


 (嘘でしょ…なんでこんな時に)


 背中に感じる圧迫感、それが衣装を突き破らないように上着を咄嗟に脱ぎ去ると抑え込まれていたものが視界の端に広がる。


 妖精らしい透き通った皮膜を持った、逆ハート型の蝙蝠羽。


 俺の隠しているもう一つの正体、夢魔である特徴を色濃く宿したそれが、教室に差し込む光を受けて場違いに輝いていた。


 ◇


「お願い……戻って、戻ってよ……」


 俺は必死に力を込めて羽を押し込めようとするけど、いつもみたいに自然に戻る気配が全くない。こんな事生まれて初めてだった。


「どうして……?……あ」


 焦りながら必死に考えてるうちにさっきの出来事と、この間の先生の言葉が繋がる。種族特徴を無理矢理露出させる通り魔。もしさっきのがそうなら、スプレーは誘発剤だ。その場合薬剤の影響が抜けるか解除薬が無いと羽はしまえない。


「解除薬、保健室ならもしかして……」


 たまに種族特性を抑えるのが苦手な子の特性が露出してしまい、それを抑えるために保健室で解除薬を投薬することがある。だから保健室まで行ったら羽を戻すことができるかもしれない。


「でも、さっきの騒ぎ……」


 そこまで考えて、俺の中に別の考えがよぎる。さっき俺がスプレーをかけられた時、他のところからも悲鳴が聞こえた。つまり被害者は俺だけじゃ無い。人通りの少ない校舎でこれだからもっと人数がいるかも。その場合解除薬は俺の羽よりも重要な部位の生徒に優先的に使われるだろうし、いくら隠して行っても人数が多ければ誰かに羽を見られる可能性は高い。


 (もし、もし俺が夢魔の血を引いてることがバレたら……?)


 一瞬よぎった考えが一気に俺の頭を占める。性的に見られて、そう見ていいと決めつけられている種族。巷には本当じゃ無い情報ばかりが、さも真実のように出回っている。クラスでだって『夢魔とやりたい』とか言う話題は当然のように口にされる。もし俺が、俺の正体がバレたらきっと周りの人は今までと同じようには接してくれない。欲望を向け、夢魔としての行動を求め、俺を消費する。

 その吐き気のする想像に体が震える。


 (クロード、お母さん、お父さん……助けて)


 携帯は校庭に置いてきてしまった。助けを呼ぶこともできない。俺が唯一できることは、何時間かかるかわからないけどこの薬の効果が切れるまでここで隠れることだけだった。


「マリア……みんな、ごめん」


 俺がここに居続けるということは、応援合戦を勝手にやめるということだ。ここまで一緒に頑張って、俺を選んでくれたみんなをこんなことで裏切ることが悔しくて、申し訳なくて自然と涙が込み上げてくる。


「……っ、ひっく……うぅっ……」


 俺は肩を震わせ、息を押し殺して嗚咽を漏らす。そうして薄暗い教室で1人啜り泣いていると、突然前の扉が軋むような音を立て、不自然に揺れ始めた。


 (誰かが中に入ろうとしてる……!?)


 鍵をかけてるから大丈夫だと思おうとした瞬間、鍵の外れる音と共にガラガラと扉を開ける無情な音が教室内に響いた。

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